門田、遊馬崎、渡草の3人がの家を出た後

狩沢は俯いたままの手を握って黙り込んでいた



「ぇっと…、狩沢さん?」



がそんな狩沢に声を掛けると、狩沢は顔を上げずに小さな声で話し始める



「……に初めて会った時…、凄く驚いたけど本当に嬉しかった…」

「…?」

「私が二次元に行くんじゃなくて二次元の方から来てくれたって言うのは想定外だったけど、
いよいよ虚構が現実になる日が来たんだと思って興奮しっ放しでさ…」

「………」

「この半年間と一緒に過ごしての事たくさん知って、の事画面で見てた時よりずっと好きになって…、
最初は単純に喜んでただけだけど、見てたら異世界で過ごすのって楽しい事ばかりじゃないって解って、
力になってあげたいって思ったし、出来ればこのままずっと一緒に居られたらって思って…」

「狩沢さん…」

「なのにいきなり居なくなるなんて言われても、どう受け止めたら良いのか解んないよ……」



項垂れながらそう呟く狩沢の手は、の手に力無く重ねられている



「私が相談に乗らなかったら、は折原臨也が好きだなんて気付かなかったかな」

「ぇ…?」

「私が変に焚きつけたりしなかったら、はずっとこっちの世界に居られたのかな…」



自分を責める様に呟きながら、狩沢はゆっくりと顔を上げた



「こんな事ならずっと私の部屋に居てくれたら…、あんな奴じゃなくて私達と一緒に居てくれたら良かったんだよ…!!
渡草さんでもゆまっちでもドタチンでも、何なら静ちゃんだって居るのにどうしてよりによって折原臨也なの!?
別に私はあの人に個人的な恨みとか無いけど、良くない噂だってたくさん聞くし何考えてるか解らないし、には相応しくない!!」

「……狩沢…さん?」

が好きって言うから応援したかったけど、他の女の子を取り巻きにしてるとか利用してるとか良い噂聞かないし…」

「………」

「そんな奴…、そんな奴好きになってこの世界からが消えちゃう位なら…、折原臨也が消えちゃえば良いのに…!!!!」



思いを口にする内に歯止めが効かなくなったのか、狩沢はそのままの勢いで感情のままに吐き出す
そして我に返った狩沢がはっとしてを見ると、は驚いた様な顔で狩沢を見つめていた



「ごめん、私……」



握っていた手を離し、狩沢は顔を歪める



「………」

「………」



お互いに黙り込み重くなる空気の中、ふいにがぽつりと呟いた



「…臨也って、こっちの人には本当に嫌われてるよね」

「………」

「まぁあえて嫌われる事ばっかりしてるんだから自業自得だけどさ」



呆れたように笑いながら、はため息を付く



「新羅さんも門田さんも臨也にとっては一応友達だけど、新羅さんは彼女、門田さんはワゴンの仲間が一番で、そこに臨也が入る隙間は無くて…。
静雄さんだって臨也とあまり変わらない立場なのに、静雄さんには友達も上司も仲間もちゃんと居るんだよね」



伏せ目がちに呟くの表情は呆れながらも優しげで、狩沢はそんなをじっと見つめる



「私だって、臨也ってキャラとしては魅力的だけど実際にこんな人居たら関わりたくないなって思ってた。
でもこっちの世界に飛ばされて、臨也に会って、話して、半年の間一緒に過ごして、
やっぱり歪んでるし酷い部分はたくさんあるけど、それだけじゃないんじゃないかって感じて…」



はそう言うと、顔を上げて狩沢に笑い掛けた



「だから、上手く言えないけど…一人位は無条件に臨也を愛する人が居ても良いんじゃないかなって思うんだ」



そう言って少し照れた様に笑うはとても綺麗で、思わず見惚れてしまった狩沢は頭を左右に振って尋ねる



「でも、告白はしないって……」

「うん…、だって、どうせ消えるのに告白なんかしても意味…」

「意味無くないよ!!」



狩沢の問いに俯いたまま自嘲気味に答えている途中で、狩沢はの言葉を遮って叫んだ



「本当なら…、本当に好きなら、きちんと本人に伝えなきゃ」

「…そう……なのかな…」

「だって消えちゃうんだよ?居なくなっちゃうんだよ…!?だったら伝えるべきだよ…!!」

「でも…」

、こっちに残る方法探すって言ってたけど…、本当は諦めてるんでしょ?逃げてるんでしょ?」

「っそんな事…」

「そんな事無いなら"どうせ消えるのに"なんて言わないよ!!」

「……っ」



激しい応酬の末、狩沢のそんな一言に言葉を詰まらせたは黙り込んで下を向く



「………」

「………」

「やっぱり私は折原臨也の事、正直あんまり好きじゃないしお勧め出来ない」

「………」

「でも…、はそれでも好きなんでしょ?」



震え声のまま静かに尋ねられる問いには黙ったまま小さく頷く



「それなら諦めないでよ…。諦めずにこっちの世界に残って告白して幸せになって、私が間違ってたって思わせてよ…」

「…狩沢さん……」



そんな台詞にが俯いていた顔を上げると、狩沢の目尻に溜まっていた涙が遂に溢れた



「そしたら心から祝福するし惚気話でも何でも聞くから…、消えないで……居なくならないでよ…」



狩沢の目から零れる涙は、ぱたぱたと床に落ちて絨毯の色を変えて行く

そんな顔を両手で覆いながらも続けられる狩沢の悲痛な訴えに、やがての目にも涙が滲んだ



「私だって…、私だって消えたくない…!!臨也にちゃんと好きって言いたい。ずっとずっと…、狩沢さん達と一緒にこの世界で暮らしたい…!!」



ようやくハッキリと本心を吐露したの言葉を受け止めて、狩沢は首を縦に振る



がそう言うなら私は全力で協力するし、が本気って解ればドタチンだってきっともう反対したりしないよ」

「うん…」

「良し!!そうと決まったら泣いてる場合じゃないよね!!」

「そう…だね。まずは明日からどうするか考えなきゃだよね。有難う、狩沢さん」



涙を拭い笑って見せる狩沢にも手の甲で涙を拭いにこりと微笑むと、狩沢は思い出したように人差し指を立てた



「そうそう、それなんだけどさ」

「ぇ?」

「その"狩沢さん"って言うの、そろそろ変えない?」

「変えるって…」

「何か他人行儀じゃない。私はずっとって呼んでるし、も私の事は絵理華って呼んでくれて良いんだよ?」



小首を傾げて提案する狩沢を見つめながら、は少しの間考え込むとやがて顔を上げる



「ぇっと、じゃぁ…絵理ちゃん、とか…」



が恥ずかしそうに視線を外して口にすると、狩沢は満足そうに頷いた



「狩沢さんって呼ばれるよりはそっちの方が良い感じ」

「何かちょっと照れるけど…。改めて宜しくね、絵理ちゃん」

「うん。宜しくね、



未だ微かに涙が滲み赤い目のままで手を取り合って、二人はくすくすと笑う



「絵理ちゃん、目も鼻も真っ赤だよ」

の顔こそ、涙で髪の毛貼り付いてるし」

「とりあえずシャワー浴びちゃおうか」

「うん、作戦会議はサッパリした後の方が良いもんね」



の一言に狩沢も頷き、そのまま二人は夜更けまで作戦会議と言う名のお喋りに花を咲かせたのだった



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翌日の朝

のバイト先である事務所付近まで一緒にやって来た狩沢は、足を止めての方へと振り返った



「それじゃぁ、頑張ってね」

「うん。また進展あったらすぐに連絡するから」

「了解。私もゆまっち達と出来る限りの情報は集めるね」

「ありがと、頼りにしてます」



親指をぐっと立てて笑う狩沢にも同じ様に親指を立てて笑うと、狩沢はひらりと手を振ってに背を向ける

人込みに紛れて消えて行く狩沢の背中を見送ると、もやがて事務所へと向かった



「おはようございます」



挨拶と共に事務所の扉を開くと、先に来ていたトムと静雄が同時にの方へと視線をやる



「おぅ、おはようさん」

「よぅ」

「あの、突然なんですけどトムさんに話があります」



は扉を閉めてソファに鞄を置くと、そのまま足早にトムの前へと移動して真っ直ぐに告げる

唐突なの言葉にトムは静雄と顔を見合わせると、の方へ顔を戻して尋ねた



「ホントに突然だなぁ。どしたん?」

「あの、実は私…、この世界の人間じゃ無いんです」

「はぃ?」



椅子に座っているトムの前に立ったまま、は真剣な面持ちで告げる

しかしトムはそんな突拍子も無いの言葉に怪訝な表情を浮かべて首を傾げた



「お前…」



静雄は少し驚いた様子でを見つめているが、は構わずに言葉を続ける



「簡単には信じて貰えないと思ってます。でも私に戸籍が無いのもそのせいですし、このままだと私この世界から消えちゃうんです」

「………」



誰もが疑う様な台詞を、は至極真面目な様子で、切々と訴えるように告げる

そんなを見つめながら、トムは隣の静雄に目をやった



「おい静雄、お前知ってたのか?」

「まぁ…この間聞いたんで」

「それで、信じたのか?」



トムの問いに、静雄は無言で頷く



「………」



静雄の答えを受けて暫く黙り込んでいたトムは、やがて嘆息すると組んでいた腕を解いた



「ちょっと信じ難い話ではあるけど、まぁちゃんがそんなしょーもない嘘付くとは思えないしなぁ」

「すいません。本当なら黙っておこうと思ったんですけど事情が変わって…」

「消えちゃうとか言ってたけど…、とりあえずどう言う事か説明して貰えるかな」

「はい…」



トムの言葉にこくりと頷き、はこれまでに色々な人に対してして来た物と同じ説明をトムにも聞かせた

こちらの世界にやって来た経緯、これまでに起こった事、これから起こる事

静雄にとっては二度目の説明となるが、静雄は黙ったままの言葉に耳を傾ける



「と言う訳で、多分後一週間位で私が知っている範囲の出来事が終わって、それと同時に私の存在も無くなるんです」

「………」

「それで、折角静雄さんに紹介して貰ってまだ全然お役にも立ててない状態ですけど、暫くお休みを頂きたいなと」

「…なるほどね」



トムは一つ息を吐き出しながら頭を掻く



「事情は大体解ったけど、そんで休んでこれからどうするつもりよ?」

「…何とかしてこの世界に残りたいので、とりあえず思い当たる節を当たろうかと思ってます」

「そっか」



トムの質問に対して具体的な答えを出さなかったの意思を汲んだのか、トムはそれ以上追求しようとはしなかった

そしてやがて椅子から立ち上がると、の肩に軽く手を乗せ尋ねる



「全部終わったら、ちゃんと戻って来るんだろ?」

「はい。社長さんやトムさんが良ければ、その後も此処で働きたいです…」

「そか。そんじゃ長期休暇って事で社長には俺から説明しといてやるよ」

「良いんですか…?」

「まぁ流石に異世界だの何だのなんて説明を社長にする訳には行かないしな」



トムはそう言って笑うと、そのまま静雄に向かって声を掛けた



「つー訳だから、俺はちょっと社長んとこ言って来るわ」

「今からっすか」

「そりゃそうだろ。ちゃんが此処来るなり話したって事は、今すぐにでも動き出したいって事だろ?」



静雄に説明しながらトムがの顔を見ると、は一つ首を縦に振る



「じゃぁ行って来るわ」

「すみません…、本当に有難う御座います」

「大丈夫大丈夫、代わりに戻って来たらたくさん仕事して貰うからさ」

「……っはい、任せて下さい!!」



自分がこの世界から消えてしまうかもしれない事はトムにも先程説明した

それでもトムがあえて"戻って来たら"と言う話をしてくれた事が嬉しくて、は力強く返事をする



「トムさん」

「…取立てはきっちりやって貰うぞ。けどまぁそれさえちゃんとやってくれりゃ後の時間は好きにしろよ」



事務所を出ようとしているトムに静雄が声を掛けると、トムは呆れた様な笑みを浮かべる

そして静雄が言葉を紡ぐ前に、全て解った様な様子でそう告げてトムは事務所から出て行った



「……何々?何の事?」



二人のやり取りを見ていたものの、何が起こったのか解らないは静雄を見上げ尋ねる

静雄はそんなを見下ろすと、質問には答えず逆に問い掛けた



「今日はこれからどうするつもりだったんだ?」

「ぇ?ぇっと、今日は夕方に杏里ちゃんが退院するから、それまでに一度杏里ちゃんに会いに行こうかなって…」

「杏里…?」

「ほら、静雄さんが前にセルティさんと一緒に助けた女子高生だよ」

「………」

「うん、まぁ覚えてないだろうとは思ってたけど…」



の説明にもぴんと来ない仕草を見せる静雄に、は苦笑する



「とりあえずその子に会う為に、今から来良病院に行こうと思ってるよ」

「そうか」



静雄は軽く相槌を打つと、壁際に移動して窓を開けると煙草に火を付けた



「…あの」

「ん?」

「私、静雄さんに謝らなきゃいけない事があるんだけど…」



煙を吐き出す静雄の横顔にがふいに切り出す

静雄は視線だけをに向けての言葉の続きを待っている



「昨日…静雄さんが私の事好きだって言ってくれた時、今はそんな事考えてる場合じゃないからって保留にしたよね」

「あぁ」

「でもね、私が消える事になったきっかけって言うのがそもそも恋愛絡みだから、保留とか言ってられなくなったんだ」

「どう言う事だ?」



の言葉の意味が解らず尋ねると、は視線を足元に落とし自分が消えてしまうと悟るに至った経緯を話した

それは昨日門田や狩沢に話した内容と同じもので、は臨也の事が好きだと自覚したきっかけが静雄の言葉であった事も素直に告げる


「…そう言う訳で……自分の気持ちにはある意味静雄さんのおかげで気付いたと言うかなんと言うか…」

「そうか…。何つーか…、結構複雑だな、それ」

「…ごめん」

「いや、別にお前が謝る事じゃ無いけどよ…」

「…静雄さんが好きって言ってくれたのは本当に嬉しかった。静雄さんの事は元の世界で見てた時から格好良いなぁって思ってたし…。
だけど昨日門田さん達に話しながら、この気持ちは憧れとかファンみたいな"好き"で、本当の好きとは違うんだって気付いたの。でも…」

「…あいつは…、臨也はそうじゃ無いんだな」



静雄がの言葉を遮って静かに問い掛けると、は俯いたままで小さく頷いた



「……うん…。臨也は…正直良い人とは言えないし、あんな人と一緒に居たら大変だろうなって思ってたんだけど…」

「………」

「悪い所も嫌な所も知ってるし、静雄さんや紀田くんに酷い事したのも見てるし、昨日絵理ちゃんにも止められたし…」



何処となく自嘲気味に呟いて、は顔を上げると静雄の目を真っ直ぐ見上げた



「それでも嫌いになれないの。どうしても好きなの。だから、きっと私も臨也と同罪と言うか…あまり変わらないんだと思う」



自分に向けられた好意に答えられない事が、こんなにも辛い事だなんて知らなかった

好きだと言ってくれた静雄の気持ちが真っ直ぐだと解っているからこそ、断る事が悪い事をしている様に思えた



「ごめんね…」



何故か泣いてしまいそうになる自分に、断る側が泣くなんておかしな話だと言い聞かせはいつも通りを心掛けて短く伝える



「………」



が黙ったまま自分を見ている静雄の視線から逃げる事も出来ずに固まっていると、やがて静雄がぽつりと呟いた



「…お前があいつを好きだって事は、俺も解ってて言ったんだからお前が気にする事じゃないだろ」

「……でも…」

「俺が黙ってればお前が困る事も悩む事も無かったのに、わざわざ伝えたのは俺だしな…」

「………」

「でも俺はお前に謝るつもりは無いし、お前も謝る必要無い。…俺だって、お前と同じで"それでも好き"なんだからよ」



静雄は煙と共にそんな言葉を吐き出すと、短くなった煙草を携帯灰皿に投げ入れて口の端で笑ってみせた

は静雄を見つめたまま驚いた様な顔で固まっていたが、やがて片手を口元に当てて笑みを漏らす



「静雄さん、格好良過ぎるよ…」



そう言って笑うの声は微かに震え、目尻に溜まっていた涙が頬に伝う

そしてそのまま口元に当てていた片手で涙を拭うと、は一つ大きく息を吐いた



「有難ね、静雄さん」

「何がだ?」

「ん…、何か色々」

「何だそれ」



静雄はの答えに呆れた様に笑うと、ふと時計に目を向けて指差した



「そろそろ行かなくて良いのか?」

「あぁ、うん…。そろそろ行かなきゃかな」

「何かあったらメールしろよ」

「ぇ?でも…」

「…俺はお前とノミ蟲の仲を手伝う気は無ねぇけど、お前がこっちの世界に残る事については別問題だからな」

「静雄さん…」



開けていた窓を閉めつかつかとに歩み寄ると、静雄はの頭に手を置いてやや乱暴に撫でる



「最近物騒だしな、何かあったら遠慮なく呼べよ」

「うん、了解だよ」



はくすぐったそうに笑って静雄を見上げると、ふと思い出したように目の前に立っている静雄の脇腹を見つめて呟いた



「静雄さんも…」

「ん?」

「静雄さんも、気を付けて…、もし怪我とかしたら、すぐに新羅さんの所に行ってね?」



何かを知っている様なの言葉と不安そうな表情に静雄は一瞬黙り込むが、やがての頭から手を離すとあぁ、と短く頷いた



「それじゃぁ行って来るね」



荷物を手にしたは、そのまま手を振り事務所を後にする

を見送った静雄は無言でソファへと腰を下ろすと、再び煙草に火を付けため息と共に小さく呟いた



「…だから俺はあの野郎が大っ嫌いなんだ……」



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