艶やかな黒髪
鋭く涼しげな目元
端正で整った顔立ち
すらりとした佇まい
低く凛としたバリトンボイス
しなやかで力強く、大きくて確りとした男らしい手足
頭の回転が速く仕事は完璧
上司に対しても臆することの無い毅然とした態度…
鬼灯様への周囲の評価は、大体こんな所だろう
まぁ、現世の言葉を借りるとすれば所謂"イケメン"と言うやつだ
当然の事ながら彼を狙う女性は内外を問わないどころか、人間、鬼、妖怪をも問わず非常に多く、あの手この手で鬼灯様へのアプローチを試みている女人たちを良く見掛ける
脱衣婆さんに言い寄られ、岩姫さんに想いを寄せられ、ピーチマキさん、お香さん、リリスさんなどの美人と一緒に居る所も良く見掛ける
以前行われたバレンタイン&豆撒き混合イベントでは最終的に鬼灯様にチョコが集中した、なんて事もあった
閻魔様の補佐官と言う地位に加えてあの容姿であれば、確かに惹かれる気持ちも解らないでもない
「でも、鬼灯様ってちょっと怖いと思うんだけどなぁ…」
庁舎の清掃・維持・管理を行う、所謂雑用係として雇われている私は、金魚草に水をやりながらそんな独り言を呟いた
おぎゃぁと不気味な声で鳴きながらわさわさと揺れるこの奇妙な植物は鬼灯様の育てているもので、
最近は鬼灯様が忙しすぎて細かな世話に手が回らなくなった為、私が世話係に任命されたのだ
それ以来何かと鬼灯様とはお話する機会が増えたものの、私は正直なところ鬼灯様が少し苦手だった
「…あの鋭い目がなんか怖いんだよね……」
如雨露を片手に誰にともなく呟きながら、私は息を吐く
180を超える身長で見下ろされ、あの全てを見透かすような鋭い目でじっと見つめられると、訳も無く逃げ出したくなる
ただでさえ小心者の私にとって、鬼灯様の存在感と威圧感は中々慣れられるものでは無かった
「さて、と…」
一通り水やりを終えた私は如雨露を片付け、雑草の除去の為に腕を捲りしゃがみ込む
こうして一人で黙々と作業をする時間は、業務とは言え私にとっては中々に安らぐ時間だった
金魚草を初めて見た時にはその不気味さに衝撃を受けたもの、今では気にもならない
「まぁ気にはならないけど…、見れば見る程動物なんだか植物なんだか解らないなぁ…」
柔らかくなった土から雑草を引き抜きながら、私は金魚草の群れの中でも一際大きな金魚草を見上げる
私の身長よりもずっと大きな金魚草は、いつも通りわさわさと左右に揺れていた
「うーん…、でも何かあんまりツヤが良くないような…?」
しかし何処となく顔色(?)が良く無い気がして、私は金魚草を見上げながら首を傾げる
「他の金魚草達も何となく調子良く無いみたいだし…、何でだろう?水やりと栄養は十分な筈なんだけど…」
私がそんな事を呟きながら新しい肥料でも試すべきかと考えていると、ふいに金魚草たちがざわざわと大きく揺れた
「何々?どうしたの?」
急に騒ぎ始めた金魚草に驚いて立ち上がると、ふと廊下の向こう側を歩く鬼灯様の姿がちらりと見えた
「…もしかして、鬼灯様が恋しいの?」
まさかと思いながらも目の前の金魚草に尋ねると、金魚草はおぎゃぁと同意する様に鳴く
「そっか…、顔色が良く無かったのもそのせいなのかな…」
鬼灯様の姿は既に見えなくなっていたものの、数百本の金魚草は暫くの間主人を求めて鳴き続けていた
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「すみません鬼灯様、今少しお時間を頂いても宜しいですか…?」
「おやさん、何かありましたか」
「えぇと、実は金魚草の件でご相談が…」
昼食時
食堂で一人食事中の鬼灯様に声を掛けた私は、此処最近の金魚草の様子と共に先程の出来事を伝えた
「金魚草が私に会いたがっている、ですか?」
「はい…。最近あまり元気が無いなと思ってはいたんですけど、どうやら鬼灯様に会えない事が寂しいみたいで…」
「そうですか…。確かに、此処暫くの間は貴女に世話を任せきりでしたからね」
私の報告を聞いた鬼灯様はそう呟くと、手早く目の前の食事を全て平らげて立ち上がった
「解りました。それではこの後時間を取れる様調整しますので、貴女も後程庭まで来て下さい」
「はい、解りました。有難う御座います」
「えぇ。ではまた後で」
お盆を手にした鬼灯様は、それだけを言い残すと足早に食堂から出て行ってしまった
忙しい事は重々承知した上駄目元での相談だったが、意外にもすぐに対応して貰える事になり私は胸を撫で下ろす
「これであの子達も少しは元気になるかな」
得体が知れない奇妙な生き物だとは思っているものの、やはり毎日世話をしていると情も移る
私は金魚草が喜ぶ姿を思い描きながら、遅めの昼食を取った
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「今日はこの後鬼灯様が会いに来てくれるって。良かったねぇ」
昼食後、雑務を終わらせた私は再び庭へと足を運び、金魚草の群れに告げた
すると金魚草達はそれぞれ嬉しそうに揺れ、いつも以上に高めの鳴き声を上げる
「君達はそんなに鬼灯様が好きなの?」
誰にともなく尋ねる私の言葉に、近くの金魚草が肯定する様に軽やかに揺れた
「そう言えば白いワンちゃんや獄卒の鬼の子達も鬼灯様に懐いてたっけ…。賽の河原の子達も何だかんだ鬼灯様の事慕ってるみたいだし…」
思い返せば鬼灯様は女性ばかりでなく動物や子供にも案外好かれている
そう考えてみると、実は鬼灯様は私が思っている程怖い人と言う訳では無いのかもしれない
「私も、もう少し怖がらずにお話出来たら良いんだけどな…」
「そうですね。私も同意見です」
「へ?」
金魚草に向けた私の独り言に返って来た言葉に私は後ろを振り返る
すると私の背後にはいつの間にか鬼灯様が立っていて、いつも通り抑揚の感じられない表情で私を見下ろしていた
「ほっ、鬼灯様…!!」
「遅くなってすみません。上司の尻拭いに少々手間取りまして」
「いえ、そんな、とんでもないです。あの…えぇと……」
まさか気配も無く背後に立たれているとは思ってなかった私は先程の独り言に狼狽するが、鬼灯様は気にした様子もなく慌てる私をじっと見下ろす
「………」
「………」
「………」
「ぁの……鬼灯…、様?」
そのまま暫く続いた沈黙に耐え切れず恐る恐る声を掛けると、鬼灯様は視線を私から金魚草へ移し辺りを見渡した
「見た所金魚草は順調に育っているようですね。手入れも行き届いていますし問題無さそうです」
「ぇ?ぁ、えぇはい…。寂しいせいかこのところ少し元気が無かったんですけど、成長自体は順調、です…」
「そのようですね。やはり貴女に頼んで良かった」
「ぁ、有難う御座います…」
私がこくりと頷きながら答えると、鬼灯様は満足そうな様子で再び金魚草から私へと視線を移す
「金魚草の件以外でも、貴女がこちらに配属されてから備品が足りずに慌てて発注すると言う事が無くなりました。
掃除も整頓も隅々まで良く行き届いていますし、備品の配置についても細かな心配りを随所に感じます」
「いえ、そんな…」
「金魚草はこれでいて結構繊細で飼育が難しいのですが…、普段の仕事ぶりから貴女なら大丈夫だろうと頼んだ甲斐がありました」
そう言って珍しく若干の柔らかな表情を見せる鬼灯様の言葉が素直に嬉しくて、私は思わず赤くなる顔を隠すように俯く
しかし、地面を捕らえていた私の視界に突然鬼灯様の右手が現れたかと思うと、その手は私の顎を捕え、私の顔はそのまま強引に上へと向けられた
「以前から気になっていましたが…、照れると視線や顔を逸らすのは貴女の癖のようですね」
「ぁ…え……」
突然の事に硬直する私の顎から手を離した鬼灯様は、そのまま私を真っ直ぐに見つめたままで尋ねる
「貴女は、私が怖いのですか?」
「ぇ?やっ…、そんな、…別に……怖いだなんて思って、…なくもない、様な…」
「私の目を見てハッキリ言って貰えますか」
「すっ、すみません!!あの、何故かは自分でも良く解らないんですけど、鬼灯様の雰囲気がどうも苦手と言うか怖い、と言うか…」
鬼灯様の鋭い視線と口調に気圧された私は、思わずその視線から逃げ出すようにぎゅっと目を閉じ半泣きで本音を漏らした
随分と失礼な事を口走っている自覚はあったけれど、有無を言わさずそれを言わせたのは鬼灯様自身だ
そうは言っても流石に怒らせてしまっただろうかと恐る恐る瞼を開き鬼灯様の様子を伺う
すると少しの間黙り込んでいた鬼灯様は、雰囲気、ですか…、と独り言の様に呟いた後で私に向けて首を傾げた
「雰囲気が怖いと言うのは少々解り難いので、もう少し具体的に説明して貰えますか」
「ぐ、具体的に…と言われましても……」
「別に怒らないので言って下さい」
相変わらず抑揚の無い声で命じられ、私は逃げる事も出来ず再度視線を逸らしてしどろもどろながらも鬼灯様の問いに答える
「ぁの…、鬼灯様の目、が…、何だか全てを見透かしている様で怖い…と言うか。鬼灯様に見られると、逃げたく…なって。…でも、逃げたいのに身動きが取れなくなる…と言うか…」
「………」
「蛇に睨まれた蛙の様な心境と言うか…、お顔を見るのも畏れ多いと言うか……。兎に角、何だかいっぱいいっぱいになるんです…」
実際、こうして今鬼灯様の目の前に立って鬼灯様の視線を受けている事すら私にはどうにも落ち着かない事態だ
更に言えば鬼灯様と私の今の距離はほんの半歩程であり、それだけで緊張の余り心臓が苦しい
私がそんな気持ちをどうにかこうにか伝えると、鬼灯様は納得したように静かに頷いて傾げていた首を元に戻した
「……なるほど、大体解りました」
「ぇ?あの…」
「貴女の回答次第では少し遠慮しようと思っていましたが、どうやら特にその必要は無さそうですね」
「遠慮って何を…ですか?」
鬼灯様から発せられた言葉の意味が解らず混乱していると、ふいに鬼灯様の顔が近付き、鼻先が触れそうな距離でぴたりと止まった
「…っ」
鬼灯様のまたも突拍子も無い行動に私は再びその場で固まるが、そんな私に構わず鬼灯様は問い掛ける
「怖いですか?」
「ぇ…」
「逃げたいですか?」
「…ぁ、あの…」
今にも唇が触れてしまいそうな距離で、鬼灯様の双眼がじっと私の視線を捕える
私は身体を退く事も目を逸らす事も出来ず、ただ自分の身体が熱く赤くなっていくのを感じるしか無かった
「………」
「………」
そのまま私を見つめ続ける鬼灯様を見上げながら、私は自分の目頭がじわりと熱を持つのを感じた
どうしてこの人はこんなにも私を追い詰める様な真似をして来るのだろうか
目の前の鬼灯様が怒っているのか、それとも何か別の感情を持っているのか
私にはそれすらも解らない
私はただ金魚草の様子を見て欲しかっただけで、こんな展開は望んでいなかった
早く、一刻も早くこの場から解放して欲しい
そんな事を思いながら思わず泣きそうになる自分を誤魔化す様にぎゅっと口を結ぶと、私を見つめていた鬼灯様がふいに口を開いた
「貴女、私の事が好きでしょう」
それはあまりにも想定外の台詞で、私は泣きそうだった事も忘れて思わず間抜けな声を上げながら鬼灯様を見つめ返す
「…は……?」
しかし鬼灯様は動じる様子も無く淡々と、相変わらずの至近距離から私に向かって声を掛けた
「貴女は私を怖いと言いますが、私には怖がっていると言うよりは緊張しているだけに見えます」
「緊、張…?」
「顔を赤らめて、今にも泣きそうな顔をして…、恥ずかしさと緊張の余り混乱しているだけなんじゃないですか?」
「こっ、混乱なら…確かに今、してます…けど……」
鬼灯様の余りにも淡々とした様子に私も幾分か冷静さを取り戻しながら答えると、鬼灯様は一瞬目を伏せ自嘲気味に呟いた
「自慢ではありませんが…、私は本当に私の事を"怖い"と思っている人がどんな言動をするのかを知っています」
「………」
「しかし貴女はそのいずれにも該当しません。それに、私の事を怖いと言いながら、貴女結構私の事を見ていますよね?」
何処か断定的に尋ねられた言葉に、私はごくりと息を呑む
確かに鬼灯様の事は庁舎内でも庁舎外でも結構な頻度で見掛けるけれど、でも、それはあくまでも偶然だ
あの手この手で鬼灯様へのアプローチを試みている女人たちを良く見掛けるのも、
脱衣婆さんに言い寄られ、岩姫さんに想いを寄せられ、ピーチマキさん、お香さん、リリスさんなどの美人と一緒に居る所を見掛けるのも、
以前行われたバレンタイン&豆撒き混合イベントでは最終的に鬼灯様にチョコが集中した事を知っているのも、
あくまでも全部全部偶然で、私の行く先々にたまたま鬼灯様が現れるだけだ
「っそれは、たまたま…良くお見掛けするだけで…」
「たまたま、ですか」
「そう、です…。業務中とか、出掛ける先に…何故かいつもたまたま鬼灯様が居る、から…」
そう
私は決して鬼灯様の後をつけている訳でも無ければ鬼灯様が行きそうな所に当たりを付けて出掛けている訳でも無い
本当に偶然私の行く先々に鬼灯様が居て、そして私は何故か毎回そんな鬼灯様の姿を見つけてしまうだけだ
何処に居ても
誰と居ても
鬼灯様の姿が自然と目に入り
鬼灯様の声が自然と耳に入る
「あ、れ……?」
これではまるで私が鬼灯様を常に気にしている様では無いか
鬼灯様の言葉を否定する為にしていた自問自答の雲行きが怪しくなり、私は瞬きを繰り返す
「いや、そんな訳…」
「どうしました?」
「ぇ…いえ、ぁの……」
「いくら鈍感な貴女でも、自分の気持ち位は流石に気付かないと不味いんじゃないですか?」
「なっ…」
全てを見透かした様な目で私を眺めながら、鬼灯様は私に向かって平然とした様子で言葉を投げ掛ける
いつもならそんな鬼灯様の目が怖くて仕方ない筈なのに、何故か私は図星を指された様な恥ずかしさを覚えて鬼灯様に食って掛かった
「ど…、どうして…、どうして私が鬼灯様の事を好きだなんて言い切れるんですか…?」
「どうしてとは?」
「だからその…、本当にたまたま遭遇する頻度が高いだけで、別に好きじゃ無い確率だってあるじゃないですか…」
それなのに"私が鬼灯様を好きだ"と、完全に決めつけて話を進める鬼灯様にその疑問をぶつけると、鬼灯様はあぁ、と小さく呟いた
「それなら簡単です。貴女が毎回私を見ている事に気付く程度には、私も貴女の事を目で追っているからですよ」
「……?」
「解りませんか?つまり、私も貴女を好いているので、貴女の姿が自然と目に付くんです」
淡々と
本当に淡々と
いつもの通りのトーンで
鬼灯様はそんな言葉を口にする
「あの…、……ぇ?」
私は鬼灯様の口から飛び出た言葉を耳にしながらも、その意味を正しく理解する事が出来ずに鬼灯様から身を引き一歩後ろへと退いた
「ぇ、と……」
よろよろと二歩、三歩と鬼灯様から後ずさりながら、私は自身の顔を片手で抑える
「好き…?」
今、鬼灯様に、好いていると言われた気がする
好き?
鬼灯様が、私を?
信じられない
信じられる要素が無い
だって、今まで私と鬼灯様に接点なんてほとんど無かったし、鬼灯様は官僚で、私はただの雑用係
あまりにも立場が違い過ぎる
そんな鬼灯様が私を好きだなんて、そんな事ある筈が無い
あぁそうだ
好きと言っても色々な意味があるし、きっと鬼灯様が言ったのは私の仕事ぶりを見た上で上司として好きだと言う意味で…
「一応補足しておきますが、この場合の"好き"と言うのは上司としてでは無く1人の女性として貴女を好ましく思っていると言う意味です」
「………」
折角納得出来そうだった私の考えを、鬼灯様はいとも容易く打ち砕く
完璧に退路を断たれ、私は固まったままの表情で鬼灯様を見上げた
「な、何で…、好きって…本気、ですか?」
「私が冗談でこんな事を言う様に見えますか?」
「いえ…」
鬼灯様の問いに私が首を振ると、鬼灯様はふぅと一つ息を吐く
「まぁ自分の気持ちにも気付かない貴女が、私の気持ちに気付いている訳は無いとは思っていましたけどね」
「ぅ…」
「…先程話した通り、金魚草の世話を任せたのは貴女の細やかな仕事ぶりに惹かれたからです。
少々頼りなさはありましたが、配属以来常に真面目で一生懸命な姿勢は私にとっては非常に好印象でしたから」
鬼灯様はそう思い返す様に目を伏せて呟き、再び目を開くと私との間に開いた距離を見定める様に地面へと視線を移した
「ですから貴女ならきっと金魚草の世話もきちんとこなしてくれると思いお願いした…と言うのが建前の一つで、
実は金魚草の世話を切っ掛けに貴女と話す機会が増えれば、と言う下心もありました」
「………」
「実際そのお陰で貴女と会話する機会は以前より増えました。しかし…」
地面に視線を落としていた鬼灯様の目が再び私へと向けられる
「いつ話しても、何度話しても、中々視線は合わないし顔も逸らされ今の様に妙に距離を置かれる始末。
それなのに他の方と話している貴女は普通に笑顔で楽しそうで…、それを見て正直嫉妬する気持ちもありました」
そんな風に次々と鬼灯様の口から語られる内容は想像もしていなかった事ばかりで、私はただ黙って鬼灯様の言葉に耳を傾ける事しか出来ない
「ですが行く先々で視線を感じる事が増え、そこでようやく貴女が頻繁に私の事を見ている事に気付いた訳です」
「そ、そんなに見てたつもりは…」
「意識していようと無意識だろうと…、貴女が私の存在を気にしていると解った時点で、私の中の貴女の存在はもはや無視出来ないものになったんですよ」
何だか少し不本意そうに呟いた鬼灯様は短くため息を吐くと、私との距離を詰める様に一歩、二歩と足を踏み出した
そして私が先程後ずさって逃げた分だけ、ゆっくりと私に近付いて鬼灯様は私を見下ろす
そんな鬼灯様を見上げながら私が声も出せずに固まっていると、鬼灯様はおもむろに掌を私の頭にぽんと乗せた
「責任感が強く、仕事熱心で良く気が利いて真っ直ぐで、少々抜けていて…。私はそんな貴女を大層気に入っています」
いつもより少し柔らかな声で呟きながら、そのまま私の頭を優しく撫でる鬼灯様の大きな手の温もりと感触に私は思わず目を閉じてしまう
「ですから、貴女が私をどう思っているのか、貴女の口から聞かせて下さい」
私の頭を一頻り撫でた後、手を離してそう告げた鬼灯様の顔はやっぱりいつもと変わらない様に見えた
しかし私をじっと見つめる鬼灯様の瞳はとても真剣で、
私も鬼灯様の言葉にきちんと応えなければと、本当なら今すぐにでも逃げ出したい衝動を抑えながら私は口を開いた
「鬼灯様は、確かに少し怖いですけど…。でも、仕事熱心で頼り甲斐があって、誰に対しても臆する事が無くて…。私は、そんな鬼灯様をとても尊敬しています…」
緊張のせいで震える声のまま、私は目の前の鬼灯様に自身の気持ちを正直に伝えた
鬼灯様の事をとても尊敬していて、純粋に憧れていた事
金魚草のお世話をお願いされた時、本当に嬉しかった事
そして話す機会が増えて鬼灯様の事を知れば知る程、鬼灯様に好意を寄せている人達の事が妙に気になった事
それでも鬼灯様は自分とは本来ならば関わる事の無い遠い存在なのだと自分に言い聞かせて来た事
「私は雑用係で、鬼灯様は官僚で、身分も立場もまるで違っていて。でも鬼灯様を慕う方は皆鬼灯様に釣り合う様な綺麗な方ばかりで…」
それらを外から眺めながら、こんな自分が鬼灯様に恋なんて出来る筈が無いと
ましてや鬼灯様に見初められる事などある筈が無いと
そう決めつけて今まで過ごして来た事
「だけど、鬼灯様と目が合う度に胸の内が暴かれている様でざわざわして…」
視線が合う度に
言葉を交わす度に
少しずつ、少しずつ
自分がどうしようもなく、鬼灯様に惹かれてしまっていた事…
「あの…」
「何ですか」
「…私、鬼灯様の事が好き、です……」
長い長い時間を掛けて
自分の中の気持ちを改めて整理しながらようやく辿り着いた一つの結論を口にしながら、私は恐る恐る鬼灯様を見上げる
そんな私を見守るように見下ろしていた鬼灯様は、私の答えを聞いてふっと口元を緩めると両腕で私の身体をそっと抱き寄せた
「えぇ、私も貴女の事が好きですよ」
そう言って私を抱き締める鬼灯様の腕は念願叶って手に入れた宝物に触れるような優しい仕草で、
何でもない様な顔をしていると思っていた鬼灯様の心臓の音はドキドキと早鐘を打っていて、
私は気付いていなかったけれど、鬼灯様は本当に私を好いてくれていたんだと感じる事が出来た
私は雑用係で、鬼灯様は官僚で、身分も立場もまるで違っているけれど、
それでも私が鬼灯様を好きになってしまった気持ちはこの先ずっと変わらないし、
鬼灯様が私を好きでいてくれている気持ちも、きっとずっと変わりは無いのだろう
金魚草がざわざわと風に揺れる音を聞きながら、私は鬼灯様の腕の中でそんな事を思った
『つまり、それは、永遠の愛』
- END -
2016/07/19