「…ぅー…もうこんな時間か…」



早朝

ベッドの上に座りながら、は眼を擦る

結局昨晩も熟睡は出来ず、夜中に何度も目を覚ましてしまった

ぼやける頭で携帯の画面を見ながら、はため息をつく



「………」



昨日は臨也に"起きちゃったら電話する"等と冗談交じりに言ったものの、

実際に真夜中や明け方に連絡する事など到底出来なかった

はゆっくりとした動作でベッドから降りると、その場で一つ伸びをしてカーテンを開ける

外は気持ち良さそうに晴れ渡っていたが、初めて一人で向かえる朝はあまり楽しいものでは無かった



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折角なので今日こそはと時間に余裕を持って事務所へと向かうと、階段前で丁度静雄と鉢合わせた



「よぉ」

「ぁ、おはよう…ございます」



静雄は普通に声を掛けるが、昨日臨也に"警戒心を持て"等と言われたせいかは思わず言葉を詰まらせる

そんなの様子に気付いた静雄は首を傾げてに尋ねる



「どうした?」

「ぅ、ううん。別に何も無いよ?」

「…本当か?」

「…うん……」

「まぁ良いけどよ。とりあえず中入るか」



呆れ顔の静雄に促されて階段を上がり、二人は事務所に入る

事務所には人の気配は無く、トムはまだ出勤していないようだった

は鞄をソファに置くと、テーブルでも拭こうかと布巾を片手に流し台のある部屋へと向かった



「うゎ、吸殻がこんなに…」



流し台の近くには煙草の吸殻をとりあえず放り込む為の大きな缶が置いてあり、は中身を見て思わず呟く

男しか出入りが無い為仕方ない事なのかもしれないが、事務所内には今すぐにでも掃除したい箇所がいくつかあった

は今日から暫くの間はこの事務所の中を徹底的に片付けなければと決意すると、一度静雄の居る部屋へと戻る



「静雄さん、駄目だよ吸殻あんなに溜めたら」

「ん?あぁ、そういや捨ててなかったな」

「これからは私が処理するけど、捨てる時はちゃんと水に浸してね」

「悪ぃな、気をつける」

「うん。 …そう言えばトムさん来ないね?」



時計に目をやりながらが首を傾げると、静雄は思い出したように携帯を取り出した



「そういや今日午前中は来れないってメール来てたっけな…」

「そうなの?それじゃぁ特にする事無いなら私この事務所の掃除したいなぁ」

「良いんじゃねーか?特に何かしとけとは書いてないし」



静雄はそう言って携帯を閉じると、隅にあるロッカーを開けて中からバケツなどを引っ張り出す



「ぁ、一応掃除用具はあるんだ…」

「おぅ。まぁ滅多に使わないけどな」

「いやいや、使おうよ」



こうして二人は揃って12時までの3時間を丸々事務所掃除へと費やした



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「うん、結構綺麗になったかな?」



床掃除やごみ捨てなど粗方の作業を終えたは絞った雑巾を窓辺に干しながらふぅと息を吐く



「静雄さん、ちょっと休憩しよっか」

「そうだな」

「今お茶入れてくるね」

「おぅ」



はそう言うとすっかり綺麗になった流し台へと向かい、二人分のお茶を用意する

お盆に乗せたお茶を持って戻ると、窓際で煙草を吸っていた静雄もソファに移動した



「はいどうぞ」

「サンキュ」

「綺麗になったからお茶も一層美味しい気がするよね」

「まぁ慣れない事して疲れたけどな」

「あはは、お疲れ様」

「………」

「どうしたの?」



暫く二人でのんびりとお茶を飲みながら雑談していると、静雄はふいにの顔を見つめた

が首を傾げると、静雄は湯のみを置いての顔をまじまじと眺めたまま尋ねる



「お前…、昨日も寝れなかったのか?」

「ぇ?」

「顔色悪いぞ」

「嘘、そんなに酷い?」



静雄に言われが慌てたように両手で顔を押さえると、静雄は無言で頷く

そんな静雄の仕草には肩を落とすと、やがてぽつりぽつりと呟く様に話し始めた



「…何か…、予想以上にトラウマになっちゃったみたいなんだよね…」

「まぁいきなり斬り付けられたらそうなるよな」

「うん…。でも自分では大丈夫なつもりだったんだ。斬られたのは確かに怖かったけど、まさか夜も眠れない程とは思わなかったよ…」

「いや、そんなの普通だろ?」

「そうなのかな…。なんか最近自分の平凡さや弱さを感じる事が多いから、それが辛いって言うか情けなくて……」

「………」



そう悔しそうに呟くを見つめながら、静雄は一つため息を吐くと自分の隣にあったクッションをに投げ渡した



「うゎっ、と…?」

「とりあえず、ちょっと寝とけ」

「ぇ?いやでも…」

「良いから。そんでトムさん来るまでにその顔どうにかしろよ」

「………解った」



は急な静雄の言葉に戸惑ったものの、やがて素直に頷くと抱えていたクッションを枕にしてゆっくりと横になる



「静雄さん」

「ん?」

「ごめんね、有難う」

「……あぁ…」



弱々しく呟かれたそんな言葉に静雄が短く言葉を返すと、は目を閉じ程無くして寝息を立て始めた



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「………」

「………」



事務所内に時計の秒針との寝息だけが響く中、静雄は考え事をしながらの姿を眺める



「………」



今朝の余所余所しい態度とは別に、が出会った時から何かを隠している事には気付いていた

それが何かはもちろん解らないが、人に言えない事など誰にでもあるし特に気にする必要は無いと思っていた

しかし、が隠している"何か"を、恐らく臨也は知っているのだろうと思うとそれは何となく面白くない

自動喧嘩人形などと呼ばれ恐れられている自分と普通に接してくれるを、臨也の様な人間には渡したくなかった

この何の変哲も無い、至って平凡なと一緒に居れば、自分も平和で穏やかな人生が遅れるのでは無いか…

知り合ったばかりではあるが、こんな事を考える程度には静雄はに純粋な好意を抱いていた



「ん…」



静雄がぼんやりとそんな事を考えていると、が小さな呻き声を上げて身じろいだ



「…、…ゃ…」



ソファに仰向けになっているの顔は苦しそうに歪められ、眉間には皺が寄っている

どうやらうなされているらしいを見て、静雄はソファから立ち上がりが寝ているソファまで歩み寄った



「……っ…、」



斬り裂き魔に襲われた時の夢を見ているのか、明らかに安らかとは言えない寝顔を見下ろし静雄はの寝ているソファに腰を掛けて肩を揺する



「…おい、大丈夫か?」

「…やだ……っ」

「おい…」

「嫌ぁぁっ!!!!」

「!?」



叫び声と共に勢い良く飛び起きたは、混乱した様子で目の前の静雄に縋る様にしがみ付いた

静雄は咄嗟にの身体を抱き止め、背中に両腕を回したまま腕の中でかたかたと震えるを見下ろす



「…?」

「……静雄、さ…」

「……、」



まるで子供の様に目に涙を浮かべて自分を見上げるに、静雄は思わず動きを止める

しかしはそんな静雄の様子に気付く事無く、静雄にしがみ付いたままきょろきょろと辺りを見渡した後で再度静雄を見上げた



「ぁ…、あれ…?夢……?」



そして自分が静雄に抱き付いている事に気付き慌てて離れようとするが、背中に回された静雄の両腕のせいで身動きが取れない



「…ぇと……」



戸惑いながら静雄を見上げても静雄は固まったまま動かず、は静雄の腕の中で首を傾げた



「静雄さん…?」

「…、悪い……」



の声で我に返った静雄は、気まずそうに呟いての身体を開放する

静雄から離れたはそのまま静雄の隣に腰を下ろすと首を振って苦笑した



「ううん。あの、ごめんね、私変な夢見てて…」

「あぁ、うなされてたからな」



なるべく明るく笑い飛ばそうとするものの二人の間には何とも気まずい雰囲気が流れ、二人は互いに座ったまま視線を反らす



「ぉ、起こそうとしてくれてたんだよね…?」

「ん?あぁ…、」

「……ぇーっと…」

「………」

「………」

「おはよーさーん」



いよいよ会話が続かなくなりが困っていると、遅れて出社して来たトムが事務所内へと入って来た

何も知らないトムは二人並んでソファに座っている気まずい雰囲気の漂う静雄とを見て驚いた様に動きを止めた



「ぁ、トムさん…、おはようございます」

「…おはよう、っつーかちゃん何で泣いてんの?」

「っと、あの…、何でも無いんです…」



トムが涙目で顔を赤くしているに気付き尋ねると、は慌てたように目元を拭う

そんなの仕草を見たトムは、静雄の方に顔を向けて眉を顰めた



「おい静雄、いくらなんでも事務所内で無理矢理は駄目だろ…」

「……は?」

ちゃんも嫌なら嫌ってちゃんと言わないとなぁ」

「なっ…!?トムさん何か誤解してませんか!?」



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「何だ、俺はてっきり朝から二人して一仕事終えたのかと思って焦ったわ」

「ひ、一仕事って…」

「んな訳無いじゃないすか…」



盛大に勘違いをしていたトムにと静雄が慌てて事の経緯を説明すると、事実を知ったトムは豪快に笑い飛ばして腕を組んだ



「しっかしあれだな、抱き合った程度で顔赤くするなんて二人ともお子様なのは舌だけじゃないんだな」

「っ仕方ないじゃないですか、免疫無いんですから!!」

「そうなの?ちゃん可愛いしモテそうだからハグくらい慣れてると思ったんだけどなぁ」

「残念ながらそんな事一切ありません…!!」

「ふぅん…?そんじゃちょっと失礼してっと…」



トムは言うが早いか、素早くの側に歩み寄ると腕を掴んで引き寄せの身体をぎゅっと抱き締めた



「!?!?!?」



突然の事に硬直したまま顔を赤くするの顔を覗き込み、トムは感心した様に頷く



「お〜、本当に免疫無いんだなぁ」

「…何してるんすかトムさん」

「ん?だって静雄ばっか良い思いしてずるいじゃんよ」



トムはを抱き締めたまま静雄に向かって悪戯に笑い掛ける



「まぁあんまりやるとセクハラで訴えられちゃうからこの辺にしとくかね」



そう言ってから離れると、トムは静雄との肩を同時に叩いた



「つー訳で、そろそろ真面目にお仕事しますか」

「………」

「………」



赤い顔のままのと複雑そうな顔の静雄は、互いに顔を見合わせるとため息交じりに苦笑した



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「それじゃぁお疲れ様でした」

「お疲れ様っした」

「おぅ、お疲れさん」



夕方

定時を迎えと静雄は揃って事務所を後にする



「それじゃぁ静雄さん、また明日ね」

「送らなくて平気か?」

「大丈夫だよ、すぐ近くだもん」

「いや、近くても最近黄巾賊とか何だとかで色々物騒だろ」



そう言って静雄が辺りを見渡すと、静雄の存在に気付いた何名かのチンピラがぎくりとして足早に去って行く



「そんなに心配してくれなくても人通りの多い明るい道歩いて寄り道せずにすぐ帰るから平気平気」

「……、」



そう言って胸を張るに静雄が何かを言おうとすると、静雄の携帯がメールの着信を告げた

言い掛けた言葉を飲み込みメールを確認すると、静雄の眉間に僅かに皺が寄る



「どうしたの?」

「いや…、首無しライダーって居るだろ」

「うん、セルティさんだよね?」

「ん?セルティの事知ってるのか?」

「あ、あぁうん。ホラ臨也から聞いてるし、半年前のあの夜私もあそこに居たから…。実際会った事は無いんだけどね?」

「そうか…。で、そのセルティがお前と同じくこの間斬り裂き魔にやられたんだと」

「…セルティさんも……?」

「あぁ。だからセルティとお前の敵討ちって訳じゃねーけど、とりあえず見つけてぶっ潰そうと思ってよ」

「…セルティさんを……斬り裂き魔が…」



静雄の説明を聞き、の頭がぐらりと揺れ、杏里が那須島に迫るセルティの首を撥ねた場面が脳裏に浮かんだ

臨也の金が入ったケースを奪って逃走した那須島をセルティが追っていたあの時、背後からセルティに斬りかかったのは春奈では無く杏里だったハズだ

何故杏里がセルティに襲い掛かったのか

何故セルティは那須島を追っていたのか

何故那須島は臨也の元から金を盗み出したのか…

一つ一つの事象を遡る様に、は今まで忘れていた事を思い出し顔を上げて呟いた



「そうだ…、何で忘れてたんだろう……」

…?」

「…っ静雄さん。私今すぐ帰らなきゃいけなくなったから帰るね!!」

「は?」



そんな突然の言葉に疑問符を浮かべる静雄の背後に回り、はぐいと静雄の背中を押す



「だから静雄さんはセルティさんのとこに早く行ってあげて」

「ちょっ、おい…」

「それじゃぁまたね!!」



背中を押された静雄が横目で背後のを伺うと、は踵を返して走り去ってしまった



「何なんだよ…」



残された静雄はサングラスを直して呟くが、とりあえずの言葉通りセルティの元に向かった



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帰宅したは慌しく昨晩臨也のアドバイス通りに書いておいた紙を掴んで机に向かう



「ぇっと、杏里ちゃんがセルティさんを襲ったのは那須島を助ける為で、

セルティが那須島を追っていたのは臨也が那須島の前にわざと大金入りのケースを放置して那須島がまんまと嵌って盗んだから、

それで臨也が那須島にお金を盗ませたのは那須島を脅して罪歌である春奈を動かそうとしたからで…」



次々に思い出した部分を空白部分に書き出しながら、は更に今日この後何が起こるハズだったのかを思い出して行く

確かこの後は静雄がセルティと合流し、絡んで来た法螺田を殴った後で罪歌を探す為に池袋をバイクで見回るハズだ

そして同時刻に杏里が罪歌に襲われそうになり、ワゴンに乗った門田達が杏里を助ける為に罪歌をワゴンで撥ねる

撥ねられた罪歌…、もとい春奈の父である贄川修二は、操られたまま立ち上がり再び杏里に襲い掛かる

そこにセルティと静雄が駈け付け、罪歌は静雄にワゴンの扉で潰されるのだ



「で、その後に静雄さんが臨也に会いに新宿に行って…」



スラスラとペンを走らせながら呟いて、はふと手を止める

この記憶が確かならば、春奈の罪歌が静雄を斬る為に各地で罪歌の子に小さな事件を起こさせていたハズだ

そうやって警察の手が回らない状況を作り出した上で、南池袋公園で静雄に一斉に斬り掛かる

静雄の安否は知っている通りならば特に心配する必要は無いが、そんなことより気になる事が一つあった



「私も…操られて静雄さんを襲いに行ったりしないよね……?」



自分の両腕の傷を見ながらはごくりと息を呑む

罪歌は痛みや恐怖を媒介にしてその人の精神を乗っ取ると言う設定だったと思う

しかしが斬られた時には特に乗っ取られたような感じはしなかったし、以前臨也に伝えた通り罪歌の声も聞こえなかった



「でもそれが証拠になるとは限らないし…」



実は既に自分も操られていて、この後静雄に斬り掛かる様な事になったらどうすれば良いのだろうか

は不安に思いながらふと時計に目をやった

時刻は20時少し前を指している

恐らく今頃は襲われかけていた杏里を門田達が助けた頃だろう



「まぁ…考えてても仕方ないか……」



そう呟いてひとまず覚えている限りの事を書き出してしまおうと再度机に向かったその瞬間だった



『愛してるわ…静雄……平和島静雄…』



突然脳内に響いた声に、は目を見開く



『…南池袋公園で愛するの……静雄を愛する……平和島静雄を…』



罪歌の声は子である罪歌達を誘導しようと囁くが、の身体が勝手に動き出す事は無かった



『どうして…?どうして操られないの……?どうして……痛みも恐怖も感じているのに…?』



親である罪歌は操られないに驚いた様子だったが、ふと何かに気付いたのか独り言の様に呟く



『そう、良いわ…人間じゃないなら……愛する必要も無いから……』



脳内に直接響いていた罪歌の声は、そんな言葉を残して消え去った



「………」



声が消え、しんとした部屋の中では呆然としたまま自分の腕を見つめる



「…人間じゃないって……何…?」



罪歌が残した言葉の意味が解らずは呟くが、罪歌がそれに答える事は無かった



「……行かなきゃ…」



やがては立ち上がり鞄を肩に下げる

そして手に取った携帯を鞄にしまおうとしたところで、ふと思い留まると携帯を机の上に置いたままで家を後にした



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