「静ちゃん静ちゃん!!」

「あぁ?」



1月28日

街中で背後から声を掛けられた静雄は額に青筋を浮かべて振り返る



「てめぇその呼び方で呼ぶなって何度言ったら解るんだ…?」

「ふぎゃっ!?」



振り返った静雄が自分よりも遥かに低いの頭を勢い良く掴むと、は慌てた様子で手足をじたばたと動かしながら叫んだ



「すいません!!ごめんなさい!!申し訳御座いません!!」

「………」

「割れる!!頭割れるから!!」

「ったく…」

「っし、死ぬかと思った……!!」



静雄が舌打ちと共にを開放すると、は両手で自分の頭を抑えながら涙目で安堵のため息をつく

そしてすぐに静雄を見上げると、不服そうに頬を膨らませた



「すぐそうやって武力行使するの、悪い癖だよ」

「お前が一々怒らせるような真似すんのが悪いんだろうが」

「ぇ?そんな事してないじゃん」

「てめぇ…」

「いやいやだってさぁ、静ちゃんて呼ばれるのが嫌なのって、臨也が"シズちゃん"って呼ぶからでしょ?」



再びキレそうな雰囲気を醸し出す静雄に弁解しながら、は尋ねる



「でもさ、良く考えてみてよ。臨也に"平和島くん"とか"静雄"とか、"静雄くん"とか呼ばれたい?」

「……殺す」

「だよね?つまり呼び方どうこうじゃなくて臨也が嫌いなだけなんだから、シズちゃんって呼び方自体には罪は無いんだよ」



は自信満々の様子で静雄に説明を続ける



「臨也が言うと馬鹿にしたりからかってる様に聞こえてムカつくのかもしれないけど、私は親しみを込めて呼んでる訳じゃん」

「………」

「だからね、そんなに青筋浮かべて頭を潰しに掛かる程怒る必要は無いと思うんだよね」

「…解った、掴んだのは悪かった。でもやっぱりその呼び方はウゼェからやめろ」

「むー…。まぁそう呼ぶ度に折原臨也と同類の扱い受けるのも嫌だし仕方ないかな…」



そう言ってうんうんと頷くと、は顔を上げた



「そうしろ。で、何か用だったんじゃないのかよ?」

「ぁ、そうそう。静りん今日誕生日でしょ?だからプレゼント持って来たんだ!!」

「……待て」

「ん?どしたの?」

「お前今なんつった…?」

「へ?静りん?」

「………」

「ふぎょっ!?!?」



再びの頭へと乗せられた静雄の大きな手が、ぎりぎりと容赦なく締め付ける



「Sorry!!対不起!!Perdo'n!!Entsuhuldigung!!!!」

「何語だよ」

「左から順に英語中国語スペイン語ドイツ語ですけど!?」

「…お前、頭良いけどまじで馬鹿だよな」

「お褒めに預かり光栄です?」

「褒めてねぇよ」



脱力したように手を放し、静雄はイラついた心を落ち着ける為か煙草に火を付けた



「うー痛い…、今なら孫悟空の気持ちが解る……」



再び頭を抑えながら涙目で呻くに、静雄は煙を吐き出しながら不機嫌そうに告げる



「これ以上ふざけた呼び方したら2つに折るからな」

「折…!?」

「つーか何がしたいんだお前は」

「へ?何って?」

「毎回毎回何の目的で俺に付きまとってんだって聞いてんだよ」



煙とため息を同時に吐き出し、静雄はずれたサングラスを掛けなおす



「ぇえ?そんなの静にゃんに会いたいからに決まってるでしょ?」

「………」

「やめて!!無言で頭に手を乗せるのやめて!!あぁぁ徐々に力込めないで!!!!」

「いい加減怒るぞ」

「いやもう怒ってるじゃん!!って言うか今更そんな事聞かれてこっちの方が怒りたいわ!!」



頭に乗せられている手を跳ね除けながら、は自棄になって叫ぶ



「これだけいろいろしてるのに未だに伝わらないって何なの!!名前も中々覚えてくれなかったし!!どんだけ鈍いの!!お前はエロゲの主人公か!!」

「はぁ?」

「静ぴょんの馬鹿!!鈍感!!ノミ蟲!!もう知らない!!」



は叫ぶだけ叫ぶと静雄に向かって鞄から取り出したプレゼントを投げつけるとそのまま走り去って行った



「意味解らねぇ…っつーかノミ蟲はアイツだろうが、いやその前に静ぴょんて何だよ…」



取り残された静雄は咄嗟に受け止めたプレゼントを片手にどうしたものかと頭を掻いて呟いた



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「ふむふむ…それで池袋の往来で盛大に痴話喧嘩の様な物を繰り広げプレゼントを叩きつけた末に僕の所に愚痴りに来た、と」

「えぇはいもうその通りでございますよこんちくしょう」



静雄の元を走り去りそのままの勢いで新羅のマンションに上がり込んだは、頬を膨らませながら答える

そんなを見ながら、セルティは手にしていたPDAに文字を打ち込みに向けた



「"何と言うか…、相変わらず意思の疎通が今ひとつ取れてないんだな"」

「そうなんだよ、言葉が話せないセルティと新羅ですら意思疎通バッチリなのにさ!!」

「それはもう愛の力の差だよ、ねぇセルティ」

「"はちゃんと静雄に伝えてるんだよね?"」

「ぇ?スルー?」

「もちろんだよ。むしろ新羅と一緒に居た静雄に一目惚れして次に会った時に伝えたよ」

「わー二人とも目も合わせてくれないなんて酷いなー傷つくなー」

「"…それはちょっと早すぎるんじゃ……"」

「いや、何も突然好きって言った訳じゃないんだよ?」

「"そうなのか?"」

「うん。まず新羅と喋ってる姿を見てびびっと来て、その場で新羅に紹介させたの」

「あぁ…そう言えばあの時急に背後から白衣の頚椎部分を引っ張られて軽く昏倒しそうになったんだよね…」



新羅は遠い目をしながら当時の出来事を思い出す



「で、名前聞いて、私の名前も伝えて、とりあえずお友達になって貰えませんか?って」

「"案外常識的だな"」

「初対面の人に求婚する様な非常識な人間だと思われてたって事にショックを隠せないよ?」

「"そ、そう言う意味じゃ無いぞ?"」

「まぁ兎に角、そうやってちゃんと手順踏んで相手の事も良く知った上で出来れば良い関係になりたいなーと思ってたのね」

「"思ってた…"」

「過去形なんだね」

「そう、過去形なの」



はセルティと新羅の言葉にこくりと頷いて盛大にため息を吐いた後で吐いた分の息を吸う

そして吸った分の空気を一息で使い切る様な勢いで言葉を連ねた



「それなのにあの鈍感男何度会っても名前忘れるわ間違えるわ言葉のキャッチボールも上手く行かないわ
挙句の果てには"お前誰だっけ?"とか言い出す始末で!!こりゃもう普通にニコニコ話し掛けてたんじゃ埒が明かねぇよ!!
って思ってとりあえず奴の脳裏に私を刻み込む為に天敵である折原臨也の真似して静ちゃんって呼んだら
案の定青筋浮かべながらもようやく私の事覚えてくれてあぁもうこの人とはお友達からとか生温い事言ってたら
いつまで経っても進展しないんだなって悟ってそれ以来定期的にちょっかい出すようになりましたみたいなね!!」

「"………"」

「………」



長い長い台詞を言い切ったと同時に肩を落としたを、セルティと新羅は顔を見合わせた後に眺める



「ねぇそれってさ…、好意を持ってる事に気付かれなくても仕方無いんじゃないかな……」

「"と言うか、手段の為に目的を見失っているような…"」

「う…」

「まぁ中々名前とか顔とか覚えないのは静雄くんの困ったところではあるけどね」

「"未だに杏里ちゃんや帝人の事もあやふやだしな"」



二人はそう言って苦笑いを浮かべるが、は不服そうにそっぽを向く



「解ってるけど良いの!!経緯はどうあれ私の事覚えて貰ったんだからとりあえずはOKなの!!」

「"そんな破れかぶれな…"」

「だって正攻法じゃ存在を気にも留めて貰えないんだもん…。例え良い感情じゃなくても覚えて貰わないと始まらないでしょ?」

「ぁ、良い感情じゃ無いのは理解してるんだね」

「当たり前でしょ!!何なら逆効果だって事も解ってるよ!!こんな事で気引いたって駄目だって…好きになんてなって貰えないって、解ってるんだから…」



新羅の言葉に食って掛かるもその勢いはあっと言う間に失速し、はうるうると涙を浮かべたまま俯いてしまう



「そりゃ最初は好きになったのは一目惚れだし顔だけだったけど、今はちゃんと好きなのに…、静雄の事、全部全部好きなのに…」



やがてめそめそと両手で顔を覆うの両隣で、新羅とセルティはの頭を同時に撫でて苦笑した



「全く、君はそう言う可愛い所を静雄くんに見せれば良いのにねぇ」

「"意地っ張りと言うか何と言うか…"」

「だって、だって…」

「ほらほら泣き止んで、」

「"紅茶のお代わりでも飲むか?"」



二人が揃って子供の様にしゃくり上げるを落ち着かせようとしていると、ふいに玄関のチャイムが鳴った



「"?"」

「あぁ、僕が出るよ」



立ち上がった新羅がぱたぱたと玄関に向かいドアを開けると、扉の向こうには静雄が不機嫌そうな表情で佇んでいた



「よぉ」

「噂をすれば何とやら、だね。どうしたんだい?」

「噂?良く解らないけど居るんだろ?」

「居るって、?」

「あぁ」

「いや、まぁ居るには居るけど…」

「そうか、邪魔するぞ」



新羅が答える中、静雄は一言断ると新羅の返事も待たず上がり込んだ



「おい



リビングの扉を開くなりソファに座っていたの後姿に声を掛ける

しかしは静雄の声にびくりと肩を震わせると、振り返る事なくセルティの陰に隠れてしまう



「"…"」

「………」



はセルティの背中に張り付いたまま静雄の視線から逃れようとするが、静雄は無言で近寄るとセルティからを引き剥がした



「……、」

「…何で泣いてんだよ」

「…っ別に…大脳辺緑系の情動反応が自律神経系に出力されて分泌されてるだけもん…」

「お前な…」



泣き腫らした顔を反らしながら答えるに、静雄はイライラとした表情を見せると視線を反らしたままのを見下ろして言い放った



「俺はな、お前のそう言う回りくどい所が面倒臭くて嫌いなんだよ」

「……っ」

「頭が回る奴はどいつもこいつも揃って自分の思う通りに物事進めようとしやがる」



吐き捨てる様に呟く静雄の言葉にセルティは臨也の顔を思い出し、更に隣の新羅を見て"確かに…"と心で頷く



「おや?セルティも"確かに…"って顔してるね」

「"そうやって何でも解ってる様な顔するのが腹立たしいんだ"」



素早くPDAに打ち込んだ文字を新羅に示しながら自分の顔を覗き込んでいる新羅の頬を押しのけ、静雄とを見守る



「大体、お前の事が中々覚えられなかったのはお前が胡散臭いからだろ」

「ぅ、胡散臭いって…」

「外面が良くて腹の中で何考えてるか解らない奴ってのは大体同じ顔してるからな」



ガシガシと頭を掻きながらそう言うと、静雄は腕を組み改めてを見下ろした



「でもよ、最近のお前は前より胡散臭い感じもしないし、面倒な所だって慣れればまぁ別に嫌じゃないっつーか…」

「…静……」

「兎に角言いたい事があんなら小細工しないでハッキリ言えよ」

「……、…」



真っ直ぐに静雄に見下ろされ、視線を離す事も出来ず言い淀む

しかしおずおずと見上げた静雄の表情が以外にも優しい事に気付き、はぐっと覚悟を決めた様に息を呑んだ



「ぇ、と…その……好き、です…」

「………」

「っ初めて見た時から静雄の事、凄く好きで……だから、それで…えーと友達から…とかじゃなくて、つ……付き合って下さい!!」



新羅とセルティの見守る中、真っ赤になりながらもようやく口にした台詞を聞いて静雄は組んでいた腕を解く



「本当、頭の回転早い癖に馬鹿だよな」

「………」

「まぁ、その方がお前らしくて良いと思うけど」



静雄は呆れたように呟きながら、がしがしとの頭をやや乱暴に撫でると胸ポケットからケーキバイキングの招待券を2枚取り出した



「それ…」

「あぁ、お前が俺に投げつけて行ったプレゼントだな」

「…ごめん、なさい」

「別に良いけど、2枚って事は誰か誘えって事だったんだろ?」

「うん、まぁ…」

「ホラよ」



そう言って2枚の内の1枚をに手渡すと、は不思議そうな顔で静雄を見上げる



「今日はもう無理だけど、…お前明日は空いてるか?」

「ぇ?うん…」

「それじゃぁ明日って事で。言っとくが明日は変な呼び方するなよ?したら折るからな」

「し、しないよ!!」

「なら良いけどよ。とりあえず仕事の途中だから俺戻るわ」



呆然としているとその後ろで見守っていた新羅とセルティにそう言い残し、静雄は玄関へと続く廊下へと出て行った



「行っちゃった…」

「"…結局何だったんだ?"」

「うーん…、とりあえずの告白は上手く行ったって事になるのかな…」



廊下の向こうで玄関の扉が閉まる音を聞き届け、新羅とセルティは首を傾げる

そんな中は未だに何が起きたのか解らないと言った顔をしてその場に立ち尽くしていた



「おーい、?生きてる?」

「………」

「わぁ!?ちょっ、!?」



新羅がの顔の前でひらひらと手を振るが、はその手を勢い良く掴んだ



「びっくりしたぁ、何々?何か目怖いけど大丈夫かい?」

「ど、どうしよう新羅…」

「へ?」

「デート…!!静雄とデートだよ……!!」

「あぁ、さっきの約束?そうだね、良かったじゃないか」

「しかも明日…明日だって!!どうしよう!?服とか靴とか髪の毛とか…!!」



は興奮した様子で新羅の両手をぶんぶんと振ると、ふと思い立った様にその手を離し今度はセルティに詰め寄った



「セルティお願い、家まで送って!!ついでに途中で買い物にも付き合って!!」

「"ぁ、あぁ、私は構わないけど…"」



の申し出にセルティが新羅の方を伺うと、新羅は仕方ないなぁと言う顔で笑いながらこくりと頷く



「いいよ。行っておいで」

「"解った。それじゃぁ行くぞ"」

「ありがとセルティ!!新羅も有難う!!またね!!」



こうして矢継ぎ早に言い残しバタバタと慌ただしくマンションを去って行ったとセルティ

そんな二人を見送った新羅は淹れ直した珈琲を片手に再度ソファに座り込む



「いやぁ、静雄も中々隅に置けないなぁ」



色々とすれ違いや性格の違いはあるものの、案外お似合いの二人だと、数少ない友人であると静雄を思い浮かべて新羅は満足そうに笑った



- END -