「あっ、鬼灯様だ。おーい鬼灯様ぁ〜!!」

「ちょっ、おい茄子!?」



とある日の昼下がり

茄子は廊下の先に鬼灯を見つけると片手を振りながら駆け出した

一緒に居た唐瓜がそんな茄子の背中を慌てて追い掛けると、鬼灯は足を止めて二人を見下ろす



「鬼灯様こんにちは!!」

「お疲れ様です」

「こんにちは茄子さん唐瓜さん。昼休憩はお終いですか?」

「あ、いえ。今日は非番なんで」

「今から賽の川原に遊びに行こうと思ってたとこ!!」

「そうですか。茄子さんはいつも元気そうですね」

「うん、俺元気だよ!!鬼灯様は?」

「えぇ、元気溌剌ですよ」



茄子が尋ねると、鬼灯は無表情にこくりと頷く



「元…気……?」

「唐瓜さん、何か言いたい事でも?」

「ぃっ、いえ!!何でもありません!!」

「まぁ良いですが…。元気は元気ですが実は今少し困っています」

「困ってる?どうして?」

「実は先程無能…閻魔様に呼ばれましてね」

「無能?今無能って言い掛けた?」

「閻魔様何の用だったの?」



唐瓜が突っ込みを入れる横で茄子が尋ねると、鬼灯は少し考え込む仕草を見せた後で二人に向かい口を開いた



「…今日お二人は非番なんですよね?」

「そだよ」

「はい、まぁ…」

「では丁度良い機会なので手伝って下さい」

「手伝うって、何をですか?」

「閻魔様の用事?」

「えぇそうです。今からとある人物に会いに行かなければいけないのですが、君達なら問題無いでしょう」



鬼灯はそう呟いて一人で納得した様に頷くと、二人に背を向けて歩き出した



「行きましょう。詳しい事は道中説明しますから付いて来て下さい」

「は〜い」

「おい茄子!!…あぁもう……」



鬼灯の言葉に何の疑問も抱かず二つ返事で後に続く茄子と、断りきれる訳も無く仕方なく続く唐瓜

こうして二人は鬼灯と共に閻魔からの用事を果たす為に城を後にした



・・・



「あの、鬼灯様」

「何ですか唐瓜さん」

「そろそろ何処に何しに行くのか教えて欲しいんですけど…」



そう唐瓜が冷や汗交じりに問いかけると、鬼灯は足を止めて二人の方を振り返った



「そう言えばお話していませんでしたね」

「はい」

「え?何が?」

「お前もうちょっと黙ってろ…」

「…お二人は"美しさは罪"と言う言葉を知っていますか?」

「はい?」

「???」



唐突に鬼灯の口から出た思い掛けない台詞に、唐瓜と茄子は首を傾げる



「まぁ言葉自体は聞いた事ありますけど…、何か関係あるんですか…?」

「大いにあります。今から会いに行くのはその美しさ故地獄行きとなり、その地獄の中ですら牢獄送りになった女性の所ですから」



唐瓜の問いに頷きながら説明した鬼灯は、そのまま再び歩き出す



「美し過ぎて地獄行きって…」

「ねぇねぇでもさ、美しい事が何で罪になるの?」

「そりゃあれだろ、リリスや妲己みたいに男を手玉に取ったりするからだろ」

「そっかぁ。ねぇ鬼灯様、その人って悪い人なの?」

「どうしてですか?」

「だってその人自身が悪い事してないと牢獄になんて入れられないでしょ?」

「いえ、その人は特にそう言った悪巧みはしていませんし悪い人でも何でもありませんよ」

「え?じゃぁどうして…」

「ですがまぁ類まれなる美貌の持ち主となればそこに居るだけで女性の嫉妬を買い男性の浮気心を誘発しますからねぇ」

「なるほど…」

「何か大変そうだなぁ」

「その人自身が何かしなくても勝手に争いが起こり、その争いが切っ掛けで若くして命を落とした、ある意味とても気の毒な方です」



前を向いて歩きながら鬼灯は淡々と説明を続ける



「さて、そう言う訳で此処がその彼女の為に作られた牢獄です」

「牢獄って言うか…要塞?」

「すっげー!!」

「って言うかどうしてこの人こんなに厳重に閉じ込められてるんだ?別に悪人でも何でも無いのに…」

「それはですね」



唐瓜の最もな疑問に鬼灯はぴっと人差し指を立てる



「彼女は生前の罪を償う為に地獄に堕ちたのですが、その美貌は元々地獄に居た人間や地獄にやって来た人間すら虜にしてしまったのです」

「はぁ…」

「そればかりか鬼の中にも彼女に懇意する者が出る始末で、地獄でも彼女は女性の嫉妬を呼び起こし男性に争いを起こし…」

「そっかぁ、それでその人この中に閉じ込められたんだね」

「まぁそう言う事です。地獄ですら罪を重ねる者が居ようとはあのオッサ…閻魔様も思っていなかったんでしょうね」

「オッサン?今オッサンって言い掛けた?」



茄子の言葉に頷いた鬼灯は、唐瓜の突っ込みを再びスルーして物々しい扉へと手を伸ばした



ピンポーン



「ぁ、そこは普通にチャイムなんだ…」



物々しい外観とは裏腹に普通に備え付けられているチャイムに拍子抜けした唐瓜が呟くと、やがてチャイム傍のスピーカーから声が聞こえる



「はい、どちら様でしょうか…?」

「ご無沙汰してます、鬼灯です」

「鬼灯様でしたか。今開けますのでお待ち下さい」



控えめながらも美しい声に鬼灯が答えると、見るからに重そうな扉がゆっくりと開いた



「さぁ行きますよ」

「わぁい牢獄牢獄〜」

「何で楽しそうなんだよお前は…」



先頭を歩く鬼灯と、楽しそうにその後に続く茄子

そしてそんな茄子の後へと続きながら唐瓜は辺りを見回した



「見た目の割りに中は普通の家なんですね」

「えぇ。外観があんな風なのは迂闊に近付こうとする輩を遠ざける為ですから」

「なるほど…」

「あぁ、此処ですよ」



やがてとある部屋の入り口で足を止めると、鬼灯は茄子と唐瓜に向かって声を掛ける



「彼女は生前の記憶や長い幽閉生活のせいで多少人見知りと言うか疑心暗鬼になっています。
まずは私が話をして来ますから貴方達は此処で大人しく待っていて下さいね」

「はぁい」

「あの、鬼灯様」

「なんですか唐瓜さん」

「えぇと、結局俺達何しに来たんでしょうか…」

「あぁすみません、説明が漏れていましたね。貴方達には彼女の話し相手になって頂こうと思っています」

「話し相手???」

「そうです。彼女はこの牢獄に幽閉されて以来、ほとんど毎日を一人で過ごしています。
動物や価値観の違う別の種族との交流はありますが、いずれにしても人語を話せる者との交流が無いのです」

「人語って…」

「私は多忙ですのであまり会いに来れませんし、今後代わりにお二人に相手をして頂けると助かるんですよ」



鬼灯は二人に説明すると扉に手を掛ける



「ではその説明も含めて彼女に話をして来ますから少し待ってて下さい」



そう言い残し、鬼灯は部屋の中へと入って行ってしまった



・・・



「こんにちはさん」

「…こんにちは。お久しぶりです、鬼灯様」



扉を開き部屋に入ると、大きな窓の前に置かれたソファに腰を掛けた美しい女が鬼灯を迎える

鬼灯にと呼ばれた女は、じっと鬼灯を見つめた後小さな声でそれに答える



「確かに久しぶりですね。前回の訪問から暫く時間が空いてしまってすみません」



長らく会いに来なかった事を責められている様な気がして鬼灯は頭を下げるが、は控えめに首を振って答える



「責めている訳では無いです。鬼灯様はお忙しい方だと解っていますから」

「そうですか…。最近何か変わった事はありましたか?」

「いいえ、特に何も。此処はいつも通りです」



高い壁に覆われ空しか見えない窓の外を眺めながら、は遠い目で呟く



「すみません」

「どうして謝るんですか?」

「貴女自身には何の非も無いのにいつまでもこんな所に幽閉しておくのは私としても心苦しいので」

「そうは仰っても私はまだ暫く出られそうに無いんですよね?」

「えぇ…」

「気にしないで下さい。最近は、それも良いかなと思っていますし」

「何故ですか?」

「どうせ外に出れば同じ事の繰り返しですから。此処で平穏無事に暮らしている方が私にとっては苦しく無くて良いかなと…」

「………」

「それに、こうしてたまに鬼灯様とお話出来るだけで十分です」



そう言って鬼灯に微笑むの儚げな表情に、鬼灯は二の句が継げず黙り込む

するとはふと扉の方へと視線をやって鬼灯に尋ねた



「それで、ドアの向こうにいらっしゃるのは…?」

「あぁ、実は今日私の直属では無いのですが部下を2人程連れて来ました」

「鬼灯様の…?」

「はい。私が忙しくて中々会いに来られないので、話し相手になればと思いまして」



そう説明する鬼灯の前での表情が曇った事に対し、鬼灯はフォローする様に言葉を続ける



「2人共男性ではありますが貴女に惚れ込む可能性の無い者なので安心して下さい」

「そう…なんですか?」

「えぇ、1名は茄子さんと言って、鬼と朧車のハーフです。少々落ち着きが無いのが玉に瑕ですが芸術的センスに溢れたユニークな方です
そしてもう1名は唐瓜さんと言って………突っ込みです」

「その説明雑過ぎるでしょ!?」



鬼灯の大雑把な紹介を扉の外で聞いていた唐瓜は、思わず突っ込みを入れながら扉を勢い良く開いた



「…ほらね、突っ込みでしょう?」



唐瓜の登場に顔を向けた鬼灯はくるりとの方へ顔を戻して尋ね掛ける



「そう、ですね…」



呆気に取られていたがこくりと頷くと、唐瓜によって開かれた扉から茄子もひょこりと顔を出した



「唐瓜の突っ込みは職業病だもんね〜」

「何でだよ!!元はと言えばお前がボケ倒すからこうなったんだろ!!」

「あ、ホントだ。すっごく綺麗な人だねぇ」

「聞けよ!!」



唐瓜をスルーし、てくてくと鬼灯の横までやって来た茄子はをまじまじと眺めた後でに尋ねる



「ねぇねぇ、絵に描いても良い?」

「絵…ですか?あの…」

「こらこら茄子さん、そう言ったお願いは自己紹介が済んでからにして下さい」

「はーい」

「大体茄子だけでも俺の手に余るのに鬼灯様も意外とボケ体質だし放っとくと訳解んなくなるから俺が必死に…」

「はいはい唐瓜さんもぶつぶつ言っていないで、こっちに来てさんに自己紹介して下さい」



鬼灯がパンと手を打って促すと、茄子と唐瓜はそれぞれ鬼灯の両隣に立ちへと向いた

「俺茄子!!鬼灯様も紹介してくれたけど俺の父ちゃんは朧車だよ。絵描くのが趣味なんだ」

「唐瓜です。こいつの幼馴染で今は獄卒で働いてます」

「因みに唐瓜さんはM気質で女王様系がタイプです。お香さんに鞭で叩かれるのが夢だそうです」

「いや今その情報必要無いですよね!?」

「やれやれ、紹介が雑だと言うから丁寧に紹介してあげたのに贅沢な人ですねぇ」



きょとんとした顔で唐瓜と鬼灯の応酬を眺めていたは、やがてくすくすと笑い出す



「ぁ、さん笑った」



片手で口元を押さえて上品に笑うに、いつの間にかすぐ傍まで来ていた茄子がを見上げて話し掛ける

はそんな茄子を見るとにこりと笑ってそれに答えた



「鬼灯様って、案外と可愛らしい所があるんですね」

「可愛い?」

「はい、少し意外でした」

「何が意外なんですか?」

「ぁ、いえ。何でも無いんです。ね、茄子さん」

「ん?俺はさんの方が可愛いと思うけどなぁ」

「いきなり何言ってんだ…」

「そうですね、さんはどちらかと言うと可愛い系ですね」

「いやいや鬼灯様まで…」

「か、可愛いなんて…」

「あー、さん顔真っ赤」

「からかわないで下さい…」



そう言って赤くなった両頬を押さえるを見て鬼灯は何処かほっとした様に息を吐くと、さて…と切り替える様に呟いた



「そう言う事なので今後私が来られない時はこの2人に来て貰おうと思っていますが…、良いですかね?」

「ぁ、はい。お2人とも宜しくお願いします」

「宜しく!!」

「宜しくお願いします…」



ぺこりと頭を下げ合う3人を見届けた鬼灯は部屋の時計に目をやる



「それではそろそろ戻らないといけませんので今日の所はお暇する事にしましょう」

「えー、もう帰るの?」

「駄目上s…閻魔様に報告を上げないといけませんからね」

「ついに駄目上司呼ばわりした…!!」

「もし入用な物や困った事があればすぐに言って下さい。出来る限り対応させて貰いますから」

「解りました。いつもすみません」

「いえ。では行きますよ茄子さん唐瓜さん」

さんまたね、次来た時は絵描かせてね!!」

「はい茄子さん、私で良ければ」

「茄子、間違ってもこの前の鬼灯様みたいに増やしたり変な画材使うなよ?」

「唐瓜さんも今日は来て頂いて有難う御座いました。これから宜しくお願いします」

「あ、はい。あの、それじゃぁ失礼します」

「ばいばーい」



・・・



こうしての牢獄、もとい居住を後にした茄子と唐瓜は、帰り道の道中の話題で盛り上がっていた



「本当に綺麗な人だったな〜」

「そうだな、あれだけ綺麗なら人間ならイチコロだよなぁ」



そんな会話を交わしながら、ふと茄子が少し先を歩く鬼灯の背に問い掛ける



「ねぇ鬼灯様」

「何ですか?」

「鬼灯様は元々人間でしょ?」

「えぇ、そうですよ。まぁ何千年も前の話ですけどね」

「だったら鬼灯様はさんの事好き?」

「ばっ、何言ってんだよ!!鬼灯様に限ってそんな事ある訳ないだr」

「好きですよ」

「ぇえ!?」

「おー」



すたすたと前を向いて歩いたまま鬼灯は事も無げに答えてみせる



「しかし最初にも話した通り、さんは現世の経験のせいで人を信用出来なくなっています。
今でこそ今日の様に会話する様になりましたが此方に来たばかりの頃はもっと酷かったんです」



鬼灯は当時を思い出す様に呟いて溜息交じりに続ける



「恐らくあの人が心の底から誰かを愛し信用する事は無いでしょう」

「どーして?」

「トラウマとは根深い物です。どんなに克服出来たと思ってもふとした瞬間にフラッシュバックします」

「いや、でも今日は普通に笑ってたし時間が経てば少しはマシになるんじゃ…」



断定的な鬼灯の言葉に唐瓜がおずおず反論すると、鬼灯は小さく頷いた



「そうですね…。まぁその為に茄子さんと唐瓜さんを呼んだ訳ですし」

「はい?どう言う事ですか?」



鬼灯の台詞に首を傾げる茄子と唐瓜に背を向け、鬼灯はぽつりと漏らした



「アニマルセラピー…」

「なっ、アニマル!?」

「ぁ、俺それ知ってるよ!!犬とか猫の動物と触れ合うと癒されるやつでしょ?」

「いやそこまで知ってるならこの単語自体に疑問を感じろよ!!」

「え?えっと…。ぁっ、"アニマルセラピー"ならシロとかの方が合ってるもんね」

「そこじゃないだろ!!」



背後で行われる相変わらずのやり取りを耳しながら、鬼灯は自分の胸の内にある、同情とも愛情とも取れる想いを何処か他人事の様に思いながら呟いた



「これで少しはさんの心が解れると良いんですけどね…」



愛にも恋にも満たない物語は、まだ始まったばかり―





- 続く -