「ぁ、静雄くんだ」

「ん?あぁか」



急に背後から名前を呼ばれたので、振り返ってみるとそこに居たのはだった

いつ頃だったか新羅とセルティ経由で知り合ったのだが、実験好きの闇医者である新羅や首なしライダーと呼ばれているセルティ、

この風変わりな人物の知り合いであるにも関わらず、彼女は至って一般的な人物であった

かく言う静雄も新羅曰く"一世代での進化"と言う極めて異例な体質の持ち主であるが、

の場合は凡人も凡人、凡人過ぎて何故新羅やセルティと交流があるのか疑問に思える程の凡人だ



「何してたの?お仕事?」

「まぁな、お前こそこんな所で何やってんだ?」

「私はねー、今日仕事が休みだからセルティと遊ぼうと思って来たの」



はにこにこと笑いながら説明する



「良かったら静雄くんも混ざる?」

「いや、仕事中だっつったろ」



名案でも思い付いたかのように提案するだが、静雄は呆れた口調で返す



するとは驚いた表情で静雄に尋ねた



「サボらないの?」

「サボらねーよ」

「そうなんだ、静雄くんて真面目だねぇ」



意外な発見だ、と呟きながら、は静雄を見上げている

沸点の低い静雄の事なので、普通ならこの時点で暴れだしていても良いかもしれない

しかしのあまりにも間の抜けた雰囲気を前にすると、呆れる事はあっても不思議と怒りを覚えた事は無かった



「偉いね」



笑顔のまま、嫌味でも皮肉でも何でもない極自然な口調でそう言われると、どうしたら良いのか解らなくなる

静雄はずれたサングラスを片手で直しながら、の頭をぐしゃぐしゃと押さえ付けた



「わっ、やめてよー髪の毛ぐちゃぐちゃになるでしょ!!」

「元々ぐちゃぐちゃだろーが」

「そんな事ないって!!これは今流行りのゆるふわ愛されパーマなんだからね!!」

「何か知らねぇけどイラッと来んな、その名前」



そんなやり取りをしていると、二人の背後にはいつの間にかセルティが愛馬であるバイクに跨り佇んでいた

声は発しないものの、気配でセルティに気付いた静雄に合わせ、も振り返る



「ぁ、セルティ!!」

「よぉ」



はセルティに駆け寄り、セルティが手にしている携帯を覗き込む



「(静雄とは仲が良いな)」

「そうかな?新羅くんとセルティと比べたら全然だよー」

「(っ!?なっ、な何を言ってるんだは!?)」

「照れなくても良いよぉ、いやー、私も新羅くんとセルティみたいなラブラブカップルになりたいな〜」



セルティをからかうの表情はとても生き生きしている

セルティは頭部が無い為言葉を話す事が出来ないにも関わらず、全身から"照れている"オーラが出ている為非常に解りやすい

こうして眺めていると女子二人と言った感じで非常に微笑ましい

二人の元へ歩み寄りながら、静雄はなんとなくそんな事を考えていた



「(そっ、そんな事を言うならも静雄と付き合えばいいじゃないか!!!!)」



散々からかわれ、セルティが反撃と言わんばかりに携帯に打ち込んだ言葉を、

と、そのちょうど隣に並んだ静雄が覗き込み、互いに顔を見合わせた



「私が静雄くんと?」

「俺がと?」



そして二人して首を傾げる

ここまでは二人とも同じ動作だったが、この次のリアクションは全く異なるものだった



「それいいねぇ!!」

「はぁ?」

「あれ、駄目かな?私静雄くんの事大好きだけど」

「駄目っつーか、いや、おい、お前今自分が何言ってるか解ってるか?」



静雄は珍しく焦りながらぐいぐいと迫るに尋ねる



「ぇ?解ってるよ?」

「いやぜってぇ解ってないだろ」

「解ってるもん!!、静雄くんは私の事嫌いなの?」



そう言う問題じゃないと反論しようとした静雄だったが、自分を見上げているが意外にも本気なのを察し、思わず黙り込んだ



「(ぇ、何だろう、私ってもしかして邪魔、か…?)」



自分から言い出した事とは言え、思いもよらぬ展開になっている二人を見つめながら、セルティはどうしたもんかと首を傾げる

すると静雄がセルティに「おい、一体どうすりゃ良いんだよこれ」とでも言いたげな表情で見ている事に気付いた



「(どうするもこうするも答えてやれば良いだけじゃないか)」



セルティはアッサリとそう返すと、静雄の肩をぽんと叩いた



「(じゃぁ後は頑張れよ、私は用事が出来たので帰る)」



携帯にそう打ち込むと、静雄がそれを読むや否や漆黒のバイクに跨り何処かへと走り去った



「逃げやがった…」

「………」



その場に取り残された静雄と

は明らかに動揺している静雄を見て今にも泣きそうな顔で呟いた



「静雄くん…、私の事嫌いなんだ……」

「っ!?いや別にまだ何も言ってないだろ?」



の言葉に静雄はそう返すが、は以前泣きそうなままで首を左右に振る



「だって静雄くん明らかに困ってるもん…、ごめんね、変な事聞いて」



そう言って踵を返したの背中はいつものほんわかとした雰囲気からは想像も付かない様な落ち込みっぷりで、

静雄は思わず歩き去ろうとするの腕を掴んだ



「待て!!っつーか俺の話も聞け!!」



静雄はの腕を掴んだままの体を自分の方へと向けさせると、の両肩に手を置いて確認するように尋ねた



「本気か?」

「何が?」



真剣な表情の静雄の言葉に、はきょとんとしながら尋ね返す

そこを尋ね返されるとは思っていなかった静雄は、どう言えば良いのか解らず言い淀む



「だから、あー何だ、その…」

「静雄くんの事好きなのが本当かって事?」

「あぁ…それだ、それ」



の言葉に静雄が頷くと、はまっすぐ静雄を見つめた



「もちろん本当だよ。私、静雄くんの事ずっと好きだったんだから」

「…俺の事、怖くないのか?」

「全然。怖かったら普段話なんてしないよ」

「いやでもよ、俺キレると何するか解らねぇし…」



静雄は小学生時代の出来事を思い出し拳をぐっと握る

はそんな静雄に近付くと、堅く握られている手を包み込むように両手でそっと触れた



「大丈夫だよ、静雄くんは確かにちょっと怒りっぽいけど、弱い人とか悪くない人には襲い掛かったりしないもん」



にっこりと笑いながら自信たっぷりに言い放つを、静雄は無言で見下ろす

色々と心配事が頭を巡るが、のほんわかとした笑顔を見ていると、

次第に悩んでいた事がどうでも良くなって行くのが解った



「…お前が良いなら……」

「良いなら?」

「なんつーか…、まぁ、付き合っても良い……」

「本当!?」



静雄はに両手を握られたまま、驚きと喜びを同時に表したような顔で自分を見上げているから目線を逸らし、

やや小さい声で決まりが悪そうに「あぁ」と呟く

大よそロマンチックな告白には程遠い言葉ではあったが、

は十分に嬉しかったようで満面の笑みを浮かべると静雄に抱きついた



「嬉しい…!!静雄くん大好き!!」

「……ぁー…おぅ…」



今までその性格と特性故に自分は誰にも愛されないと思っていた静雄は、

本当に嬉しそうなを前にして未だに少々戸惑っていた

しかしはそんないまいち煮え切らない静雄の態度が気になったのか、

静雄から離れるとおもむろに携帯電話を取り出し誰か宛にメールを打ち始めた



「何してんだ?」

「ぇ?えっとね、セルティと新羅くんに伝えなきゃと思って」

「!?」

「後サイモンとか門田くんとかにも教えたいし…、ぁ、そうそう杏里ちゃんにも!!」

「!?!?」

「ぁー、どうせ伝わるんだから折原くんにもメールしとこっか」



はにこにこしながら片手で携帯を操り打ち終わった文面を静雄に見せた

携帯電話の液晶を見ると、そこには【お知らせメール♪】なる件名と非常に浮かれた内容が表示されている

静雄はその文章を読みながら、の行為を止めるべきか否か迷っていた

ここまで堂々と公言するのは正直恥ずかしいが、隠していてもどうせ後々バレる事だ

であればわざわざ黙っておく必要は無いが、しかしやっぱり恥ずかしい

恥ずかしい上に誰かに会う度からかいの対象になるなんて御免だ

しかも臨也になんて知られたら全力で面倒な事になるのが目に見えている

静雄が色々と思案を巡らせて硬直しているのを見て、は悪戯な笑みを浮かべて問い掛けた



「静雄くん、これ送られるのやだ?」

「やだっつーか…」



静雄が返答に困っていると、は送信ボタンに手を掛けてこんな条件を投げ掛けた



「静雄くんがね、私の事好きって言ってくれたら、このメール送らない」



は静雄から距離を取るように後ずさった

自分でも少々無理な事を言っていると言う自覚があるのだろうか、

はじりじりと後退しながら緊張したような面持ちで静雄を見つめている

静雄はそんなの言葉と態度に困惑したものの、

ふとこんな滅茶苦茶な取引にも全くイライラしない自分に気付いた

もし、同じような事を他の誰かがして来たらどうだろうか

殺したい程イラつくに決まっている

しかしの場合はどうだ

困惑はするものの、全くと言って良い位に嫌悪感や怒りを感じない

それが意味するところはつまり、

まぁ、

そう言う事なのだろう



「好きだ」

「へ?」



確かに静雄が口にした言葉を聞いたものの、は思わず間の抜けた声を上げた

聞き間違いかと思ったのだ

しかし静雄は構わずに歩み寄り、その小さな身体をぎゅっと抱きしめる

は未だに事態を飲み込めていないようで、静雄に抱き締められたまま硬直していたが

静雄はそんなの耳元に顔を寄せて呟いた



「好きだよ、お前と居るとイライラしないどころか結構楽しい」

「………」

「…でもよ、俺みたいのと一緒に居ると絶対苦労すると思うんだけど本当にいいのか?」



借金取りと言う職業や自身の性質、何かにつけて命を狙ってくるノミ蟲や自棄に執着してきた罪歌などを思い浮かべ

今更ながら激烈一般人なの身が心配になる

しかしは大きく首を左右に振った



「もちろんいいに決まってるよ!!大変なのは承知の上だし、

むしろ静雄くんに何かあったら私が守ってあげるんだから!!」



"大丈夫"と言う言葉が返ってくるのは何となく予想していたものの、

まさか自分を守るだなんて言葉が出てくるとは思わなかった

静雄はのあまりのびっくり発言に一瞬言葉を失ったが、すぐに口の端に笑みを浮かべた



「……そりゃ頼もしい事で」



そう言うと耳元に寄せていた顔を引き上げ、の頭をぐしゃぐしゃと撫でた



「あぁ〜、愛されゆるふわパーマが…」

「気にすんな、そんなパーマなくても俺が愛してやるさ」

「っ…、静雄くんのキザったらし………」



は顔を真っ赤にしながらそう呟くと、静雄の大きな左手を小さな両手できゅっと握った



「これからも宜しくね、静雄くん」

「ぉー、宜しく」

「ところで静雄くんさ」

「ん?」

「お仕事、サボっちゃって良いの?」

「……ぁ」



に言われてふと自分が仕事中である事を思い出す

サボらないと言っていた割にもう大分時間が経ってしまっていた

上司の顔がふっとよぎり、静雄はとりあえず空いている右手でメールを打ち始める

カチカチと静雄が携帯をいじる横で、が首を傾げた



「メール?」

「ん、体調不良って事で」

「結局サボる事になっちゃったね」



静雄は携帯をパチンと閉じてポケットにしまうと、

申し訳なさそうに自分を見上げているに声を掛けた



「よし、んじゃ今からどっか行くか」



そんな静雄の言葉を聞いたは、申し訳なさそうだった表情をパっと明るくし

それはそれは嬉しそうに笑って大きく頷いたのだった





『ここから始まる』