家を出たは、そのまま真っ直ぐ南池袋公園へと向かった

十数分程で公園に到着し辺りを見渡すが、そこにはまだ静雄もセルティも見当たらない

それどころか罪歌に操られている人の気配も無く、これからこの場所で事件が起きるなんてにわかには信じられなかった



「………ぁ…」



は現在の時間を確認しようと鞄に手を入れ、自らの意思で机の上に置いて来た事を思い出す

携帯をわざわざ家に置いて来た理由は一つ

臨也に自分の位置が知られるのは避けたかったからだ

記憶の戻ったは、今回の黒幕が臨也だと言う事も思い出していた

が罪歌に操られていない事を臨也は知っていて、臨也はの記憶が未だに欠けたままだと思っている

臨也にしてみれば、もしが今回の事を知っていれば静雄を助ける為に静雄の元に向かう事は明白だった

が巻き込まれる可能性がある限り、罪歌に静雄を襲わせる事は出来ない

しかしはこれから起こる出来事も臨也の企みも忘れてしまったと言う

だからこそ臨也はチャンスとばかりに罪歌が静雄をこんなにも大々的に襲えるシチュエーションを作り上げたのだ



「………」



自分が不自然な程唐突に記憶を失った事が、結果としてあちらの世界で見た通りの物語へと繋がった

これはもはや単なる偶然では片付けられ無いと感じ、は思わず身震いする

何処までがそうなのかは解らない

しかしが記憶を失った事も、静雄の事務所で働くことになった事も、全ては"誰かの"作為的なものなのだろう

そんな事実に気付いてしまったが呆然としていると、ふいに誰かの手がの肩に触れた



「!?」



突然の事に一瞬飛び上がった後で勢い良く振り返ると、手の主もまた驚きと困惑の混じった顔でを見下ろしていた



「し、静雄さん……」

「お前…、何でこんな所に居るんだよ…?」

「あの…、ぇっと……」



自分を見下ろしている静雄を見上げ、ふと静雄の後方に目をやると少し離れた所にバイクに跨ったセルティの姿が見えた



「……あの野郎の差し金か?」

「っ違うよ!!臨也は全く関係無いの。携帯だって家に置いて来たから連絡も取れないし、臨也は私が今此処に居る事知らないから…」



疑う様な静雄の視線に、は首を左右に振って答える



「だったらどうしてお前が此処に居るんだよ」

「あの…、声が、したから」

「声?」

「さっき家に居る時に罪歌の声が聞こえたの。今から平和島静雄を愛する為に南池袋公園に行けって…」

「どう言う事だ…?」



訝しげに眉間に皺を寄せる静雄に、は自分の両腕を静雄に見せながら説明する



「斬り裂き魔の正体は罪歌って言う妖刀で、罪歌に斬られた人間は罪歌に操られるの。セルティさんにチャットのログ見せて貰ったでしょ?」

「何でそれを…。いや、でもお前は操られて来た訳じゃないんだろ?」

「うん………」



静雄の問いにこくりと頷いたまま地面を見つめていたは、ゆっくりと顔を上げて静雄を真っ直ぐに見つめた



「静雄さん、私静雄さんに隠してる事があるの」

「………」

「言っても多分信じて貰えないと思って黙ってたんだけど…」



はそう言うと静雄の向こうのセルティにも聞こえるように告げた



「実は私、この世界の人間じゃないの」

「…………は?」

「"!?"」



突拍子も無いの告白に首を傾げる静雄の後方で、セルティはびくりと身体を震わす

そして慌てた様子でバイクを降りて静雄の背後に駆け寄ると、恐る恐るにPDAを向けた



「"ま、ままままさか宇宙人か!?地球を、乗っ取りに来たのか!?!?"」



そんなセルティのPDAを読み、はくすりと笑う



「違うよルティさん。私は宇宙人じゃなくて異星人です」

「"異星人…?"」

「……お前…」

「なんて言ってもやっぱり信じてくれないよね。でもこれは本当の事なんだよ。さっきログ見せて貰ったの知ってたのがその証拠」

「…確かに何でお前がその事を知ってるのかは解らないけどよ…」

「後は…、今から起こる事も知ってるよ」

「今から起こる事?」

「そう。今から此処に罪歌に意識を支配された人達が静雄さんを斬る為に集まって来るの。だから私は此処に来たんだ」



静雄にそう伝えると、セルティが何かを思い出した様にぽんと手を打ってからPDAに文字を打ち込んだ



「"そうか、貴女が新羅が言ってた『静雄が連れて来た不思議な子』か"」

「不思議な子?私が?」

「"あぁ、何でもうちに来たのは初めてなのにまるで間取りを知ってるみたいにすっと玄関に向かったって…"」

「…うゎ、私そんな失態しちゃってたんだ……」



セルティの説明を読んで頭を抱えるに、静雄は改めて声を掛ける



「で、お前がその異星人だっつーのと俺達や未来の事が解るのとどう関係があるんだよ」

「それは説明するとまた長くなるんだけど…」



がそう前置きをした上で説明しようとしたその時、静雄とセルティが勢い良く後ろを振り返った



「な、何?どうしたの?」

「"罪歌達が集まって来てる…。危ないから離れた方が良い"」

「そっか、もうそんな時間なんだ…」

「とりあえずお前はその辺に隠れとけ。俺は奴等を片っ端から殴り飛ばさないといけないからよ」



そう言って指を鳴らす静雄と辺りを警戒するセルティに促され、は辺りを見回し公園の端の草むらを指差した



「ぇと、じゃぁ私はあそこで終わるまで大人しくしてるね」

「おぅ。終わったら全部聞かせて貰うからな」

「うん、それじゃまた後で」



はそう言うと静雄とセルティが見守る中草むらまで小走りで向かって行った

静雄はの背中を見送ると、セルティのバイクに跨り深く息を吐く



「"なぁ静雄"」

「ん?」

「"あの子は静雄の彼女なのか?"」

「は…!?」

「"違うのか"」

「っ当たり前だろ。つーかアイツにはクソ蟲が居るからな」

「"臨也が…?何か、複雑だな"」

「あーうぜぇ…、ただでさえ意味解んなくてイライラすんのにあの野郎のせいで益々うぜぇ!!!!」

「"ま、まぁまぁ落ち着いて。…それにしても……"」



セルティは静雄を宥めながら辺りを見回す



『静雄…愛してる……愛してる、静雄、静雄…平和島…』



気付けばセルティと静雄の周りには続々と罪歌が集まって来ていた



『愛してるわ静雄……平和島、平和島静雄……愛してる…』

「………」



静雄は黙り込んだままゆっくりと二人を取り囲む大勢の罪歌達を眺める



『会いたかったわ…、平和島静雄さん』



やがて罪歌の群れの中から代表として一歩踏み出たのは、杏里を苛めていた三人組の一人、陽子だった



『本当に素敵ね、母さんの言う通り。私の姉妹が倒された事も、私達は皆知ってる…。ネットって便利ね』



セルティと静雄が見守る中、罪歌は陽子の身体を借りたままつらつらと喋り続ける



『最初は私達の意識が言葉を覚えたりするのは大変だったけど…、もう母さんと同じ位ハッキリした意識があるの』



そう言うと、罪歌は片手でナイフを操りながら静雄に語り掛けた



『さぁ静雄さん、貴方の強さを皆の前で見せて!!そして皆で愛し合いましょう!?』

「………」

『誰にも、其処に居る化け物にも邪魔はさせないわ。お巡りさん達も来ない!今頃大忙しだからね。
此処から離れたいろいろな場所で、姉妹達が新しい姉妹を増やし続けているから!!』



勝ち誇った様に叫ぶ罪歌の声を聞きながら、静雄は無言のままバイクを降りると陽子の前に歩み出た



「…一つ聞いて良いか」

『何かしら』

「お前等よ、何で俺の事がそんなに好きなんだ?」

『強いからよ。貴方のそのデタラメな強さ…それが私達は欲しいの、人類全てを愛する為に。人間が、優秀な遺伝子を欲しがるのと同じね』



淡々と尋ねる静雄の問いに、罪歌はそう答え、更に言葉を続ける



『それに…貴方みたいな人、好きになってくれる人間なんて居ないでしょ?だけど、私達なら貴方を愛してあげられるよ?』



哀れむ様に、嘲笑う様に語りかける罪歌の言葉を聞き、静雄は声を上げて笑い出す



「っく…、はは……、っはっはっはっは!!!!」



急に高笑いを始めた静雄を心配し、セルティは慌てた様子で静雄に駆け寄った



「"しっかりしろ静雄!!駄目そうだったらお前だけでも逃がしてやるから…!!"」

「いやセルティ、正直なぁ、嬉しいんだよ俺は」

「"?"」



心配するセルティを余所に、静雄は笑いながら陽子に一歩近付く



「俺はこの力が嫌いで嫌いで仕方なかった…。俺を受け入れてくれる奴なんて、誰も居ないって思ってた…」



そして辺りに居る罪歌達をぐるりと見渡して満足そうに呟いた



「だがよ、こーんなに…、何人だぁ?ま、たくさん居る訳だ」



握り締めた右手を見つめる静雄は、何処となく嬉しそうで穏やかな表情浮かべる



「だから、もう良いんだよな…。俺は、自分の存在を認めて良いんだよな。自分を好きになっても良いんだよな…、
嫌いで嫌いで消したくて消したくてたまらなかったこの力を…。 全力出して、良いんだよな」



そう独り言のように呟いて握り締めた拳を解くと、静雄はサングラスを外しながら不敵な笑みを口元に浮かべた



「あー、因みに?俺にとってお前等みたいのは、全然、全く、これっぽっちも好みのタイプじゃ無いからよぉ」



思い思いの刃物を構え静雄を取り囲む罪歌達に向かって静雄は吐き捨てる様に宣言する



「まぁとりあえず…、臨也の次位に大嫌いだな」



ニヤリと笑ったままそう告げて、静雄は罪歌の群れ目掛けて飛び掛かった




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次々と襲い掛かる罪歌を手当たり次第に蹴散らしていく静雄を、セルティはただひたすら見つめる

人間の身体が乱れ飛ぶ様など誰がお目に掛かった事があるだろうか

性別も、老いも若きも、人数だって関係無い

静雄はただひたすらに自分に襲い掛かる邪魔者を片っ端から殴り飛ばし蹴散らして行く

そんなあまりにも非現実的な光景に、化け物と形容されるセルティですら畏怖の気持ちを抱いていた




「凄…」




草影からこっそりと様子を伺っていたもまた、セルティ同様静雄の孤軍奮闘ぶりを目の前にして息を呑む

アニメとして見ていたあり得ない光景が、今確かに目の前で繰り広げられている

半年前にセルティの姿を始めた見た時と同じ様な状況に、の胸は高鳴り自然と頬が紅潮した



"格好良い"



素直にそう感じてしまう

相手に構わず圧倒的な強さを見せつける静雄は、誰が何と言おうと間違い鳴く格好良かった



「………?」



が夢中で静雄を見守る中、ふいに罪歌達の動きが止まる

公園を埋め尽くす程の人の群れが急に動きを止めた事に、静雄もセルティも疑問を抱き同じく動きを止めた



「何かあったんじゃねぇか?」



公園の外に視線をやるセルティに、静雄は声を掛ける



「ちょっと見て来たらどうだ。どっちにしろ、お前今何もしてねーだろ?」



罪歌の一人である男の頭を踏みつけながら、静雄はセルティを促す

セルティはそんな静雄の言葉に少しの間何かを考えると、思い付いた様に手の平から影で出来た手袋を取り出し静雄に投げ渡した



「"鎌と同じ特別製だ。刃物位なら受け止められる"」



手袋を受け取った静雄は軽く微笑むと早速それを両手に嵌める



「ありがとよ」



静雄が手袋をした事を確認すると、セルティはコシュタバワーの嘶きと共に公園を後にした



「さてと…」



残された静雄は手袋を嵌めた両手を握り絞め、再び罪歌の群れを見据えたる



『愛してる』

『静雄、愛してる…』

『愛してる愛してる…静雄を愛してる……』



うわ言のように繰り返しながら尚も襲い来る罪歌に、なるべく男の顔を選んで踏みつけながら静雄は群れを渡る

途中バランスを崩して群れの真ん中に落ちた所へ、罪歌の群れが次々に襲い掛かり斬りつけて来た

しかし両腕で顔をガードしたまま一向に乗っ取られる様子の無い静雄に、罪歌達は疑問を抱いているようだった



『確かに私達の愛は刻まれたハズなのに…』

『一度傷を付ければ、恐怖と痛みを媒介して意識が流れ込むハズなのに…』

『恐怖を感じて居ないの…?』

『平和島静雄…』



明らかに同様している罪歌の群れに向かい、静雄は笑い掛け更に次々と罪歌を散らしていく



「オラオラオラオラオラオラオラァ!!」



そのまま滑り台の上まで掛け昇った静雄は、一段低い位置に居る罪歌達を見下ろすと一気に飛び上がり拳を地面に叩き付けた

風圧で大勢の罪歌が飛ばされる中、静雄は始終無言だったがには静雄が考えている事が解っていた

それはあちらの世界で見たアニメで静雄の心情として語られていた部分

実際に声は無いものの静雄の本当の心の声とも言える重要な部分だった



"勘違いしてんじゃねぇぞ…"



"皆が怖がるから、俺は誰にも愛されない…"



"笑わせんな"



"怖いのは俺の方なんだ"



"てめぇの力を抑えきれねぇで、いつも何かしくじっちまうんじゃないかって"



"そう、俺は世界一の臆病者だ"



"だがそれがどうした"



"俺が臆病なのと、てめぇらをぶちのめす事に何の関係もありゃしねぇ"



"それによ…"



"俺の事を愛してくれる奴の前で倒れる訳には行かないだろ?"



一人、また一人と静雄に襲い掛かりは殴り飛ばされて行く様子を、は目に焼き付ける様に見つめていた

そろそろ杏里が春奈を乗っ取る頃だろうか

何もかもを思い出したがそんな事を考えていると、静雄が陽子に殴り掛かろうと右腕を陽子に向けて振りかぶっていた



「ぇ?ぁ、あれ?」



しかしその途中で陽子の意識が戻り、それに気が付いた静雄は無理矢理自分の拳を止めようとする



「!!」



静雄の必死の思いが届いたのか、何とか間一髪、顔ギリギリのところで拳は止まった

目の前の拳に焦点を合わせた陽子は、突然の出来事に思わず後退り尻餅をつく

その他にも辺りでは正気に戻った人々が状況を理解出来ずに混乱して居た



「くたばった奴は一人もいねぇか…」



そんな中、静雄は周りを見渡しながらホッとしたような顔を見せる



「っは…ははっ……あっはっはっは!!!!」



やがてその場に座り込み腹を抱えて笑い出した静雄を陽子が不思議そうに見ていたが、静雄は構わず自分の拳を見つめて満足そうな笑みを浮かべた



「やっと…、やっと俺の言う事を、聞いてくれたな」



握った拳を見つめながら、静雄は穏やかな笑みを浮かべると小さく呟いた

今まで罪歌に操られていた人が何が起きたのか解らず騒然とする中、草陰に隠れていたも静雄の元へと駆け寄り静雄に声を掛ける



「静雄さん、お疲れ様!!」

「おぅ、大丈夫だったか?」



座り込んでいる静雄の背後から声を掛けると、静雄は座ったまま振り返りを見上げた



「うん、罪歌は静雄さんにしか興味ないみたいだったから私の方は全然平気だったよ」



は答えながら静雄の前に回りこむと、自分もその場にしゃがみ込み鞄を漁り始める



「はい、それじゃぁ腕出して」

「お前何でそんなもん持ってんだ…?」



が鞄から取り出したのは応急処置用の消毒液や絆創膏で、疑問符を浮かべる静雄には説明する



「言ったでしょ、何が起きるのか知ってるよって」

「………」

「静雄さんが怪我はするものの最終的には無事な事も解ってたからこそ今まで大人しく隠れてたんだもん」

「いや、無事なの解ってるんだったらどうしてわざわざ来たんだよ?」

「んー…。実際に静雄さんが戦う所を見たかったのと…、こうやって静雄さんを手当てする為、かな」



静雄の頬や腕に出来た傷をガーゼで拭いながら、は笑う



「何でだよ…」

「ん?」

「これくらいの傷放っときゃ治るのに…」

「……ねぇ、静雄さんがさっき考えてた事、当ててあげようか」

「ぁ?」

「皆が怖がるから、俺は誰にも愛されないなんてふざけるな、何より怖いのは俺の方なんだ…」

「………お前…」



先程自分が考えていた事をそのまま口にするに、静雄は流石に驚きを隠せない様子で目を見開く

そんな静雄を見て小さく笑うと、は静雄の頬に絆創膏を貼り付けた



「静雄さんの事怖がってる人ってたくさん居るだろうけど、でも静雄さんは結構色々な人に愛されてると思うんだ」

「何で…そんな事解るんだよ」

「解るよ。だって向こうの世界でたくさん見て来たんだもん。静雄さんが本当は争いを好まない優しい性格なのも知ってる」

「…、……」

「さて、とりあえず応急処置はこんな所にして、此処だとゆっくり話せないし移動しよっか」

「あぁ…」



罪歌に操られていた人達も徐々に減り始める中、に促され静雄はゆっくりと立ち上がり辺りを見渡した

足元でごそごそと救急セットを鞄に戻すを見下ろしながら、胸ポケットにしまっていたサングラスを掛ける



"貴方みたいな人、好きになってくれる人間なんて居ないでしょ?"



ふいに罪歌に言われた言葉を思い返した静雄は、口元に笑みを浮かべて心の中で呟く



"案外そうでも無いらしいぜ…?"



「ん?静雄さん今何か言った?」

「いや、何でも」

「そう? よいしょ…っと。それじゃぁ行こうか」

「あぁ」



鞄を肩に掛けて立ち上がったと共に、地面のあちこちが凹んでいる以外はまるで何事も無かったかのように静まる公園を後にした



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