「なぁちゃん」

「はい、何ですか?」

ちゃんと静雄ってさ、何がきっかけで付き合う事になった訳?」

「きっかけ、ですか?」



ある日の昼下がり

たまたま一緒に入ったとあるファーストフード店で、ふいにトムに投げ掛けられた質問には首を捻る



「そ、きっかけ。だってちゃん、最初は静雄の事思いっきり怖がってただろ?」

「そう…ですね」

「まぁ目の前にゴミ箱が降ってくりゃ誰だって怖いとは思うけどさ」



トムはそう言って笑いながら当時の事を思い出す



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それは数ヶ月前の天気の良い日の事

池袋のとある路地裏では清々しい空には少々似つかわしくない光景が広がっていた



「ぁ、あの…私急いでるんです……」



は怯えながら自分を取り囲む男に向かって声を掛けるが、男達はにやにやと笑いながらその場を離れようとしない



「いやぁ、急いでるとか言われてもねー」

「急いでるからって人にぶつかっといてすみませんだけで済むと思ってる?」

「まぁ俺達は優しいから慰謝料の請求なんて真似はしないけどさぁ」



男達はけたけたと笑いながら口々にそんな事を言いながらじわりじわりととの距離を詰める



「まぁ君可愛いし?ちょーっと俺等に付き合ってくれれば痛い目には合わせないからさ」

「そうそう、あんまり抵抗しないで付いてきた方が身の為だよ?」



これでもか、と言う位に悪役的な台詞を吐く男達だが、残念ながら人通りの無い裏路地では助けなど来るハズも無い

は思わず涙目になりながら男達を弱々しく見上げた

ただでさえ男性と言う生き物が苦手なにとって、今のこの状況は耐え難いものだ



「ほらー、お前が変な事言うから泣いちゃったじゃん」

「まじで?いやぁ泣いてる顔もそそるじゃん?」

「うわっ、お前そう言う趣味かよまじ引くわー」

「っせーよ、とりあえず行こうぜ?ぁ、心細いなら友達呼んでくれてもいーからさ。もちろん可愛い子で」



どうやら彼等は怯えて涙を見せたからと行って手を引いてくれる連中では無かったらしく、

尚も口の端に嫌らしい笑みを浮かべたままの男はの肩を掴もうと手を伸ばした



「ぁ?」



するとふいに頭上に違和感を覚え、男が頭上を見上げると視界に飛び込んできたのは何故か天高く舞い上がっている鉄製のゴミ箱



「はっ…!?」



しかもそのゴミ箱が落ちて来るであろう軌道は明らかに自分の居る場所を示しており、男は咄嗟に手を引く



「きゃっ!?」

「うぉっ!?」



男が手を引いたその瞬間、ちょうどと男との間を裂く様に鉄製のゴミ箱は鈍い衝撃音を立てて地面へと落下した



「なっ、何だよこれ!?」



男達が慌てて辺りを見回すと、通りに面した路地の入り口に長身の男が佇んでいるのが見えた



「おっ、おいあのバーテン服って…!!」

「ひぃっ!!へ、平和島静雄!?」

「はぁ!?借金取りが俺達に何の用だよ!?」



男の一人が果敢にも静雄に向かって尋ねるが、静雄はぶつぶつと何かを呟きながら詰め寄り男の胸倉を片手で掴んで持ち上げる



「お前等うぜぇんだよ…、大の男が寄って集って何のつもりなんだよ?ぁあ!?」

「ひっ…」

「別に俺はお前達の事なんざ知らないしそこの女の事も知らねぇ。
でもよ、こんな場面見掛けちまったら助けない訳には行かないよな?
お前達がこんなくだらねぇ事してるから俺はこうやってまた使いたくも無い暴力を使う事になる訳だ…」



つらつらと抑揚の無い声でそう説明をした後で、静雄は一度目を閉じるとため息交じりにゆっくりと息を吐き出す



「つまり…、お前等のせいで俺は今最高に機嫌が悪いんだよ!!」



そして目を開いた次の瞬間そう叫ぶと、男に向かって思いっきり頭突きを喰らわせた

更に崩れ落ちた男の背後で震えている残り二人の頭を両手で掴み、静雄は二人の頭をまるでシンバルの様に打ち付ける



「がっ」

「ぐぁっ」



短い悲鳴を上げて倒れ込む二人の男を前に、は驚きと恐怖で声を出す事も腰を抜かす事さえ出来ずに居た



「…おい、大丈夫か?」



あっと言う間に男達を叩きのめしてしまった静雄は、立ち尽くしているに声を掛ける



「ぁ…」



しかし目の前の光景にすっかり怯えてしまったは、びくりと身体を震わせ後ずさる



「おい?」

「………っ!!」



驚いた静雄が再び声を掛けると、は目に涙を浮かべたまま逃げる様にその場を立ち去ってしまった



「あーらら、折角助けたのに振られちゃったなぁおい」



隠れて安全な場所で一部始終を見ていたトムは、悪戯に笑いながら歩み寄ると静雄の肩をぽんぽんと叩く



「まぁ仕方ないって、誰だってこんなモノが目の前に降って来たら普通はびびるわな」



トムは静雄が先程投げ上げたゴミ箱を指差し苦笑する



「兎にも角にもいたいけな少女の危機は救えたんだし良しとしておこうぜ」

「…そうっすね」

「そんじゃそのゴミ箱戻しに行くぞ」

「うす」



こうして、気絶している男達を置き去りにしてトムと静雄は元来た大通りへと戻って行った



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「ぁ、あの時は本当に兎に角怖くて頭の中が混乱しちゃってて、思わず逃げちゃったんですよ…」

「いや、まぁそれは仕方ないと思うけどね。やっぱアイツの力っていつ見ても圧倒的だし、それが初めてなら尚更だろ」

「はい…。しかも私、昔から男の人って苦手だったから余計怖くて…」

「なるほどねぇ。…でも何でそんなに怖がってたのにまたわざわざ会いに来た訳?」

「ぇ?だって、助けて貰ったのにお礼も言わないまま逃げてそのままなんて悪いじゃないですか…」



はトムの質問に答えながら助けられた日から数日後の事を思い出す



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「ぁっあの…!!」

「あ?」



が静雄に助けられた日から一週間程が過ぎたある日

いつもの様に取り立ての最中だったトムと静雄を呼び止めたは、静雄が振り返ると頭を下げながら矢継ぎ早に告げた



「こ、この間はすみませんでした!! えぇと…た、助けて貰ったのに、に…逃げたり、して…」

「は?この間?」

「あぁ、あの路地裏で助けた子か。ほれ、一週間位前にお前路地裏でゴミ箱投げ飛ばしたろ」

「…あぁ」



トムの言葉でようやく思い出したのか、静雄は改めてを見下ろす



「で、何?」

「あっ、えぇと…、その、あの時お礼もちゃんと言わないままだったので、きちんとお礼をしなきゃと思って…」



は相変わらず怯えた様子を見せながらも、どうにか静雄と視線を合わせる

しかしその顔が今にも泣き出しそうな事に気付き、静雄は思わず助けを求める様に視線をトムへと移した



「ぁーっと…、そう言えば君の名前は?俺はトム、こっちはまぁ知ってるだろうけど静雄ね」



静雄の視線を受けたトムがその場を取り繕うように尋ねると、はトムに視線を向けて小さな声で質問に答える



「………です…」

ちゃんね。あの後は大丈夫だった?仕返しされたりとかしてない?」

「はい。だ、大丈夫です…。ぁの、それで、これ…」



トムに話し掛けられた事で多少は緊張が解れたのか、は手にしていた紙袋をおずおずと静雄に差し出した



「ん?」

「たっ、大した物では無いですが皆さんで召し上がって下さい!!そ…、それでは失礼しました!!!!」



静雄が怪訝そうな表情をしながらもからそれを受け取るが早いか、は早口にそう告げて去って行った



「…変な奴」



あまり速いとは言えないスピードで走り去って行ったの背中を見届け、静雄は呟く



「まぁ悪い子じゃないんだろうけど、よっぽどこの前の事が怖かったんだな。そんでそれ何よ?」



からかう様に笑いながら、トムは静雄の手にある紙袋を指差し尋ねた

トムに尋ねられて静雄は中身を取り出す



「…煎餅の詰め合わせっすね」

「はぁ…なんつーか古風だな」



袋から出てきた予想外の代物を見て、二人は顔を見合わせた



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「あれさ、何で煎餅だったのよ?」

「それは…、その、静雄さんやトムさんが甘いお菓子を食べてる所が想像出来なくて…」



少し答え難そうに視線を反らしながらも、は正直に答える



「でも後々聞いたら静雄さん甘い物好きだって言うし、あの時素直に洋菓子とかにしておけば良かったですよね」

「まぁあの見た目でパフェだプリンだって方が想像付かないし仕方ないって。俺は煎餅の方が嬉しいしな」



軽く笑いながらさり気なくフォローしてくれるトムに笑い掛けながら、はふと思い出した様に呟いた



「そう言えば静雄さんも、トムさんは甘い物そんなに好きじゃ無いからって言ってました」

「ん?それっていつの話だ?」

「ぇっと、お礼を渡した数日後にそのお煎餅を買った和菓子屋さんで静雄さんとまた会ったんですけど、その時です」

「和菓子屋で?」

「はい。実はそのお店普段良く利用するんですけど、その日もお茶請けを買いに行ってたら静雄さんが途中でお店に入って来て…」

「静雄が和菓子屋にねぇ…」

「何でも、私がお礼に渡したお煎餅が美味しかったので他のも気になったみたいですよ」



はそう説明しながら小さく笑う



「で、静雄さんもそこの和菓子屋さんを気に入ってくれたって聞いて嬉しくて、色々お勧めを教えたりして…」

「あぁ…、それでいつだったかアイツ大量の和菓子買って来たのか」



少し前に静雄が何故か大量の和菓子を手に事務所に戻って来た日の事を思い浮かべてトムは笑う



「んじゃぁそれがきっかけで急接近した感じかね」

「そうですね…。その時に甘い物が好きだと聞いて、思ったより怖く無いのかなって思ったのが一つのきっかけかもしれないです」



照れた様に笑いながらそう答えて、はストローに口を付けた



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「好きなんですか?…甘い物」



ひっそりとした店内で微妙な距離を保ちながら、ショーケースの中で綺麗に並んだ和菓子を見つめている静雄に声を掛ける



「あぁ」

「そうなんですか…。ぁ、それならお礼はお煎餅じゃなくて普通に甘い物にしたら良かったですね」

「いや、あれはあれで美味かったし、トムさんは甘いモン別に好きじゃないから」



そう言って苺大福を見ている静雄の横顔を、はそっと様子を窺った

金髪で、サングラスで、長身で、バーテン服

何処を取っても和菓子屋とは結びつかないその姿に何となく面白さを感じてしまいは小さく笑う



「?」

「ぁ、えっと…、平和島さんは、お菓子だったら何が好きなんですか?」



笑った瞬間に静雄の視線が自分へと向けられ、は慌てて誤魔化すように尋ねる

すると静雄は少しの間考えた後で、「プリン」と短く答えた

和菓子屋で洋菓子の話をする事に気が咎めたのか、やや小さめの声で返って来た言葉

それを聞いて初めて、は静雄に対する"怖そうな人"と言う認識を改めたのだった



「あの、プリンがお好きならプリン大福って言うのがあるんですけど…」

「プリン大福?」



の発した単語にぴくりと静雄が反応する



「はい。今の時期だと店頭には無いですけど、このお店の系列のカフェで出してるので…良かったら今度食べに行きませんか?」

「良いのか?」

「ぇ?ぁ、あ…」



極自然に口から出た誘い文句には自分でも驚いた

自ら男性をお茶に誘う事など今まで一度も無かったのに、どうして急にそんな事を言ってしまったのか解らずは固まる

しかし目の前の静雄がとても乗り気に見えたので、今更断る事も出来ずはこくりと頷いた



「はい、あの…、平和島さんが良ければ…」



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「それで、何かこう…、弾みで誘ってしまったんですけど静雄さんも断らなかったので…」

ちゃんやるねぇ」

「ち、違うんです。本当に何であんな事言ったのか今でも解らないんです」

「でも結果的には良かったんでしょ?」

「ぅ…、まぁ……はい」



慌てて首を振るも含み笑いのトムに尋ねられ、は顔を赤くしながら僅かに頷く



「静雄もまさかちゃんに誘われるとは思って無かっただろうなぁ」

「もう、あんまり蒸し返さないで下さい…」

「はは、悪い悪い。ぁ、でももう一つだけ聞いて良い?」

「何ですか?」

「静雄の何処に惚れたの?」

「ぇ?それはその…何処がと言うより、気付いたらと言うかいつの間にかと言うか……、」



トムの質問に照れながらも真面目に答えるにトムは悪戯っぽく問い掛ける



「つまり静雄の全部に惚れちゃったってか」

「……はい」



顔を真っ赤にしながら小さく頷いて、はオレンジジュースを飲み干した

そしてふと顔を上げて時計を見ると、思い出したように立ち上がる



「すいません、私そろそろ行きますね」

「そか、付き合わせちゃって悪かったね」

「いえ、楽しかったです。あの、それじゃぁ静雄さんに宜しくお願いします」

「あいよ、気をつけてな」



席を立ちトレーを手にしたは、トムに向かって軽く頭を下げるとそのまま出口へと向かった



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の後姿を見送ってから暫くすると、ようやく静雄が店内へと入ってくる



「トムさん」

「おぉ、遅かったなぁ」

「すんません」

「いや、良いんだけどさ。もうちょっと早かったらちゃんも居たんだけどな」

が?」

「そ。此処に入る前にバッタリ出くわしたからさ、お前を待つ間俺の暇潰しに付き合って貰ってたんだわ」

「暇潰しって何話してたんすか…」



微妙な表情の静雄に、トムは笑って答える



「ん?そりゃあれよ、普段お前から聞けない様な事とか色々」

「………」

「そう言やさ、お前はちゃんの何処に惚れたんだ?」

「は?何すか急に…」

「いやさっきちゃんにも同じ事聞いたら顔真っ赤にしながら答えてくれたから」



そう言って楽しそうに笑うトムの好奇を含んだ視線を受けながら、静雄は少し罰が悪そうに視線を反らした



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「ぉ、おはようございます…」



恥ずかしいのか怖がっているのか、緊張した様子でぺこりと頭を下げる

そんなを見下ろしながら、静雄もとりあえず挨拶を返す



「…今日は、バーテンさんの服じゃ無いんですね」

「あぁ、あれだと目立つから…」

「ぁ、そうですよね」



良かったら一緒にプリン大福を食べに行かないか、と誘われてから数日後

お互いに何が何だか解らないままに、いよいよ本当に二人で出掛ける事になってしまった

女性と二人きりで出掛ける事など静雄の人生には無かった出来事の為、どうにも落ち着かない

しかしそれはも同じ様で、静雄は自分以上に緊張しているの姿を見て若干落ち着きを取り戻す事が出来た



「………ぇっと…」

「とりあえず…、行くか」

「あっ、はい。それじゃぁあの、こっちです」



の場合緊張していると言うより混乱していると言った方が正しいのかもしれない

何はともあれぎこちない動きと表情のまま前を歩き始めたの後姿を眺めながら、静雄もその後に続いた



「………」

「………」



互いに無言のまま縦に並んで目的地へと向かいながら、流石にこれは何かが違うんじゃないかと静雄はふと思う

別にデートのつもりは無いので手を繋ぐ必要等は無いが、友人や知り合いと出掛けるにしてもこの並びはおかしい

そう考えた静雄が歩幅を広げの隣に並ぶと、は少し驚いた様子で静雄を見上げ、静雄はそんなに尋ねる



「なぁ、店って遠いのか?」

「ぃ、いえ…もうすぐです。あの、あそこの角を曲がって少し歩いた所なんですけど…」



そう言ってが指差す先を見ながら、緊張はしている様だが怖がったり本当は嫌がっていたりする訳では無さそうだと静雄は密かに安堵した



「良く行くのか?」

「そう、ですね。最近は来れてなかったんですけど、出掛けた時にこっちの方まで来れば大抵はそこでお茶を飲んで帰ってます」

「へぇ」

「平和島さんは、良く行くお店はありますか?」

「いや、別に無いな…、甘いモンは大体コンビニで済ませる」

「そうなんですか…。でも、コンビニのお菓子も美味しいですよね、生クリームの乗ったプリンとか私も良く買います」

「あぁ、あれ美味いよな」



ぽつりぽつりとそんな話をする内に、目的のお店へと到着した二人はそのまま店へと入る

店に入るとすぐに着物姿の店員に案内され、二人は窓際の席に向かい合わせに座った

店内は落ち着いた雰囲気で平日のせいか客は疎らでひっそりとしている



「えぇと、これがそのプリン大福です」



パラパラとメニューを開いたは一角を指差して静雄に見せる



「美味そうだな」

「はい。本物のプリンとはちょっと違いますけど、牛皮とプリンが柔らかくて甘くてとっても美味しいですよ」



そう言ってにこにこと笑うの表情を見て静雄は穏やかな笑みを浮かべると一緒にメニューを眺める



「んじゃそれと…、後この和風パフェだな」

「私は苺大福と抹茶のセットにします」



馴染みのお店に入った事で緊張も少し解けたのか、は慣れた様子で店員を呼んで注文を済ませた



「ん、美味い」

「本当ですか?良かったです」



やがて机に並んだ品々に待ってましたとばかりに手を付けた静雄は、プリン大福を一口食べて満足そうに呟く

そんな静雄を見ては嬉しそうに微笑むと自分も苺大福を口に運んだ



「やっぱり此処の苺大福が一番美味しいです」

「それ生クリームか?」

「はい、此処の苺大福は生クリームが入ってるのが特徴なんですよ、良かったら一口どうですか?」

「良いのか?」

「はい、どうぞ」



そう言って竹楊枝で一口大に取り分けられた苺大福を口に入れ、静雄はこくりと頷く



「美味いな」

「ですよね、この生クリームと滑らかな漉し餡と苺の甘酸っぱさが絶妙にマッチしてて…」

「………」

「…ぁ、ご、ごめんなさい」



嬉しそうに語り始めたを静雄が見ていると、その視線に気付いたはハッとして恥ずかしそうに視線を反らす

静雄はそのままの横顔に向かって声を掛けた



「いや、お前本当に好きなんだな、甘い物」

「、はい…。和菓子でも洋菓子でも甘い物には昔から目が無くて……ぁ、でも」

「?」

「いつもこんなにテンション高い訳じゃ無いんですよ?あの、今日はちょっと舞い上がってしまってると言うか、緊張してて…」



赤くなる自分の両頬に手をあててそう弁解するの言葉に、静雄は首を傾げる



「緊張すんのはまぁ解るけど、舞い上がるって何でだ?」

「ぇ?ぁ、いえ、あの…、私こんな性格なので昔から仲の良い男の人って居なくて、二人きりでお茶になんて今まで無くて、
その、何だかデートってこう言う感じなのかなと思ったら少し気持ちが盛り上がってしまったと言うか…」

「デート…」

「ぁっ…ち、違うんです。別にそう言うつもりじゃないのはきちんと解ってるんですけど、
それでも平和島さんみたいな格好良い方と一緒なんだと思うとどうしても緊張しちゃって…!!」

「………」



口から飛び出た言葉の大胆さに気付いていないのか、慌てた様子のは両手で顔を覆って俯く

そんなのころころ変わる表情や仕草を眺めながら、静雄は無意識に上がる口角を片手で押さえてから視線を反らした



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「それで…何か怖がられてんのかと思ったらそうでも無かったり甘いモンの話になるとやたら笑うし変な奴だなって思って…」

「あー、そこでとどめの"格好良い"発言でやられちゃったか」

「や、それは何言ってんだコイツって思っただけっつーか…」

「んじゃちゃんのテンパった姿にきゅんとしちゃった訳か?」

「別に…、テンパってる所とかじゃないっすけど」

「ん?じゃぁ何処よ?」



との初デートについては解ったが、結局何が決定打になり静雄がを好きだと思ったのかが解らない

トムが大きな疑問符を浮かべながら首を傾げると、静雄は頭を掻いてずれたサングラスを掛けなおした



「…特にこれと言った理由は思いつかないっすね」

「何だそりゃ」



トムは静雄のそんな言葉に拍子抜けした様子で肩を落とし、顔を上げると苦笑して呟いた



「まぁつまりお前の話聞いた限りだと"何処が"とかじゃなくてもう全体的に惹かれたって事だよな」

「は?」

「だってそうだろ?気付いて無いかもしんねーけどお前が今俺に話した内容全部単なる惚気話だからな」

「………」

「全く二人揃って俺が甘い物好きじゃないって知ってる癖に甘ったるい幸せオーラ振りまいてくれちゃってよぉ」



大袈裟に言って見せながら、トムはやれやれと両手を挙げた後そのまま両手を机について席を立つ



「さて、そんじゃそろそろ行きますか」



トムに続き静雄も立ち上がると、トムはトレーを戻しながら静雄に悪戯っぽく笑い掛けた



「ぁ、因みにちゃんもお前と同じ事言ってたぞ」

「?」

「お前の全部が大好きだとよ」

「………」

「良かったなぁ、これからもしっかりちゃんの事守ってやれよ」

「…ぅす」



そんなトムの言葉にこくりと頷いて短い返事を返す静雄の頬は、思いの他赤くなっていた



- END -