「どうしたの?こんな時間に」

「ぇっと、約束通り紅茶を飲みに来たんだけど…」



池袋から新宿までの道のりを何とか歩いたを、臨也の事務所で波江が迎える



「紅茶って、この時間に?」

「うん。今臨也居ないでしょ?今なら波江さんとゆっくり話せるかなって思って」

「そう…、まぁとりあえず上がって頂戴」



そう言ってリビングへと向かう波江の後に続き、も事務所へと上がる



「何か、此処に来るのって凄く久しぶりな気がするね」

「そうね。でも出て行ってからまだ半月じゃない。って言うか…、何で微妙に濡れてるの?」

「ぇ?あぁ、さっきまで池袋で雨に降られてそのまま来たから…。これでも大分乾いたんだけど」

「全く…。ほら、これで身体拭きなさい」

「うん、有難う」



そう言って手渡されたタオルを受け取り、は頭を拭きながら呟く



「本当は今日までに何度かこっちに来ようと思ってたんだけど、臨也ってばメールにも電話にも全然応えてくれなくてさ」



ソファに座って不服そうに呟くの言葉に、波江は動きを止めて首を傾げる



「そうなの?」

「うん…。此処最近忙しいのは知ってたけど、だからって無視は酷いよねぇ?」



臨也が電話に出ない理由をこの抗争のせいだと思っているは、頬を膨らませながら抗議する様に訴える

しかし波江は腕組みをすると、おもむろにに問い掛けた



「ねぇ

「何?」

「貴女、平和島静雄の所に行ったんじゃなかったの?」

「ぇ?あぁ、まぁアルバイトって形で静雄さんの事務所にはお世話になってたけど…」

「そうじゃなくて、臨也からそっちに乗り換えたんじゃなかったの?」

「…はい?」



波江の突拍子も無い問い掛けに、は瞬きを繰り返し波江を見つめる



「…アイツ、完璧に誤解してるわよ」

「ぇ?ご、誤解って…ぇ?え??」

「まぁ誤解させたのは私の発言のせいでもあるけど」



波江はそう呟くと事情を飲み込めていないを残しキッチンへと消えてしまった



「何?どう言う事…?」



残されたはとりあえず渡されたタオルで身体を拭き、ソファへと腰を掛ける

暫くするとティーポットを手にした波江が戻り、自分もソファへ座るとカップに紅茶を注ぎながら先程の続きを切り出した



「この間南池袋で大きな騒ぎがあったでしょ」

「あぁ、あの罪歌が静雄さんを襲った…」

「あの時に貴女がその平和島静雄と一緒に居た所をアイツも見たのよ」

「見たって…どうやって?」

「平和島静雄が無様に倒れる所が見たいとかで何人か撮影係を用意してたみたいよ」



波江は紅茶の入ったカップをへと差し出す



「ぁ、有難う…」

「それで翌日に報告写真を見てみたら何故かがそいつと一緒に居て、すっかり誤解したって訳」

「そうだったんだ…」

「私もてっきり貴女が臨也から乗り換えたんだと思ったわ」

「そんな、乗り換えるなんて人聞きの悪い…」



淹れたての紅茶を口にしながら、は波江の言葉に苦笑いを浮かべる



「でもその様子だと、本当に単なる誤解なのね」

「うん、誤解も何も寝耳に水過ぎて何が何だか…」

「大変だったのよ?アイツってば平気な振りしてるけどしっかり嫉妬して、平和島静雄を殺す為に拳銃まで用意したりして」

「拳銃って…ぇえ!?あれ私のせいだったの!?」



波江が発した何気ない言葉に、はつい数時間前にその拳銃に撃たれた静雄を思い出し驚いた声を上げる



「臨也が静雄さんの事殺そうとしてるのは知ってたけど、まさか私のせいだったなんて…」

「あら知ってたの?」

「ぁ、いや、えっと…、殺したい位に嫌ってたのは知ってたって言うか何て言うか…」



の独り言に対して首を傾げる波江に慌てて訂正するが、波江はあまり気にしていない様でため息混じりに呟いた



「まぁ何でも良いけど、あの馬鹿止めるなら早く止めた方が良いわよ」

「………」



そう呆れた様子でに伝えて紅茶を口にする波江の横顔を見て、はある疑問を口にする



「…波江さんってさ」

「何?」

「臨也の事、嫌い?」



が尋ねると波江は一瞬眉間に皺を寄せた後、やや語気を強めて答える



「嫌いじゃないわ。大っ嫌いよ」



そう忌々しげに呟かれた言葉は、決して嘘では無く本心である事が解りは複雑な表情を浮かべる



「でも…、そうね」



しかし大嫌いと吐き出したそのすぐ後で、波江はの顔を見て口元に笑みを浮かべた



「貴女の存在に振り回されてる姿は無様で滑稽で面白いから、少しは好きよ」

「波江さん…」

「私はアイツが嫌いだし、アイツを好きだなんて奇特な人間中々居ないと思うけど…、はそうじゃないんでしょう?」

「…うん……」

「だったら貴女がちゃんと手綱を握っておきなさい。そしたら臨也も多少はまともな人間になるんじゃない?」



馬鹿にした様な口調で言い放つ波江の表情は案外優しそうで、は嬉しそうに笑って小さく頷いた

それから暫く今までにあった事などを色々話し



「それじゃぁ、もうすぐ臨也も戻って来るだろうからそろそろ行くね」

「あら、会って行かないの?」

「うーん…、臨也が帰って来たら頃合を見て新宿中央公園に居るって伝えて貰える?」

「そう…解ったわ」



空になったカップを机に置きながら伝えると、波江はそれ以上は何も聞かずに了承の意を示す

はそんな波江を見て微笑むと、ソファから立ち上がり鞄を肩に掛けた



「それじゃぁお邪魔しました。紅茶、相変わらずとっても美味しかったよ」

「大袈裟ね。またその内飲みに来ればいつでも淹れてあげるわよ」

「うん…そう、だね。また飲みに来れたら良いなぁ……」

「どうしたの?」

「ぁ…、ううん、何でもない。ぇっと、それじゃぁ臨也に宜しくね。さよなら、波江さん」



はハッとした後で首を左右に振り、明るく笑って見せると足早に事務所を後にした

事務所に一人残った波江は臨也が帰って来る前にとが使ったカップを洗う

そして去り際のが一瞬思い詰めた様な表情を浮かべていた事を思い、密かに眉を顰めた



「さよなら…?」



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事務所を後にしたは新宿中央公園に向かってゆっくりと歩みを進める

都心部と言う事もあり、真夜中だと言うのに車の交通量は多く辺りも街灯やビルから漏れる灯りで随分と明るかった



「………」



やがて中央公園の入り口までやって来たは、入り口の柵に寄り掛かり目の前を流れる滝の様な噴水を眺める

今夜、この世界で、自分は死ぬ

そんな漠然とした予感の様なものが、刻一刻と時が経つに連れて確信へと変わっている事には気付いていた



「帰らなきゃ…」



夢で見た限り、元の世界で自分はまだ生きている

自分が死んだら悲しむ人が居て、自分の帰りを待っている人が居る

その事実を知ったの胸に宿ったのは、今となっては"元の世界に帰るべきだ"と言うただ一つの結論だった

半年もの間を過ごしたこの世界に別れを告げるのは寂しいし、辛い

それでも大切な両親や親友を捨てるべきでは無いのだと納得もしている



"此処は本来お前が居るべき世界じゃないんだろ?それならもし帰れるのに帰らないのはお前の為にならない"



いつか門田が自分に掛けてくれた言葉を思い出し、は息を吐いて目を閉じる

そしてふと、門田の言葉を思い浮かべると同時に門田とは全く反対の意見をぶつけて来た臨也の言葉を思い出した



"だって偶然とは言えやっと平凡な日常から抜け出せたのに、どうしてまたつまらない日常に戻る必要がある訳?"



常に仲間に囲まれ、信頼され、頼られ、多くの人から愛されている門田

常に一人で、人を愛していると言いながらも人々からは理解されない臨也

異なる立ち位置の二人から出た異なる意見が、愛されている者とそうでない者の差を明確に表しているのだろう

臨也が自分をこの世界に留まる様促したのは、案外ただ単に寂しかったからなのかもしれない

は取りとめも無くそんな事を考えて、くすりと笑った



「何一人で笑ってるの?あんまり怪しいと警察に捕まるよ?」



背後からのそんな声にが目を開けて振り返ると、臨也が少し不機嫌そうな顔をして立っていた

こうして臨也の姿を目の前にするのは随分と久しぶりの様な気がして、はじっと臨也を見つめる



「久しぶり、とでも言うべきなのかな。今日は何しに来た訳?」

「ぇっと…」

「こんな時間にこんな所まで来ちゃって、シズちゃんに怒られるんじゃないの?」



臨也は皮肉げに笑いながらに問い掛ける



「でもシズちゃんは今それどころじゃ無いか。何者かに突然撃たれたんだって?怖いよねぇ」

「………」

「まぁ全部俺がそう仕向けた事ももちろん知ってるだろうけど…。あぁ、もしかして今日はその事でお説教でもしに来た?
だとしたらそれはお門違いってやつだよ。撃ったのはあくまでも法螺田達だし、結局シズちゃんも無事だったみたいだしね」



何かを牽制するかの様に絶え間なく紡がれる臨也の言葉を聞きながら、は静かに声を掛ける



「臨也」

「ん?」

「大丈夫?」

「…何が?」

「左目…、さっきサイモンさんに殴られたんでしょ?」



がそう言って臨也の左目を指差すと、臨也は左目に充てがわれているガーゼに触れてに尋ねた



「あぁこれか…。大丈夫に見える?」

「ううん、凄く痛そう」

「まぁ不意打ちとは言えまともに喰らったからね。全く、俺がサイモンに殴られるって解ってたなら教えてくれたら良かったのに」

「それは…」

「出来ないんだろ?解ってるよ」



呆れたような、馬鹿にしたような声で呟いて臨也は笑う



「そもそも君は今シズちゃんにご執心の様だし、俺がどうなろうと知った事じゃないよね」

「、そんな…」

「あんな単細胞の何が良くて傍に居るのか知らないけどさ」

「…ざや」

「いつか自販機や標識みたいに掴まれて投げられない様に気を付けなよ」

「…っ臨也!!」



まるで責める様な、拒絶するかの様な臨也の台詞を遮り、は俯いたまま両手を握り締め叫ぶように臨也の名前を呼ぶ

そんなの声に若干驚いた表情を見せながらも、臨也は暗い目でを見下ろした



「…何?」

「……ごめん…ごめんね…」

「…謝られる意味が解らないけど」

「私は…、臨也の為に静雄さんや杏里ちゃん、帝人くんや正臣くんの事を助けようって決めたの。
臨也が嫌われるのは嫌だから、少しでも臨也に振り回された人のフォローが出来れば良いなって思って。
だからそれが逆に臨也の事追い詰めてるなんて思っても無かったんだ。他に良い方法思い付かなかったし…」



地面に顔を向けたまま、は絞り出すような声で小さく呟く



「でも、さっき波江さんと話して臨也が誤解してるって聞いて、このまま誤解されたままなんて嫌だからちゃんと言わなきゃって思って…」

…?何言って…」

「…好き」

「は?」

「好きなの、臨也の事が大好きなの。私が好きなのは、静雄さんでも他の誰でも無くて、臨也だけなんだよ」



今まで胸の内に閉じ込めておいた想いを全てぶつけるように、は俯いていた顔を上げて好きだとハッキリ告げる



「会いたかった…、この数日間声が聞けなくて苦しくて寂しくて死ぬかと思った……」

「………」

「…罪歌が南池袋公園で静雄さんを襲ったあの日、罪歌の声が聞こえて私の事人間じゃ無いって言ったの。
その後解ったんだけど私の身体はまだ向こうの世界にあって、今の私は意思だけの存在みたいで…」



の言葉を聞いた臨也の目が僅かに見開かれる



「臨也、前に私に人間かどうか尋ねた事があったでしょ?あの時は当たり前だよって答えたのに、まさか違ってたなんてね…」

「………」

「罪歌には"貴女の事は愛せない"って言われたの。それで、臨也が好きなのは人間だし
臨也にまでそう言われたらどうしようって思うと怖くて仕方なかったんだ…。
でも、例え臨也に拒絶されたとしてもやっぱりちゃんと好きだって伝えたくて」

「好きって…シズちゃんは……」

「静雄さんの事も好きだよ。臨也と違って人間全部とは言えないけど、私はこの世界の人達が大好きだもん。
こっちに来た時は静雄さんも臨也も他の皆も同じ位好きだったんだけど…、
でもこっちで色んな人と色んな事を話して経験して、ようやく私は臨也が好きなんだって気付いたの」



はそう説明しながら臨也の顔を見上げると、一歩近付き臨也の両手を取った



「ねぇ臨也、愛されたいと思うのは悪い事じゃないよ。臨也の場合はやり方が間違ってるだけ」

「………」

「でも臨也の事だから、自分のやってる事が間違いだって事も解ってるんでしょ?
それでもその間違った方法を押し通すのは、ありのままの自分を受け入れて愛して欲しいって言う、臨也の精一杯の甘えなんじゃないかって思うんだ」

「………」

「だから、誰よりも何よりも臨也を一番に愛してる人間が居るんだよって伝えたかったの。私は、誰に何と言われようと臨也が好き。
"愛してる"なんて言葉は馴染みが無いからちょっと使い難いけど、本当に臨也の事が好きで仕方ないの。
頭が良い所も、最低な所も、甘えん坊な所も、歪んでる所も、格好良い所も、痛々しい所も、全部全部本当に大好き。愛してるよ」



臨也の両手を握る手に力を込めて伝えながら、は悪戯っぽく笑う



「多分、私は臨也にそれを伝える為に此方の世界に来たんだよ」

「俺の…」

「そう、臨也の為だよ。…運命ってやつだね」



そんな笑える程陳腐な言葉を躊躇なく使って見せるに、臨也は呆れた様な口調で尋ねる



「もしかして…運命なんて本気で信じてる訳?」

「そうだね、信じてる…かな。だって、運命って言葉がこの世には存在するんだから。その言葉を自分に当て嵌めたって良いでしょ?」

「………」

「だから、私にとっては間違いなく臨也が運命の人なんだよ」



そう言って嬉しそうに笑うを、臨也は呆気に取られた様な顔で見つめていた

しかしふいにサイモンに言われた言葉を思い出し、自分は静雄にコンプレックスを抱いていただけなのだと、

愛し、愛されている者達を羨んで妬んでいただけなのだと、

ありのままの自分をただ受け入れて貰いたかっただけなのだと、

そんな今まで目を背けていた事実を、驚く程素直に受け入れている自分に気が付いた

そして、たった一人に愛される事がこんなにも嬉しい事なのだと知った臨也は、思わずから視線を逸らして小さな声で呟く



「全く…、やっぱりと居ると調子が狂うよ」

「………」

「好きだよ」

「ぇ…?」

「だから、俺も君が好きだって言ってるんだよ」

「…嘘……」

「この後に及んで俺が此処で嘘を付く意味は無いよ。
まぁ君みたいな何の取り柄も無い平凡な人間に気付かされるなんて少し納得行かないけど、…今回は負けておいてあげるよ」

「………っ」



そうため息交じりに呟いた臨也は、視線を戻しての顔を見ると穏やかに笑った



「何泣いてるの?」

「っだ、だって…」



好きだと伝える事に必死だったは、まさか臨也から同じ言葉を貰えるとは思っていなかったらしい

溢れる涙に慌てた様子で顔を覆ったのそんな姿がどうしようもなく愛おしくて、臨也はの身体を自分の胸へと引き寄せるとの顎を片手で持ち上げた



「いざ…」

「………」

「〜〜んっ…」



衝動的に重ねた唇は柔らかくて暖かく、人間のそれと変わらない

が人間では無いと言われても、それを実感出来る要素は何一つ無かった

臨也はの存在を確かめるように、を抱き締める腕に力を込める



「んぅ……」



愛なんて偶像だ

目に見えるものでは無いのだから確かめようがない

いくら愛していると言われても、それが本当かどうかは誰にも解らない

仮に本当だとしても、それがいつまで続くのかなんて解らない

人の気持ちは脆く儚く曖昧なものだ



、緊張し過ぎだから」



やがて唇を離し、顔を真っ赤にしたまま固まっているに向かい臨也は小馬鹿にした様に声を掛ける



「なっ…だ、だって…」

「言ったでしょ?"次はキスでも体験させてあげようか"、って」



それでも、今ここで自分を愛してると言ってくれたを、確かに自分も愛している

自信を持ってそう答えられる事こそが、恐らくは"愛"と言う目に見えない物の実態なのだろう

臨也はそんな事を考えながら、セルティと新羅の姿を思い浮かべて口の端に笑みを浮かべた



「ねぇ

「ん?」

「俺は人間が好きだ、愛してる。人間は俺の好奇心を刺激して止まないし、見ていて飽きないからね」

「うん」

「だからこそ、同じく妖刀の分際で人間を愛してると言う罪歌は俺にとっては邪魔でしか無い訳だ」

「うん…」

「でもは別に人間が好きな訳じゃ無いし、俺の邪魔をする訳でも無いし…、気にしなくて良いから」

「ぇ、と…。それって、どう言う意味?」



臨也にしては珍しく歯切れの悪い台詞にが首を傾げると、臨也は柄にも無く少し照れた様子で答えた



「だから…、が人間じゃ無いとか、そんな事はどうでも良いって事だよ」



そんな臨也の姿を見て驚いた様な表情を見せているの視線が気まずいのか、臨也は誤魔化す様にいつも通りの皮肉を呟く



「まぁ例え人間だとしてもどうしたって愛せないシズちゃんみたいな存在も居るからねぇ」

「…やっぱり、静雄さんの事は嫌いなんだ?」

「もちろん、劣等感を抜きにしても好きになれる要素は一つも無いね。
…と言うか、それで仲良く出来るなら最初からこんな仲にはなってないと思うよ」

「確かに…。でもそれでこそ臨也って感じだし、臨也にとっても静雄さんにとってもそれで良いのかもね」



臨也の言葉には納得した様に頷くと、口元を押さえてくすくすと笑った

そんなを見つめていた臨也は、ふと携帯を開いて時間を確認するとに声を掛ける



「さて、とりあえず戻ろうか」

「ぇ?」

「そろそろ12時越えるし、本当に職質受ける事になるのも面倒だからね」

「ぁ…」



そう言って事務所へと促す臨也の前で、は思い出したようにはっとした表情を浮かべて動きを止めた



「どうしたの?」

「………」

…?」



先程まで笑っていた表情から一変したの顔を見下ろしながら、臨也は首を傾げる



「……ごめん臨也…私、臨也と一緒には帰れない…」

「帰れない?何で?」

「ぇっと、家に…帰らなきゃだから……」

「家って池袋の?それならタクシー呼ぶけど」

「違うの。池袋は池袋だけど、こっちの池袋じゃなくて」



首を左右に振って答えると、は一歩、二歩と後ろに下がり臨也から離れる

臨也は自分から離れるを引き止めようと咄嗟に腕を伸ばしたが、臨也の意思とは裏腹に臨也の右手は固まったまま動かなかった



「…っ」

「本当は出来ればずっとこの世界で臨也や絵理ちゃん達と暮らしたかったんだけど…」

「は…?急に何言ってる訳……?」

「私ね、もうすぐこの世界から居なくなるの。多分、来た時と同じ方法で」

「同じ、って…」

「だから帰る前にどうしても臨也に好きって伝えたくて…、最後にこうして話せて良かった」

「何で…」

「でも24時がタイムリミットなんて良く出来てるよね。よりによって臨也の目の前でって言うのはちょっと酷いけど…」



車の行き交う車道を眺めながら、はまるで独り言の様に呟く

そんなの視線の先を見つめ、臨也はがトラックに轢かれてこの世界にやって来た事を思い出した



「私はこの世界から居なくなるけど、でもずっとずっと臨也の事を好きで居るから。この世界の事、絶対に忘れないから」



「臨也に会えて良かった。臨也の事を好きになって楽しかった。臨也に好きって言えて、好きって言って貰えて凄く嬉しかった」

「………」

「最後にもう一つだけ我侭聞いて貰って良いかな?」

…?」

「せめて…、目は瞑ってて欲しいな」



そう言って困った様な顔で笑うの手が小さく震えている事に気付き、臨也は動かない腕と身体を動かそうと必死にもがく

しかしいくら手を伸ばそうとしても腕は動かず、駆け寄ろうとしても足は地面に張り付いたまま動かない



「っくそ!!何だよこれ…!?!!!!!!」



臨也が自分を呼ぶ声を背に、の足は自分の意思とは関係無く車道に向かって進んで行く

二度目の死が間近に迫る恐怖を感じ、の目には涙が滲んだ

例えこの世界で死んでも、元の世界へ戻るだけだ

必死でそう自分に言い聞かせても、死への恐怖は色濃くの感情を支配する

臨也の方へ振り返りたいのに、視線は行き交う車へと注がれる

臨也の元に駆け寄りたいのに、足は勝手に反対方向へ歩みを進める

元の世界でトラックで轢かれた瞬間の事を、は覚えていなかった

痛みも恐怖も感じる事無く意識を手放せたのは、今思えば幸いだったのかもしれない

やがて、居眠り運転でもしているのかフラフラとした様子のトラックが目に入りは息を呑んだ

周りの車が慌てた様子で避ける中、トラックは徐々にの方へと迫り来る

あのスピードなら静雄であれば大した怪我もせず済むのかもしれないが、平凡な一般人のが助かるとは思えなかった



「………」



そう言えば、臨也が高校生の頃に静雄を撥ねる様指示した時、静雄が撥ねられる瞬間を臨也も見ていたハズだ

その時、撥ねられる静雄を見て臨也は何を思ったのだろうか

死ぬ訳無いと思っていたのか

死んでしまえば良いと思っていたのか…



今、臨也の目の前で死にそうになっている自分を、臨也はどんな気持ちで見ているのだろうか



自分の死を目の当たりにする事で、臨也の中の何かが変わるのだろうか



臨也は、自分の死を悲しんでくれるのだろうか―?



「っ……」



涙でぼやけるの視界に、トラックの姿が大きく広がる



!!…っ!!!!」



先程まで聞こえていた臨也の声は、何故か、もう聞こえなかった










「――――っ!!!!!!」










ドンと言う鈍い音と共にの身体は宙へ浮き、数メートル先へと叩き付けられる

力無くだらりと投げ出されたの腕が、じわじわと広がる血液に浸されて行く



「嘘…だろ……」



臨也はそんなの姿を呆然とした表情で見つめたまま、力なく地面へと崩れ落ちた



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