「シズーオ!!ヨクキタネー、イッパイタベルイイヨー!!」



露西亜寿司に着くといつも通りテンションの高いサイモンが出迎えてくれた

店内は昼過ぎだからか客入りは少ない



「コチラノオジョウサンハドナタデスカー?」

「あー、ちょっとな、奥の席借りるぞ」



静雄よりも巨大なサイモンを前に完璧に萎縮している少女と共に奥の座敷へと上がる



「見た目はあんなんだけど害は無いから気にすんな」



向かい合わせに座った状態で少女にそう言うと、少女は無言でこくりと頷いた



「本日のお勧め定食2人前で」

「ハーイ、リョウカイヨー、ユックリシテイッテクダサーイ」



適当に注文をして、座敷の襖を閉める

心なしか少女はほっとしているように見えた



「此処がお寿司屋さん…」



ぽつりと独り言を呟きながら少女はきょろきょろと辺りを見回している



「資料で見たのとちょっと…大分違いますね…」

「ん?まぁ見た通り大将も従業員もロシア人だしな」

「ロシア人の日本のお寿司…?」



少女は難しい顔をして何かを考えている

静雄はそんな少女を眺めていたが、ある疑問を投げかけた



「なぁ」

「は、はいっ」

「名前が無ぇって不便じゃないのか?」

「ぇ?」



少女は投げ掛けられた質問に少し戸惑っているようで、少しの間目を左右に泳がせた後に答え始めた



「不便…だと思った事はありません…、普段はラボの中に私一人でしたから、おいとかお前とかでも対応出来ましたし…」

「そのラボっつーのは何だよ?」

「…私も良くは解りませんけど、私は誰かのクローンみたいで、私以外にもクローンがたくさん居て、その成長の経過を調べる為の施設みたいです」



クローンだとかラボだとか胡散臭い単語が出てきたが、首なしライダーや罪歌が現実に居る位なので驚く事でも無いのかもしれない

静雄は一体何を聞いて何を知ればスッキリするのか解らず、気分を落ち着かせる為にと煙草を取り出し火を付けた



「逃げ出して…一体どうしたかったのか自分でも解らないんです…、
でもいつもは開かない扉が開いていたのを見たら、無意識の内に飛び出してて…」



煙草の煙が少女に行かないように吐き出しながら、静雄は頭を掻いた



「まぁ閉じ込められてるって思ってたなら、ドアが開いてりゃ誰だって逃げんだろーな」

「ハイ!!オススメニギリテイショクニニンマエネ!!」



静雄の言葉が終わるか終わらないかと言う所で勢い良く襖が開いた

びっくりしている二人をよそに、サイモンはニコニコしながら静雄と少女の前にお盆を置く



「ってめぇサイモン開ける時は開けるって言えよ!!」

「オーオー、シズーオソンナニオコルヨクナイヨー、スシクッテオチツイテクダサーイ」

「怒らせてんのはてめぇだろーがっ!!」



片膝を立てて怒鳴りつける静雄に目もくれず、サイモンは寿司に釘付けの少女に微笑みかけた



「オジョウサン、シズーオハトッテモオコリンボウダケドイイヤツダヨー」

「人の話を聞けっつーんだよ!!」



急に話しかけられたせいか、少女は少し驚いた顔でサイモンを見ていたが、相変わらず怒鳴っている静雄をちらりと見た後にこりと笑った



「はい、静雄さんは良い人です」



それは静雄の上に少女が降って来てから初めて見せる笑顔で、意外な言葉と笑顔に静雄はサイモンへの怒りも忘れて黙り込んだ



「ソレジャァオフタリサンゴユックリ〜」



サイモンはそんな少女の言葉を聞いて安心したのか、そう言い残して去って行った

「ナカヨキコトハ〜、ウツシキカナ〜」と言う鼻歌のような言葉と共に襖が閉められ、座敷に再び静寂が戻る

静雄はやり場の無い怒りをため息と共に吐き出し、座りなおす

ふと少女を見ると、少女は目の前の寿司に目を奪われている ようだった

静雄は灰皿に勢い良く煙草を押し付けると割り箸を手に取りパキンと割った



「食わないのか?」



そしてイカを一つ口に放り込んだところで目の前の少女に問いかける

気付けば少女は寿司を口にする静雄を観察するように眺めていた



「た、食べます!!」



静雄の問いで我に返ったのか、慌てたように割り箸を手に取り、その華奢な両手で割り箸を割ると何だかたどたどしい手つきで箸を構えた



「お前…、箸使った事ないのか?」

「ぁ、はい、食事は全て錠剤か点滴だったので…、でも大丈夫です、資料で読んだので使い方は知ってます」



あまりにも不恰好な手つきを見て静雄が尋ねると、少女は答えながら拳をぐっと握り意気込んで見せた



「まぁ別に手掴みでも良いんだけどな」



静雄は一生懸命箸を操りながらようやくマグロを口にした少女に言う

少女は一瞬静雄の言葉に答えようと静雄に顔を向けたが、突然硬直して顔を伏せた



「どうした?」

「…っ」



少女は再度顔を上げて目をうるませながら静雄を見る



「舌と鼻が痛い…です……」

「あー…わさびか」



初めて口にする食べ物で唐突にわさびは流石にハードルが高かったのだろう

静雄は"厄介なもんを拾っちまったもんだ"と思いながら、鼻を押さえて悶える少女に湯のみを差し出したのだった



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「あの、ご馳走様でした」



少し後ろを歩いている少女が静雄に声を掛ける

静雄は振り返らずに「おぉ」と返事をした

結局あの後サイモンに言って寿司をサビ抜きに変えて貰い、少女は晴れて始めての寿司を堪能出来た

少女は寿司がお気に召したようだが、それは人生初の食べ物だったからなのかもしれない



「ぁの…、静雄さん」



現在は露西亜寿司を後にし、自宅へと向かう途中だが、少女がふいに静雄を呼んだ



「ん?」



立ち止まって振り返り、少女を見下ろす



「本当に良いんですか…?」

「何が」

「このまま、私みたいな得体の知れないモノと関わる事とか…、このままお世話になる事とか……」



少女は申し訳なさそうな顔で静雄を見上げている

静雄はそんな少女を暫く見つめた後、再び歩き始めた

慌てて後を追ってくる少女に向かい静雄は前を向いたままで声を掛ける



「お前さ、自分の事モノとか言っちゃってるけど結局人間だろ?」

「ぇ…?」

「俺もさ、なんつーか…、普通の奴とはちょっと違う身体してんだよ」



少女の前を歩きながら、静雄は煙草を取り出した



「でも俺は自分の事は人間だと思ってる」

「………」

「人として真っ当に生きて愛して愛されて平穏な人生を終えたい訳よ」



煙と共に自身の心情を吐き出しながら、静雄はため息のように呟いた



「だからよ、お前が平穏を望んで外に出てきたんなら別に平気なんじゃねぇの?」

「平穏…」



平穏と言う言葉を噛み締めるように呟くと、少女は小走りで静雄の横に並んだ

そして歩きながら静雄の横顔を見上げて再度問い掛ける



「静雄さんも、不完全なんですか?」

「…完全な奴なんかいねぇと思うけどな」

「じゃ、じゃぁ、私も人間で良いんですかね?」

「おぉ、いーんじゃねぇ?」



淡々とした静雄の言葉が余程嬉しかったのか、少女は本日二度目の笑顔を見せた

静雄もそんな少女を見下ろしながら珍しく穏やかな笑みを浮かべていたが、ふいに思い出したように呟く



「ぁ、でもよ」

「はい?」

「名前決めないとな」

「名前、ですか?」

「やっぱフツーに暮らす上で名前無いと不便だろ」



静雄に言われ、少女は納得した様に頷くと歩みを止めて静雄を見上げた



「あの、じゃぁ、静雄さんが付けて下さい」

「は?俺が?」

「はいっ」



自分を指差して首を傾げる静雄に向かい、少女は力いっぱい頷いてみせる

そんな少女の期待に満ちた目を邪険にする事も出来ず、静雄は頭をがしがしと掻いて唸った



「…や、急に言われてもな……」

「駄目ですか…?」

「駄目っつーか、いきなりは思いつかないだろ」

「…それもそうですね」

「まぁ、とりあえず帰ってから考えようぜ」



少女は静雄のそんな提案にこくりと頷くと、再度前を向いて歩き始めた

静雄はそんな名も無き少女の嬉しそうな横顔を見つめながら、

その少女に似合いそうないくつかの名前を懸命に思い浮かべていた





出会いはいつも突然だ

それはいつもと何ら変わりの無い一日だったハズなのに

気付けばいつもと違う光景が広がっていた

日常と非日常が交錯するこの池袋で、

今日も一つ非日常に飲み込まれた人間が一人…





『異種との遭遇』