静雄さんと暮らし始めてあっという間に2ヶ月と2週間が経った

最初の頃は矢霧製薬の追っ手が来ないか警戒していたけれど、丁度1週間前に矢霧製薬はネブラに吸収された

矢霧製薬はその際クローン技術の実験についてネブラに知られる訳にはいかないと、施設そのものを事故に見せかけて爆破したらしい

その為ネブラと合併した今では私を追いかけてくる人は誰も居なくなり、突然訪れた自由に私は戸惑っていた

身を隠す必要がなくなったのは素直に嬉しかったけれど、これで本当に居場所が無くなってしまったような気もした

静雄さんの家に居候をしている私は、静雄さんに出て行けと言われたら何処にも行く当てが無い

実際の静雄さんはそんな事は言わないけれど、それでもいい加減嫌になっているんじゃないかと思う

静雄さんは未だにソファに寝ているし、私は仕事をしていないし、2ヶ月と2週間経った今でも本当に単なる居候でしかない

ある日の午後、洗濯や掃除など一通りの事を終えた私はクッションを抱いてソファに座りながらそんな事を考えていた

いつまでも静雄さんの優しさに甘えている訳には行かない

せめてアルバイトでもしてお金を稼いで、"生活費"と言うものを静雄さんに渡さなければ…

そう考えた私は、携帯を手に取りメールの作成画面を開いたところでふと手を止めた



「いつもいつもセルティさんに頼ってたんじゃ駄目だよね…」



セルティさんの紹介で杏里さんに料理を教えて貰ったのが1ヶ月前の事で、それからも事ある毎にセルティさんには色々な事を相談して来た

セルティさんは私を妹のようなものと言ってくれたし、私もセルティさんを姉のような存在だと思っていた

でもやっぱりセルティさんにだって毎回毎回甘える訳にはいかない

私は携帯を閉じてテレビを消して立ち上がると、コートを羽織り鍵を閉めて家を出た



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駅前までの道を歩きながら、今までの事を何となく思い出す

この2ヶ月で池袋の町には大分慣れた

顔見知りも出来て、アドレス帳の登録も少しは増えた

あれほどまでに望んでいた普通の生活が出来ているのが、未だに不思議な事のように感じる



「ぁ」



ふと1ヶ月前の出来事を思い出し、私は慌ててポケットから携帯を取り出した

静雄さんに内緒で料理の練習をしたあの日、出掛ける時は必ず静雄さんに連絡するようにと約束したんだった



"今から駅の方まで出掛けます"



短い文章を打ち、静雄さんに送信する



"了解、気をつけろよ"



程なくして返って来たメールは、私が送ったもの以上に短いものだった

私は何しに行くのかと言う質問が来なかった事に少しほっとして携帯を閉じた



「アルバイトの情報って何処にあるんだろう…?」



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駅前までやって来た私は、ふらふらと色々な物を見て回りながらアルバイト情報を探した

途中店先に募集の紙が貼ってあるのを見たり、無料の求人雑誌を手に入れたり、中々順調だ



「ぁ、本屋さんならもっとちゃんとしたのあるのかな…」



無料の求人雑誌をパラパラと読んでいてそう思いついた私は、早速本屋へと向かおうと方向転換する

しかし周りを良くみていなかった為、向こうから歩いてきた誰かに勢い良くぶつかってしまった



「わっ!?」



どんっと言う衝撃が身体に走り、その反動で後ろに倒れそうになったけれど、私の身体が地面に倒れる事は無かった

思わず閉じた目を恐る恐る目を開くと至近距離に男の人の顔があり、私は思わず息を呑む

その人はとても綺麗な顔立ちで、赤くて鋭く、吸い込まれそうな不思議な眼の色をしていた



「大丈夫?」

「ぁっ…、ご、ごめんなさい!!」



声を掛けられて我に返った私は、慌ててその人から離れてぺこりと頭を下げる



「ううん、俺の方こそごめんね」



男の人はにこっと笑ってそう言った

私はほっとしながらも、何だかこの顔に見覚えがあるような気がしてまじまじと男の人を見つめる



「俺の顔に何かついてる?」



そう言って首を傾げる男の人の表情は何処と無く私を試すような笑みを浮かべていて、その顔を見た瞬間に思い出す

この人は、静雄さんにも新羅さんにもセルティさんにも"コイツにだけは気をつけろ"と言われていた人物



「折原、臨也…さん……?」

「うん、正解だよ。M-0204…いや、今はだっけ?」



私が呟いた名前に反応し、臨也さんはパチパチと拍手をしながら私の名前を呼んだ



「へぇ…、セルティのクローンなんて聞いたからどんな感じかと思ったけど、パッと見はそんなに似てないんだねぇ」



臨也さんは私を見下ろしながらそう言うと、次の瞬間両手で私の頬を掴み顔を近付けた



「うーん…、髪の毛の色や長さが違うからあんまり似てるようには見えないけど、でもパーツはそっくりだね」

「…っ」

「あぁごめんごめん、怖がらせるつもりは無かったんだけどさ」



私が急な事に驚いて身をよじると、臨也さんはぱっと手を離して両手を上げた



「やだなぁ、そんなに怖い顔しないでよ。俺は君に会いたかっただけなんだから」

「…私に……?」

「うん。俺はね、君が居たラボの責任者と知り合いなんだ」

「責任者…って、矢霧波江……?」

「そうそう正解。あぁ、でも安心して?君がシズちゃんの家で暮らしてる事は波江さんには言って無いし、言うつもりも無い」

「………」

「ただ波江さんから君の話を聞いててね、とっても興味深いなと思っただけなんだ」



私の姿を上から下まで見ながら臨也さんはぺらぺらと話しを続けた



「セルティのクローンを造ったのに逃げられたって聞いてさ、きっとまだ池袋の何処かに居るんだろうと思って調べてみたけど当たりだったね」

「調べたって、どうやって…ですか?」

「ん?シズちゃん達から聞いてないの?俺は情報屋だからね、人一人探す位簡単に出来るよ。まぁ君が人かどうかは微妙なところだけど…」



私は臨也さんのこの物言いに思わずむっとした顔になってしまったけれど、臨也さんはそんな私を見て楽しそうに笑った



「この世に妖精が具現化しているだけでも一大事なのに、まさかその妖精のクローンを作ろうとするなんて、人間は何て傲慢で強欲で酔狂なんだろう、ぞくぞくしちゃうよね?」

「………」

「それにしてもまさかそのクローンがシズちゃんに拾われてるとはねぇ。一緒に居て大丈夫?怪我とかさせられてない?」

「っ大丈夫です!!静雄さんはそんな乱暴な人じゃありませんから」



にやにやと笑う臨也さんを睨みながら、私はキッパリと言い切った

この人が静雄さんと仲が悪いのは聞いていたけど、こんな言い方をするなんてやっぱり良い人には思えない

ラボに居た研究員達も風変わりだったり怖かったりしたけれど、目の前の臨也さんはそれ以上に危険な感じがして、私は思わず後ずさった



「あはは、逃げなくても大丈夫だよ。シズちゃんが羨ましくてちょっと意地悪しちゃっただけだから」

「…意地悪って……」

「俺はただ純粋に君の存在に興味があって、君の事がもっと知りたいんだよ」

「ゎ、私は…貴方に興味無い、です……」



何とかこの場から逃げ出したくて必死に抵抗をするけれど、臨也さんはお構いなしに距離を詰めてくる



「それならこれから興味を持てば良いと思うよ。何ならシズちゃんなんか捨てて俺の家に来れば?」

「な、何でですか…?」

「ん?だってシズちゃんの稼ぎってそんなに良く無いでしょ?君を養える程の甲斐性があるとは思えないし、
俺ならお金には困ってないからね、君一人位ならいつでも迎え入れられるよ」



臨也さんはそんな事を言いながら私の肩に腕を回すと耳元で囁いた



「シズちゃんも自分から出て行けとは言い難いだろうしさぁ」

「………」



低く囁かれた臨也さんのその言葉に私の身体は固まる

確かに静雄さんは優しいから、例え迷惑に思っていても出て行けなんて言えないだろう

それならなるべく迷惑を掛けない様にとアルバイトを探していたけれど、それは無駄な事だったのだろうか

私は静雄さんと居ると楽しくて嬉しくてとっても幸せな気分になれる

でもそれは私の勝手な感情であって、静雄さんがそうとは限らない

と言うか同じ気持ちな訳が無いんだ

だって、私は人間じゃ無いのだから



「………」

「俺なら戸籍も学歴も何も無い君の面倒も問題無く見れる。君が人として働きたいと思うならそれも叶えてあげられる。
洋服や靴だって何着でも用意出来るし、それに何より俺は君に興味があって、君を必要としてる」

「必要…、私が…?」

「そう。君だっていつ追い出されるかを毎日気にして過ごすより、誰かに望まれて一緒に居る方が幸せでしょ?」



誰かに望まれる事

必要とされる事

それはとても魅力的な響きで臨也さんの言葉が私の頭を支配する

私は、臨也さんと一緒に居た方が幸せなのだろうか

静雄さんは、私が臨也さんの所へ行ってしまった方が幸せなのだろうか?

すぐ側で私を見下ろしている臨也さんの事も忘れ、私はぐるぐると色々な事を考えていた



「ほら、悩むって事は色々と思い当たる節があるって事じゃないの?」



そう言って臨也さんが妖しく微笑んで私の手を取る



「因みに…、君は今シズちゃんを好きかもって思ってるだろうけど、そんなの錯覚だよ」

「ぇ…?」



臨也さんの急な言葉に私は驚く



「男女が一緒に暮らしてれば遅かれ早かれそんな気になるだけだよ。最初に拾ったのが俺だったら君はきっと俺を好きになってただろうね」

「そんな事…」

「無いって言い切れる?今まで普通の生活を送れなかった君が恋愛を語れるの?」

「それは…」

「無理でしょ?もちろん認めたくない気持ちは解るけどね。だからさ、尚更君は俺と一緒に過ごした方が良いんだよ
シズちゃんと過ごした時間以上に俺と暮らしても君の気持ちが揺るがなければ君のその気持ちは本物って事になる」



臨也さんは優しい口調でそう言うと、私の手に軽く口付けた

臨也さんの言う事は確かに正しいし、説得力がある

それでも素直に首を縦に振れないのはどうしてだろう

私はどうしたら良いのか解らなくなって、臨也さんを見上げた

臨也さんはそんな私を見てふっと笑うと、何かを言いかけた所で急に険しい表情になり、掴んでいた私の手を離して身体を仰け反らせた



「?」



私が臨也さんの行動に首を傾げたその瞬間、私と臨也さんの間を何かが物凄い勢いで通り過ぎた

右から飛んで来た物体はそのまま大きな音を立てて壁にぶつかったようだ

状況が飲み込めないまま左を向くと、ひしゃげた道路の標識が壁に刺さっていた

驚きのあまり絶句したままゆっくりと標識が飛んで来た方向に顔を向けると、そこには静雄さんが居た



「静雄さん…!?」

「い〜〜ざぁ〜〜〜やぁぁぁぁぁぁ!!!!」



静雄さんは激昂した様子で今度は側にあった自販機を持ち上げ、臨也さんに向かって投げ付ける

臨也さんは何食わぬ顔でそれを避け、ポケットからナイフを取り出して構えた



「やだなぁシズちゃん、折角のデートを邪魔しないでくれる?これだから気の利かない単細胞は困るよねぇ」

「デートだぁ?ふざけた事抜かしてんじゃねぇぞこのノミ蟲が!!!!」



殺気立った二人を前におろおろしていると、臨也さんに肩を引き寄せられた

驚いて硬直する私を臨也さんが背後から抱き締める



に近寄るんじゃねぇ!!!!」

「シズちゃんに指図される覚えは無いよ」



叫ぶ静雄さんに臨也さんはそう告げながら嘲笑う

私は臨也さんに抱き締められたまま、二人のやり取りを聞くしかなかった



「良いから今すぐから離れろ!!でなきゃ殺す!!まぁ離れてもぶっ殺すけどなぁ!!!!」

「それじゃ俺に何のメリットも無いのに応じるとでも思ってるの?知能指数低い人間は日本語通じなくて本当に面倒だよ
大体随分と我が物顔だけどは別にシズちゃんの所有物じゃないんだよ?彼女の意思を尊重する気は無い訳?」



呆れたような、馬鹿にしたような口調で臨也さんが静雄さんに尋ねる

静雄さんは臨也さんの言葉を聞いてぐっと黙り込んだ



「どうせシズちゃんの事だ、今日だって彼女がどうして外に出たか知らないんでしょ?」

「ぃ、臨也さん…」

「悩んでる事にも気付かずに放っておくような鈍感で冷たい人間の所に居るなんてが可哀想だと思わない訳?」



臨也さんは静雄さんに向かって次々と責めるような言葉を浴びせると、ふいに顔を私の方に向けた



「ねぇ、さっき言った通り、俺と一緒においでよ。俺なら君を悲しませたりしないよ?」



そう言った臨也さんの声は柔らかく、表情も優しげで私は思わず言葉に詰まってしまう



「ね?悩む位なら俺の所に来て色んな事を経験して知識を付けた方がずっと良いって」

「臨也さんと…」

「そう。俺と一緒に行こう?俺には君が必要なんだ」

「…必要……」



臨也さんの赤い眼に見つめられ、有無を言わさないその口調に思わず頷きかけたその時



!!!!」



名前を呼ばれて振り向くと、静雄さんが私に向かって手を差し出していた



「…ぁ……」

「あ〜〜もう!!シズちゃんってさぁ、ほんっとに空気読めないよね!?」

「うるせぇんだよノミ蟲野郎」



睨みつける臨也さんに悪態をついて、静雄さんは私に向かって手を差し伸べた

私は差し出された手と静雄さんを交互に見ながら、こんな時にまで一人で物事を決められない自分が情けなくて泣きそうになってしまった

それでも私は必死に考える

私が一緒に居たいのは静雄さんだ

でも静雄さんには迷惑を掛けたくない

臨也さんと居れば静雄さんには迷惑を掛けなくて済む

臨也さんもそれを望んでいるし、私を嘘でも必要だと言ってくれた

それでも

それでもやっぱり私は静雄さんと一緒に居たい

例えそれが迷惑だとしても

私は私の我侭で静雄さんと離れたくない



「静雄さん…」



とうとう溢れてしまった涙を拭う事もせず、私は臨也さんの腕の中から静雄さんを呼ぶ

静雄さんはそんな私をじっと見たまま、ふいに笑った



、帰るぞ」



静雄さんがそう言ってくれた瞬間、私の影がするりと伸びて臨也さんの手に絡みついた



「!?」



唐突の事に驚いて臨也さんが腕を緩めた隙に、私は臨也さんの腕を振り解いて静雄さんの元に駆け寄る



「静雄さん!!」



そして伸ばしてくれていた静雄さんの手を握り、その胸に飛び込んだ

私の身体を片手でしっかりと受け止めながら、静雄さんはもう片方の手で優しく頭を撫でてくれる



「ごめんなさい…!!私…っ…」

「…気にすんな。とりあえず帰るぞ」

「はい、…でも……」



私が振り返ると、臨也さんの姿は既にそこには無かった

私の影も何事も無かったかのように元の位置に戻っている



「…臨也さん……」



臨也さんは多分良い人では無いし、私に近付いたのも私を利用する為なのだろう

それでも、100%悪人なのかと言われると、私にはそうは思えなかった

危険な感じがしたし怖かったけれど、臨也さんが私を必要だと言ってくれた時、正直なところ少し嬉しく感じてしまったのも事実だ

私が最初に出会ったのが静雄さんでなければ、本当に臨也さんを好きになっていたのだろうか…?

答えは解らなかったけれど、何となく悪い事をしてしまった様な感じがして私はぼんやりと臨也さんの言葉を思い返していた



「どうした?」

「ぁ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしちゃってて…」

「そうか…」



考え事をしていた私に静雄さんが声を掛けてくれる

私は慌てて静雄さんの方を向くと、臨也さんの事を考えていたのを誤魔化すように笑った

静雄さんは何かを言いかけていたけれど、私は静雄さんの言葉を待たずに話し掛ける



「あの、本当にごめんなさい。いつもいつも迷惑ばっかり掛けちゃって…」

「別に、迷惑だなんて思ってない。ただ…なんつーか、心配なだけだ…」

「心配、ですか?」



静雄さんの言葉に私が首を傾げると、静雄さんは何となく落ち着かない様子で煙草を取り出して火を付けた



「お前が…、何か急にフラッと消えそうな気がしてよ……」



ゆっくりと煙を吐き出しながら静雄さんが呟く

私はその言葉の意味が良く解らなくて、静雄さんに尋ねる



「私が居なくなったら…、静雄さんは心配なんですか?」



そんな私の質問に、静雄さんは呆れた様子で返す



「当たり前だろ?」

「…どうしてですか?」

「どうしてって…」



静雄さんは困惑したように頭を掻いて言い淀んだ



「私は、静雄さんに迷惑ばっかり掛けてるって思ってます…」

「………」

「静雄さんは私のせいでベッドで寝れてないし、お金も使わなきゃいけないし…、私と居ても静雄さんだけが苦労して、私は全然で……」



今まで感じていた負い目が、一つ、また一つと溢れ出す



「料理だって未だに静雄さんに手伝って貰ってて、本当は静雄さんの役に立ちたいのに…」

…」

「本当は私も静雄さんに何かを返したいんです、静雄さんの為に何かしたいし、静雄さんに必要とされたい…」



静雄さんと暮らし初めてから、ずっと言いたくても言えなかった言葉が次から次へと止まらない

そんな矢継ぎ早に喋る私を静雄さんは少し驚いた顔で見ていたけれど、やがて煙草を携帯灰皿に押し込みながらゆっくりと私の隣に並んだ



「…泣くなよ」



私の頬を親指で拭いながら、静雄さんは困ったように笑う



「……ごめ、なさ…」

「謝らなくて良い…。つーか悪ぃ、泣かせてるのは俺なのにな」

「そんな…。違い、ます…」

「いいや、違わない」



静雄さんはそう言って私の頬に触れたまま、何かを言おうかどうか迷っているような様子を見せた



「………」

「………」

「……俺は…」



頬に静雄さんの手の暖かさを感じながら、静雄さんの言葉を待つ



「俺は…こんな身体だから、人を傷つける事しか出来ない…。初めて守りたいと思った人だって俺のせいで怪我して…」

「………」

「だから俺はそんな自分が嫌いで…、殺したい程ムカついてる癖に結局それも出来ない臆病者だ」

「静雄さん…」

「でもよ、お前に会って俺でも人の役に立つ事があるんだって思えたし、お前が居ると何か落ち着くっつーか、キレる事も減った気がするんだよ」



静雄さんの手が私の頬から離れ、熱を持った頬に冷たい風があたる

私は離れて行った手に注いでいた視線を、静雄さんの方に移した

サングラス越しの静雄さんと視線がぶつかる



「だからよ、お前さえ良ければずっとうちに居たら良い…。いや、居て欲しいと思ってる」



静雄さんが真っ直ぐ私を見てそう言ってくれる

その言葉が素直に嬉しい

それは身体中が沸き立つような不思議な感覚で、嬉しくて嬉しくて言葉が何も出てこない

私は静雄さんが折角拭ってくれた涙を再度流しながら、その場で首を縦に振った



「…帰るか」

「はい…っ!!」



差し出してくれた手をしっかりと握り、二人で静雄さんの家へと向かう



「そう言えば…」

「はい?」

「お前も何か影みたいなやつ操れるんだな」



帰り道の途中で静雄さんがぽつりと切り出した

言われて思い出したけれど、私にあんな力があるとは今まで知らなかった



「私もびっくりしました…、何か無我夢中だったのであまり覚えてないんですけど……」

「今も使えるのか?」

「ぇーと…、、無理みたいです…」

「そうか…」



静雄さんに言われて何とか動かそうとしてみたけど、私の影はぴくりとも動かなかい

私が無理だと告げると静雄さんは少し残念そうな顔をした



「どうしてですか?」

「いや、あれが自由に使えたら今度ノミ蟲野郎に会っちまっても少しは安心だろ」



そう言いながら静雄さんは眉間に皺を寄せる

静雄さんは本当に臨也さんと仲が悪いんだと改めて思うと共に、臨也さんと今後二人で会う事になったらどうしようかと考える



「ぇっと、じゃぁ今度セルティさんに聞いてみます。セルティさんならこの力について何かアドバイスしてくれるかもしれないですから」

「そうだな。後はまぁ今後は出来るだけ誰かと一緒に出掛けるようにしろよ」

「はい」

「つーか出掛けたけりゃ俺が休みの時にしたら良いんだけどな」

「でも…、折角のお休みにはお家でゆっくりしたいかな、って…」

「別にそんな気使わなくても良い」

「ぁ、いえ…あの……、私が…」

「ん?」

「私が、静雄さんと一緒にお家に居たいんです…」



私は照れながらそう伝える

恥ずかしくて静雄さんの顔は見れなかったけれど

繋がれていた手が一瞬硬直し、その後にぎゅっと力が篭った



「…あんまり可愛い事言うなよ……」

「? 何か言いましたか?」

「っ何でも無い」



静雄さんが小さく呟いた言葉は私には聞こえなかった

でも静雄さんを見上げながら尋ねた時に、静雄さんの顔が赤かったので私は何となく嬉しくなる



「静雄さん」

「ん」

「これからも宜しくお願いしますね」

「…あぁ、宜しくな 



隣を歩く静雄さんに笑い掛けると、静雄さんも優しく笑ってくれた

それだけで全身が熱くなる程嬉しい

何だか色々あった一日だったけれど、

静雄さんに伝える事が出来たし静雄さんの気持ちも聞けたしとても良かったと思う

臨也さんは否定すると思うけど

気のせいでも錯覚でも無い

私は静雄さんが好きだ

この気持ちを伝えるにはまだ時間が必要だけど、いつかちゃんと伝えたい










『異種との距離感』









-END-