帝人がダラーズの掲示板を見なくなってからの3日間

は今まで通り門田達と街の見回りに出ながら掲示板の動向を見守っていた

途中思う所があり新宿まで足を伸ばしたものの、結局臨也に会う事は出来なかった

それどころか何度か電話やメールをしてみても、臨也からの返事は無かった

はそれを作中通り悪巧みで忙しいせいだと思っており、まさか臨也が静雄と自分の仲を疑っているとは考えても居なかった



「なーんで連絡付かないかなぁ…」



携帯の画面を見つめながらため息と共に呟き肩を落とす

連絡を取らなくなって久しい中、折角意を決してメールをしていると言うのに返事が無い事には不安を覚える

しかしどうせこの携帯がある限り臨也は自分の居場所を把握しているだろうし、全てが終わればきっと直接会って話す事が出来るはずだ

そう自分に言い聞かせながら、は家を後にして池袋駅方面へと向かった



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家を出て暫く町をふらつきながら時間を潰し、現在の時刻は16時50分

は杏里が法螺田達と接触するのを待つ傍らベローチェに居る筈の臨也の姿を探す



「………」



そして通りの様子が良く見える窓際に座る臨也の姿を確認し、胸の前に充てた手をぐっと握った

何故か締め付けられる様に痛む胸を押さえながら、は自分が思っている以上に臨也に会いたかったのだと認識する

出来る事ならこのまま臨也の元に駆け寄りたいが、そんな事を考えている間に手にしていた携帯が着信を継げた



"ダラーズの皆さん!緊急!"



ふと顔を上げると向こう側で杏里が法螺田達に連れて行かれるのが見える

そのままカフェへと視線を移すと、臨也はその光景を眺めながらコーヒーカップを片手に笑っていた



「……っ」



その笑顔に再び胸の痛みを感じながらも、は吹っ切る様に頭を振り臨也に気付かれない様にその場を後にした



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"女の子見つけた。オーブ池袋ビルのウラへ逃がした。やつら、まだ、くる"



"オーブ池袋ビルの近く。誰かいますかー!"



"オーブ池袋ビル、主映、シュエイ、守衛のバイトもダラーズ、で、オオ栗しました!"



"えーと、オーブ池袋ビルの裏口出たとこっつーと、あっしの砦じゃないすかね!"



次々に届くメールから物語が自分の知っている通りの動きを見せる事を確認し、は杏里達の足取りを追った

丁度その頃東急ハンズでは、着ぐるみのうさぎに抱えられた杏里を追ってやって来た法螺田を滝口が店員の運ぶ荷台を崩し足止めしていた



"ちょっとお手伝いしました通りすがりのダラーズでした。いや、ほんとうはもうやめようと思ってたんだけどさ"



そんな滝口の書き込みに何名かが"やめないで"と反応する中で、"戻ってくると思ってたぜ"と言う返信を読んだ滝口はふとの言葉を思い出す



さんの言ってた通りだな…」



顔も名前も知らない人達から届くメールを読みながら、滝口は口元に笑みを浮かべる

彼女も自分がダラーズだと言ってたし、もしかしたら近くに居るかもしれない

そう思って辺りを見回すと、東急ハンズの出入り口にらしき人物の後姿を見つけた



「………」



滝口がその人物の後姿を見ていると、視線に気が付いたのかその人物がふと振り返る

振り返ったのはやはりで、滝口と視線が合うとはやや悪戯っぽく微笑んだ

それは結局ダラーズに戻る事になった滝口をからかっているような、歓迎しているような笑みで、滝口は苦笑気味にはにかむ

そんな滝口を見たは、安心した様な表情を見せるとそのまま片手を振って向こう側へと去って行った

を見送った滝口もまた、再びメールを確認しながら東急ハンズを後にした



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うさぎの着ぐるみを身に纏いながら池袋の街中を逃げる杏里と、杏里を追う黄巾賊

慌しく着信し続ける携帯を握り締めながら、もその後を追ったり先回りして杏里の後に続いた

途中、杏里が歩道橋に差し掛かった所を追おうとする黄巾賊を渡草のバンが阻む



「ん?あれってじゃないっすか?」



杏里が無事に歩道橋を渡りきった事を狩沢がメールで報告していると、隣に座っていた遊馬崎がバンの進行方向を指差した



「ぉ、ホントだ。渡草さん渡草さん」

「あぁ」



狩沢が声を掛けるまでも無く、渡草は速度を緩めると歩道を歩くの傍に止める

窓を開けて狩沢が声を掛けると、気付いたがバンへと駆け寄った



ー」

「絵理ちゃんお疲れ〜」

「ねぇねぇ、この前言ってたのってこの事だよね?」



挨拶もそこそこに携帯を指差しながら尋ねる狩沢に、はこくりと頷く



「やっぱりそうなんだ、帝人くんにはもう会ったの?」

「ううん。会うのはこの後、この騒ぎが落ち着いてからになるかな」

「そっか」



の説明に狩沢が頷くと、それまで黙っていた門田が口を開いた



「なぁ」

「ん?」

「大丈夫なんだよな?」

「大丈夫って…この騒ぎの事?」

「あぁ」



門田がの質問に頷くと、はきょろきょろと辺りを見回し人が居ない事を確認した後で4人に告げた



「それなら大丈夫。最終的には静雄さんが黄巾賊蹴散らしちゃうから」

「静雄が?」

「うん、後で中池袋公園の方に行ってみれば解るよ」



がそう答えている間にも、ダラーズからの情報提供メールが続々と届く



「それじゃぁ私、そろそろ帝人くん探しに行くね」

「おぅ。今日はいつもより多く黄巾賊がウロついてる事だし、気をつけるんだぞ」

「了解だよ。ありがと、じゃぁまたね」

「ばいばーい」

「また今度っす」

「またな」



やがて4人を乗せたワゴンはの前から走り去り、その後姿を見送ったは一つ息を吐いて空を見上げた

が今にも降り出しそうな曇天を見上げている頃、正臣は杏里の手を引き黄巾賊から逃げていた

追ってくる2人の黄巾賊を巻く為に路地裏へと入った所で、息を整えた杏里は正臣に向かって尋ねる



「紀田くん…どうして……」

「どうして、か…。黄巾賊に絡まれてるとこを俺が助けるなんておかしいって事?」

「ぇ?」

「流石は俺のエロ可愛い杏里ちゃんだ、そんな格好も似合ってるね」



杏里の問い掛けに息着く暇も無く答えながら、正臣は暗い目のまま杏里に迫る



「ねぇ、1つ聞いても良い?杏里ちゃんは何をしているのかなぁ?こそこそ隠れて、何を探ってた訳?」

「……」

「教えてよ杏里ちゃん。…何が目的?」

「…私は……紀田くんが…」

「俺が何?俺が悪いの?杏里を守ろうとした俺が馬鹿?だよねぇ?」

「そんな事…言わないでよ……」



引き攣った笑みを浮かべながら自虐的に呟く正臣に杏里は悲しそうに顔を伏せる

しかし正臣はそんな杏里の様子にも気付かないのか、そのまま畳み掛けるように言葉を続けた



「帝人は何にも知らないの?」

「っ…」

「アイツをどうするつもりだったの?」

「私は…」



正臣自身、どうしてこんなにも杏里を追い詰める様な真似をしてしまったのか解らなかった

それでも一度口から出た言葉は再び戻る事無く杏里を責め続ける



「アイツの…、アイツの気持ちを解ってて!!」

「っ紀田くんは、どうして竜ヶ峰くんに言えないの?」

「楽しかった!?俺を騙したりアイツに取り入っ」



杏里の言葉も聞かず捲くし立てる正臣の頬に衝撃が走り、口を噤んだ正臣を残して杏里はその場を走り去ってしまった



「………」



"いつかきっと本当に大切で守りたい物が守れなくなるよ"



1人残された正臣は何故かふいにに言われた言葉を思い出し、ふらふらと前に進むと壁に頭をぶつけて茫然自失のまま呟いた



「何言ってんだ…俺……」



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一方正臣の元から走り去った杏里は、その後中池袋公園に向かい公園内のトイレで着ぐるみを脱いでいた



「居た!!」



トイレから出た所に再び法螺田率いる黄巾賊が現れ、静かに黄巾賊を見つめる杏里に歩み寄りながら法螺田は尋ねる



「てめぇ…、やっぱりダラーズだな?」

「…いいえ」

「っへ、ふざけやがって何を今更…。ダラーズじゃないなら何なんだよお前は?」

「私が何者なのか…、知りたいんですか…?」

「あぁ?何だよ?何なんだよ?」



やがてぽつりと呟く様に問い掛ける杏里の言葉に、法螺田は大袈裟な仕草で尋ね返した

そんな法螺田とその後ろの連中の好奇の目に臆することなく、杏里はゆらりと視線を落とす

自らの手で決着を付ける事を決意した杏里の左手からは、人知れず罪歌の切っ先が覗いていた



「あーあれか。お前は正義の味方か」



杏里を馬鹿にする法螺田と黄巾賊の面々が下品な笑い声を上げる中、杏里の瞳の色が鮮やかな赤へと変わる



「お前が平和を守りましょってそそのかして俺等を裏切ろうとした奴等がどうなったか…見せてやりたかったぜ。なぁ?」

「ぇ…」



しかし法螺田の言葉を前に、杏里の動きがはたと止まった



「とことんぶちのめしてやったぜ。で?お前1人で無傷ってんじゃなぁ…?」

「………」



法螺田はそのまま嫌らしい笑みを浮かべながら視線を杏里の胸元へと落とす

杏里がそんな法螺田の視線にも気付かずショックを受けていると、背後に聞き覚えのある怒鳴り声が響いた

それは丁度その場を通り掛かった静雄の怒号で、静雄は先程から引っ切り無しに鳴り続ける携帯電話に向かって何やらキレていた



「うぜぇ…、さっきからピーピーピーピーうぜぇ。そんなに文字読めるか!!何なんだウサギだ女の子だって俺に言ってどうすんだ、うぜぇ…!!」



ひとしきり携帯に文句を付けた後、ふいに振り返った静雄は法螺田達の姿を見るや否や不快感を露にする

そんな静雄の視線を受け、法螺田達は暫く静雄と視線を交わし、やがて宙へと高く舞った



「"………"」



静雄が法螺田達を相手に暴れだした頃、中池袋公園へと到着したセルティと狩沢はそれぞれ携帯を片手に状況を報告した



"無事です。一件落着。なぜなら"



"なぜなら、池袋のフォルテッシモ登場!"



そんな二人からの報告を受けた帝人は、ざぁざぁと振り出した雨の中携帯を見ながらホッと胸を撫で下ろした



"よっしゃー!"



"ミッション成功!"



"やった!やった!"



"万歳ダラーズ!"



"これでこそダラーズ!"



"みんなで力を合わせれば、何も怖くないよ!"



ダラーズメンバーの大半にとっては見知らぬ女の子ではあったものの、杏里の無事が解り掲示板は大いに盛り上がる

純粋に女の子の無事を喜ぶ者、大事にせずに事件を解決出来た事が嬉しい者、非日常的な出来事に興奮した者

実際に手助けをした者、メールでのみ参加した者、見ているだけだった者…

様々な場所から事の成り行きを見守っていたメンバーは、この時ダラーズと言う色も形も透明な組織が確かに存在感を示した事が嬉しかったのかもしれない



"ありがとう。みんな。"



そんな事を考えながら、帝人は喜びに沸く掲示板に目を通し短い文章をメンバーに向けて送信する

雨脚の強まる中、掲示板への送信が終わった帝人は雨の降り出した空を見上げた



「………」



自分にとって一番大事な物が何なのかを考え、決意を固めた帝人は薄暗い空を睨みつける



「帝人くん」



しかし突然自分を呼ぶ声が背後から聞こえ、慌てて振り返った帝人は何故か更に驚いた様な顔で一瞬目を見開いた



「ぇ、と…」



帝人は何かを確かめる様にまじまじとを見ながら言葉を詰まらせる

そんな帝人の様子にくすりと笑うと、はさしていた傘を帝人の方へと差し出した



「初めまして、帝人くん」

「ぇ?ぁ…は、初めまして…」



の言葉に微妙な反応を示した帝人は、の顔を見ながら疑問符を浮かべる



「あの、貴女は…」

「私は。半年前位に深夜アニメでやってた番組、知らないかな?」

…って、平凡少女の主人公……ですよね」



聞いた名前を反芻しながら、帝人は答える

は帝人の意外な返答に驚き首を傾げた



「そのアニメの事、知ってるの?」

「はい、ソックリな人を見掛けたとかどうとかって半年前に掲示板で話題になってて、気になって見てたので…」

「そうなんだ」

「ぁ、でもソックリさんの話は半信半疑だったんですけど…」

「まぁ俄かには信じられないよね。でも、私は本当にこちらの世界で言う二次元からこっちにやって来たんだよ」

「……へ…」



こくりと頷いて自分を指差すを、帝人はぽかんとした顔で見つめる



「色々説明したい事とか聞きたい事があるんだけど、とっても長い話になるからとりあえず移動しない?」

「、あの…」

「ぁ、怪しさ満点かもしれないけど本当に怪しい者じゃないから安心して?セルティさんとか静雄さんとか、杏里ちゃんとも知り合いだし…」



やや警戒した様子を見せる帝人にが自分の携帯の着信履歴などを見せると、帝人は意外にもアッサリと首を縦に振った



「…解りました」

「本当?良かった、それじゃぁ行こうか」



はアッサリと頷いた帝人にほっとした表情を見せると、2人で1つの傘に入ったまま歩き出した



「…って言っても帝人くんずぶ濡れだし、良かったらうちに来る?此処からだと少し歩くんだけど…」

「ぇっ!? で、でも…」



とりあえず歩き出したものの何処へ行くかは決めていなかった為、は隣を歩く帝人の顔を覗き込みながら尋ねる

そんなの言動に帝人が慌てると、はくすくすと笑って帝人の服を指差した



「もちろん帝人くんの家でも良いけど、どちらにしてもこのままじゃお店には入れないからね」

「そう…ですね……。ぁの、それじゃぁ…」



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「それじゃぁあの、少し待ってて貰えますか」

「はーい」



結局帝人の家へとやって来たは、着替える為に風呂場に向かった帝人を見送ってくるりと部屋を見渡した

あちらの世界で見たとおりの質素な作りの帝人の部屋には、物も少なくあまり生活感が感じられない

臨也の事務所に初めて入った時にはむしろ画面越しに見ているより人が生活している気配を感じたのに、

実際に現実として自分の目で見た世界はこんなにも差異があるものなのだと、は一人で納得したように頷く



「………」



特に見る物もテレビも無い部屋でぼんやりと帝人を待っていると、やがて服を着替えた帝人が洗面所から出て来た



「すいません、待たせちゃって」

「いえいえ。それじゃぁ早速だけど私の話を聞いて貰って良いかな?」

「はい」

「到底信じられない事も多いと思うんだけど、嘘は言わないから」



自分の前に正座する帝人にそう前置きをすると、は今まで静雄や杏里にして来た様に自分がこの世界に来た経緯や今までの事を話した

臨也に対する気持ちや自分と帝人との共通点など、静雄や杏里に対しては伏せていた事実も帝人には全てを伝える



「そう言う訳で…、確信は無いんだけど私は帝人くんに何か引っかかる物を感じてるって言うか、見届けなきゃって思ってるんだ」

「………」

「ぇと…、色々話過ぎて混乱したかな?」

「ぁ、いえ大丈夫です。むしろ、あんまり混乱してない自分にびっくりしてると言うか…」

「ぇ?」

「…今までの僕なら、多分今のさんの話は全く信用出来なかったと思うんです。
でも、セルティさんや罪歌に出会った今はさんの話が嘘じゃないんだろうって思うし、
何より僕自身もさんと僕が似てるなって思ったんで」



帝人はにそう説明すると、少し考え込んだ後に実は…、と切り出した



「僕、少し前から変な夢を見る様になったんです」

「夢?」

「はい、最初は何だか不思議な夢だなとしか思ってなかったんですけど、何度も見るので流石に気になってて…」

「それってどんな夢なの?」

「えぇと…、僕は高校入学と同時にこっちに来たんですけど」

「うん」

「夢の中だとそのまま地元の高校で3年間を過ごして、そのまま地元の大学に行って、地元の会社に勤めて…、
毎日何も起きないまま普通の生活を送るんです。そこにはダラーズも無くて、そんな平凡な日常に僕も何も感じていなくて…」

「………」

「そんな夢を繰り返し見てたんですけど、半年前にその平凡少女を見た後、夢に少し変化があったんです」

「変化…」



が呟くと帝人はこくりと頷いて続ける



「あの日も、いつもみたいに地元の高校に通う夢を見ていたんです。そしたらいつもは出て来ない女の人がクラスに転校して来て、
初対面のハズの僕に"このままで良いの?"って聞くんです」



そこまでを話すと、帝人はじっとを見つめた



「その女の人って言うのが、さんにそっくり…と言うか、さんだったんです」

「私?あぁそっか、だからさっき初めて会ったはずなのにあんなに驚いた顔してたんだね」



が先程の帝人の不思議な言動を思い出して納得した様に呟くと、帝人は頷く



「それで、僕がさんに"何がですか"って尋ねるんですけど答えてくれなくて、そんな夢をまた繰り返し見る様になって…、
その内夢の中で今のままで良いのか解らなくなって、ずっと平凡なままの人生じゃ駄目な気がして来て、」

「………」

「もっと楽しい事があったんじゃないか、もっと凄い事が出来たんじゃないかって、夢の中で自問自答して、毎回凄く後悔するんです」



帝人は膝の上で組んだ両手を弄びながら思い出すように話を続ける



「でも朝起きて、自分は今池袋で非日常に足を踏み入れてて、夢の中で後悔したのとは違う現実に居るのに…
それなのに今この現実はダラーズが僕の知らない所で知らない内にどんどん大きくなってて、
その事が凄く怖くて逃げ出したくて、出来る事なら何も無かった平凡な日常に戻りたいとさえ思うんです」



手元に落としていた視線を再度に向けて告げると、帝人は小さく息を吐いた



「もう自分でもどうしたら良いのか解らなくなって暫く掲示板を見ずにいたんですけど、でも結局掲示板が気になってる自分が居て…」

「そっか…。でもホラ、今日帝人くんが掲示板を見てなかったら杏里ちゃんを助ける事も出来なかったよね」

「確かにそうですけど…」

「それに、今日の帝人くんとダラーズとっても格好良かったし」



戸惑い気味の帝人に笑い掛け、は帝人に語り掛ける



「私、自分が元居た世界で帝人くんが変わって行くのを見てて凄く羨ましかったんだ」

「羨ましい…僕がですか?」

「うん。アニメを見たなら解ると思うけど、私の人生って本当に何も起きなかったから。
でも帝人くんはダラーズを創って、大変だった事もあったけど投げ出さずに見守り続けて池袋まで出て、
それで今こうして非日常の中に居るでしょ?私はそれが羨ましくて、私も帝人くんみたいになりたいって思ってたの」



臨也とセルティの前で覚醒した時や東急ハンズ前で波江と対峙した時の帝人を思い浮かべ、は熱っぽく語る



「帝人くんが今悩んでるのは知ってる。これからどうなるのかも私は解ってる。この結末を変える気は無いけど、
でも折角こっちに来れたんだもん…、このまま何もせず消えるのは嫌。私は私が今此処に居る意味を作りたいの」



知らずに力が込もる両手を握り締めながらは伝えるが、帝人は何かを考え込むような表情をしていた



「帝人くんは、今ダラーズの存在意義について迷ってるんだよね?このままダラーズが存在して良いのかって、
このままどんどん大きくなって今以上に制御出来なくなくなったらどうしようって」

「…はい」

「あのさ、良く聞く言葉なんだけど、"大切な物は失って気付く"って言うよね?」

「ぇ?」

「でもそれってさ、逆に言えば無くしてみればそれが本当に必要な物かどうかが解る、って事だよね」

「そうとも言うような…、何か違うような…」



の持論に首を傾げる帝人に、は明るく言い放つ



「一回無くしてみれば良いんだよ」

「無くすって…、ダラーズを、ですか?」

「そう。そうすれば帝人くんにとってだけじゃなくて、今ダラーズに所属してる全ての人にとって、ダラーズが本当に必要かどうかが解るんじゃないかな」



いとも簡単に言ってのけるを帝人は驚いた表情で見つめる



「一度ダラーズを無くしちゃってさ、必要無いならそのまま無くせば良いし、必要だって思ったならまた再開すれば良いんだよ」

「で、でも…そんな事…」

「帝人くんは創始者だもん、誰にも止める権利無いし、文句も言えないよ」

「それはそうかもしれないですけど…」

「…非日常なんて、慣れれば3日で日常に変わる…だっけ?」

「それって臨也さんの…」

「うん、半年前に臨也が帝人くんに言った言葉。帝人くんはこの言葉のせいで今迷ってるんでしょ?」

「はい…」

「でもね、帝人くんはどうしてダラーズを創ったの?ダラーズでやりたかった事って何?」

「僕がダラーズでやりたかった事…?」



の問い掛けを繰り返し、帝人はぱちぱちと瞬きをする



「そう。自分が何故それを望むのか、それが解らなきゃ何処に行っても何をしても、この先ずっとモヤモヤすると思う。
私はね、日常でも非日常でも大事なのは"そこで何をしたいのか"って事だって、この世界に来てようやく気付いたの」



にこりと笑って見せながらそう言うと、は目の前の帝人の両手を握った



「臨也は非日常の中に居たいなら常に進化しろって言ってたよね。それってある意味正解で、
非日常って言うのはただ望んでるだけじゃなくて、自分から動けばいつだって手に入る物なんだと思う」

「………」

「現在非日常の中に居る人は、皆それぞれ目的とか野望とか欲望があるんだよ。
別に臨也じゃなくても、杏里ちゃんや正臣くんだってそれぞれ帝人くんとは違う非日常の中に居るし…」

「園原さんと正臣も…ですか?」



突然の口から出た二人の名前に帝人は不思議そうな顔で尋ね返すが、は明確に答えないまま続ける



「まぁそれは追々解る事だから私の口からは言わないけど…。でも、帝人くんも見つけたんでしょう?本当に大切な物」

「………はい…」

「だったら、後はもう迷う必要無いよね」

「そう、ですよね…。迷ってなんかいられないんですよね……」



の言葉に後押しされるように呟いて暫くの間考え込むと、やがて帝人はゆっくりと顔を上げた



「明日、掲示板を閉鎖します」









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