10月19日

杏里がセルティの部屋で目覚めた頃、はまだ自宅で夢の中に居た

昨晩、送って行くと言う帝人の申し出を断ったはそのまま帝人の家を後にし一人で自宅への夜道を歩いた

途中黄巾賊に会う事も無く無事に家へと着いたものの、の目は冴え渡り寝ようにも寝られない

いよいよ明日全てが終わるのだと思うと、気分が高揚してとても眠れなかった

結局そのまま明け方まで起きていただったが、人々が起きて活動を始める頃、

突然の眠気に襲われてはまるで落ちるように眠ってしまった



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深い深い眠りの中で、は夢を見る



『…あれ?』



ふと目を覚ましたの目に、見慣れない真っ白な天井が映った

ぼやける頭で視線だけを動かして辺りを確認すると、どうやら此処は病院の様だ

何故自分が病院に居るのか

全く覚えの無いは混乱したまま上体を起こす

そして改めて辺りを伺い、最後に何気なく後ろを振り返り目を見開いた



『ぇ…?ちょっ……あれっ!?』



の視線の先には、目を閉じたまま眠っている自分の姿があった

目の前の自分は点滴を施され、口には呼吸用のマスクが付けられている

テレビドラマなどで良く見るのと全く同じ状態の自分の姿を見下ろして、は疑問符を浮かべた



『私…だよね?』



自分を客観的に眺める事に違和感を覚えるが、何度見てもそこに居るのはどう見ても自分だ

信じられない光景に疑問符を浮かべながら、ふと自分の手元を見たは今の自分が半透明である事にようやく気が付いた



『…もしかして……これが噂の幽体離脱……?』



半透明の自分の手を見つめながら、はありえない状況に冷や汗を浮かべる

そのままとりあえずベッドから降りてみると、やはりベッドの上には生身の自分が残ったままとなった

ベッドの脇に立っている自分は生身の自分と同じ病院用の服を着ている

足元を見ればしっかりと両足があり、は幽霊にも足があるんだなと暢気な事を考えていた



『いやそんな事言ってる場合じゃなくて、…ぇーと……』



我に返ったは、ベッドに横たわる生身の自分の姿を再度眺める



『重傷…って感じだねぇ…』



腕には点滴、口には呼吸機、あちらこちらに包帯が巻かれ、頭にもネットが被せられている

見るからに事故にあった状態の自分の姿を見て、は自分がトラックに轢かれたのだと言う事を改めて思い出した

そして慌てて辺りを見回すが、カレンダーや新聞などの日付が解る物は見当たらない



『…此処でじっとしてても仕方無いよね』



自分に言い聞かせるように呟いて、は生身の自分を置いたまま病室から廊下へと出る為扉に向かった



『……あれ?』



病室の扉は当然閉まっている状態なのだが、扉の取っ手を掴もうとしても掴めない事には首を傾げる

何度掴もうとしてもすり抜ける自分の手に驚きながら、は本当に自分が幽霊の状態なのだと実感した



『って言うか、すり抜けちゃうんだから壁もすり抜ければ良いんだよね』



何度か試した後でようやく思いつき、は扉をすり抜けて廊下へと出る

そしてそのままてくてくと当ても無く廊下を歩いていると、やがて受付へと辿り着いた

受付には多くの患者が順番待ちをしており、看護士もそれぞれ忙しそうに働いているが誰もには気付いていないようだった

霊感のある人なら今の自分を見る事が出来るのだろうか

はそんな事を考えながら受付前に置いてある大型テレビを見つけると、その前まで移動して待合席に座った



『………』



暫くテレビを見ていて解ったのは、自分が事故に合ってからまだ1日しか経っていない事と、

自分の事故が近所でちょっとした騒ぎになっていると言う事だった

更にこの病院は自分の家の近所の総合病院だと言う事も解り、ようやくは此処が元居た世界である事を認識する



『戻って来たって事…?…あれ?でも私今まで何処に居たんだっけ…』



無意識に呟いた自分の言葉に疑問符を浮かべ、は記憶を手繰る

何かを忘れているはずなのに、その何かが思い出せない

とても大切な事があったはずなのに、それが何だったのかは解らない



『…元居た世界って何?元も何もずっと此処に居たのに……』



一生懸命思い出そうとしていると、ある人物が目の前を通り過ぎは顔を上げた



『しずく…?』



自分の目の前を通り過ぎたのは親友で、その姿を目で追っているとやがて受付を済ませ奥へと進んで行く

が慌ててその後ろを追い掛けると、やって来たのは案の定自分の病室だった

ノックをして扉を開いた彼女と共に病室に戻ると、そこにはいつの間にか自分の両親と医者も揃っていた



『お父さん…お母さん……』



何だかとても久しぶりに会う様な両親と親友の姿を伺っていると、医者が自分の容態について説明を始めた

どうやら昨日学校帰りにトラックに轢かれた自分は、奇跡的にも一命は取り留めたものの依然危険な状態であるらしい

どうにか助かる方法は無いのかと問い掛ける両親に、医者は難しい顔をして告げる



さんの場合、重傷ですが幸い神経などは損傷していませんので治癒すれば今まで通りの生活が可能です。しかし…」



医者は一歩自分へと歩み寄り、傍らで心拍数を示す装置を指差しながら両親と親友に説明して見せる



「何故か意識が戻らず、心拍数も極めて低い。事故による一時的なショックとも思われますが原因はハッキリしていません。
脈、瞳孔などは正常に機能しています。通常であれば既に意識を取り戻していても良い状況ですが…」



そう説明しながら、医者は再度へと視線を落とした



「事故の影響で意識だけがいつまでも戻らないと言うケースは今までにもいくつかあります。
逆に今まで戻らなかった意識がふとした瞬間に急に戻ると言うケースもありますが…、いずれも原因は不明です」



事実を淡々と告げる医者の台詞に誰も二の句を告げず、病室はシンと静まり返る



「…とりあえずさんの容態は今の所落ち着いていますし、後数日は様子を見てからの判断でも遅くは無いでしょう」



重い空気の中フォローする様に発せられた医者の言葉に、両親はどうにか返事をするとやがて病室から出て行ってしまった

病室に残ったのは親友であるしずくだけで、しずくは目を閉じたままのへ歩み寄ると顔をそっと覗き込む

もその向かい側に移動すると、しずくは力なくベッドの上に投げ出されているの左手を両手で握った



…、起きてよ……」



弱々しく呟くしずくの泣き腫らした様に赤い目には、うるうると涙が滲んでいる



『………』



静かに涙を流す姿、自分を呼ぶ声、握られている手

それらを目の当たりにしたの視界がゆらりと揺れる

確か、前にも何処かで誰かが自分の為に泣いてくれたはずだ

何処かで、色々な人が自分の名前を呼んでくれたはずだ

何処かで、泣いてしまった自分を誰かが優しく抱き締めてくれたはずだ



『前っていつ?何処かって何処?誰かって…誰……』



実態の無いはずの頭が痛み、は両手で頭を抱える



『此処は何処?元の世界って何?私が…、私が居るべきなのは何処…?』



だんだんと酷くなる痛みと共に、の意識は遠退いていく



『嫌だ…痛い…痛いよ、…助けて……』



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「………っ!!!!」



魘されていたは、何かから逃げる様に勢い良く飛び起きる



「………ぁ、れ…?」



ばくばくと嫌に早く鳴る心臓に手を当てたまま辺りを見渡すが、其処はの良く知る部屋だった

静雄と一緒に内覧し、臨也が勝手に家具家電を設置した、まだ住み始めて間も無いの新しい部屋だ



「…ぇ……夢?…」



寝ながら泣いていたのか、目尻に溜まった涙を拭いながらは息を整える

何とか気分を落ち着けるために暫く深呼吸をした後で時計を確認すると、時刻は20時過ぎだった



「うゎ、随分寝ちゃったな…」



そう独り言を呟きながらベッドから降りると、じっとりと身を包む汗の気持ち悪さに気付く



「……夢…だったのかな…」



はふらふらと浴した足取りで室に向かうと、少し熱めのお湯を浴びながら先程見た妙にリアルな夢について考える

もし単なる夢なら別に気にする必要も無いかもしれない

しかし夢にしてはあまりにも鮮明に焼き付いている自分の姿を思い出し、は頭を左右に振った

蛇口を捻りお湯を止め、浴室から出たは服に着替えて髪の毛を乾かす

一通り支度を終えてから携帯を手にすると、タイミング良く携帯がメールの着信を告げた



"ダラーズは、消えます"



21:34

創始者である帝人から、ダラーズのメンバー全員に解散を告げるメールが送られる

はブラウザを開き掲示板へとアクセスしてみたが、やはり既に掲示板は閉鎖されていた



「…いよいよかぁ……」



アクセス不能となったページをじっと見つめ、は携帯を閉じて握り締める

今夜、物語が終わったら、自分は一体どうなるのだろうか

先程見た夢が夢では無くもう一つの現実だとすれば、やはり元の世界に戻る事になるのだろうか



「……元の世界…ね」



無意識に出た言葉を反芻し、は夢で見た両親や親友の姿を思い出しながら目を閉じる

結局、自分が居るべきなのは元居た世界で、今居る世界は自分の居るべき場所では無いのだ

どれだけ違う世界に恋焦がれても

どんなに人とは違う非日常を求めても

自分が変わらない限り何も変わらない

帝人に話した自分の言葉を再度胸に思い浮かべ、は自分が恐らく元の世界に戻るのだと言う事を悟った



「…まぁ、帰る前にやらなきゃいけない事があるんだけど……」



自分がこの世界に来た意味を作る為に、やるべき事を済ませなければ帰るに帰れない

は臨也の顔を思い浮かべて決意するように一人頷いた



「……ぁ」



そしてふいに静雄の顔を思い浮かべ、時計を確認する



「急がなきゃ…!!」



現在の時刻は21:40

今頃静雄が何処かで法螺田に撃たれている事を思い出し慌てて立ち上がったは、鞄を掴むとそのまま家を飛び出した



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「静雄さん!!」



傘も差さずに飛び出したは、誰も通らない路地裏にうつ伏せで倒れている静雄を見つけて駆け寄った



「………」



静雄の脇腹と足から流れ出る血が、雨と混ざり地面に大きく広がる

は汚れる事も構わず地面に膝を付くと、静雄の脇腹の傷をタオルで押さえ静雄の頬に触れた

降りしきる雨と怪我のせいで体温が失われているのか、静雄の頬は酷く冷たい

その頬の冷たさに思わず泣きそうになりながら、必死で静雄の身体を揺すり声を掛けた



「静雄さん、静雄さん!!」

「…、……?」

「良かった…、大丈夫?しっかりしてね、今助けるから…!!」



意識を取り戻した静雄に安堵しながら、は再び静雄の意識が遠退かない様に声を掛け続ける



「ごめんね、この雨と時間じゃタクシーも捕まらなかったの。頑張って支えるからどうにか立てる?」



普通の人間であればこの状態で立つ事など考えられないが、静雄はの声に応じてゆっくりとした動作で立ち上がった



「お腹のタオル押さえといて?足に包帯巻くから。…少しそのまま立っててね」



大量の血が抜けたせいで意識が定まらないのか、静雄は黙ったままぼんやりとを見つめる

その間には鞄から取り出した包帯を傷口とその上にキツく巻きつけ、静雄の身体に寄り添った



「新羅さんの所に行くよ?ゆっくりで良いから、進める?」

「あぁ…」



静雄が声を掛け続けるの言葉に静かに頷き、二人は少しずつ雨の中を歩き出した



「…前に…お前が言ってたの……」



路地裏から通りへと出た所で、静雄がぽつりと呟いた



「ぇ?」

「気をつけろって、言ってたろ…」

「うん…」

「…この事だったんだな」

「…ごめん……」

「お前が謝る事じゃ無いだろ…」

「だって、私あの時…静雄さんが撃たれるの知ってたのに……」



歩みを進めながらが小さな声で答えると、静雄はの肩に回している腕に僅かに力を込める



「これ位平気だから、気にすんな」

「でも…」

「助けに来てくれたんだろ?…俺はそれで充分さ」



涙目で自分を見上げるに、静雄はそう言って口の端に笑みを浮かべた

そんな静雄の優しい声と言葉にの益々涙腺は緩んだが、わざと軽い口調で口を尖らせる



「またそんな格好良い事言う…」

「惚れ直しただろ?」



上手く動かない足を引き摺りながらにやりと笑って見せる静雄に、は困った顔で笑った

やがてどうにか新羅のマンションまで辿り着いた二人は、そのままエレベーターに乗り込み玄関前まで移動する



「ごめん静雄さん、私が付き添えるの此処までなんだ」

「そうか…」



新羅の家の玄関前でが静雄の足に巻いた包帯を解きながらそう伝えると、静雄はの目を見て静かに問い掛けた



「あいつの所に行くのか…?」

「、…どうして……」



一言も話してなかったにも関わらず、これからの予定を言い当てられては戸惑う

しかし静雄はそんなの様子を見て嘆息すると、右手でそっとの頬に触れる



「俺が…今こんなんじゃ無かったら無理矢理にでも引き止めるんだけどな」



本気なのか冗談なのか解らない調子で独り言の様に呟くと、静雄はそのまま身を屈めてを抱き締めた



「…ちゃんと、帰って来いよ」

「ぇ…」

「社長もトムさんもお前が帰って来るの待ってるし、門田達だってそうだろ」

「………」

「服、汚して悪かったな」

「…、私の方こそ…何も出来なくて、ごめん……ごめんね…静雄さん…」

「泣くなよ…、離せなくなる」



静雄はそう言いながらも身体を離すと、穏やかに笑ったまま俯くの頭をくしゃくしゃと撫でる



「そんじゃまたな。付き添ってくれてありがとよ」

「うん…私も…有難う。静雄さんに会えて本当に良かった……」



ごしごしと涙を拭い静雄を見上げ、互いにそれ以上言葉を交わす事無く視線だけを合わせるとはエレベーターへと乗り込んだ



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セルティが帝人の家に向かい、静雄が新羅の家で治療を受け、正臣が宛ても無く街中をふらつく中

は正臣の居る歓楽街へと急いだ

時刻は22:00

静雄の撃たれた路地裏とは違い、駅前はまだ人で賑わっている

道を行く人々のほとんどが傘を差して歩く中、は何処に向かうでも無く歩き続けている正臣の姿を探した



「………」



カラオケ館の近くに来たは、オレンジ色の携帯を手にして険しい顔をしている正臣を見つけ足を止める

正臣に気付かれない様に近付き物陰から様子を伺うと、正臣はどうやら法螺田と話しをしている最中のようだった



「はぁ…?」

『   』

「お前何言ってんだ」

『   』

「っ…」

『   』

「ちょっと待てよ!!誰からその話を…!!」



電話口に向かって声を荒げる正臣

その向こうでは法螺田が帝人の名前を口にしているはずだ

元の世界でこのシーンを見ていたは、正臣の様子を伺いながら会話内容を思い出した

が改めて正臣に目を向けると、法螺田から一方的に通話を切られた正臣は力なく腕を下ろし呆然と目の前を見つめている

そしてそのまま雨の凌げる軒下へと移動すると、黄巾賊のメンバーと連絡を取る為に次々と電話を掛け始めた

しかし正臣の知っているメンバーは全て法螺田達に排他されたのか誰も電話に出ない

焦りを顔に浮かべたまま悔しそうに視線を落とした正臣は、やがて一歩だけ踏み出し動きを止めた



「………」



その昔、沙紀を救えなかった事を思い出しているのだろう

怖さに足がすくんで動けなかった不甲斐ない自分

罪の重さから逃れたくて沙紀に別れを告げた卑怯な自分

そんな自分に追い討ちを掛けた臨也の言葉

何よりも憎むべきは自分だと解っているのに、心の何処かで臨也のせいにしようとしている自分



「くそっ…!!!!」



正臣はそれらを全てを断ち切るように走り出した

地面に落ちた携帯も気にせず、雨の中をひたすら走って行く

はそんな正臣の後姿を見送ると、隠れて居たビルの陰から出て正臣の携帯を拾い上げた



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「帝人くん」



東急プラザの近く

セルティがサイモンに正臣の行方を聞いている間、少し離れた場所で待っていた帝人の背中に声を掛ける



「? ぁ、さん…」

「こんばんは。昨日ぶりだね」



振り返った帝人がを認識すると、は片手を上げて挨拶をした後で廃工場の方向を指差した



「杏里ちゃんと正臣くんなら、街外れの廃工場に居るよ」

「廃工場?」

「うん。それでね、全部終わったらこれを正臣くんに渡しておいて欲しいの」



そう言ってに手渡された携帯を見て、帝人はハッとした様に呟く



「これ、正臣の…」

「さっき拾ったんだけど無いと困るだろうから」

「解りました、有難う御座います」

「…頑張ってね、帝人くん」



ぺこりと頭を下げる帝人を眺めながら、は静かに語り掛ける



「ぇ?」

「私も、ちゃんと決着付けるから」

「決着って、臨也さんと…ですか?」



尋ねられた言葉に無言で頷くと、は心配そうに自分を見ている帝人に向かい笑って見せる



「この半年ちょっとの間、ドキドキしてハラハラしてまさに非日常って感じで、すっごくすっごく楽しかった」

「………」

「帝人くんが変わって行く様子とか、セルティさんが吹っ切れる所とかも間近で見れたし」



は帝人と、いつの間にか帝人の背後に移動して来ていたセルティに向かって言葉を続ける



「こっちでは元の世界で経験出来なかった事がたくさん経験出来たし、帰りたくないって何度も思ったけど…。
でも、私はやり直さなきゃ。向こうでただ何となく過ごしてただけのつまらない日常を、帝人くんみたいに自分の手で非日常に変えるの」

「………」

「有難う帝人くん、セルティさん。私この世界に来れて良かった。二人と話せて本当に良かった」



少し照れくさそうに笑いながらそう告げると、はセルティと帝人から一歩後ろに下がった



「それじゃぁ早く杏里ちゃんと正臣くんの所に行ってあげて。セルティさん、帝人くんの事宜しくね」

「"あぁ、任せてくれ"」



の言葉にPDAで返しながら、セルティは帝人にバイクに乗る様促す

セルティに促されてバイクに跨ると、それまで黙っていた帝人はに向かって声を掛けた



「…っあの」

「ん?」

「また、会えますよね?」

「………」

「僕、待ってますから」

「帝人くん…」



帝人の真っ直ぐな言葉にが何も言えずに居ると、セルティも頷いてPDAをに向ける



「"…私も帝人と同じだ"」

「セルティさん…?」

「"会って間も無いとは言えとは何か不思議な縁を感じるし、がこのまま居なくなるなんて信じられないよ"」

「………」

「"が居なくなったら私はもちろん新羅も杏里ちゃんも静雄もきっと寂しがるだろうし…"」



セルティの綴る文字を目で追いながら、は静雄にも先程同じ様な台詞を言われた事を思い出した



「"兎に角、私も帝人も、他の人も、が戻って来るのを待ってるからな"」



セルティの言葉に、帝人も同意するように強く頷く



「…ありがとう」



そんな二人を見つめながら、は否定も肯定も出来ずただ小さく呟いた



「"それじゃぁまたね"」

「今度は正臣達も呼んで皆で集まりましょう!!」



そう言い残し、セルティと帝人を乗せたバイクはあっと言う間に見えなくなる

は暫くその場に佇んで人の流れを眺めると、やがて南池袋方面へと歩き出した



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池袋東口駅を通り過ぎ、は南池袋方面へ南下しながら一人新宿までの道のりを歩く



「ぁ、もしもし絵理ちゃん?」

『もしもーし。どしたの?』

「今ってワゴンの中?」

『そうそう、私とゆまっちだけ今ワゴンで留守番中〜』



途中、電話に出た狩沢にが尋ねると少し不満そうな声で答えた



「うん、二人とも目立つからって置いてかれたんだよね」

『そうそう。ドタチン酷いよね』



心底つまらなさそうな声の狩沢には苦笑しながらなだめる



「でも、二人がワゴンに居てくれないと後々困るから」

『そうなの?まぁがそう言うならそうなんだろうけど…。って言うか、は今何処に居るの?』

「私はねー、今新宿に向かって歩いてます」

『新宿にって…、池袋から?』

「うん」

『何でわざわざ徒歩?電車まだあるでしょ』

「ほら、さっきまで雨降ってたでしょ?それで結構濡れちゃったから、電車とかタクシーに乗ると迷惑かなーって思って」



驚いた声で尋ねる狩沢に答えながら、は乾ききっていない髪に触れて笑った



「でも一人で1時間歩くのってつまらないし、二人に話さなきゃいけない事もあったから電話したんだけど…」

『全く無茶するんだから…。ぁ、そうだ。ちょっと待ってくれる?』



狩沢はそう言うと携帯を耳から離し、ハンズフリーボタンを押す



『ねぇねぇゆまっち、そのまま何か喋って』

『何かっすか?ぇーと…"首領ぉぉぉぉぉん!!!!"』

「何でロレンツォ…?」

『どう?、ゆまっちの声聞こえた?』

「うん、紳士のヤギへの愛がバッチリと」

『良かった、これで3人で話せるね』

『か弱い乙女が夜道を一人でなんて危険っすからね、せめてこうやって喋ってれば狙われにくいっす!!』



廃工場脇に停めたワゴンの中から、いつもの調子で話す狩沢と遊馬崎には笑みを浮かべる



『それにしても池袋から新宿までって1時間で行けるんだ?』

「うん、迷子にならなければそれ位かな」

『と言うか、何で今から新宿なんすか?もこっちに来れば良かったのに…』

「えぇとね、臨也が新宿に居ない内に会いたい人が居たのと、後で臨也にも会わなきゃだからついでにね」

『なるほど。それじゃぁ今日はそっちに泊まる事になるの?』

『何なら渡草さんにお願いして迎えに行くっすよ』

「ぁー…ぇ、っと…」



の説明に納得した二人の問い掛けと申し出に、は思わず口を噤む



「………」

?』

『どうしたんすか?』

「……その…」



静雄や帝人にも伝えた様に、狩沢と遊馬崎にも"自分は恐らくもう戻る事は無い"と伝えなければいけない

そう思うのに、その為に電話を掛けたのに、の口からは中々言葉が出て来ない

この世界に来てから、何だかんだと一番お世話になったのは狩沢と遊馬崎だった

自分が消えてしまうかもしれないと話した時にも、狩沢は自分の為に泣いてくれた

そんな二人に直接会って別れの言葉を告げなかったのは、会えばきっとまともに話す事が出来ないと思ったからだ



「………」

『おーい?』



心配そうに呼び掛ける狩沢の声を聞きながら、は一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した



「絵理ちゃん、遊馬崎くん、…今まで有難う」

『え?』

『急に何っすか?』

「車に撥ねられてこっちに初めて来た時に、二人が私を見つけてくれて嬉しかった」

『ちょっと、?』

「色んな事相談したり一緒に出掛けたり、本当に夢みたいに楽しくて…、皆のおかげで今日まで全然寂しくなかったよ」

『どうしたんすか、急にそんな思い出を振り返るみたいな事言い始めて』

『そうだよ、それじゃぁまるで居なくなっちゃうみたいじゃない』

「………」

、何とか言ってよ、そんな訳ないよね?居なくなんてならないよね?』

「…ごめん」

『嘘…、嘘でしょ?だって約束したじゃない、帰らなくて良い方法見つけるって…!!』

「……ごめんね…」



縋るように尋ねられた言葉に対する答えを、は搾り出す様に口にする



『そんな…』

『………』



電話の向こうの様子は見えないものの、狩沢と遊馬崎がショックを受けているのが伝わってくる

それでもは歩みを止めずに、新宿への道を歩き続けながら二人に向かって話し続けた



「前に話した通り、私は出来れば皆とずっと一緒に居たい、こっちで一生暮らしたいって思ってたんだけど…
でも、昨日帝人くんに会った時に色々話しながら、やっぱり戻らなきゃいけないなって思ったの。」

『どうして…?』

「向こうでの私は二人も知る通り平凡な毎日をただ過ごすだけで、自分から何かしようなんて考えもしなかったけど、
帝人くんはちゃんと自分の足で非日常に一歩踏み出したんだよね。もちろん良い事ばかりじゃ無かったかもしれない。
それでも、やっぱり生きてるからには毎日笑ったり悩んだりドキドキして過ごす方が良いでしょ?」

『それはそうっすけど…』

「私は逃げてただけだもん。デュラララって言う自分とは違う世界を横目で見ながら、良いなぁって羨んでただけ。
そんな私が何の偶然かこっちの世界に来れたのは、そんな駄目駄目な自分に気付く為だったのかなって思うんだ」



は穏やかな口調で携帯電話を耳に当てたまま夜空を見上げる



「それにね、向こうの世界には私の両親や友達も居て、その人達はきっと私の帰りを待っててくれてるから…」

『綾瀬様っすか…?』

「うん、今日夢で見たの。…夢だから本当かどうかは解らないけど、でもきっとただの夢じゃない気がするんだ」

はそれで良いの…?もう会えなくても……、それでも帰りたいの?』



今にも泣きそうな声で尋ねられた問いに、は苦笑しながら答える



「…私が今日絵理ちゃんや遊馬崎くんに直接会わなかったのは、引き留められたら抗う自信が無かったからだよ」

『………』

「帰りたい訳じゃないの。でも帰らないといけないってハッキリ解ったから…。門田さんと渡草さんに直接挨拶出来ないのは心残りだけどね」

『そ…だよね…。ごめん…』

「ううん。こんな風に引き留めて貰えるなんて幸せ者過ぎて、こんな状況なのにちょっと嬉しくなっちゃうよ」



はそう言って二人に明るく笑って見せると、電話の向こうが俄かに騒がしくなったのを聞き呟いた



「ぁ、そろそろかな?」

『ぇ?』

『おい狩沢!!遊馬崎!!コイツ病院連れてくぞ!!!!』

『渡草さん!?って、わっ、これ紀田くんじゃない…!!』

『血塗れっすよ!?』



電話の向こうでは渡草が正臣を運んで来たらしくワゴン内が一気に緊迫した空気になっていた



「絵理ちゃん」

『ゆまっち!!紀田くんの頭何か巻くものある!?』

「遊馬崎くん」

『とりあえず渡草さんのILoveルリタオルならあるっすよ!!』

「渡草さん」

『なっ!?…っくそ!!仕方ねぇそれ捲いとけ…!!』

「門田さんも…、本当に今までありがとう」



新宿までの道を歩き続けながらは独り言を呟く



「向こうの世界に戻っても、今度は皆の事絶対に忘れないから」



車内は正臣を運び込む事に夢中で、後部座席のシートに投げ出された携帯から聞こえるの声には誰も気付いていない



「皆の事、ずっとずっと大好きだから」



それでもはその場に居る3人と、工場に居るハズの門田に向けて言葉を紡いだ



「さようなら」














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