私の好きな人は、一般的な男性に比べると身長がやや低めだ
代わりにと言っては何だが髪の毛は今時珍しく長めで、茶色くストレートな髪は肩まで伸びている
目つきは鋭く、喧嘩が強く、パッと見少し近寄り難い雰囲気があるかもしれない
それでも普段は割と穏やかかつ常識人で…
いや、この場合彼の周りに非常識な人が多いから比較的常識的に見えているだけかもしれないけど…
まぁとりあえず彼を取り巻く環境から考えれば常識があると言っても差し支えない筈だ
更に愛車のワゴン車に対する情熱は相当な物で、車が絡むと性格が豹変する事もある
あぁそうそう
豹変と言えば彼を語る上で忘れてはいけないのが聖辺ルリと言うアイドルの存在だ
彼にとって聖辺ルリの存在は女神と同義であり、彼女のコンサートに駈け付ける為ならば彼は努力を惜しまない
カズターノと言う見るからに不法入国なダフ屋さんの存在のお蔭で追っ掛け活動は捗っているようで、コンサートの次の日はそれはそれは上機嫌である
コンサートやグッズなど割とお金が掛かる趣味だが、仕事は何をしているかって…?
結論から言うと、彼はニートだ
ニートと言い切ると御幣があるし本人に怒られてしまうかもしれないが、まぁ定職に付いていないのだから似たようなものだ
…と、ここまで説明した所で、今まで黙って話を聞いていた友人がふいに口を開いた
「………あのさぁ…」
「何?」
「友達にこんな事言うのも何だけど…、アンタそれ、相当趣味悪いと思う…」
とある喫茶店の一角で、私の目の前に座っている友人は心配そうな顔で私を見つめている
解ってる
私だって逆の立場なら同じ事を言うだろう
今私が説明した情報だけ聞けば、趣味が悪いと言われるのも当然の話だ
恋は盲目とは言えど、私だって第三者がどう思うか位は想像出来るし、そこまで周りが見えていない訳じゃない
ならば何故そんな説明をしたのかと言うと、彼女が私に"今好きな人とか居るの?"と尋ね、
"居るよ"と答えた私に"どんな人?"と重ねて聞いて来たから素直に答えただけだ
「えっと、その人の事は好きなだけでまだ付き合ってる訳じゃないんだよね?」
「うん、単なる片思い」
「だったらさ、悪い事言わないから止めておいた方が良いんじゃない?」
ですよね
そう言う結論になりますよね
友達が明らかに幸せになれそうに無い男と付き合いそうになっていたら止めるのが友情ってものですよね
何でもかんでも同意して聞き流すのは友情では無いですよね
私はそう心の中で頷きながら、それでも曖昧に笑って彼女の助言を受け流した
「いや、解っちゃいるんだけどね、好きだなって思ったらその気持ちって中々簡単に消せるもんじゃ無いじゃない?」
「それはそうかもしれないけど…」
「でもほら、別に私が今彼に告白したとしてOKして貰えるかなんて解らないし、そもそも告白するつもりとか今の所無いし」
「…そうなの?」
「そりゃまぁ、私だって客観的な意見はきちんと聞くつもりって言うか、自分でも彼の何処に惹かれてるのか謎だし…」
私のそんな言葉を聞いて、彼女は一つため息を吐いて呟いた
「まぁがそう言うなら私がこれ以上は何も言えないけど…」
「うん。まぁ、今の所は片思いの状態が楽しいってだけだと思うし、大丈夫だよ」
何が大丈夫なのかは是非聞かずにスルーして欲しい
そんな願いが通じたのか、彼女はそうだね、と何かに納得したように頷いて笑った
「っと、そろそろ時間だよね。ごめんね長々と。今日はありがとね」
「ううん、私もに久々に会えて良かったよ」
そんな会話と共に席を立ち、会計を済ませた私たちはそのまま喫茶店の外に出ると互いにひらりと手を振って別れる
駅の方へと消えていく彼女の背中を見送り、私は逆方向へと足を進めた
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「…ってな事が先程ありまして!!!!」
露西亜寿司の小上がりで、半ば叫ぶように説明を終えたは片手に持っていたビールジョッキを机にやや乱暴に置く
「なるほど。それで俺達を待つ間にそのモヤモヤを払拭しようとした結果こうして出来上がったと言う訳っすね」
「うーん…、確かに渡草っちはちょ〜っとマニア向けかもねぇ」
「選択肢としては玄人向けっすよね」
そんなの話を聞きながら、狩沢と遊馬崎は納得したようにうんうんと頷いてお茶を啜る
「…やっぱり絵理華と遊馬崎くんもそう思う……?」
「まぁ私達が言うのも何だけど、一般人にお勧め出来ないのは確かだよねー」
「重度のアイドルオタクに加え家賃の取り立てやトラブル解決をしていると言う名目の半ニートっスからねぇ」
「うぅ…」
「でも、仲間想いだし串灘出身だけあって喧嘩は強いし、私は良いと思うけどね」
「そうっすよ。どの作品のどのキャラのどんな部分に萌えを見出すかは人それぞれ。3次元相手も同じ事っす」
彼等特有の例えを用いて語る遊馬崎に同調しながら、狩沢は目の前のに悪戯っぽい視線を投げながら笑った
「もちろんの友達の言う事も間違っちゃいないけど、結局周りに何を言われたっては渡草っちの事好きなんでしょ?」
「うん…」
「別に誰に迷惑掛ける訳でも無いんだし、好きって気持ちを隠したり誤魔化す必要は無いんじゃない?」
「そう、なんだよねぇ…」
狩沢の問い掛けにため息交じりに頷きながら、は両手でビールジョッキを弄ぶ
自分の気持ちを認めるのが恥ずかしいのか、はたまた一気に呷ったビールのせいか
ほんのりと赤くなるの頬を眺めながら狩沢と遊馬崎は顔を見合わせて微笑む
「ねぇねぇ、は渡草っちのどんな所が好きなの?」
「ん?」
「と言うか、何を切っ掛けに好きだって思ったのか知りたいっす」
「ぇえ?そうだなぁ…、えーと………えーっと………」
キラキラした目で尋ねてくる2人を前に、は腕を組み頭を捻り考える
「うーーーーーん……」
しかし一向にの口から渡草についての魅力が語られる事は無く、を見守る2人は再び顔を見合わせた
「…?」
「どうしたんっすか??」
「……何か…説明、し難い………」
不思議そうに自分を見る2人を前に、は眉間に皺を寄せてぽつりと答える
「またまた〜、恥ずかしがらないで良いんスよー?」
「そうそう。此処は一つどーんと惚気ちゃって良いんだよー?」
が恥ずかしくて誤魔化していると思ったのか
遊馬崎と狩沢は尚も食い下がるが、の表情は依然として厳しいままだ
それは凡そ恋する乙女がする表情では無く、そんなの顔を見た狩沢と遊馬崎も流石にそれ以上追求する事は出来なかった
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結局その後の会話は遊馬崎によっていつも通り今流行っているアニメやラノベの話へと移り変わり、
露西亜寿司の一角で行われた3人の飲み会は22時を過ぎた辺りでお開きとなった
「それじゃぁ2人とも、今日はありがとー」
会計を終え店から出た所では狩沢と遊馬崎にぺこりと頭を下げる
「本当に1人で大丈夫っすか?」
「もう結構遅いし、送ってくよ?」
「大丈夫大丈夫。2人とも逆方向なんだから私の事送ってたらもっと遅くなっちゃうでしょ?」
2人の申し出に対し、は胸を張るとぐっと親指を立てる
「一応ちゃんと明るい大通り選んで帰るから、心配しないで」
「そう?それなら良いけど、何かあったらすぐ電話してね」
「それじゃぁまた今度っす!!」
「うん、またね〜」
軽く手を振って2人の背中を見送ったは、やがて自身も帰路に着く為歩き出した
「………」
人々が行き交う雑踏の中を歩きながら、は今日1日を思い返しながら自身の行動を振り返り、溜め息交じりに息を吐く
自分の好きな人について説明する時、普通なら良い所を率先して挙げるのでは無いだろうか
どんな所が好きかと問われたら、普通はすぐさま答える事が出来るのでは無いだろうか
一体、自分は渡草三郎と言う男の何処に惹かれているのだろうか
1人でじっくり考えてみても、やはり明確な答えは出ない
顔、声、性格、仕草、考え方や行動
全部確かに好きなのに、言葉で説明しようとすると途端に曖昧なものになってしまう
いっそ全部が好きだと言ってしまえばそれまでな気もするが、それで第三者が納得してくれるかどうかは別の話だ
「何でかなぁ…」
はまとまらない思考を落ち着けようと、立ち止まって夜空を見上げた
キラキラと明るいネオンや街灯のせいで、星の姿はほとんど見えない
それでも微かに見える星をぼんやりと見つめていると、ふいに背後から自分を呼ぶ声がした
「?こんなとこ突っ立って何してんだ?」
聞き覚えのある声にが振り返ると、そこには不思議そうな顔で自分を見ている渡草の姿があった
「なんだ?変な顔して…」
「ぁ…、ううん。何でもない。ちょっとぼーっとしてたからびっくりして…」
「いや、こんな時間にこんなとこでぼーっとしてたら危ないだろ」
今まさに貴方の事を考えていました、などと言える筈も無く
は首を左右に振って答えると誤魔化す様に笑う
「だよね、ごめんごめん。ぇっと、渡草くんは何でこんな所に居るの?」
「俺か?俺はまぁちょっと野暮用っつーか姉貴のパシりっつーか…。お前は?」
「私は絵理華と遊馬崎くんとさっきまで飲んでて、今から帰るとこだよ」
「そうか。んじゃ丁度良いし送ってってやるよ」
「ぇ?良いの?」
そんな願っても無い渡草の申し出にが尋ねると、渡草はきょとんとした顔で首を傾げた
「当たり前だろ?ぁ、車向こう止めてあるからちょっと歩くけど良いよな?」
そう言ってポケットからワゴンのキーを取り出しくるくると弄ぶ渡草に、は勢い良く頷く
「ぜ、是非ともお願いします…!!」
「良し、そんじゃ行くか」
の勢いに笑いながら歩き出した渡草の後に続き、も再び歩き出した
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「ドア、相変わらずなんだね」
やがて到着したとあるコインパーキングに置かれているシックな色合いのワゴン
そんなワゴンのドアには不釣り合いなアニメキャラを見てが苦笑すると、渡草は溜め息交じりに項垂れた
「扉1枚で15万位するからな…、そう簡単には取り替えられねぇんだ…」
「そうなんだ。ドアって結構するんだね」
「あぁ…。遊馬崎が知り合いに頼めば安く済むって言うから任せたのにこのザマだ…」
「あはは。何て言うか、ご愁傷様です」
「まぁその内絶対に元通りにするつもりだけどな」
渡草は呟きながら清算を済ませると、助手席に乗る様に声を掛けた後で自身も運転席へと乗り込んだ
「うし、そんじゃ気を取り直して行くとするか」
助手席へと乗り込んだがシートベルトを締めた事を確認すると、渡草はワゴンを発進させる
「の家って大塚の方で良いんだよな?」
「ぁ、うん。春日通り沿いのところだよ」
そう答えながらふと渡草の方に顔を向けたの目に、慣れた様子でハンドルを操る渡草の姿が映った
思えば、渡草のワゴンにはこれまでも何度か乗せて貰った事があったが助手席に座るのはこれが初めてだ
助手席から見る渡草の横顔は何だか新鮮で、はついその横顔をじっと観察するように見つめる
やがてそんなの視線に気付いた渡草は、視線だけをの方へ向けると不思議そうに尋ねた
「俺の顔、何か付いてるか?」
「へ?」
「いや、何かずっとこっち見てっから…」
渡草に言われて自分が無意識に見つめてしまっていた事に気付いたは、慌てて顔を前へと戻す
「ぁっ、えーっとその…。ほら、私って免許持ってないから。運転出来るのって凄いし、良いなぁって思って…」
「あぁ、そういや持って無いのか。まぁ維持費とか考えたら結構掛かるもんな」
「そうなんだよね、私あんまり遠出とかもしないし…。そもそも私じゃきっと実技試験受からないかなって」
気恥ずかしさを誤魔化す様に自虐気味に答えたの台詞に、渡草も口元に笑みを浮かべた
「確かにお前ちょっと危なっかしい所あるもんな」
「う…」
「まぁもし行きたい所があるなら俺が連れてってやるし、そん時は遠慮なく言えよ」
「ぇ?」
「あー、つってもドアがこのまんまじゃ悪目立ちし過ぎるし微妙だよなぁ…」
「そっ、そんな事無いよ!!凄く嬉しいよ!!」
やや困った様に唸る渡草に、は思わず逸らしていた視線を再び渡草へと向け首を左右に振る
そんなの様子を見た渡草は安心した表情でそうか、と呟くと信号待ちの為に車を止めて少々改まった様子で口を開いた
「なんつーか…色々悩みもあると思うけどよ。相談位なら乗れるし何かあったら力になるから、あんま一人で抱え込み過ぎんなよ?」
渡草はまさか悩みの種が自分だ等とは思っても居ないのだろう
ただが何かに悩んでいる事に気付いたから心配している、それだけの事だ
それでも、自分の事を気に掛けてくれている事実がこんなにも嬉しい
頬が赤くなるのを感じながらが言葉を発せずにいると、やがて信号が青へと変わりワゴンは再び走り始めた
「ぁ、ありがと…」
再び前を向いた渡草に向けて、はぽつりと小さく呟く
そんなの呟きに気付いた渡草は、一瞬だけへ顔を向けるとにひっと笑った
「……っ」
その悪戯っぽい笑みには全身の熱が上がるのを感じ、思わず動きを止めて息を呑む
射抜かれる、と言う言葉の意味を身を以て知った、そんな気分だった
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私と渡草くんを乗せたワゴンは程無くして私の家の前まで辿り着き、私のお礼を背に渡草くんは自宅へと帰って行った
小さくなるワゴンを見送った私は、油断するとつい緩む頬を両手で押さえて目を閉じる
そして未だにドキドキと高鳴っている心臓の鼓動を感じながら、自分の気持ちに確信を持った
私はやっぱり彼の事が大好きだ
門田くんや遊馬崎くん、折原くんに平和島くん
強過ぎる個性を持った人達の中では確かに霞んでしまうかもしれないけれど、
彼は確かに強くて、優しくて、仲間想いで、男らしいのに何処か無邪気で可愛らしい
私はそんな渡草三郎と言う人間の全てに惹かれ、恋をしている
告白する勇気は今は未だ無いけれど、暫くはこのまま自分の"好き"と言う気持ちを育ててみるのも良いかもしれない
私は閉じていた目を開くと、スッキリした気分でもう一度夜空を見上げる
ネオン街では見え難かった星も、暗く落ち着いたこの場所からはとても綺麗に輝いて見えた
『Little Star』
-END-
2015/4/24