その音はとても雄大だが繊細でガラス細工の様に透明だった

その音は全てを包んでくれそうな暖かさを持っていた

しかし何処か不安げで、何かに怯えている様にも感じられた



「ねぇ紅印〜、何か最近びみょ〜にぼーっとしてない?」



セブンブリッジ高校の野球部エース、鳥居剣菱は何時もの様に緩い調子で話しかける

話しかけられたのは同じく野球部で剣菱の女房役の中宮紅印



「そうかしら?別にそんなつもりは無いんだけど…」



例え女房役と言えど、こんな口調であれど、紅印は決して女では無い



「そんな事言って今だって何か遠く見てたよ」

「あらそう?」



まぁ中宮紅印が男かどうか聞かれればかなり微妙な線ではあるが



「校舎に何かある訳〜?」



剣菱はそう言いながら紅印が見つめていた方向を向く



「…あのね、毎週金曜日に必ずピアノの音がするのよ」



紅印は片手を頬にあてがいながら校舎の一角を指差した



「あそこって音楽室?」

「そうね、音楽室だわ」

「じゃぁ別にピアノの音がしてもオカシクはないでしょ」

「そうなんだけど、その音が何故か気になっちゃうのよ」



紅印はそう呟いて一つため息をついた



「ごめんなさいね、次の試合も近いのにピアノなんか気にしてる場合じゃないわよね」

「いや、それは良いけどさぁ、俺はピアノの音なんて全然聞こえてなかったなぁ…」

「朕は聞こえてたヨ!!」

「うわっ、桃食!?」



急に剣菱の背後から会話に割って入ったのは同じ部活のショート、王桃食

桃食は嬉しそうに笑いながら剣菱の背中に張り付いている



「毎週金曜になると必ず音聞こえるネ、とっても綺麗な音だから朕毎週楽しみヨ」

「桃食も聞いてたのね、やっぱりあの音気になるわよねぇ?」

「うーん…、綺麗だけど少し不安な感じがするヨ」



桃食が目を伏せながらそう呟くと、紅印もその意見に同意する様に首を縦に振った



「そう、そうなのよ!! 旋律は綺麗なんだけど…、何処と無く不安げなのよね」

「俺には何の事だかサッパリだなぁ」



すっかり謎のピアノの話題で盛り上がる二人について行けず、剣菱は腕を組んで首を傾げる



「全く、剣ちゃんは鈍すぎるのよ」

「そうネ、剣菱はぼんやりし過ぎヨ」

「っていうか俺はお前達よりびみょ〜に野球に真剣なんだよ」



桃食と紅印に散々言われ、剣菱は拗ねた様に頬を膨らませる



「まぁとりあえず今日は木曜日だもの、音は聞こえないし真面目に練習しましょ」

「そろそろ雀も来る頃ヨ」

「いやいや、明日も真面目に練習してくれよ二人とも…」



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そんな会話を交わしたのが昨日

そして次の日、つまり今日は金曜日

例のピアノの音が聞こえる日



「…オカシイわね……」



紅印は剣菱と手慣らしにキャッチボールをしながら呟いた



「どした?」

「ピアノの音が聞こえないのよ」

「あぁ、昨日言ってた?」

「そう、いつもならそろそろ聞こえてくる頃なのに…」



紅印がそう説明した瞬間、校舎から微かにピアノの音が聞こえて来た



「あ、聞こえて来た…、紅印と桃食の言ってた音ってコレ?」

「そうよ、剣ちゃんも暫く聞いてなさいよ、アタシと桃食の言ってた意味が解るわ」



紅印はそう言うと剣菱から視線を逸らし校舎の一点を見つめた



「…………」

「…………」



二人してその場に突っ立ったままピアノの音色に耳を傾ける

校舎から流れて来るのは何時もと同じ曲

決して明るくは無い落ち着いた旋律

しかし暗い雰囲気があるワケでは無く、その音色は澄み切っている

しかしやはり何処か寂しく不安感を煽る音…

紅印も剣菱もその音に聞き入っていたが、ふと剣菱が紅印に訪ねる



「これ…何て曲かなぁ?」



そんな剣菱の質問に紅印は首を傾げるしか無い



「さぁ…アタシはクラシックは決まった物しか聞かないから解らないわ…」



紅印が知らないならそれ以上に野球部の部員で音楽に詳しい者等居るハズが無い

結局曲名は解らないまま流れて行く音だけがグランドに静かに通る

何時の間にか紅印と剣菱以外の部員達もその音に気付いたらしい

グラウンドは流れて来る音を聞く為なのか嫌に静まり返っていた



「…十二支のサングラス君なら知ってるかな」

「あぁ、あの中々素敵な青い髪のボウヤね…」



そんな静まり返ったグラウンドで剣菱が呟く

それを聞き紅印が青い髪の少年を思い出しながら呟くと、突然ピアノの音が途切れた



「止まっちゃったね」

「どうしたのかしら?」



やはり二人して校舎の音楽室がある辺りを見ていると、窓に人影が現れた



「お?窓に誰か居る??」

「…弾いてた子かしら?」



窓の人影は明らかに少女のシルエットの様だ

少女は何やらグラウンドを凝視している



「何かさぁ…、びみょ〜にこっち見てない?」

「そう…言われればそんな気もするわね……」



二人は視線を窓辺の少女から離す事なく言葉を交わす

剣菱の言う通り少女は剣菱と紅印の方を見ている様だった



「…………」

「………ぁ」



紅印が短く声を上げた途端窓辺に立っていた少女は音楽室の窓を閉めてその姿を消してしまった



「何々、どうかした?」

「え、ううん…、今ちょっと目が合った気がしたのよ」

「窓の子と?」

「えぇ、そしたら慌てて窓閉めて消えちゃったから…、目が合ったのは多分アタシの勘違いじゃないわね」



紅印はそんな事を呟きながらもう一度音楽室に目をやった



「もう弾かないのかねぇ」

「さぁ…、一体何なのかしら…」



二人は少女に関してはその会話を最後にし、練習を再開する事にした

既に後ろの方では他の部員達が練習を再び始めている



「紅印も剣菱もぼーっとし過ぎネ!! そんなにピアノ聴けないのがショックアルか?」



やっと練習に戻って来た二人に桃食は苦笑しながら訪ねる



「いや違うんだよ、さっきピアノ弾いてたっぽい子を見てさぁ」

「そうなのカ?」



剣菱の言葉に桃食は紅印を見て訪ねる



「本当よ、音楽室の窓際に立ってこっちを見てたわ」

「どんな子だったか解るカ?」



食桃の問いに紅印と剣菱は顔を合わせる

そして二人同時に食桃を見ると左右に首振った



「全然解らなかった、女の子って事は解ったんだけど…」

「でも割と長い髪だったわね、窓枠から推測しても身長は低め…、食桃と同じ位なんじゃないかしら」



紅印の推測に剣菱は一度頷くと、チラリと校舎の時計を確認した



「まぁ結局解らない事に変わりは無いんだし、時間も時間だし、そろそろ気持ち切り替えて練習しようよ」

「そうヨ紅印、また来週になれば何か解るかもしれないヨ」

「それもそうね…」



剣菱の言葉に食桃が同意すると、紅印も渋々ながら練習を再開したのだった

しかし、その日以降ピアノの音がする事は無かった



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「…今日も音聞こえないネ」

「そうねぇ…、やっぱり前回の事が原因なのかしら…」



食桃と紅印は二人同時にため息を付く



「二人ともまたびみょ〜につまらなそうだねぇ」

「微妙じゃなくて本当につまらないヨ」

「食桃もあの音が気に入ってたのね」

「そうヨ、昔故郷でもピアノは良く聞いてたネ、そういう紅印も相当お気に入りカ?」



食桃の質問に紅印は少し腕を組んで考えてから笑う



「そうみたいね、いつの間にか金曜日にあの曲を聴くのが当たり前になってたみたい」

「でも何で急に弾かなくなっちゃったんだろうネ…」

「この前紅印や俺達が聞いてるのバレちゃったからじゃないのかな〜?」



剣菱は頭を掻きながら相変わらずの緩い口調で言う



「やっぱりそうなのかしら…、せめて誰が弾いてるのかだけでも知りたかったのに…」



紅印がそう呟いてふと音楽室を見ると、音楽室に人影が見えた気がした



「…!!」

「紅印、何処行くアルカ!?」



突然走り出した紅印の背中に食桃が問いかけると、紅印は振り向くことなく、走ったまま答える



「ごめんなさい剣ちゃん、アタシちょっと行って来るわ!!」

「え?あ、おい紅印!?」

「…紅印……行っちゃったネ…」

「…なんて言うか……紅印…びみょ〜に目がまじだったよ…」



取り残された二人は走り去る紅印の背中を見つめ呆然と呟いた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



剣菱と食桃を残し一人音楽室の前まで走ってきた紅印

扉に手を掛けそっと中を覗く



「…………」



音楽室のピアノの前で、一人の少女が鍵盤に触れようかどうか迷っている



「どうして弾かないの?」

「!?」



紅印は思わず扉を開け戸惑っている少女に声を掛けた

少女は一瞬体を強張らせ振り向き、声の主を確認すると呟いた



「えぇと…、中宮く…じゃなかった、中宮さん…?」



少女はご丁寧にそう言い直し首を傾げる



「あら、アタシの事知ってるの?」

「そりゃ…中宮さんの事知らない人なんてこの学校には居ないよ」



紅印の意外そうな言葉に少女は苦笑しながら答える



「…それもそうね」

「あ、えと…、私はって言うの、中宮さんと同じ3年生だよ」

さんね、覚えておくわ…」



紅印はの名を呟くと頬に手を当て微笑んだ



「所で…貴女よね?毎週金曜日にここでピアノ弾いてた子って」

「あ…うん……そうだよ、私…」

「どうして弾かなくなったの?」

「え?だって…、煩いかなって思って…」



紅印の問いには気まずそうな口調で答える

紅印はそんなを見て首を傾げると、ピアノに近付き尋ねた



「どういう事?」

「だから、野球部の練習の邪魔かなって思ったの」

「どうして?」

「だってこの前弾いてたらいつの間にかグラウンドから音しなくなってて…外見たら野球部の皆がこっち見てたから…」



は眉間に皺を寄せながら目を伏せる



「普段からなるべく邪魔にならないようにって思ってたんだけど…、やっぱり無理だったかなぁ」



独り言のようにそう呟くに、紅印は苦笑してみせる



「何だ、そういう事だったのね」

「何がおかしいの?」

「思い込みすぎよ」

「?」



紅印は首を傾げているに一歩近付くとの両手を握った



「あの日は皆貴女の演奏に聞き惚れていたのよ」

「そうなの!?」

「そうよ、アタシも毎週楽しみにしてたのよ?貴女のピアノ」

「え…でも……」

「何だか雄大だけど繊細でとても素敵な曲だったからね」



紅印はそう言いながら可愛らしくウインクなどしてみせる



「そ…、それはどうも有難う…ございます……」

「でも少し聞いてて不安になる部分もあったわね」

「あ、それは多分邪魔になってないかな〜って思いながら弾いてたからだと思う」

「そう、それじゃぁ今日は本当の素敵な曲が聴けるのね」

「え?」

「だって誤解は解けたんだから、思いっきり弾けるじゃない」

「いや、それはそうだけど…」

「良いから早く弾いて頂戴、アタシ貴女のピアノの大ファンになっちゃったみたいなの」

「…それは嬉しいけど……中宮さん、まさかここで聞いて行く気?」



が訪ねると、紅印は傍にあった椅子に腰掛け、足を組み、さも当然の如く言い放った



「もちろんよ、折角謎のピアノ少女と会えたんだし、間近で生演奏を聞ける機会ってあまり無いからね」

「れ、練習は良いの…?」

「そうね…、貴女が1曲弾いてくれたらすぐ練習に戻るわ」

「うぅ…解った、解りましたよ…」



はついに折れたのか、ため息交じりに呟くとピアノの椅子を引いた



「…何時も引いてた曲で良いんだよね?」

「えぇ、宜しく頼むわ」



紅印に確認を取ると、は椅子に浅く座り呼吸を整える

しばらく無言で鍵盤を見ていたが、次の瞬間ゆっくりとは鍵盤に指を滑らせた



「…………」



紅印が見つめる中、はまるで自分だけの世界に入ってしまったかの様にピアノを奏で続ける

その旋律は今まで聞いていたものよりもずっと雄大だった

次第に紅印も曲に惹き込まれて行く

ふと目を閉じるとの描く譜面が見える様だった



「…………」



最後の鍵盤を叩き終えると、はゆっくり紅印の方を見る

紅印は未だ余韻に浸っている様で目を閉じたままだったが、やがてゆっくりと瞳を開いた



「あの…」



が心配そうに紅印に話しかける

紅印は椅子から立ち上がりへ近付く



「とっても素敵だったわ…」



そう言って妖しく微笑むと、身を屈めて椅子に座ったままのの額に口付けた



「!?」



突然過ぎる紅印の行動には目を丸くする

紅印はそんな様子を見て悪戯っぽく笑うと、人差し指をの唇に当てた



「アタシ、貴女の事好きになっちゃいそうよ」



そんな言葉と呆然としているを残し、紅印は音楽室から出て行ってしまった



「…………」



は紅印の背中を見送った後も暫く目を丸くしたまま椅子に力無く座っていた



「変な人…」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「あ、紅印帰ってきたヨ!!」

「ふふ、ただいま桃食」



紅印に駆け寄る桃食に紅印が声を掛けると、剣菱が背後から現れた



「ただいまじゃないよ紅印〜」

「あら剣ちゃん、ごめんなさいね」

「全く…」

「ねぇ紅印、さっきピアノ聞こえたヨ、紅印がお願いしたのカ?」



頭を掻く剣菱の隣で桃食は嬉しそうに飛び跳ねている

紅印はくすりと笑いながら今あった事を二人に話した



「凄いのよ、間近で聞くと音の振動が肌に伝わって来て…、鳥肌ものだったわ…」



紅印は恍惚の表情で話す

剣菱は元々音楽に興味の無い人間なので良く解らなさそうな顔をしている

一方桃食はうんうんと頷きながら紅印の話を聞いている



「紅印はそのコがとても気に入ったのネ」

「あら、どうして?」

「昔母さまが言ってたネ、演奏に惚れ込むのは演奏者の事が好きじゃなきゃ無理だっテ」



桃喰は紅印に胸を張って説明する

紅印は桃喰の言葉を聞いて納得したように呟いた



「そうかもしれないわ、今日間近で聞いて奏者の心がそのまま曲に表れる事を実感したもの」

「そう、曲は奏者の胸中を表す物だカラ曲に惚れるのはその人に惚れるのと同じネ」

「じゃぁ紅印はそのピアノ少女をびみょ〜に好きになっちゃった訳?」



剣菱が首を傾げて訪ねると、紅印は悪戯っぽい笑みを浮かべた



「微妙じゃないわよ、本当に心動かされちゃったわ、顔もなかなか可愛かったし」



語尾にハートマークを付けながら紅印は頬を両手で押さえる



「ふふ…、これから毎週金曜日が楽しみだわぁ…」



そう呟きながら音楽室に目をやる

そして今はもう聞こえないピアノの音を思い出しながら、紅印は満足気に微笑んだ



「その内私の為だけに演奏させてみせるわ」



-END-



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書き終わって真っ先にこんな事を書くのもどうかと思いますが…

当サイトではセブンブリッジは共学です_| ̄|○

何で…

何でオフィシャル設定って男子高校ばっかやねん_| ̄|○

良いじゃないか共学で!!

っていうかまぁDream小説自体が嘘の塊なんだし…

性格とか良い様に改造しまくってる訳だから…

だから…

セブンブリッジが共学でも何の問題も無いですよね?。:゜(PД`q)゜:。