−ピンポ〜ン−



日曜日の昼下がり

約束通り紅印の家のチャイムが鳴った



「はいは〜い」



紅印が上機嫌でドアを開けると、そこにはが緊張した面持ちで立っていた



「いらっしゃいちゃん、待ってたわよw」

「……ど、どうも…」



ご機嫌の紅印と対照的にのテンションはすこぶる低い

寝起きに加えて先輩の自宅に来る事に対しての緊張も有り、の言動は何処かぎこちない

しかし紅印はそんな事はお構い無しにの手を引き家の中へと招き入れる



「さぁさぁ上がって頂戴な、今日は影州も居ない事だし」

「…お邪魔……します…」



促されるままは階段を上り、2階の紅印の部屋の前へ来た

ドアを開く紅印の後に続き部屋に足を踏み入れる



「遠慮せずに入って頂戴w」

「ここが…中宮先輩のお部屋ですか…?」

「そうよ〜、何かオカシイかしら?」



はキョロキョロと紅印の部屋を見回している

紅印が苦笑しながら訪ねるとは首を左右に振って答えた



「いえ、私…中宮先輩の部屋だから、もっと可愛い物いっぱいでゴテゴテしてるのかと思ってて…」



は意外にもサッパリと片付けられている紅印の部屋をもう一度見回す



「ふふ、アタシって少し潔癖症な所あるから、あまり物がたくさんあるのは嫌なのよ」

「なるほど…」

「さぁそこに座って頂戴、早速髪の毛弄っちゃいましょ」

「あ、はい…」



紅印は部屋の二人用ソファを指差しを座らせると、戸棚から毛染め用の道具を取り出した



「どんな色にしようかしらねぇ〜」



紅印は幾つもの容器や櫛、ハサミ等を持ち出してソファの前の机に並べる



「その前に少し髪の毛切っちゃわないとね」

「あの、切るって…」

「心配しなくても平気よ、傷んでる部分を綺麗に揃えるだけだからw それとも他にリクエストある?」

「あ、いえ…別に無いです……けど」

「そう?それじゃぁ遠慮なく弄らせて貰うわよ」



紅印はそう言いながらの肩に白いケープを掛け、髪の毛を手に取り、櫛で軽く梳いて行く



「あら、意外と綺麗ねぇ…」

「そう…ですか?」

「えぇ、あまり枝毛とか切れ毛とかは見当たらないわ」

「まぁ…、染めたりしてませんからね…」

「それもそうね」



紅印は喋りながらも手際良くの髪の毛を梳かし、余分な部分をピンで留める

そして人差し指と中指の2本指で髪の毛を摘み、櫛からはみ出た部分を切り落とす



ショリ。。ショリ。。。



聞き慣れない音がの耳元で響く

髪の毛を美容師以外の人に切って貰うなんて初めての行為だ



「中宮先輩って本当に器用ですね…」



ふとが紅印に言う

紅印は少し手を止めた後、すぐにまた作業を続けながら答える



「好きだから自然と覚えちゃっただけの話よ」

「それでも凄いですよね、私なんか全然こういう事に興味無いから…」



は窓の外を眺めて呟く



「あら、でもちゃんにだって好きな事はあるでしょ?」

「好きな事?」

「そうよ、好きな事は自然に人より出来る様になるものよ」

「好きな事…、マネージャーの仕事っていうか…掃除とか洗濯なら結構好きなんですけど…」



は目を伏せながら考える



「そう言えばちゃんのお陰で部室がすっかり綺麗になったものね」

「でも中宮先輩が片付けてたから大して変わってないですよ?」

「そんな事ないわよ、アタシ潔癖症の割りに片付けるのは苦手なのよ」



紅印は苦笑しながらそう言うと、すっかり揃え終わったの頭をサラリと撫でた



「長さはこんなモンで良いかしら?」



手鏡をに手渡し尋ねる

は幾分か軽くなった髪の毛を片手で弄りながら恥ずかしそうに答えた



「大分軽くなりました」



紅印はそんなを見て満足そうに頷く



「気に入って貰えて嬉しいわw」

「最初は正直抵抗あったんですけど…、先輩に切って貰えて良かったです」



そう言いながらは紅印の家に来て初めて笑顔を見せた



「…良かった」

「先輩…?」



の笑顔を見てほっとため息を付く紅印を見て、は首を傾げる

紅印は顔を上げの頭に手を置くと苦笑気味に言う



ちゃんアタシの家に入ってから一度も笑ってくれないから…、本当に嫌がってるのかと思ったの」

「あ…、すいません私……その…緊張してて…」

「ふふ、良いのよ、でも本当に嫌な時はちゃんと断ってくれて構わないんだからね?」



そう言っての頭を撫でると、にっこりと微笑んだ



「座りっ放しで疲れたでしょ? 少しお茶にしましょ」



紅印は道具を片付けて立ち上がると、ドアに向かって歩き出す



「下でお茶の準備して来るから、適当にくつろいでてね」



そう言うと、紅印はを一人残し部屋を後にした



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「…………」



紅印が出て行ってしったので、は改めてゆっくりと紅印の部屋を眺める



「…………」



やはり想像していたよりずっと物の少ない部屋だ

は特にする事も無いのでソファに座ったまま一つ伸びをした



「何で私…こんな所に居るのかなぁ……」



ふとそんな言葉が口から零れた

改めて良く考えてみれば、自分は今とても不思議な体験をしていると思う

なぜならセブンブリッジ高校の名物、中宮紅印の部屋に招かれているのだから

しかも紅印とはそこまで深い接点があった訳じゃない

入学後、野球部のマネージャーとして入部してから紅印と話したのはたった数回

しかしその数回のうちに自分は随分と気に入られてしまったのだ



「…私は……先輩の顔もまともに見れずに逃げ回ってただけなんだけどなぁ…」



はやっぱり紅印が自分に近づく理由が解らず呟いた



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「お待たせ〜」



ぼんやりと入部当時の事を思い出していると紅印がお盆を持って戻って来た

が座るソファの前の机にティーカップとお皿を乗せながら紅印は尋ねる



「随分ぼーっとしてたみたいだけど、何考えてたの?」



そう言いながら紅印はの隣に腰を下ろす

余りに近い距離にが一瞬体を強張らせると紅印は笑う

クスクスと笑う紅印の顔は何だか全てをお見通しの様だった

は顔を赤くしながらも、数センチ隣の紅印にゆっくり話しかける



「ちょっと…入部した時の事を思い出してました…」

「入部?野球部に?」

「はい…、マネージャーとして入部してから、先輩達と過ごした時間を…振り返ってました」



そう言いながらは紅印が紅茶を用意する様を見つめた



「私達と過ごしたって、まだ入部して半月位じゃない」



紅印は笑いながらティーカップにポットの紅茶を注いで行く



「そうなんですよね…、まだたった半月なんですよね…」

「そうよ…、でも不思議ね、アタシも何だかこの半月が凄く長く思えるわ」



そう言いながら紅茶を注ぐ紅印の横顔を見て、はぽつりと口を開いた



「……中宮先輩は…」

「ん?」

「どうして…、どうして私なんかをいつも構うんですか?」



の口から出た意外な質問に紅印の手は止まる



「随分唐突ね」



そう言って喉の奥で笑いながら紅印はに注ぎたての紅茶を手渡した



「その質問に答える前にアタシからも質問して良いかしら」

「?」

「どうしてちゃんはいつもアタシから逃げるの?」

「え…?」



紅印は笑いながら続ける



「アタシね、逃げられると追いかけたくなる性分なのよ、きっと」



そう言って紅印は紅茶を飲んだ



「最初はなかなか可愛い子が入って来たわねと思ってただけだったんだけどね」

「…………」

「ちょっと挨拶に行ったらちゃん、それはもう凄い勢いで逃げるんだもの」

「そ、それは…」



紅印の言葉を聞いて、はティーカップを両手で持ったまま俯く



「アタシって嫌われてるのかしら、って最初は思ったわ」

「そ、そんな事は…」



紅印はティーカップをカチャリと机に置いてを真っ直ぐ見つめた



「でも最近は一応ちゃんと会話もしてくれるし…、今日の事も断らなかったでしょ?」

「…………」

「だから尚更不思議なのよ、ちゃんがアタシから逃げる理由が解らないの」



紅印はそう言うとにこりと不敵に微笑んだ



「だから、ぜひその訳を説明して欲しいわ」

「…うぅ……」



は紅印の有無を言わさぬ笑顔に押され、思わず唸る

しかしもはや言い訳は通じないだろうと思い直し、素直に説明する事にした



「何から話せば良いのか解らないんですけど…」



はぽつりぽつりと語りだす



「私…、中学生の頃も野球部のマネージャーだったんです」

「そうだったの」

「はい、それで…高校でもやっぱりマネージャーになりたいと思って、去年セブンブリッジの試合を見に行ったんです」



は一つ一つ思い出しながら紅印に語る



「私が見たのは華武との対決で、そこで初めて中宮先輩を見かけたんです」

「…華武戦ねぇ……思い出したくもないわ」



華武と聞き、紅印は思わず目を伏せる



「…確かに先輩達は後一歩で負けちゃいました、でも…」



は紅印としっかり視線を合わせた



「私、この人達なら次はきっと…って思ったんです」

ちゃん…」

「特に中宮先輩の采配や指示が私には凄く印象的で…格好良くて…、

 だから私…、中宮先輩のお陰で入部を決めたと言っても良い位なんです」



はそこまで喋ると一呼吸置く



「でも…、入学してすぐ中宮先輩の噂を聞いて……」

「噂?」

「はい…、セブンブリッジには名物の…オ、オカマが居るって…」



の発した単語に反応したのか、紅印の顔が笑顔のピシリと凍りついた



「実際こっそり見に行ったら…野球やってる限りでは男らしくて素敵なのに…普段は普通に女の人みたいだし…」

「…………」

「何だか女より男の人が好きだなんて事も聞いたし…」

「…………」

「先輩の事…知れば知る程深くて、聞けば聞く程解らない事ばっかりで…」

「…………」

「いざ入部して対面したら何だかどうしたら良いか解らなくて…」

「それで…マッハで逃げたのね?」



一時は禁句を聞き凍り付いていた紅印だが、の説明ですっかりそんな事は忘れ、優しく尋ねた



「…はい……」



は紅印の言葉にゆっくり首を縦に振る



「そう…そうだったの……」



紅印はとりあえずため息を付いた



「でも…良く考えれば試合の時も普段の時も、中宮先輩には変わりないんですよね…」

ちゃん…」

「って、そう思って次は逃げない様にしようと思ったんですけど、2回目以降から先輩追いかけて来るし…」

「あら…余計な事しちゃってたのねアタシ…」



頬に片手を当てて意外そうに呟く紅印に、は苦笑しながら答えた



「余計と言うか…追いかけられると逃げたくなっちゃうみたいなんですよ、私」



紅印はそんなの言葉を聞いて思わず噴出した



「な、何が可笑しいんですか」

「だって…、ちゃんって本当に可愛いんだもの」



紅印は顔を赤くして不満そうな表情するの頭をくしゃくしゃと撫でる



「難しいわね、追ったり追われたりの関係って」

「そう…ですね……?」

「ふふ、安心して良いわよ、今度からは追いかけたりしないから」

「本当ですか?」

「えぇ本当よ、だって追いかける必要性が無いじゃない」

「え?」



紅印は不思議そうに紅印を見つめるの頬に片手でそっと触れた



「だって追いかけなくてもアタシの相手、してくれるんでしょう?」



紅印はそう言いながらにっこりと微笑む

は顔を真っ赤に染めながら目の前の紅印を見つめている



「必死で逃げるちゃんも可愛くて良かったけど、やっぱりこうやって対面してくれた方が良いわよねぇ」

「…………」

「ふふ、そうやって照れてるちゃんも可愛いわ」



そう言うが早いか紅印はに抱きついた



「なっ、中宮先輩!?」



驚くをしっかりと腕の中に閉じ込めながら、紅印は目を伏せる



「……あの…先輩……?」

「………本当に良かったわ…嫌われてなくて……」



困惑するを余所に、紅印はそう小さな声で呟いた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「…………」

「…………」



それから暫く沈黙が続いた後、は何を思ったか紅印の背中に腕を回した



「…………」

ちゃん…?」



今度は紅印が驚く番だ

顔を耳まで赤くしながら自分の体にしがみ付いているを紅印は見つめる



「私…中宮先輩の事……好きです…」



今にも消え入りそうな程小さい声で呟く



「去年試合で見た日からずっと好きでした…、入学して本当の中宮先輩を知った時は驚いたけど…、でも…」



は顔を上げ紅印と視線を合わせると赤い顔のまま恥ずかしそうに笑った



「やっぱり先輩の事、好きです」



のそんな言葉と表情に紅印の頬も思わず赤くなる



ちゃん…、貴女って子はもう……」

「先輩…?」

「さっき…嫌われてないって解っただけでも嬉しかったのに…」



紅印はそう言うとの体を引き寄せ小さな唇に軽く口付けた



「っ…!?」



一瞬の隙に唇を奪われたは、一体何が起きたか解らず呆然とする

紅印はその様子を楽しそうに見て微笑んだ



「アタシも貴女が大好きよ、初めて会ったあの日から…ね」

「中宮先輩…」



紅印の言葉に目を潤ませるに、紅印は頼む



「ねぇ、折角だし名前で呼んでくれない?」

「え?あ、あの…く、紅印…先輩……」



要求を受けておずおずと紅印の名前を口にする

その様子がまた可愛らしく、紅印は溜まらずをソファに押し倒した



「くっ、紅印先輩!?」

「あぁもう駄目、可愛すぎるわちゃん」



もはやノンストップな紅印には慌てて訪ねる



「あ、あのっ、髪の毛染めなくて良いんですか?」



言われて見れば本来が紅印の家に来た理由は散髪と染髪の為だ

紅印はの言葉でそれを思い出したが、口の端で笑い囁いたのだった



「良いのよ、髪の毛はまた今度…、今はちゃんをアタシ色に染めてあげるv」

「〜〜〜〜っ!!」



- END -



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紅印姐様に萌え萌え病は未だ発展中です_| ̄|○

勢い余って「紅印好きに91の質問」なんて物も作りました。

うぁー

好きだー(」≧□≦)」



'05,08/18