「ねぇちゃん」

「はい?」

「単刀直入に聞くけど、どうして折原くんなの?」



駅に向かうタクシーの中で、新羅がふいに尋ねる

はそんな新羅の質問に、少しの間黙り込んでからぽつりぽつりと答えた



「…正直、臨也の何処が好きとか、他の人と比べてこうだから好きとか…、そう言った物は無いんです」

「そうなの?」

「はい。むしろ臨也の酷い所とか嫌われてる所とか、そう言う部分も解ってるし、これから臨也がしようとしてる事だって知ってるし…」



俯き気味に語るの横顔を眺めながら、新羅はじっと耳を傾ける



「それでも好きだから、嫌いになれないから、憎めないから…。だから、言葉に置き換える事は出来ないけど…、きっとこれは愛なんです」



いつだったか矢霧誠二が静雄に向かって叫んだ言葉を思い出しながら、はキッパリと言い切る

新羅はそんなを暫く見つめた後、やがてふっと息を漏らしながら笑った



「良かったよ」

「…何がですか?」

「いや、何て言うのかな…。僕は折原くんとは中学生の頃からの友人で、彼が決して良い奴じゃ無いって事は知ってるけど、
それでも僕にとってはやっぱり大切な友人の一人だから…、そんな彼にも理解者が居ると思うと何か安心するって言うかさ」

「安心、ですか」

「うん。静雄くんの事も気にはなるけど…、まぁ折原くんと比べたら彼はまだ心配なさそうだし」



にこにこと微笑む新羅の顔を見ながら、も小さく頷く

やがて二人を乗せたタクシーは駅前に到着し、セルティと合流した後で三人は居酒屋へと向かった



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「"本当に送らなくて平気か?"」

「はい、大丈夫です。そんなに遠く無いですし、奢って貰っちゃったのに更に送って貰うのも悪いですし…」

「セルティのバイクでならすぐだし遠慮しなくて良いのに」

「いえいえ。それより本当すみません、ご馳走様でした」



駅でセルティと合流し、3人で居酒屋に入ってから2時間後

ほんのりと頬を染めたは同じく少しだけ顔の赤い新羅に頭を下げる



「いやいや気にしないで、ちゃんはまだバイト始めたばかりで色々大変でしょ?」

「"新羅は無趣味だから溜め込んでるもんな"」

「そうそう。僕の趣味はセルティだからね!!あぁいや、趣味と言うかもはや僕の人生そのものというがはっ」

「"…それじゃぁ、気をつけて帰るんだぞ"」

「は、はい…」



はセルティの右フックに倒れた新羅を見下ろして苦笑する



「ぇと、それじゃおやすみなさい」

「"うん、おやすみ"」



セルティと倒れている新羅にぺこりと頭を下げて、は駅方面へと歩いて行った



「"本当に大丈夫なのかな…"」

「ぁの…僕の心配もして欲しい、な……」



人込みに消えて行くの背中を心配そうに見送るセルティの足元で、新羅はそう呟くとがくりと意識を手放した



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てくてくと夜の街を歩きながら、の足は何となく駅を通り過ぎて西口公園の方へと向かう

久しぶりにアルコールを口にしたせいか高揚している気分を落ち着けようと、は噴水近くに腰を掛けて天を仰いだ



「はぁ…」



夜空に僅かに見える星を眺めながら、は息を吐いて目を瞑る



"どうして折原くんなの?"



新羅に聞かれた言葉を思い返しながら、改めては考える

にとって、この世界は二次元と言う異次元だ

二次元とは自分の存在している現実とは違う、作り話の世界で、虚構の世界

現実と虚構が交わらない存在である事位、にだって解っている

でもそんな作り話の中の架空のキャラクターに恋をする人間は、以外にもたくさん居る



「………」



臨也の事を好きになったきっかけは、単純に顔が好みだったからだ

現実にだって格好良い人は居たけれど、それでもの琴線に触れたのは臨也だけだった

見た目が好みだからと言う非常に軽い、しかし世の中では極普通の理由で好きになり、

歪んだ思考も、傲慢な態度も、自分とは決して交わらない世界の人間だからこそ許せたし好きで居られた

もしこれが現実の世界に居たとしたら、こんなにも危険な人物を好きになんてなれる訳が無い

そう思っていた



「そう…思ってたんだけどねぇ…」

「何がそう思ってたんですかー?」

「!?」



ため息交じりに呟いた独り言に対して頭上から降った声に、は驚いて目を開く



「お姉さん、こんな時間に一人で居ると襲われちゃいますよ?ぁ、何なら俺が襲っちゃうぞっ?」

「ぁ…」



目の前に立っていたのは紀田正臣で、制服姿のままの彼は悪戯っぽく笑いながらを見ていた



「ん?どうかしました?はっ、もしや俺に一目惚れしちゃった的な!?俺もお姉さんに一目惚れしたんでこれはまさに運命!!Destiny!?」

「ぇ、あぁ、いや……」



そう言って一人ハイテンションにガッツポーズを取る正臣をはぽかんとした顔で見つめる

目の前の正臣はあちらの世界で見た通り、お調子者でノリの良い、賑やかな少年だった

しかし何故かテレビを通して見ていた時よりもずっと辛そうで痛々しく見えて、は小さく息を呑む



「…俺の顔に何かついてます?それとも本当にフォーリンラブ?」



が黙ったまま正臣の顔を見つめていると、ふと視線をこちらに向けた正臣が苦笑して首を傾げた



「…ぁ、ごめんね。ちょっと考え事をしてて……」

「悩みがあるなら俺が聴きますよ!!こう見えても俺、結構人生経験豊富なんでお姉さんの悩みもズバッと解決!!出来ちゃうかも?」

「うーん…、そうだなぁ…。それじゃぁ少しだけ聞いて貰おうかな?」



あくまでも軽い雰囲気の正臣にが頷くと、正臣は嬉しそうにの隣に腰を下ろした



「今ね、ちょっとお酒も入ってるから内容が変でも気にしないでね」



はそう前置きをすると少しの間黙り込み、やがて正臣に語り始める



「実は私、今好きな人が居るの」

「それはもちろん俺じゃないですよね?俺ってば早々と失恋しちゃった系?」

「うん、ごめんね」

「はは、お姉さん軽いなー。それで?」

「えっと、それで、私はその人の事がとっても好きなんだけど、その人周りの人からはあまり好かれてなくて…」

「好かれて無いって?」

「うーん…、何て言うか、嫌われ者って言うか、あんまり良い人では無いって言うか…」

「…何でまたそんな人が好きなんです?」

「それが中々言葉では説明し難いんだよね…。でも、好きなの。本当に好きなの」



正臣の素直な疑問にそう答えて、はほんのりと頬を染める



「ねぇ」

「なんすか?」

「君にはすっごく嫌いな人って居る?」

「………」

「例えばそのすっごく嫌いな人の事を私が好きだとしたら、君はやっぱり私を止める?」



例えば、と言う前提でが尋ねた問いに、正臣は難しい顔をして地面を見つめる



「…止める権利は俺には無いんで…別に止めない、と思います。でも…」

「でも?」

「そいつがもしお姉さんの事を傷付ける様な事をしたら、その時は絶対に許しません」



正臣は地面からに視線を移し、真面目な顔で言い切った

恐らく正臣の脳内には臨也の顔が浮かんでいるのだろう

しかしの想い人が本当に臨也であるとは思ってもいないはずだ



「今会ったばかりの私の為に、そんなに怒ってくれるんだ?」

「…、そりゃぁこうしてお話した深ーい間柄だし当然ですよ。お姉さん美人だしね」



笑い掛けるに、いつもの調子に戻った正臣はスラスラと答える

そんな正臣の目をじっと見ながら、は少し意地悪な言葉を投げ掛けた



「君は、その人の事がよっぽど嫌いなんだね」

「…はい?何でですか?」

「私には、理由なんて何だって良いからその人を憎みたくて仕方無い様に聞こえたから」

「な…」

「私は君の事全然知らないけど…、君の言葉は薄くて軽くて、何か悲しい」

「っ…」



視線を反らして俯き気味だった正臣の目が、そんなの言葉によって見開かれる



「君は凄く優しくて臆病な人なんだと思う。嫌われたくなくて、傷付けたくなくて、必死で明るく振舞ってるんでしょう?」

「貴女に…」

「そうやってこのまま誰かと本音でぶつかる事から逃げてたら…、いつかきっと本当に大切で守りたい物が守れなくなるよ」

「貴女に何が解るんですか!!」



俯いたまま立ち上がって叫ぶ正臣を冷静に見上げながら、は静かに首を横に振る



「私には君の本当の気持ちなんて解らないよ」

「だったら何で…」

「でも、君が何かに焦っている事は解る」



はそう呟いて立ち上がると、自分より10cm程背の高い正臣の頭に触れた



「今こうやって怒鳴ったみたいに、友達とか恋人とか本当に大切な人にはもっと甘えて、もっと本音でぶつかっても良いんじゃないかな」

「………」

「大切だからって箱に入れてしまいこんで、いざ開けてみたら壊れてました、なんて嫌でしょ?」



優しく問い掛けながら頭を撫でるの言葉に、正臣は力の抜けた様子で再度その場に腰を下ろす



「………」

「………」

「何で…悩みを聞くはずだった俺が逆に慰められてるんですかね…」

「それはまぁ私の方が年上だから、かな?」



力無く自嘲気味に呟く正臣に笑いながら答えると、正臣は視線だけでを見上げて怪訝そうな顔で尋ねた



「アンタ…一体何者?」

「うーん…、実は私も自分が何者なのか、どうして此処に居るのか解らないんだ…」

「いや、解らないって…」

「でも別に良いの。今はね、自分の正体よりもやらなきゃいけない事があるから」

「やらなきゃいけない事?」



正臣が尋ねると、はにこりと微笑んだ



「私の好きな人に翻弄されちゃう人達を、彼の悪意から助けたいんだ。それが結果的に彼の為にもなると思うし」

「それって……」



何となくそんな予感はしていた

それでも認めたくなくて考えないようにしていた事が、正臣の頭を過ぎる



「それじゃぁ私そろそろ帰るね。話聞いてくれて有難う」



しかし正臣が質問を投げ掛ける前に、はそう言うと背を向けて歩き出す

その背中を追おうと正臣が立ち上がると、は思い出したように立ち止まって僅かに視線を正臣に移した



「ぁ、そうだ…。 私の名前、って言うの。また今度ね、紀田正臣くん」



はそう言って悪戯っぽく笑うと、そのまま小走りで西口公園を去って行ってしまった

突然呼ばれた自分の名前に驚きを隠せないまま、正臣は小さくなるの背中を見ながら臨也の姿を思い浮かべる

に言われた通り、臨也の事は正直殺したい位に憎んでいる

ただ折原臨也と言う人間にまんまと操られたのは当時の自分の未熟さが原因である事は解っていた

しかし"騙されたから嫌いだ"なんて幼稚な事は言いたくなかったし、そんな理由でこんなにも人を嫌っている自分を信じたくなかった

だからこそ、誰かの為と言う大義名分があれば存分に折原臨也を敵だと思えるのでは無いか…

無意識にそんな考えをしていた自分の頭の中を見透かされ、正臣は動揺していたのだ



「……何なんだよ…」



本当に自分は情け無い人間だと、思わず漏れる笑みを片手で隠しながら正臣は深く息を吐く

そしてゆっくりとの消えた方に背を向けると、自宅への道を歩き出した



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田中太郎:こんばんは

セットン:ばんわー

甘楽:こんばんわ〜

田中太郎:最近黄巾賊の人たちがますます増えましたね

甘楽:ほんとですよねー

甘楽:ハッキリとすがたが見える分、ダラーズより目立ってますよね

セットン:あの連中、昔からいますけど

セットン:最近なんか、変わってきてるような

田中太郎:変わってきてる?

セットン:よく解らないんですけど

セットン:昔の黄巾賊と違うというか…

セットン:なんか

セットン:昔より暴力的になってるような気がします

――罪歌さんが入室しました

田中太郎:あ、罪歌さん、こんばんわー

甘楽:こんばんわー

セットン:いらっしゃーい

罪歌:こんばんは です

罪歌:あの すみません

田中太郎:なんで謝るんですか

甘楽:最初の時はネットに慣れてなかったから

甘楽:ウィルスとかに引っ掛かってあんなことになったんですよね?

甘楽:それじゃ、しょうがないですよー

罪歌:すみません すみません

田中太郎:謝りすぎです(^^;)

甘楽:ところで罪歌さん

甘楽:黄巾賊ってカラーギャング解ります?

罪歌:まちにいる きいろい ぬのの ひとたちですか

甘楽:そうそう、それです

甘楽:もうひとつダラーズっていうよく似た集団があるんですけどね

甘楽:その二つの組織が、この前の斬り裂き魔事件のせいで

甘楽:今、色々と危ない状況なんですよー

罪歌:あの

罪歌:どういうことですか?

セットン:よしましょうよ、甘楽さん。

セットン:詳しく知らない人にいきなりそんな話しても

甘楽:いえいえ

甘楽:池袋に住んでるんなら知ってなくっちゃ!

甘楽:こないだの斬り裂き魔事件、結局、犯人、捕まってないじゃないですか

甘楽:で、黄巾賊にもダラーズにも被害者が出てるんですけどね

甘楽:どうもお互いがお互いを犯人だと思ってるっぽいんですよねー

田中太郎:ダラーズの方はそんなに拘ってないみたいですけど…

田中太郎:お互いの事をよく解ってないんで、誤解もあるんだと思います

甘楽:なんにせよ、斬り裂き魔の真犯人が両方の手でリンチにでも遇わないと…

甘楽:このままいったら池袋に血の雨が降りますよー

甘楽:怖いですよー

甘楽:抗争って奴ですね!

罪歌:すみません ありがとうございます

罪歌:あの すみません わたし きょうは これで

田中太郎:あ、はい

田中太郎:罪歌さん、お疲れ様でしたー

甘楽:おやすー

セットン:どもー

――罪歌さんが退室しました

セットン:んじゃ、私もそろそろ落ちますね。

田中太郎:ではまたー

甘楽:お疲れ様でしたー

――セットンさんが退室しました



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チャットルームでそんなやり取りが行われている頃

正臣は自室のベッドに寝転がりながらぼんやりと空を見つめながら帰宅途中に見掛けたパトカーを思い出していた

恐らく黄巾賊のメンバーがダラーズを襲ったのだろう

小競り合いは止めろと自分があれだけ言ったにも関わらず、自分の意思に従わない者が居る

それは以前までの黄巾賊ならありえなかった事で、正臣は漠然とした不安を感じていた

ダラーズのリーダーが帝人かもしれないと言う事

今の黄巾賊が昔の黄巾賊とは違うと言う事

それらの事実を認めてしまえば、自分の居場所が無くなってしまう

折角見つけた自分の居場所を失くす事

正臣はそれが怖かった



"友達とか恋人とか本当に大切な人にはもっと甘えて、もっと本音でぶつかっても良いんじゃないかな"



の言葉が頭を過る

初めて会った筈のの言葉は、まるで正臣の全てを見透かしている様で妙に頭に残った



「………」



ため息交じりに寝返りを打ち、眼前の壁を睨みつける

いい加減逃げてばかりもいられないと、ダラーズについての情報を集める事を決意して正臣はゆっくりと目を閉じる

机の上で忙しなく鳴り響く携帯が、ダラーズと黄巾賊との深まる確執を告げていた



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