いつもの様に池袋の路地を歩いていると、ドンッと体に軽い衝撃を受けた

ぼーっとして歩いていたので人とぶつかったのかもしれない

しかし目の前に人影は見えない

静雄がきょろきょろしながら視線をふと下に向けると、鼻を押さえてこちらを見上げている女と目があった

「ぁ、ごめんなさい、ちょっと考え事してて」

女は照れたような困ったような笑みを浮かべて極自然に謝って来た

大抵は平和島静雄とぶつかったとすれば、相手は老若男女関係なく誰であろうとすくみあがる

しかし自分の目線にすら入らない目の前の小さな女は、そんな事何も気にしていない様子で微笑んでいた

そうだ

素直に謝ってくれるなら別に静雄だって怒る事は無い

静雄が怒るのは理不尽な扱いを受けた時や思い通りにならなかった時だけだ

それなのにどいつもこいつも姿を見るなりすくみあがり怯えうろたえて逃げようとする

そんな態度が毎度静雄の怒りを助長していた訳だが、

目の前の女は微塵も怯える様子がなかった為、静雄も釣られて謝った



「あぁ、こっちこそ悪ぃ…」



それが、静雄とのファーストコンタクト



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「そういやお前、あん時全然怖がって無かったよな」



静雄の家

床に背中合わせに座った状態で、テレビを見ていた静雄がふいに呟いた



「え?あん時ってどん時?」



は静雄に体重を預けながら雑誌に目を落としたまま聞き返す



「俺とお前がぶつかった時」

「あぁ、最初に静雄に会った時か」



「懐かしいねー」と呟きながら、は雑誌から目を離して静雄の方に顔だけを傾けた



「そりゃぶつかったのは悪かったけどさ、静雄だってぼーっとしてたんだから、ぶつかったのはお互い様でしょ?」

「まぁな」

「どちらも悪いんだから私だけ一方的に怒られる筋合いは無いし、怖がる必要無くない?」



当然でしょ、と言うような口調では自分の言葉に自分で頷いている

が頷く振動を背中に感じながら、静雄はフッと笑う



「まぁでも静雄大きいからね、怖がる人も居るかも」

「居るかもっつーか怖がらねぇ奴の方が少ない」

「ん〜…、サングラスなんかしてるからじゃない?」



はくすくすと笑いながら静雄から体を離し静雄の前に回りこんだ



「ただでさえ威圧感あるのにサングラスなんかしてたら余計怖いよ」



そう言いながら素顔の静雄を見て微笑む

基本的に家では外しているが、外では常にバーテン姿でサングラス

この一風変わった格好と類まれなる身体能力のせいで、静雄は池袋では誰も知らない者が居ない有名人だ



「実際はこーんなに優しいのねぇ」



はあぐらをかいている静雄の足の上に横向きに収まりながら、ぎゅっと抱きついた

静雄は無言での頭をぐしぐしと撫でる



「ぁ、照れてるでしょ」

「…別に」

「静雄は本当に可愛いなぁもう」



そう言うとは上体を起こして静雄の首元に両腕を回し、首筋に顔を埋めた



頬をやや赤らめ気まずそうな顔をしている静雄だが、まんざらでも無いらしい

決して他人には見せられない

セルティや新羅が見たらきっと卒倒する

ましてや臨也なんかには死んでも見せられない

そんな静雄の空気をここまでほのぼのとしたものにしてしまうのだから、

事によっては池袋最強はなのかもしれない





「ん?」



静雄に呼ばれ顔を上げると、鼻先が触れる程近くに静雄の顔がある

照れ屋なんだか強引なんだか解らないが、

これは言葉で伝えるのが苦手な彼なりの精一杯の愛情表現らしい

は静雄の頬に触れると小さく笑った



「好きだよ静雄」



伝えた瞬間唇を塞がれる

中々言葉では言ってくれないけれど、

態度や雰囲気から静雄が自分を愛してくれている事は十分伝わっている

幸せだなぁ…

そう色々ありながらも何だかんだで穏やかな日々を想い、

は目を閉じて静雄に身を委ねたのだった





『何でも無い特別な日』