出会いはいつも突然だ

それはいつもと何ら変わりの無い一日

バーテン姿で池袋中の債務者から借金を取り立てる日々

時には上司と、時には一人で

今日もそんな何の変哲も無い一日

…………

…の、ハズだった



「…!?」



衝撃を身体に感じたのは、地面に倒れたその後だった

仰向けになり路地裏に倒れている平和島静雄と、その上に覆いかぶさるようにして気を失っている少女

少女は突如として空から降って来た

"落ちてきた"の方がしっくり来るような気もするが、ともかく急に現れたのだ

一体世の中に頭上から人が落ちてくる事を日々想定して生きている人間がどれ程いるだろうか

平和島静雄は避けるべきか受け止めるべきか、そんな判断もままならないまま少女と衝突した



「っく……」



物凄い衝撃ではあったが、人よりも大分、非常に、物凄ーく、頑丈な彼にとっては驚いた事以外には大した実害は無い

しかし一般的な少女の場合どうだろうか

ゆっくりと身を起こし自分の上でぐったりとしている女を見る

かすかに体が上下しているので、どうやら死んでは居ないようだ



「なんなんだよ…」



一向に目を開けない少女を見つめながら、吃驚仰天による苛立ちを含んだ言葉をため息と共に口にする

しかしこのまま捨て置いて行くのも居心地が悪い

仕方なく少女をひょいと担ぎ上げ、闇医者で名高くその腕前は最上無二と謳われる男の元へと向かったのだった…



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「と、まぁこんな感じかな?」

「うぜぇ」



何処から取り出したのかマイクを片手に胡散臭いナレーションを披露した新羅と、最高潮にイライラを募らせた表情の静雄

目の前のベッドには少女が腰掛けている

髪は腰辺りまでとやや長く、肌の色は白く、病的なまでに細い

白いワンピースを身に付けているが、それがまた彼女の細さを際立たせているような気がする



「ぇっと…、とりあえずこちらの静雄さん…が助けてくれたって事ですよね……?」



少女は困ったような笑みを浮かべて長々と自分が此処に運ばれた経緯を説明してくれた新羅に尋ねる

直接静雄に尋ねないのは静雄の表情があまりにも怖いからだろうか



「うん、まぁ簡明率直に言ってしまえばそう言う事だね」

「そうですか、あの、どうも有難う御座いました…」



事実を確認し、少女は恐る恐る静雄に声を掛ける

静雄はそんな少女を一瞥してから「ん」と短く返事のようなものを返した



「それで、とりあえず君の身体を診察させて貰った訳なんだけど
一応カルテを残しておきたいんで名前を教えてくれるかな?」



新羅がカルテをひらひらさせながら尋ねると、少女の表情が強張った



「ぇ、と……」

「どうしたの?」

「名前を…言う前にですね、あの……、私の話を聞いて貰えますでしょうか…」



気まずそうに目を逸らしながら、ゆっくりと申し出る

新羅と静雄は互いに視線を合わせ、首を捻る



「その話って名前に何か関係あるのかい?」

「…あるような……無いような…、でも聞いて貰わないと名乗れないと言いますか…
いや、聞いて貰っても名乗れないんですけど…」



何とも歯切れの悪い返答に、新羅はともかく静雄は益々イライラしているようだ

そんな静雄の様子を感じ取った新羅は焦りながらも勤めて明るく女に尋ねた



「じゃ、じゃぁとりあえず話して貰おうかな!!でもなるべく簡単明瞭に頼むよ!!」

「ぁ、っはい、…えーとですね……簡単に言いますと…」



どう説明すれば良いのか迷っているのか、少女は少し言い淀み、やがて二人を見上げて呟いた



「実は私、追われてるんです…」

「追われてる?一体誰に?」

「はい、あの、矢霧製薬…って知ってますか?」



新羅と静雄は再度顔を見合わせる

"矢霧製薬"

知っているも何も、つい先日色々とあって関わったばかりだ



「う、うん…、一応知っている事は知ってるけど…」



新羅はあえて表現をぼかして答える



「そうですか、それで、その…矢霧製薬は………ですね、
…人身売買やら人体実験を行ってまして…」

「人体実験…」

「はい…、それで、私も被検体の一人だったんですけど…
先日何か色々あったみたいでラボが騒然としてたので、その混乱に乗じて逃げて来ちゃったんです」



新羅と静雄はこれで3度目になるが、お互い顔を見合わせた

矢霧製薬が先日色々あった事については、物凄く心当たりがある

矢霧製薬、ダラーズ、首なしライダー、折原臨也、黄巾族、罪歌…

それぞれの思惑が交錯し、ぶつかり合い、それぞれに痛手を負いながらも決着したその事件に、少なからず新羅も静雄も関わっている



「それで逃げ出したは良いんですけどすぐに捜索隊に見つかって、
必死で逃げている間に逃げ込んだ廃ビルの窓からうっかり落ちてしまって…」

「なるほど、それで静雄の上に落ちて来たんだね」

「はい…」

「で、その話と君の名前に一体何の関係があるんだい?」



新羅が尋ねると、少女は俯いて答えた



「先程も言った通り、私は被検体だった訳です」

「うん」

「だから、名前とか、無いんです」

「え?」

「私はラボ内で生まれてずっとラボの中にいたので…」

「で、でもさ、ラボで呼ばれる事とか無かったの?何かコードネーム的な物とかさ」

「残念ながら呼称で呼ばれる事はほとんどなかったですから…、
でも名前っぽいものを強いて挙げるとすれば"披験体M-0204"でしょうか」

「M02って……それ単なる番号だよね…」



女の返答に言葉を失った新羅は、困ったなと小さく呟くと、静雄を引っ張り少女に背を向けてひそひそと話し始めた



「(何だか凄いの拾ってきちゃったねぇ君)」

「(俺が拾いたくて拾った訳じゃねぇよ)」

「(いやでも連れて来た限りはちゃんと面倒見ないと…)」

「(犬猫じゃねぇんだからどうにでもなんだろうが)」

「(そうは言うけど見て御覧?彼女一人で生きていけるとは到底思えないけどなぁ)」



新羅はそう言ってちらりと後ろを見た

色は白い、と言うより血色が悪いように見える

その身体は華奢、と言うよりは細すぎる感じだ



「(さっき治療の時に血糖値とか色々測ったけど全部ギリギリアウト位だったし、放っといたら死んじゃうかもよ?)」

「(……)」



新羅の言葉を聞き、静雄も横目でちらりと少女の様子を伺う

表情は意外にもしっかりしているが、見た目だけなら確かに今にも消えそうだ



「あの…」



ふと視線が合い、少女が小さく声を発した



「私の事ならどうぞ気にしないで下さい…、治療に掛かった金額はすぐには無理でも後日お返ししますし、そろそろお暇しますので…」



少女はそう言いながら立ち上がる



「いやいや、でも君追われてるんでしょ?行く当てとか無いんじゃないの?」

「はい…、なので戻ろうかと思います」

「戻るって矢霧製薬に…?」



新羅の問いに少女は静かに頷いた



「それじゃ逃げて来た意味ないじゃないか」

「そうですね…、でもいいんです、少しでも外を歩けたし、名前も戸籍も何も無い私じゃ何処にも行けない事は解ってましたから…」

「………」

「それじゃぁ、有難う御座いました」



少女はぺこりと頭を下げ、玄関へ続く扉へと向かった

そして部屋から出て廊下を歩き、玄関に辿り着いた所で先程自分が居た部屋から怒声が聞こえて思わず足を止めた



「っだーー!!もう解ったっつーんだよ!!俺が面倒見れば良いんだろ!?!?っくそ!!」



そんな声が聞こえ、ばんっ!!と勢い良く扉が開いたと思うと、どかどかと大きな足音を立てて静雄がこちらへやって来た



「あ、あの…」



すっかり怯えて静雄を見上げる少女だが、静雄はそんな女を無言で見下ろした後に吐き捨てるように言い放った



「暫くは俺が面倒見る、それで文句無ぇだろ!?」

「ぇ、いや…」

「何か文句あんのか!?」

「な、無いです…!!」

「じゃぁ行くぞ」



完璧に迫力に負けて思わず首を振った少女の腕を掴み、静雄は新羅の家を後にした

後ろから「仲良くね〜」と言う新羅の無責任な声に思わずイラつき玄関のドアノブをもぎ取ってしまったが、それはまぁ大した問題では無いだろう

むしろドアノブだけで済んでラッキーだったと思うべきだ



「……」

「……」



新羅の家を後にして、共に無言で道を歩く

180cm以上あるバーテン姿の静雄と、160cmそこそこのワンピース姿の少女では釣合いがどうこう以前に物凄く怪しい

ともすれば職務質問くらい受けそうなものだが、静雄に近付く一般人など池袋ではまずいない

少女は誰もが遠巻きに見ているだけのこの状況を不思議に思いながらも、実害が無いならまぁ良いかなと暢気に構えていた



「……」

「……」



少女は自分より少し先を歩く静雄の横顔を気付かれない様にそっと伺った

今までまともに顔も見れなかったが、良く見れば顔立ちは端正で、サングラスのためあまり表情は解らないが、ただ怖いだけと言う訳では無さそうだ

それでもやっぱり怖い事に変わりはないが、足の長さから考えるに自分と変わらない速度で歩いているのはきっと彼の配慮によるものだろう



「…何見てんだよ?」

「ぇ?…ぁ、あの…」



こっそりと見ていたつもりだったのに、どうやらバレていたらしい

少女は慌てて首を左右に振った



「何でもないです」

「………」



静雄は立ち止まって女を見下ろす

細い

ぱっと見て出る印象はやはりそれで、先程"今にも消えそうだ"と思ったがこのままではいけないと思った



「飯、食いに行くか」

「ぇ?」

「お前寿司食えるか?」

「わ、解らないです」



とりあえず露西亜寿司で良いかと思ったが、少女はまた頭を左右に振りながら答える



「解らないって何だよ」

「お寿司…、知ってるけど食べた事ないですから……」



そう言われて改めて思い出す

この少女は今までラボに居たのだ

そのラボとやらが一体どういう施設で少女がどう生きて来たのかは解らないが、矢霧と聞く限りロクでも無い事は想像が付く

しかし見た感じ16歳〜18歳位に見えるが、実際はいくつなのかも解らない

名前も解らないし何もかもが謎だ

静雄はとりあえず話を聞く所から始めようと、柄にもなく冷静に考えた



「とにかく付いて来い、食ってみて食えなかったら他行きゃいい」



そう言って再度前を向いて歩き出す

少女はそんな静雄の後をその細い足で追った




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