「よーし、そんじゃ次は三丁目のオッサンのとこ行くぞ」

「うす」



ある日の午後

静雄はいつも通りトムの言葉に従って取立てに出掛ける

池袋の町を二人が歩けば、静雄に気付いた一部のカラーギャングなどは逃げるように距離を空けて行く

それもまたいつも通りの光景だった



「ぉ?」



歩いている途中、ふいにトムの携帯が振動したらしい

トムは立ち止まって携帯を確認すると、短く声を上げた



「………げ…」

「どうしたんすか?」



思わず声を漏らしたトムに静雄が尋ねると、トムは顔を上げて大きなため息を吐いた



「アイツが戻って来る…」

「あいつ?」

「あぁ、お前は知らないのか。聞いた事無いか?池袋の敵に回しちゃいけない人間の女版ランキング第一位…」



そう尋ねるトムに静雄が無言で首を左右に振ると、トムは頭を掻いてからぼそりと呟いた



「お前が"自動喧嘩人形"なら、アイツは"自称正義の破壊神"って所か」

「はぁ…」

「そいつって言って俺の同級生なんだけどな、なんつーか…まぁ変に正義感が強い奴なんだよ。
しかも強いのは正義感だけじゃなくて腕っ節もかなりのもんで、普通の男じゃまず敵わない」

トムは昔を説明しながら昔の事を思い出したのか、何処か疲れたような表情で項垂れた



「それでいて自棄に好戦的で町中の不良やらヤクザやらを粛清するっつっては喧嘩売って本当に壊滅させたりしてな…」

「凄いっすね」

「アイツの場合お前みたいにキレて暴れるとかじゃなくて自分の意思で暴れてるから性質悪いんだよなぁ」

「………」

「で、まぁ池袋はおろか新宿とか渋谷辺りでも暴れ回ってたんだけど、ある日急に"ちょっと世界も見てくるね!!"って言ってそれっきり…」



トムはそこまで言い終わると、先程の携帯画面を静雄に見せた



「そんでさっき来たのがこのメールなんだわ」



そう言って差し出した携帯画面には、"そろそろそっち戻るから!!"と言う短い文章が映し出されていた



「この人、トムさんの彼女なんすか?」

「怖い事言うな。単なる腐れ縁だよ」

「腐れ縁っすか」

「まぁ俺がお前のコントロールが上手いって言われてるのはコイツのおかげっつーかコイツのせいかもなぁ」



そんな事を話している内に取立て対象の家へと到着した二人は、対象者の住む一軒家の入り口まで行き家を見上げた



「しっかしまぁそれなりに立派な外見の家住んでるのに借金まみれとはねぇ…」



トムはそう呟きながらインターフォンを鳴らし、ドアノブをガチャガチャと捻る



「おーい、居るんでしょー?」

「煩い!!誰だこんな時間に!!!!」



やがて乱暴に開かれたドアから、借金をしている男が顔を出す



「平日のこんな時間にオッサンが家に居るのがおかしくね?」

「っな、取立て屋…!!!!」



トムの顔を見るなり再び閉じようとしたドアを足で制しながら、トムはにっこりと笑顔を浮かべる



「そーです取り立てでーす。今日こそアンタが借りた140万、キッチリ返して貰うぜぇ?」

「まっ、待ってくれ!!金は必ず返す!!だから後一週間だけ!!なっ!?」

「オッサンよぉ、その台詞は一週間前にも聞いてんだよなぁ」

「違うんだ!!本当に!!本当に一週間後には大金が手に入ってるハズなんだ!!」

「一週間後に大金って、こっちはそんな夢物語に付き合ってる暇は無いんだわ。今この場で払えないならアンタの利息が跳ね上がるだけだぜ?」

「利息がどうした!!一週間後にあの株が上がれば利息どころか2倍でも3倍にでもして返してやるさ!!」



そんな男の言葉にトムが呆れた様に声を掛けると、男は捨て台詞を吐いて玄関から飛び出した



「っ野郎!!逃げる気かよ!?」



慌てて追いかけるトムの後に続き、静雄も男とトムを追い掛ける

やがて男は路地裏に逃げ込み、トムと静雄も続いて路地裏への角を曲がると、男は待ち構えるように二人の方を向いていた



「観念したか?」

「煩い!!この人を追い掛け回すことしか能の無い野蛮人共め!!!!」



距離を取りつつも強気な発言を口にする男に、静雄のこめかみがぴくりと引きつる



「お前達には解らんだろうが私には知識と経験と勝算があるんだ!!何と言っても誰にも知られて無い未公開株だからな!!
利率は800%!!少なくても400%だぞ!?一週間でそれが手に入るのにたった一週間も待てないのか!?」

「はぁ?そんなもんある訳ないだろ?オッサンそれ騙されてんだよ」

「馬鹿言うな!!俺は3000万も突っ込んだんだ!!!!借金取り風情が夢も希望も頭も無いからってそんな負け惜しみを言うな!!」



トムの忠告にも耳を貸さずそんな事を叫ぶ男の様子にとうとうキレたのか、静雄はつかつかと男に近付くと男の襟首を掴んで持ち上げた



「おいオッサンよぉ…、株を買おうが借金しようがそれは別に良い、アンタの人生だからな、好きにしたら良い…。
でもよ、てめぇの借りた金を返さないってのはおかしいよなぁ?それにだ…」



静かに低く呟く静雄の横でトムは"あーぁ…"と呟いて肩を落とす

静雄の迫力に負けて思わず震える男に構わず、静雄はついに怒号を上げた



「人様に散々迷惑掛けてる分際で夢も金もねぇとか見下した発言してんじゃねぇえぇぇええぇえ!!!」



静雄はそう言って怒鳴りながら男の身体を片手で持ち上げ、そのまま宙へと放り投げた

弧を描いて数メートル先に落ちた男は、呻きながら地面に伏せる



「おい静雄、これじゃ取り立て出来ないだろ」

「…すんません」



トムの声で我に返った静雄が小さく頭を下げると、それまで地面で呻いていた男がもぞもぞと怪しい動きを見せた

男の行動に気付いたトムが首を傾げると、男はポケットから携帯を取り出し電話を掛け始める



「サツでも呼ぶ気か?そんな事しても無駄だぞ?」

「っふ、警察なんて甘っちょろいもんじゃねぇよ!!せいぜい一週間すら待てなかった事を後悔するんだな!!」



男はそう叫び、携帯の操作を終えるとよろよろと立ち上がった



「……静雄、もう一発やっちまえ」

「うす」



トム言葉に従い静雄が男に歩み寄ろうとすると、ばたばたと大人数の足音が聞こえて来る



「ん…?」



不振に思った静雄が動きを止めると、薄暗い路地裏のあちこちから大勢の男達が現れ静雄とトムをぐるりと取り囲んだ



「おい、何の真似だ…?」



静雄が低い声で尋ねると、男はじりじりと後退しながら汚らしい笑顔を浮かべる



「コイツらはこんな事もあろうかと俺が声を掛けて集めておいたお前に恨みのある奴等だ!!
一人じゃ無理でもこの人数なら流石のお前も対処出来ないだろう!?」

「静雄に恨みがあるなら俺は関係無いだろうよ…」

「黙れ!!平和島静雄を倒せばコイツらは仲間の仇が取れてウサが晴らせる!!
ついでにお前も倒して貰えば俺は借金踏み倒せる!!これぞ利害関係の一致って奴だ!!」



男が叫んでいる間にも、周りの男達は静雄とトムとの距離を詰めてくる



「それじゃぁ後はせいぜい自分達の愚かさを後悔するんだな!!」



男が吐き捨てるように笑って逃走体勢を取った、その瞬間だった



「ちぇすとーーー!!!!」



そんなベタな掛け声と共に空から降ってきた人物が男の顔を踏みつけて飛び越え、そのまま地面へと着地した



「ぐぁっ!!!!」



踏み付けられた男は奇声を上げて地面へと倒れ込み、ぴくぴくと悶絶している



「なっ何だ!?」

「おい!!どうなってる!?」



静雄を取り囲んでいた男達が、一斉に背中を向けている人物に向けてそれぞれ臨戦態勢を取った

すると着地地点でしゃがんだ状態だった人物が、男達に背を向けたまますくっと立ち上がる



「女…?」

「何で女がこんな所に…」



立ち上がった時に靡いた髪と意外にも華奢な体つきから男を踏み付けたのが女と解ったが、

男達は女だからと容赦する気は毛頭無い様でそれぞれバットや鉄パイプを構えたまま女に向かって怒鳴りつけた



「てめぇ何者だ!!!!」



ふと、それまで事態を遠巻きに眺めていたトムが女の後姿を確認した後ぼそりと呟いた



「まさか…」



静雄はそんなトムの表情を横目で伺い首を傾げる



「トムさん、どうしたんすか」

「…………」

、ってさっき言ってた…」



静雄が呟きながら再度女へと視線を移すと、女はくるりと振り返り今にも飛び掛らんばかりの男達に向かい高らかに宣言した



「そう!!私こそが"池袋の正義の守護神"様だ!!!!」



そう言って振り返ったは、まるで何処かの戦隊物のように親指で自分を示しながら得意げに胸を張る



「守護神だぁ?笑わせるぜ!!」

「お譲ちゃん、悪い事言わねぇからとっとと失せな!!怪我するだけじゃ済まないぜ?」



男達は少々面食らったのか一瞬ざわついたものの、の顔を確認するとにやにやと下品な笑みを浮かべる

はそんな男達を見て口の端に笑みを浮かべると、びしっと男達を指差して叫んだ



「たった二人を大勢で取り囲むなんて卑劣な真似しか出来ない底辺共は私一人で十分だ!!男なら四の五の言わずに掛かって来い!!」

「何だと!?」

「女だからって容赦しねぇぞ!!」

「やっちまえ!!!!」



の口から飛び出した解りやすい挑発の言葉に、男達はアッサリと引っかかり次々とに襲い掛かる



「トムさん、あれ大丈夫なんすか?」

「あー、大丈夫大丈夫、下手に近付いた方が危ないから放っとけ」



静雄はこそこそと安全な位置に移動しようとしているトムに尋ね、再度の方へ顔を向けた



「正義の鉄鎚!!受けてみろー!!!!」



はそんな台詞を無邪気に口にしながら、襲い掛かる男達を次から次へと殴り倒して行く

まずは背後から襲い掛かってきた男の急所に後ろ蹴りを食らわせ、次に正面からバットを振りかぶって来た男の鼻に右手でパンチを入れる

そしてそのままパンチをした勢いで左向きに回転すると素早くしゃがんで左右から挟み撃ちを狙った男二人を相打ちへと誘った

更に急所に痛恨の一撃を食らって倒れる男の背中を踏み付けて跳躍すると、の後頭部を狙っていた男の背後に周りそのまま踵落としで沈める

流れる様に無駄の無い動きで次々に男達をいなして行くを眺めながら、静雄は圧倒的な力を持った人間が自分の他にも居る事に驚きを感じていた

ふと、死角からに向かって鉄パイプを振り上げる男が目に入り、静雄は思わず傍にあった業務用ゴミ箱を投げつける



「んがっ!!」



見事にヒットしたゴミ箱と共に後ろに倒れた男の叫び声を聞いて、は何事かと振り返った



「なっ、何々?ゴミ箱!?」

「おいおい余所見してる場合かよ!?」

「雑魚キャラは黙ってて!!」

「ぐっ!?」



は隙を付いて殴りかかろうとした男の脇腹に拳を叩き込み、ゴミ箱を投げた静雄にキラキラとした視線を向ける



「凄い…!!あんな重い物持てるどころか投げるとか…!!!!」



感激した様子で呟くと、は静雄の前に移動してにこにこと静雄を見上げた



「君強いね。名前は?」

「…平和島、静雄……」

「静雄くん、助けてくれて有難う!!ついでだから一緒にこのその他大勢のチンピラを片付けて貰えるかな?」



がまだまだ残る男達を指差しながら静雄に尋ねると、男達は静雄が返事をする前に激昂した様子でと静雄に殴り掛かって来た



「じゃぁ静雄くん!!私の背中は任せたから!!」



静雄に向かってそう告げると、は自分の目の前に迫り来る男達を先程同様蹴散らして行く

結局こうして静雄も巻き込まれる形となり、二人対大勢のチンピラとの戦いは物の数分の間に片が付いてしまったのだった



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「全く、私みたいな可憐でいたいけでか弱い女の子にも勝てないなんて情けないったら…」



は男達を見下ろしながら嘆くように呟くと、物陰から観察していたトムの元に駆け寄った



「久しぶり〜!!大丈夫だった?何で襲われてたの?って言うか何その頭!?ドレッド!?」



は次々に捲くし立てながら詰め寄ると、トムの頭をがしがしと乱暴に撫でる



「折角綺麗なストレートだったのに勿体無いなー」

「ほっとけ。つーか何でお前こんな所に居るんだよ?」



頭を掴まれたままトムが尋ねると、はトムから離れてびしっとVサインを決めた



「実は一昨日に帰国しててさ」

「はぁ…ってはぁ!?」

「あっはっはっは、驚いた?」



豪快に笑いながら嬉しそうに尋ねるの前で、トムは脱力気味に尋ねる



「じゃぁ今日送って来たメールは何だったんだよ…」

「だから、あれはそろそろ池袋に戻るねって意味だったんだよ」

「なら最初からそう書けって。いやその前に帰国日に連絡寄越せよ」

「いやいや、急に現れたらびっくりするかなと思ってさ。まぁとにかく池袋に家も借りたんでまた宜しくね!!ところで…」



元気良く片手を挙げて挨拶をした後、はようやくその場に立ったまま現状を見守っていた静雄を指差した



「静雄くんとトムって知り合いなの??どう言う関係?」

「あぁ、コイツは俺の今の職場の後輩兼部下」

「職場?」

「まぁザックリ言えば取立て屋だな」

「なるほど、だから襲われてたのか。てかトム、この子すっごいよ!!業務用ゴミ箱投げたよ!?」

「ゴミ箱どころか自販機や標識だって投げるぞ」



そう言って目を輝かせながら静雄を見つめるにトムは何故か得意げに答える



「何それ凄い、凄すぎる…!!ねぇねぇ、君いくつ?」

「…24っす」

「じゃぁ1つ下か、背高いねぇ、身長は?」

「185…」

「でかっ!!いいなぁいいなぁ、筋肉量も凄そうだし、鍛えてあるよね。それでいて細いし良い身体!!ちょっと触って良いかな!?」



は素早く静雄の隣に移動すると、先程と同じくキラキラとした目で静雄を見上げた



「…はぁ」



そのテンションの高さにはやや驚くものの、悪意の無い純粋なの態度に静雄はとりあえず承諾する



「胸鎖乳突筋、前腕筋、後背筋、胸筋、腹筋、腹斜筋!!凄いよトム、この子完璧だ…!!」

「………」

「おい、昼間っから堂々とセクハラすんなって…」



ベタベタと静雄の身体のあちこちを触るを見ながら、トムがため息を付く



「静雄、キレそうだったらキレる前に引っぺがせよ」

「うっす…」

「はぁ〜、こんな子が居るなら世界各国を飛び回ったりせず池袋に居れば良かったなぁ」



は恍惚の表情で一通り静雄の腕や腰を触り倒すと、満足したのか静雄から離れてにこりと笑った



「ありがと、物凄く満足した!!」

「はぁ…」

「ねぇトム、今から静雄くんも連れて飲み行こう?」

「は?まだ夕方にもなってないのにか?いやそもそも俺等今業務中…」

「お昼から空いてるお店なんかいくらでもあるでしょ?折角旧友が帰国したんだし良いじゃない。静雄くんには今のお礼に奢ってあげるから」

「いや、まぁ俺は構わないけどな…。静雄はどうする?嫌なら無理しなくていーぞ」

「別に嫌では無いっすけど…」

「ホント!?良し。じゃぁ決まりね、レッツゴー!!」



こうして、の鶴の一声により、3人は累々と転がる男達をそのままにその場を後にした



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「…って感じでね、結局どの国の男もあんまり代わり映えしないレベルだったんだよねぇ」

「お前が世界各国で暴れたせいで日本の大和撫子は絶滅したって噂が流れてそうだな…」

「酷いなぁ、私は撫子中の撫子でしょー?黒く長く美しい髪!!細くしなやかかつ豊満な肉体!!」

「自分で言うなよ…」

「黒く大きく潤んだ瞳に奥ゆかしく控えめな性格!!」

「無いわー…」

「こらトム!!人の話に水刺さない!!」



何だかんだで飲み始めてから早4時間

隣同士に座っているトムとの会話は解りやすくアルコールの力で色々とふわふわして来た

下戸な静雄はトムの向かい側に座り、そんな二人の会話を聞きながら大人しくウーロン茶を飲んでいる



「静雄くんはお酒は飲まないの?」

「ぁー…、頭痛くなるんで…」

「そっかそっか、じゃぁ逆に好きな飲み物とか食べ物は?」

「牛乳とプリンっすね」



静雄がそう答えると、は一瞬きょとんとした顔をした後で黄色い声を上げた



「っ可愛い…!!ちょっとトム何この可愛い生物!!この体格と見た目でプリンって…!!」

「良かったなぁ静雄、可愛いってよ」

「でも強いとか最高過ぎる!!ねぇ静雄くん、ちょっと私と腕相撲しようよ」

「やめとけって、お前等二人が本気出したら机が壊れるだろ」

「そんなそこまで本気でやらないから大丈夫大丈夫!!はい、静雄くん手貸して?」



はそう言って静雄に向かって右手を差し出す

静雄は差し出されたの右手とを交互に見た後でトムの方に視線を向けた



「心配しなくて良いぞ、コイツに折られた奴は居てもコイツを折った奴は居ないから」

「いや、でも…」

「ん?あぁ、もしかして私の手の事心配してくれてるの?何て紳士的な…!!何処かの色黒ドレッドとは大違いだねぇ」



感慨深げに頷きながら静雄の隣の席に移動して両手で静雄の右手をとって微笑むと、静雄は僅かに頬を赤くして視線を反らした

そんな静雄の姿を見たは、衝撃を受けた様に一瞬押し黙ると勢い良く顔を上げてトムに尋ねた



「っねぇトム、私今日この子持って帰っても良いかな!?良いよね!?」

「いーんじゃね?つか本人に聞けよ」

「それもそうか。それじゃぁ静雄くん、お姉さんと良い事しよう?」

「それじゃ誘い方がオッサンだろ」

「じゃぁ…"お姉さんが教えてア・ゲ・ル"とか?」

「何かそれも古臭いっつーか…」

「あの…トムさん……」

「ん?俺に遠慮なんかしなくて良いぞ?この女の皮を被った破壊神もお前なら大丈夫そうだしなぁ」



助けを求める静雄に向かい、トムはからかうような口調で笑いながら答える



「ちょとトム破壊神って何よ?私は守護神でしょ!!」

「へいへいそーでした。自称正義の守護神様でした」

「自称はいらないの!!」

「二人ともいい加減飲み過ぎっすよ…」



静雄は紛れも無く酔っ払っている二人を前にため息をつくと、が静雄の手を離して立ち上がった



「ごめん、私ちょっとお手洗い行って来るね」

「あいよ。迷子になんなよ」

「ならないよ!!」



こうしてが席を外れると、トムは改まった様子で静雄に声を掛けた



「…なぁ静雄」

「何すか」

「お前、何だかんだでの事結構気に入ったろ?」

「…は?」

「隠さなくて良いぞ。アイツ見た目だけは本当に良いからなぁ、あれで結構モテるんだ」

「………」

「ただあの通りじゃじゃ馬だろ?釣り合い取れる奴なんてそう居ないし。でもお前なら安心だわ」



トムはそう言って一人で納得したように頷くと、おもむろに席を立ち伝票を手に取った



「つー訳で今日は大人しくお持ち帰りされとけ。邪魔者は先帰るから」

「いや、お持ち帰りって…」

「お?もしかして嫌だったか??」

「………嫌っつーか…」



静雄がトムの質問に歯切れ悪く返事をすると、トムは静雄の肩に手を乗せてにやりと笑う



「据え膳喰わぬは男の恥って言うだろ」

「………」

「んじゃまた明日な」



そんな無責任な言葉だけ残し、トムは本当に先に帰ってしまった



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暫くしてが戻って来ると、トムが居ない事に気付いたが首を傾げる



「あれ?トムは?」

「なんか…先に帰りました」

「帰った?ぇ、何で?」



不思議そうに尋ねるに静雄がどう説明したものかと悩んでいると、は何かに気付いたようにはっとして更に問い掛けた



「ねぇ静雄くん、あの馬鹿に何か変な事言われたでしょ」

「変っつーか…」

「どうせ俺はお邪魔虫だから先に帰るとか、据え膳喰わぬは何とやらだぜ的な無責任発言かまして帰ったでしょ」

「…………」

「やっぱりか!!あの馬鹿ドレッド…!!」



の問いに対して静雄が無言で頷くと、は拳を握りわなわなと震えた後申し訳なさそうに肩を落とす



「ごめんね、静雄くんお酒飲めないのにずっと付き合わせた挙句に何かこう…余計な気疲れさせちゃって」

「いや…、別に気にしてないんで」

「本当?それなら良いんだけど…。とりあえず、今日はもう帰ろっか」



の提案に静雄が頷き、二人は揃って店を後にして外へと出た



「いやぁ、もう21時過ぎなんだねー。何か随分あっという間だったなぁ…」

「…さんの家ってどの辺なんすか」

「ん?ぇっとね、サンシャインシティ通り真っ直ぐ行った所だよ」



が自分の家の方角を指差して静雄を見上げると、静雄は両手をポケットにしまってを見下ろした



「んじゃ行きますか」

「へ?何処に?」

「何処って、さん家」

「ぇ?え??」

「遅いから、送ります」

「ぁ…、あぁ、何だ。そう言う事ね!!ごめんごめん私ってばちょっと変な勘違いしちゃった。そ、それじゃ行こうか!!」



一瞬自分のお持ち帰り発言を鵜呑みにされたのかと焦ったは、誤魔化す様に笑うと家に向かって歩き始めた



「でもあれだよ?私別に送って貰わなくても大丈夫だよ?今日見たから解るとは思うけど…」



サンシャインシティを抜け、街灯の少なくなった道を歩きながらが隣の静雄に話し掛けると、静雄は少し考えた後にぼそりと呟く



「あー…、まぁ…、俺が送りたいだけなんで」

「そっ……か…。…ぇと……」

「………」

「……っあの、えーと、静雄くんて凄い強いんだよね?何か特訓とかしてたの??」

「いや…、別に何も」

「何もしてないのに強いんだ?それは羨ましいなぁ…」

「…さんは何でそんな強くなりたいんすか」

「んー…。ありがちな話なんだけど、私って小さい頃は凄く身体が弱かったんだよ」

「意外っすね」

「だよね。それでその事が原因で苛められたりからかわれたりしてて…、でも私って身体は弱い癖に凄い負けず嫌いでね」

「あぁ…」

「このまま苛められるのは嫌だったから、、お母さんに頼み込んで色々な武道を習って少しずつ鍛えていつか仕返ししてやろうって思ってたの」



はそこまで話すと夜空を見上げて一つ息を吐いた



「気付いたら私はすっかり健康体で、苛めっ子どころか普通の男の子よりも強くなってて…、何か結構孤立しちゃってたんだ」

「………」

「でね、それじゃぁ寂しいからこの力を弱い人の為に使って怖がられない人になろうとして今日まで来たって、そんな感じ」



そう言って明るく笑うの声を聞きながら、静雄は自分の右手を見つめて握り締めた



「まぁそう言う訳で我が家に到着です!!」



ぴたりと足を止め、は小さめながらも小奇麗なマンションをびしっと指差す



「送ってくれてありがとね」

「………」



静雄と向き合いお礼を言うを、静雄はじっと見下ろす



「静雄くん?どうかした?」

「いや…」



そんな静雄にが首を傾げると、静雄は掛けていたサングラスを外して胸ポケットにしまった



「前向きっつーか…強いんすね、さんは」

「そんな事無いよ。いつだって怖いし怯えてる。関係無い人巻き込んだらどうしようとか、負けたらどうしようとか、色々考えて…」

「………」

「だから自分と同じ悩みを持った人を見つけるって意味もあって海外に行ってみたんだけど、まさかこんなに身近に居たなんてびっくりだよ」



は少し悔しそうに頬を膨らました後で、静雄を見上げてにこりと微笑む



「でもホント、今日静雄くんに会えて良かった」



そう言って嬉しそうに静雄を見上げるの顔を見ながら、静雄は右手での頭をくしゃりと撫でた



「ゎっ、ちょっ、静雄くん!?」



そんな静雄の突然の行動に驚くに、静雄はの頭をわしゃわしゃと撫でながら伝える



「俺も、さんに会えて良かった」

「……静雄くん…」

「そんじゃ今日はもう帰るんで」

「ぁ、…うん。……ん?今日は?」



静雄の意味深な言葉にが疑問符を浮かべると、静雄は右手をの左頬に移動させてにやりと笑った



「次は大人しく帰る気無いから」

「なっ…ぅ、え!?」

「じゃぁまた」



静雄の爆弾発言に狼狽えるを残し、静雄はくるりと背を向けると元来た道を帰を去って行く

一人残されたは煩い心臓と赤くなった顔をどうする事も出来ないまま、静雄の背中を見送った



やがて池袋の最強カップルが誕生する事になるのは、もう少し先の話―



- END -