「お願いっ!!ねっ? 良いでしょ!?」

「…断る……」

「お願いってば〜!! 一回!!一回だけで良いから!!」

「良い加減に諦めろよ…」

「いーや、諦められないね!!」



犬飼冥は女が苦手

そんな事は十二支高校の人間なら誰でも知ってる定説

しかし今犬飼の前で両手を合わせて必死にお願いのポーズを取っているのは一人の女生徒…



「犬飼くんがこの眼鏡を掛けてくれるまで私は絶対引き下がらない〜!!」

「あのなぁ…」



遂には犬飼の腕にしがみ付き離れようとしない

これを犬飼のファンが見たら公開処刑大決定だろう



「とりあえず…離れろ……」

「じゃぁ掛けて」

「それとこれとは話が別だろ」

「別じゃない!!むしろ別でも何でも良いから掛けて!!っていうかもう掛けろ!!」



犬飼の腕からひっぺがされた女生徒は目に涙すら浮かべて懇願している



「…何度も言うが俺は別に目が悪い訳じゃないから付ける必要ない……」

「そんな事言って前回の7B戦では掛けてたじゃない!!」

「そ、そうだったか…?」

「そうだよ!!単行本20巻の155ページの5コマ目で確かに掛けてた!!」

「ぃゃ、お前何言ってるんだ…」

「何でも良いからこれ掛けてってばー!!」

「…………」



犬飼の言い訳も空しく女生徒はぐいぐいと犬飼に迫る

そんな様子に根負けしたのか、犬飼は大きくため息を一つ付くと女生徒に尋ねた



「お前…何でそんな俺にソレ掛けさせたいんだ?」

「…単なる…趣味だけど……」

「趣味でここまで迫って来ないだろ普通」

「そ、それは…」

「大体俺お前の名前だって知らないし」

「あれ?そうだっけ?」



そう、この女生徒はいきなり犬飼の元へ押しかけいきなり何処からか眼鏡を取り出しいきなりそれを掛けろと要求して来たのだ



「そうだっけってお前…」

「ごめんごめん、私一つの事に夢中になると周りが見えなくなっちゃうんだよね」

「良いからとりあえず名前くらい言えよ」

「あぁ、うん。 私は、1年D組だよ」



と名乗るその少女はにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべて自己紹介した

犬飼はそんなの調子に盛大なため息を吐く



「お前…何か馬鹿猿と同じ匂いがする」

「馬鹿猿?誰?」

「いや、こっちの話」

「…まぁ良いや、兎に角名乗ったんだし掛けてくれても良いよね、はい」



は先程と同じように手に持った眼鏡を犬飼に突きつける



「別に掛けるとは言ってないだろ」

「…意地悪」

「とりあえずそれは違う」

「じゃぁケチ!!」

「あのなぁ…」



犬飼は何かを言いかけ、ふとその動きを止めた



「どうしたの?」

「まずい…」

「え?」



犬飼の視線はを追い越した向こう側に注がれている

はくるりと振り返り犬飼と同じ視線になってみた

すると廊下の遥か向こうの方から何かがかなりの早さで近付いて来るのが確認出来た

心なしか地響きもしているような気がする



「あれって…犬飼くんのファンの子達だよね…?」

「………」

「えっと、あの…、じゃぁ今日はこの辺で!!」



アレに巻き込まれるなんて冗談じゃない

そう思ったは言うが早いか犬飼を置き去りにして逃げ去ろうとした

しかし…



「ちょっ、何でついて来るかな!?」

「違う!!同じ方向に逃げてるだけだ!!」

「何よ、あの子達が用があるのは犬飼くんなんだから大人しく捕まってなさいよぅ!!」

「ふざけんな!!あんなのに捕まったら…死ぬ!!!!」



前か後ろか

二択しか無い廊下

逃げるなら当然同じ方向に進む事になる

教室に逃げ込めば袋のネズミも同然

逃げ切るにはとりあえず校舎から出る必要があった



「「「「「キャァーーーーー犬飼きゅ〜〜〜〜〜ん!!!!」」」」」

「「「「「っていうか犬飼きゅんの隣にいるの誰よ!?」」」」」

「「「「「何あの女!!抜け駆け!?許せない!!!!」」」」」

「いやっ、私関係無いんですけど!?」



すっかり巻き込まれたは必死に叫ぶがファンの群衆には届いていない



「ちょっと犬飼くん!!どうしてくれんの!?」

「知るか!!とりあえずお前が悪い!!」

「そんなぁ!?」



元はと言えば、珍しく野球部が無い今日の放課後

ファンに囲まれる前にさっさと帰ろうとしている所に現れたのがだった



「そう考えれば確かに私のせいかもしれないけど…!!」



は目的の為なら周りが見えなくなる性格を今更ながら悔いる



「目的…?」



そして、ふと今回犬飼に自分が近付いた目的を思い出した



「そうだった、私犬飼くんに眼鏡掛けて貰わなきゃいけないんだった…!!」

「まだそんな事言ってるのか!?」

「そんな事じゃないの!!大事な事なんだから!!」



と犬飼は以前走り続けながら会話するが、の体力はそろそろ限界だ

そもそも野球部員である犬飼と同じ速度で走っている事自体凄い事なのだが、人間必死になれば何でも出来るらしい

は限界に近い中必死に考える



「…えっと……あぁ駄目だ…この場所じゃ捕まる……、、、でも…窓から…いや、…」

「何ぶつぶつ言ってんだ?」

「ちょっと黙ってて!!!!」

「なっ…」

「窓から、に見せ掛ければ……その為には…ロッカー……かな、良し!!!!」



どうやら考えがまとまったのか、は顔を上げて犬飼に話し掛ける



「ねぇ、もしこの子達から逃げ切る手伝いしたら眼鏡掛けてくれる!?」

「はぁ!?」

「このままじゃ捕まるだけでしょ!?捕まってもみくちゃにされるか、眼鏡を掛けるか、さぁどっち!?」

「何でだよ…」

「早く!!次の教室に入りたいんだから今決めて!!すぐ決めて!!」

「解ったよ!!」

「よっしゃ!!」



犬飼がようやく決心した事を確認すると、は犬飼の腕を引っ張り宣言通り一つの教室に逃げ込んだ



「「「「「あっ、教室に逃げたわよ!!」」」」」

「「「「「逃がさないんだから!!!!」」」」」



と犬飼に少し遅れてファン軍団も教室へとなだれ込む



「「「「「あれ…?」」」」」




しかし教室はもぬけの空



「「「「「居ない…」」」」」



誰も居ない教室を見渡すと、一箇所だけ窓が開いておりカーテンがはたはたと揺れていた



「「「「「まさかこの窓から!?」」」」」

「「「「「でもそれならきっとまだ遠くには行って無いはず!!」」」」」

「「「「「待っててね!!犬飼きゅん!!」」」」」



ドドドドと地響きを上げ、ファンの軍団は教室の外へ飛び出して行った

再び教室に静寂が戻る



「…………」

「…………」



カタンッ

静寂の中、掃除用具入れのロッカーの扉が小さく開いた



「行ったみたい…だね」



こっそりと誰も居ない事を確認し、今度こそ扉が大きく開かれる



「あ〜、疲れたぁ…」



ロッカーからフラフラと出てきたは思わず床にへたり込む

続けて犬飼もロッカーから出て、同じ様に床へと座った



「でも上手くいって良かったねぇ」

「…とりあえず、助かった」

「本当に死ぬかと思った」



は脱力しながらもあははと笑うが、犬飼は心底疲れきったようにうなだれている

そんな犬飼の様子を見ては今ここで「眼鏡を掛けて!!」なんて言い出す気にはなれず、何となく問い掛けた



「毎日、こんな感じ?」

「まぁ…」

「大変だねぇモテるのも」

「………」



毎日毎日追い掛け回されるなんて、例え好意の上であったとしてもやっぱり面倒だし鬱陶しいもんだ

はそう思いながら今回の自分の行動を振り返る



「あのさ…」

「ん?」

「ごめんね」

「何がだ?」

「いや、私も…あの子達と似たようなもんだったなーって思って…」



ポケットから眼鏡ケースを取り出し、気まずそうにケースを弄ぶ



「追い掛けてないものの、物凄く強引に迫ったし…」

「あぁ、凄かったな」



犬飼は先程のの迫力を思い出して苦笑する



「あぅ…、えーと……だからさ、今回は諦める…」

「良いのか?」

「え?ぁ、うん…、残念だけど……ちょっと反省したし…」



本当に残念そうに呟くに、犬飼は思わず吹き出した



「うぅ…、何で笑うの」

「いや、本当に残念そうだったから」



笑いながら、ひょいとの手からケースを取り上げる



「ぁっ」

「とりあえず、約束は守る」

「犬飼くん…」



犬飼はそう言うと、ケースから持参の眼鏡を取り出し耳に掛けた



「掛けたぞ」

「っ………」

「どうした?」



折角犬飼が眼鏡を掛けたにも関わらず、はすぐに両手で顔を覆ってしまった

不可解な行動のの顔を覗き込むが、は顔を覆ったまま小さく震えている



「おい…」

「かっ…」

「か?」

「格好良い………!!」

「なっ…」



ようやく両手を顔からどかしたは、輝かんばかりの笑顔で犬飼を見つめている

犬飼は思わず顔を赤らめたがはお構いなしに語り続ける



「やっぱり思った通りだった!!この前の眼鏡よりこっちの方が似合ってる!!犬飼くんの切れ長の目には細い銀縁フレームだよね!!」

「…はぁ………」

「あぁ駄目だ、本当に格好良すぎて鼻血出る…!!」



そんな事を言いながらもは素早い動きで何処からか携帯を取り出す

そして唖然としている犬飼に携帯を向けるとこれまた素早くボタンを押した

カシャシャシャシャシャシャシャ

携帯から擬似シャッター音が鳴り響く



「ちょっと待て」

「え?」

「何で連写モードなんだよ!?…って違う、そうじゃない、何勝手に撮ってんだ!?」

「だって犬飼くん今後はもう掛けてくれなさそうだし…、せめて写メで残しておこうかなって…」

「何だそれ…」

「あ〜もう本当に格好良いなぁ…、待ち受けに設定しとかなきゃv」



犬飼は呆れたような、むしろもういっそ感心したような微妙な気持ちで目の前で両手を頬に当てて顔を赤らめているを見た



「とりあえず…、何かお前、調子狂う……」



はぁ、と深いため息と共に小さく呟くと、犬飼は眼鏡を外してケースに戻した



「あぁっ!?もう取っちゃったの!?!?」



押し付けるように返されたケースを握りながらが悲痛な声を上げる

犬飼はそんなを余所に立ち上がるとに背を向けてぽつりと呟いた



「そんなに見たきゃまた掛けてやる…」

「本当!?」

「気が向いたらな」

「ぇえ〜…何それ、気が向く時なんてあるの?」



犬飼の言葉に一瞬期待に目を輝かせただったが、すぐに不満の声を上げる




「ぁー…だから、その……アレだ」

「…?」

「次も…また見に来りゃ見れる…かもな」



後ろを向いたままの犬飼を床に座ったまま見上げ、くすくすと笑った



「犬飼くん耳真っ赤…」

「っ!?」



慌てて両耳を隠しながら振り返った犬飼に、はパタパタとスカートを払うと少し悪戯っぽく尋ねた



「犬飼くんって、女の子苦手なんじゃなかったっけ?」

「…お前は……あんまり女っぽくないから平気だ」

「あはは、酷い言い草」

「ノリも野球部に居る奴に似てるし、集団で追い掛けて来ないしな…」



そう言いながら気恥ずかしいのかから視線を逸らす犬飼を見て、は嬉しそうに笑い掛けた



「ねぇ、明日早速部活見に行って良いかなぁ?」

「ん、あぁ…別に良いと思う…」

「やった!!あのさ、キャッチャーで眼鏡の人居たよね、犬飼くんとバッテリー組んでる、確か…辰、辰…?」

「辰羅川?」

「そうそう辰羅川くん!!あの人の眼鏡も素敵だよねv」

「は?」

「キャプテンの牛尾先輩もたま〜に眼鏡してるけど格好良いし…vv」

「なっ、お前本当に眼鏡だけが目的かよ?」



眼鏡眼鏡とはしゃぐを前に犬飼が驚いた様な、又はがっかりしたような顔になる

は犬飼のそんな顔を見て、大きく笑った



「嘘だよ嘘嘘!!確かに眼鏡男子は大好きだけど、一番好きなのは犬飼くんの眼鏡姿だもん!!」

「それ…結局眼鏡じゃねぇか……」

「細かい事は気にしない!!元が好きじゃなきゃいくら眼鏡でも仕方無いんだから」

「はぁ…」



楽しそうに笑うを半眼で見つめながら、犬飼は腑に落ちないと言った感じでため息をつく

しかし"今まで散々追い掛け回して来た女とは一味違う位が丁度良いかもしれない"等と思いなおしの言う様に細かい事は気にしない事にした



「ところで犬飼くん」

「ん?」

「私の名前聞いた癖に一度も名前呼んでくれて無いよね?」

「…そうだったか?」

「そうだよ!!お前としか言われて無いもん、そもそもさっきのだって告白なんだか何なんだか良く解らないし!!」

「お前だって眼鏡が好きとしか言ってない…」

「それはそれ、これはこれ!!って言うかまたお前って言った!!お前じゃなくてだよ、!!」



そう言いながらは頬を膨らます

犬飼はそんなを見ると、再度視線を逸らして呟いた



「とりあえず…、友達からって事で宜しく………」



女が苦手な犬飼としてはこれが精一杯なのだろう

はハッキリしない態度をほんの少しだけ不満に思いながらも、それ以上の満足感でいっぱいだった

そして先程以上に顔を真っ赤にしている犬飼に向かい、手を差し出した



「こちらこそ宜しくね、大好きだよ冥!!」



一瞬戸惑いながらも差し出された手を握り、犬飼も珍しく柔らかく微笑んだ



「あぁ、宜しく」



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こうして晴れてお友達からの清い交際をスタートした二人

次の日からは毎日野球部の見学に行くの姿が見られたとか…



「はぁ〜、やっぱり辰羅川くんの眼鏡は素敵だよねぇvvv」

「あ、あの〜…さん?あまり私に構うとい、犬飼くんが……その…」

「おい辰…、とりあえず殴らせろ……」

「!?」



-END-



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やっと完成〜(;´Д`)

現在夜中の3:12です(笑

お昼から書き始めたのに途中で犬飼が良く解らなくなっちゃってとりあえず1巻読み直したらうっかりそのまま全巻読破しちゃいましたw

久々にミスフルDream書いてみたけどやっぱりどのキャラも好きだなぁ…。

でも現在のテンションだと眼鏡犬飼にラヴです。

またいずれテンション上がって誰かに傾いたらミスフルDreamが増える事でしょうw

とりあえず、普段眼鏡掛けてない人がふいに掛けた眼鏡とか超素敵ですよね♪って感じの夢でした!!

それではおやすみなさい…。




'10/3/11