が事務所を出たその頃、トムと静雄はファーストフード店に入った所だった

トムは入り口で暫く携帯を耳に当てた後、首を傾げながら静雄に問い掛ける



「なぁ静雄」

「何すか?」

ちゃんがいっくら電話しても出ねーんだけど」

「……あぁ、そういや昨日携帯家に置いて来たって…」

「まじか。昼飯買って帰ろうと思ったのになぁ」



トムはカウンター上のメニューを眺めながら頭を掻く



「どうすっかね、ちゃんの好きなやつお前知ってる?」

「いや…、でも多分辛くないやつなら大丈夫なんじゃないすか」

「そうか?まぁそんじゃ適当に買って帰るとするか」



そんなやり取りの末、トムと静雄は揃って列に並ぶ



「やっぱ昼時だけあって混んでるな」

「そっすね」

「くれぐれもこんな所でキレるなよ」

「うっす」



トムに釘を刺された静雄は、素直に頷きながら順番待ちの間にぼんやりと昨晩の新羅との会話を思い出していた



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「さて、それじゃぁセルティもちゃんも居なくなった事だし…」



セルティとがリビングを出てセルティの部屋へ消えると、新羅は包帯などの準備をしながらおもむろに口を開いた



「単刀直入に聞くけど、君ちゃんの事好きでしょ」

「は?」

「隠さなくても良いよ。見てれば解るし」

「隠してるつもりは無ぇ」

「じゃぁ無自覚?臨也も静雄も揃って恋愛の事となると鈍いと言うか無頓着と言うか…」

「何が言いたいんだよ」

「だから、つまる所君達は世間一般で言うところの三角関係じゃないか」



静雄のワイシャツの袖をまくり、傷口を一つ一つ確認しながら新羅は何処か楽しそうに話を進める



「でもさっきのちゃんの態度を見る限り、臨也とちゃんは両思いで君は横恋慕って感じだけど」

「……、」

「うん、謝るからてめぇ何言ってんだよ殺すぞって視線はやめて下さい調子に乗りましたすみませんすみません」

「………」

「と、兎に角。俺にとっては臨也も君も数少ない友達の一人だし、どちらかの肩を持つって訳には行かないけど…」



新羅はそう言いながら顔を上げると、へらりと笑ってVサインをして見せた



「片思いに関しては俺の右に出る者は中々居ないだろうからね。いくらでも相談に乗るよ」

「だから、別にそんなんじゃねーって」

「あれ?そうなのかい?」

「俺はただ…、あいつが臨也の野郎に利用されてるんなら助けてやりたいと思っただけだ」

「あぁなるほど…」



静雄の言葉に新羅は納得したように頷いて、確認するように尋ねた



「助けなきゃって思ってたのに、静雄の考えとは裏腹に臨也がちゃんを利用する気なんかなくて、
それどころか臨也が純粋…と言えるかはまぁ置いといて普通にちゃんの事を好きっぽいから動揺してるんだ?」

「………」

「でもさ、臨也が本当にあの子の事が好きで大切にするつもりなら、君は大人しく引き下がるの?」



新羅の問いに静雄は答えなかったが、苦虫を噛み潰したような顔をしている静雄を見て新羅はふっと笑った



「君達が犬猿の仲なのは今に始まった事じゃないけど、ちゃんの存在が加わって更に泥沼化しちゃった感じだね」

「…あのノミ蟲さえ居なけりゃ俺はもっと静かに平穏に生きられるのにいつもいつも邪魔ばっかりしやがって…」

「まぁまぁ、出会ってしまったものは今更どうしようも無い訳だし」

「いつか殺す、絶対に殺す、殺す殺す殺す殺す…」



物騒な言葉を念仏の様に唱え始めた静雄を見て、一通りの治療を終えた新羅は道具を片付けながら呟いた



「何て言うか……、三つ巴って困るよね」



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「あの、有難う御座いました。お風呂も借りちゃって洗濯機と乾燥機まで…」

「いえいえ、どう致しまして」



翌朝

は玄関先で新羅に向かってぺこりと頭を下げる

静雄はの隣に立ったまま、と新羅のやり取りを眺めている



「セルティさんも、パジャマとか貸りちゃってごめんね。色々有難う」

「"気にしないで。昨日は私も色々な話が出来て楽しかったし"」

「色々ってなんだい?」

「それは…男の人には内緒です。ね、セルティさん」



新羅の質問に答えるの問い掛けに、セルティも悪戯っぽく頷いて見せる



「そっか、ごめんごめん。でも何か昨日一晩で随分仲良くなったみたいだね」



とセルティを交互に見ながら新羅が首を傾げると、とセルティは顔を見合わせて笑い合った

そんな二人の様子を見た新羅は、負けじと静雄に笑顔で問い掛ける



「まぁでも僕達も男同士の話とか色々したもんねー、静雄くん」

「うぜぇ」

「男同士の話?」

「"止めておけ、どうせロクでも無いに決まってる"」

「酷いなぁセルティ、ちゃんと健全で真面目な話だよ?」

「"はいはい。とりあえず二人はそろそろ行かないとだよね"」

「そうですね、それじゃぁ新羅さんもセルティさんも本当に有難う御座いました」

「またいつでも遊びに来てね」

「"連絡くれれば迎えに行くからな"」

「はい、それじゃぁ静雄さん行こっか」

「あぁ」



こうして新羅とセルティに見送られ、二人は新羅のマンションを出ると事務所へと向かって歩き出した



「そう言えば静雄さん、怪我は大丈夫?」

「あぁ」

「………」

「………」

「…何か機嫌悪いね?」

「別に…」

「………」

「………」



の問い掛けに短く答え、我ながら酷い対応だと静雄は思う

別に機嫌が悪かった訳では無く、昨日新羅に色々と言われた事が引っかかりどう接すれば良いのか解らなかっただけだ

しかしそれを上手く説明する言葉が浮かばず、静雄は一層憮然とした表情にならざるを得なかった



「もしかして、隠し事してたの怒ってる…?」



ふと立ち止まったに気付いて振り返り、静雄はぎくりとした顔で動きを止める

異性と接した経験が乏しい静雄でも、不安そうに自分を見上げるが今にも泣きそうである事は解った



「いや、別に気にしてないからそんな顔すんな」

「だって、静雄さん昨日から機嫌悪そうだったし…」

「………」



ある日突然出会い、何となく気になっていた女が自分とは住む世界の違う異星人で、

殺したい位に嫌いな奴がその女を利用していると思ったらそうでは無いどころか好意を寄せているようだったり、

そしてその女もどうやらそいつの事が好きっぽかったり

自分が今存在しているこの世界と違う世界から来た相手だと言う時点で既に意味が解らないのに、

次々と今まで経験した事の無い感情が沸いてもはやどう処理したら良いのか解らない

そう言った自分の状況を伝えようにも、上手い言葉は見つからないし何となく格好悪くて言えたものではない

結局辿り着くのは沈黙で、でもその沈黙のせいで自分が想いを寄せる相手が今にも泣きそうになっている



「上手く言えないけどよ…、機嫌が悪い訳じゃ無いしお前のせいでも無いんだ」

「………」

「ただ何つーか……その…」

「…?」

「あぁもう面倒臭ぇ…。良いか?格好悪いかもしれないけど笑うなよ?」



一体どう説明すれば良いのか色々と考えていた静雄は、やがてぐだぐだと悩んでいる自分に嫌気が差したのかの両肩を掴んだ

突然の静雄の行動に驚いたが静雄を見上げていると、の目を真っ直ぐ見下ろしながら静雄は口を開く



「俺は、あの野郎にお前が利用されてるなら助けてやりたいと思って今の仕事を紹介した訳だ」

「ぅ、うん…」

「なのにお前は別に利用も悪用もされてねぇし、あいつはお前が好きでお前もあいつが好きなんだろ?」

「すっ、好きって言うか…」

「でもな、俺は臨也の野郎にお前を渡したく無いしお前があいつと居るとムカつくんだよ」

「ぇ…?」

「だから…、俺はお前の事が好きなんだよ」



キッパリと、自分でも驚く位にすんなり口から飛び出た台詞にも驚いた様できょとんとした顔をしている



「あの…、好きって……」

「あぁいや、悪い。正直俺も昨日ようやく自分の事を認めても良いと思えたばっかりだから実は良く解ってないんだけどな」

「………」

「ただ、俺にとってお前が他の奴と何か違うっつーのは解る。だからとりあえず臨也がお前の前に現れたなら俺は全力であいつをぶちのめす」



静雄はそう言うとの肩から手を外し、右手の拳を左手で掴むようにしてぐっと力を込める

は相変わらず驚いた様な顔をしてそんな静雄を見上げていたが、次の瞬間には真っ赤になった顔を両手で覆って俯いた



「おい?」

「………」

?」

「っごめん、今私すっごい変な顔してると思うから見ないで…」



俯いたまま顔を左右に振るの顔が耳まで赤くなっている事に気付き、静雄も今更ながら自分の発言に多少の恥ずかしさを覚え視線を反らす



「…とりあえず行くか。このままだと遅れる」

「ぅん…」



が小さく頷いたのを横目で見て、静雄はくるりと向きを変えるとの前を歩き始めた

後ろからが付いて来ている事を確認し、二人は暫く無言のまま事務所への道を歩き続ける



「……前、向いたまま聞いて欲しいんだけど…」



暫くしてからが意を決したように発した言葉に従い、静雄は振り返る事なく返事をした



「何だ?」

「私、今まで生きて来て男の人に告白とかした事ないし、された事も無くて、本当に全然こう言うの慣れて無いし良く解ってなくて…」

「………」

「でもいつも考えてたの。私の事を好きって言ってくれる人が居たらどんな感じなんだろう、って」



は相変わらず静雄の少し後ろを歩きながらぽつりぽつりと語る



「何か、こんなに嬉しいと思って無かった…。凄くドキドキするし、私も静雄さんの事大好きだし、本当に嬉しい。 でも…」



声のトーンが一つ落ち、はそこから少しの間だけ黙り込んでまたゆっくりと口を開く



「臨也も静雄さんも今まで単なる二次元の存在で、存在していないからこそ二人の事が大好きで…
私にとっては二人は手の届かない存在だったから、いざ目の前に現れてこうして話したりしててもあまり実感沸かないんだ。
おかしいよね。この世界に来てもう半年以上も経つのに、未だに私は自分が異世界の人間だって感じてるもん」

「俺だって…お前が違う世界から来たなんて言われても未だに信じられないけどな」

「うん…、それはそうだよね…」

「まぁでもよ、兎に角今は好きだとか何だとかそれどころじゃ無いって事だろ?」

「そう、だね…。自分の存在とか立場とか、そう言うものがハッキリしないと恋愛なんてとてもじゃないけど考えられないかも…」



静雄の問いにが頷いて答えると、静雄は歩幅を縮めての隣に並んだ



「だったら、お前がその気になるまでにあいつをぶっとばしておけば良いんだよな」

「いや、それは何か違う気が…」

「まぁとりあえず俺もまだ良く解ってないし、保留って事で良いんじゃねーか?」



そう言って静雄がを見下ろして穏やかに笑い掛けると、は未だに赤いままの顔で静雄の顔を見上げた



「…そうして貰えると助かる、かも」

「了解。んじゃ改めて宜しくな」



なるべく普段通りを心掛け、やや乱暴にに頭をくしゃりと撫でると、もそんな静雄の意図を汲み取ったのかようやくいつもと同じ顔で笑った



「ありがと、静雄さん」



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「静雄」

「………」

「おい静雄?」

「…あぁ、すいません。何すか?」



昨夜から今朝に掛けての出来事を思い出していた静雄を、トムが呼びながら軽く揺する

我に返った静雄がトムを見下ろすと、トムは呆れたような顔を見せながらメニューを親指で差した



「何ぼんやりしてんだよ、順番来たぞ。何にするか決めたか?」



にこやかに静雄の注文を待つ店員の前で、静雄は改めてメニューを確認する



「じゃぁ、チキンフィレオで…」

ちゃんのはどうするよ」

「アイツは…てりたまっすかね」

「そか。そんじゃそのセット一つずつと、俺はビックマックで」

「かしこまりました」



注文を終え商品を受け取った静雄とトムは、そのまま事務所へと歩き出す

今日の成果やこの後の事を話しながら二人が事務所に戻ると、事務所にの姿は無かった



「あれ?ちゃん何処行った?」

「トムさん、これ」



きょろきょろと事務所内を見渡すトムに、机の上の書き置きに気付いた静雄が手紙を渡す

そこにはらしい可愛らしい文字で"朱肉とか文具が色々足りないので東急ハンズに行って来ます"と書かれていた



「あぁ、そういや色々切れてたっけな」

「…あの、トムさん俺」

「ん?あぁ、そうだな。迎えに行って来い」

「すいません」



静雄に向かってトムが頷くと、静雄はそのまま再度事務所から出て行く



「解りやすい奴」



やや足早に遠ざかる足音を聞きながら、トムは一人呟いて苦笑した



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「あれ、静雄さん」



事務所を出て東急ハンズへと向かう途中の道で、紙袋を抱えてこちらに歩いて来るを見つけた

きょろきょろと辺りを伺いながら歩いて来るに近寄り、行く手を遮るように立ちはだかった所ではようやく静雄を認識したようだった



「びっくりした、どうしたの?」

「お前、もっとちゃんと前見て歩けよ。ぶつかって因縁でも付けられたら面倒だろうが」

「ごめんごめん。ちょっと色々見てたらついつい…」



どうにも隙の多いの行動に呆れながらも忠告すると、は誤魔化すように笑って首を傾げる



「そう言えば取り立て終わったの?トムさんは?」

「いや、さっき終わって事務所戻ったらお前が居なかったからよ」

「ぁ、もしかして迎えに来てくれたの?」

「まぁな」

「うゎ、ごめんね。携帯置いて来ちゃったの忘れてたから勝手に出ちゃうのもどうかなぁとは思ったんだけど…」



そう申し訳なさそうに呟くを見下ろして、静雄はずれたサングラスを指で押し上げるとの手から紙袋を取り上げる



「結構買ったんだな」

「ぁ、うん。朱肉の他にも何か色々足りなかったし、ついでにあったら便利かなぁって言うのとかも色々買っちゃったんだけどね」

「そうか。んじゃ帰ろうぜ、トムさんも待ってるしな」

「はぁい」

「あぁそうだ。そういや昼飯買って来たんだけど、お前マックだったら何が好きだ?」

「私?うーん…、普段だったらてりやきだけど、今の時期ならてりたまかな?」



事務所への道を歩きながら静雄の質問に答えると、静雄は満足そうに"やっぱりな"と呟いた



「どうして?」

「いや、何となくそう思ってよ」



何処となく嬉しそうに笑って答える静雄の声が何だか妙にくすぐったくて、は赤くなる頬に気付かれないように前を向く



「そう言う静雄さんは何が好きなの?」

「俺は別に決まったものは無いけど今日はチキンフィレオだな」

「そうなんだ。私は迷って迷って結局いっつも同じ物食べちゃうなぁ」

「あぁ、何か解る」

「トムさんは?」

「ビックマック買ってたな」

「何か意外かも。トムさんてチーズバーガーのイメージなんだけどな」

「どんなイメージだよ」



そんな他愛も無い会話をしながら事務所へ戻ると、帰りを待っていたトムが二人を迎えた



「おー、やっと戻って来たか」

「すいませんトムさん、お待たせしました」

「いやいや、それは良いんだけどさ。まさか携帯忘れてるとはなぁ」

「ごめんなさい。私ってば忘れた事を忘れてて…」

「まぁとりあえず食おうや。この後はまた大量の書類整理が待ってるからな」

「はーい」

「うっす」



こうしてトムに促されて静雄と共に席に着き、達は3人で少し遅めの昼食を取り始める

食事中はもちろん、その後の書類整理の時間もトムと静雄と過ごす時間はにとっては穏やかで楽しく、昨夜の事件がまるで夢か何かだったような気さえした

しかし時折静雄の袖口から覗く手首や指についた傷跡が、嫌が応でもそれが現実であった事を思い出させた



「それじゃぁお疲れさまでした」

「お疲れさーん」

「気を付けて帰れよ」

「大丈夫だよ、今日はもう本当に真っ直ぐ帰るし帰ったら家から出ないから」

「そうか。なら良いけどな」

「じゃぁまた明日ね」

「あぁ、また明日」



18時を過ぎた頃、静雄とトムはまだ残業があるとの事なのでは一人事務所を後にする

人通りの多い道をマンションへと歩きながらはぐるぐると想いを巡らせた

未来はどうせ決まっている

自分が動いた所で今更未来は変えられない

変えようとすればまた不自然に記憶を失うだけだ

昨夜の事件を起こした黒幕は臨也で、臨也の目的も今後の展開も解っている

しかし臨也の思惑を知っているのに未来を変える事が出来ないのであれば、一体自分はこの世界で何をすれば良いと言うのだろうか



"自分の存在とか立場とか、そう言うものがハッキリしないと恋愛なんてとてもじゃないけど考えられないかも…"



今朝自分が静雄に伝えた言葉を思い出し、誰にともなく小さく呟く



「そうだよ、今は誰が好きとかそんな事考えてる場合じゃ無いよね…」



は自分に言い聞かせるように呟くと、一つの決意を胸に自宅へ向かう足を速めた



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「"折原臨也"って…、やっぱりおかしな名前よね」



が事務所を出たのと同じ頃

臨也のデスクに座り、夕日を背にした波江がモニタを見つめながらぽつりと呟いた



「こんな風に育ったのは偶然かもしれないけど…、自分じゃぁぴったりだと思ってるよ」



ソファに座り、将棋盤の上のオセロ、チェス、将棋の駒を不規則に並べている臨也は視線はそのままでそれに答える



「波江さんは偶然って何処まで信じる?」

「何の話?」



名前の話をしたつもりだったのに、急に関係無い方向へと話を進め始めた臨也に波江は尋ね返す



「彼等は今回の色々な事が偶然だと思っているんだろうなぁ…。あの時間帯に那須島を行く様に仕向けたのは俺なのにさ」



臨也は波江の質問に答える変わりに、昨夜の事を思い出しながらつらつらと語り始めた



「しかしアイツ本当に馬鹿だったなぁ。園原杏里の住所なんて、クラス名簿を盗み見りゃ一発だろうに。
いや、それにしてもあるって言う前提で調べると、結構あるもんだね。妖刀とか妖精と言うもんはさぁ」

「ふぅん…」

「そう、本当に偶然だったのは、那須島が俺の金を盗って逃げた時」



もはや誰の為に喋っているのか解らない状態の臨也だが、波江はいつもの事と慣れた様子で適当に相槌を打つ



「借金に追われていた那須島は、かつて自分のストーカーだった贄川春奈の親を強請り金を作ろうとした。
闇金の元締め、粟楠会から紹介され春奈の家族について調査を依頼する為にうちに来て…、用意した餌にまんまと喰いついた。
贄川春奈が罪歌だって情報は掴んでいた。那須島を捕まえて、"この野郎、俺の金盗みやがったな"って脅して、春奈を利用してやろうと思ってた」



そこまで台詞でも用意していたのかと思う程すらすらと述べた臨也は、口元に笑みを浮かべて更に続ける



「ところが…、そこにコピーじゃない本物の罪歌が現れた。ぇ?那須島がどうなったかって?」

「………」



とうとう聞いても居ない事まで勝手に喋り始めた臨也を冷ややかに見つめながら、波江は密かにため息をつく

しかし臨也はお構いなしに那須島が静雄に襲い掛かった事実を楽しそうに語り続けた

昨日臨也が送り込んでおいた人間の報告により、杏里の元から逃げ出した那須島が静雄に襲い掛かり返り討ちにされた事も臨也は知っていた



「俺としては、シズちゃんが死んでくれたら最高だったんだけど…、まぁ良いか。狙い通り、事は運んでくれた訳だし」

「狙い通り?」



壮大な独り言のつもりで一通りを聞いていた波江は、臨也がこれ以上何をするつもりなのかと思わず聞き返す

臨也は不敵な笑みを浮かべながら将棋盤上の駒をそれぞれ見下ろしている



「それで、何が貴方の狙い通りなの?」

「これで町はダラーズと黄巾賊、妖刀軍団の3つに分かれた訳だ。しかも妖刀組はダラーズにも黄巾賊にもそれぞれ潜入してると来た。
正直、妖刀組を作る事が出来れば贄川春奈でも良かったんだけどさぁ…、でも園原杏里の方が面白いよねー」

「で?」

「今は火種で充分だよ。暫く放っておけば、その火種が燻って燻って……、あぁ、俺はもう待ちきれないよ!!」



全てが思い通りになっている現状から、自分の望む結末への確信を抱いた臨也は珍しく興奮した様子で叫ぶ



「でも、黄巾賊って中学生のガキが作ったんでしょ?そんなに大したもの?」

「ガキの癖してあれだけの人数をまとめるってのが、既に脅威なんだよ」



そんな臨也とは対照的に相変わらず冷めた様子で淡々と尋ねる波江に答えると、臨也は視線を宙にやりながら意味有り気に呟いて笑った



「ま、黄巾賊の将軍とも、俺は知らない仲じゃないしねぇ…」



紀田正臣の姿を思い浮かべながら、臨也は更に盤上の駒を動かす



「こうやって見てるとさぁ、自分が神様だって言う錯覚に陥って、中々気持ち良いもんだよ?」

「………」

「三つ巴って良いねぇ。しかもリーダー同士が密接にくっついてる…」



黒のクイーンを囲むようにして並べた王の駒を見つめながら臨也は満足そうに呟き、おもむろに取りだしたライター用のオイルを盤上にぶちまけた



「神様アターック!!!!」



波江は既に臨也のやる事につっこむ気力も無いようで止める気配も無いが、臨也は構わずマッチに灯した火を見つめて妖しく嗤う



「蜜月が濃ければ濃い程、それが崩れた時の絶望は高く高く…、燃え上がるもんだよ」



そんな呟きと共に盤上に放り投げられた小さな火により机の上の将棋盤や駒は一斉に大きな炎となって燃え盛る



「ふははは!!見ろ!!駒がゴミの様だ!!!!」



実に楽しそうに何処かの大佐の様な台詞を吐き、何処からか取りだしたトランプを両手で広げてそれぞれ眺め始める



「さてと、後は駒以外のカードがどう動くかだよねぇ…。門田達に…新羅、サイモン…。えーと、キングはシズちゃんかな、やっぱ」



臨也はそう言って、静雄に見立てたキングのカードを机の上で燃え盛る炎の中に躊躇なく投げ入れた



「セルティはクイーンだなぁ。じゃぁジョーカーは…」



ジョーカーは自分のつもりでカードを眺めていたが、何故かふいにの顔が浮かびそれまで楽しそうにしていた臨也の表情が曇る

相変わらず携帯はの部屋から動いて居ない様だし、はこのままこちらと連絡を取らないつもりなのだろうか

今朝波江が言っていた通り、本当にあの馬鹿力の単細胞と共に生きる道を選んだと言うのだろうか

つい先日電話口で会話したばかりだと言うのに、が今何処で何をしていて何を考えているのか、

そんな事がついつい頭を掠める事それ自体が臨也にとっては非常に不本意で面白く無い事だった



「まぁどうでも良いや」



そんな事を考える内に急激に冷めてしまった臨也は、投げやりに呟いてカードを机に向かって無造作に投げつけた

臨也の手から離れたカードはバラバラと散らばり、数枚は炎の中へと落ちるがその大半は床へと落ちる



「楽しくなって来たよねぇ…。…君もそう思うだろ?」



一体どのカードが燃え、どのカードが生き残ったのか…

臨也は既にそれすら興味が無い様で、燃え続ける炎を見つめながら自分の傍らに置いてあった物言わぬセルティの首に向かって問い掛けた



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