「静雄さんて、凄いよね」

「は?」

「だって、10Kgのお米にペットボトル3本にその他色々で20Kg位あるのに片手って…」



スーパーで食料の調達を終えて家に戻る途中

手ぶらのは隣を歩く静雄をまじまじと眺めて感心したように呟く



「力持ちなのは知ってたけど、改めて目の当たりにするとやっぱりちょっとびっくりするね」

「別に、こんくらいなら誰でも持てるだろ」

「そうなのかな?男の人の平均的な腕力とか知らないから良く解らないなぁ」



は自分の両手を見つめながら首を傾げた



「そういや腕は大丈夫なのか?」

「うん、痛みはもうほとんど無いよ。傷はまだ治ってないからちょっと見た目があれだけど…」



そう言っては長袖を捲くって静雄に腕を見せる

の言う通り両腕には複数の傷が残っており、静雄はその痛々しい傷跡を見て若干眉を顰めた



「跡、残らないと良いな」

「新羅さんは大丈夫って言ってたよ。でも嫁入り前なのに文字通り傷物になっちゃったなんてちょっと悲しいかも…」

「嫁入りって…、お前まさかあいつと結婚する予定でもあるのか?」

「はい!?」



袖を元に戻しながら呟くを横目で見ながら静雄が尋ねると、は盛大に噴出した後で静雄を見上げた



「無いよ無い無い!!何言ってるの!?」

「…無いのか?」

「当たり前でしょ!?今までの人生でお付き合いとかした事一度も無いのにそんないきなり結婚とか…!!」



明らかにうろたえながら弁解するの言葉を聞いて、静雄は意外そうに呟く



「そうか。意外だな」

「え?」

「いや、だから付き合った事ないって言うのが意外っつーか…」

「な、何で…」

「ん?だってお前…ぁー…、…面白いし」



本当ならば"可愛い"と言おうとした言葉を咄嗟に飲み込んで、静雄は答える



「いやいや、私なんかを面白がるの静雄さんくらいだよ」

「そうなのか?」

「いや…、まぁ臨也も面白がってる節はあるけど……」



複雑そうな顔でそう呟いて、は首を左右に振った



「とりあえず、誰かとお付き合いする予定も、ましてや結婚する予定も全然無いから!!」



キッパリとそう告げた後で、はふと何かに気付いた様な表情になると気まずそうに視線を反らして呟いた



「って…、別にこんな事静雄さんに宣言するような事じゃないけど」



必死になってしまった事が恥ずかしかったのか、仄かに顔を赤くするの横顔を見下ろして静雄は黙り込む

静雄が普段接する機会のある女と言えば、人間では無い首なしのセルティか、会話内容が良く解らない狩沢、

もしくは取立てに行った先々で出くわす水商売の女や取立て対象の女だけだった

思ってみれば元来の人見知りに加え忌々しい力のせいで人が寄り付かない事もあり、静雄が"普通の女"と会話をするのは初めてに等しい事だ

だからこそ、良い意味で至って普通であるの行動の一つ一つが静雄には嫌に新鮮に感じた

とは言え、自分を怖がらないと言う意味では普通とは言い難い様な気もする

静雄はの小さな歩幅に合わせて歩きながら、の頭上にある疑問を投げ掛けた



「なぁ」

「ん?」

「お前、俺の事怖かったりしねぇの?」

「ぇ?ん〜、どうだろう…。今のところは特に怖いとは思ってないけど…」



は静雄を見上げながら曖昧に答える



「でも静雄さんが目の前でキレ始めたら流石に怖いんじゃないかなぁ」

「そうか」

「だから、私は静雄さんを怒らせないように頑張るから、静雄さんもなるべく怒らないようにしてね」

「…やっぱお前変わってるわ」



にこにこと笑いながらそんな事を言って見せるを見下ろしながら苦笑する静雄の顔は、何処となく嬉しそうだった



「よーし、我が家到着!!」



程なくしてマンションに到着し、が鍵を開けると静雄も後に続いて再びの部屋へ上がる

静雄が購入したものを袋ごと机の上に乗せると、は静雄に向かってぺこりと頭を下げた



「お疲れ様でした」

「おぅ」

「それじゃぁ買った物片付けちゃうから、ちょっと待ってて貰って良いかな」

「ん、まだ何かあるのか?」

「何が?」

「いや、待てっつーから」

「ぇ?だって夕飯食べて行くかなーと思って。ぁ、もしかしてこの後何か予定あったりした?」



当たり前のように答えながら、は買って来た食材を片付け始める



「いや、別に予定は無ぇけど…」

「だったら一緒に食べようよ。お礼って言える程の物は作れないけど、それなりに腕には自信あるんだよ」



米びつに米を移しながら無邪気に笑い掛けるを、静雄は無言で見下ろした



「…駄目?」

「駄目っつーか、問題あるだろ。色々」

「問題?」

「だから…、…」



まるで警戒心の無いに、一体どう説明すれば良いのか解らず静雄は言い淀む

別にをどうこうしようと言う気は無いが、だからと言って男である自分が女であるの家に長居するのは好ましい事では無いだろう

しかもは腹の立つ事に恐らく臨也の事が好きなのだから、益々自分はこの場に居続ける訳には行かない

別に臨也に遠慮してやる必要は無いのだがこのままと二人きりで過ごすのは不味い様な気がする

何がどう不味いのかは自分でも良く解らないが兎に角不味いものは不味い



「っだぁぁああぁもう面倒臭ぇな!!」



暫く色々と考えて何とか言葉にしようと試みるがどうしても気まずさと恥ずかしさが付きまとい、静雄はやがて吹っ切れたように叫ぶとをびしっと指差した



「お前、馬鹿だろ!!」

「はい!?いきなり何で!?」

「馬鹿だから馬鹿って言ってんだよこの馬鹿!!」

「ばっ、馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ!?」

「俺も馬鹿だけどお前はもっと馬鹿だ!!そんな訳で大馬鹿者なお前に一つだけ忠告しておくけどな…、独り身の女が男を家に長居させようとすんな!!」

「ぇ…っと……え?」

「つー訳で、俺もう帰るから」



突然の事に驚いた顔しているを見て静雄はため息交じりに呟くと、玄関へと続く扉に手を掛けたところでふと足を止める



「おい」

「?」

「別にお前が嫌いとかじゃないから、勘違いすんなよ」

「ぅ、うん…」

「じゃぁまた明日な」



そう言い残すと、静雄は手を掛けていたドアを開けて玄関に向かい、が見送る間も無く家を後にした



「………」



一人残されたは遠ざかってゆく静雄の足音を聞き届けると、ふと前にも遊馬崎にも同じ様な事を言われたのを思い出した



"あんまり男を信用し過ぎちゃ駄目っすよ?"



遊馬崎に言われた言葉の意味は良く解らなかったが、先程静雄に言われた言葉も恐らく同じ様な意味なのだろう

でも自分は今日一日色々と付き合わせてしまったお礼にと思っただけで、そこに特別な気持ちは無かった

単純に友達として、同僚として取った行動だったのに、一体何がいけなかったと言うのか…



「……難しいなぁ…」



は独り言を呟いて、ふらふらとベッドに歩み寄ると勢い良くベッドに倒れ込んだ

暫くそのままベッドに伏せていると急に携帯が鳴り響き、はびくりと硬直した後慌ててベッドに投げっ放しだった携帯を手にする



「もしもし…」

?』

「あぁ、臨也…」



電話を通して聞こえてきた臨也の声に、はホッとして思わずため息をつく



『何そのため息』

「ううん、何か安心しちゃって」

『何が?』

「何でもない。って言うかそれよりこの部屋何なの」

『あぁ、気に入ってくれた?』

「いや気に入るとかそんな事よりひたすらびっくりしたよ」



はそう言って脱力気味に苦笑する



「でもまぁ、ありがとね」

『どういたしまして』

「…ところでどうしたの?」

『どうしたのって?』

「いや、急に電話して来たから…」



が答えると、臨也は不満そうな声でそれに答えた



『どうしたもこうしたも、部屋を見て驚いたが電話して来るのを待ってたのに全然掛かって来ないからさ』

「ぁ…、ごめん。すぐさま掛けて問い詰めようとは思ったんだけど…」

『けど?』

「あの、ぇっと…、静雄さんも一緒だったから…」



何となく後ろめたい気持ちでが告げると、臨也は一瞬押し黙った後で面白く無さそうに呟いた



『別にが誰連れ込もうと勝手だけど、シズちゃんって言うのは趣味悪いと思うよ』

「っ連れ込むとかじゃなくて!!静雄さんは社長さんに言われて荷物運んだり買い出し手伝ったりしてくれただけだよ」

『ふぅん。それで?』

「それでって言われても、さっき食料の買い出し終わって帰っちゃったけど…」

『そう』

「……臨也、何か怒ってる?」

『別に怒ってないよ。…まぁ呆れてはいるけど』

「な、何でよ…」



言葉の通り呆れた様な口調でため息交じりに答える臨也にが尋ねると、臨也はそのままの調子で淡々と答えた



『一人暮らしの女が知り合って間も無い男を上がらせるって、ちょっと危機感足りないんじゃないの?』

「いやそんな大袈裟な…」

『だから、そうやって誰にでも警戒心ゼロなのが危ないって言ってるんだよ』

「…それ、実は似たような事を遊馬崎くんにも静雄さんにも言われたけどさ……」



ついに臨也にまで同じ様な忠告を受け、はベッドの上で寝返りをうって天井を仰ぐ



「信用するなとか警戒しろとか言われても良く解らないよ…」

『全く、経験無さ過ぎるのも考え物だよねぇ』

「…だって私皆の事知ってるんだもん、警戒するなって言う方が難しいと思わない?」

『だとしても、昨日言ってた通りは別に全てを知ってる訳じゃないんだから気をつけなきゃ駄目でしょ』

「ぅー……」



は尤もらしい臨也の言葉に納得したのか、小さく頷いた



「やっぱり慣れない内は男の人にはなるべく近付かない方が良いって事かなぁ…」

『まぁの場合はその方が無難なんじゃない?』

「でも今の所私が一番接近してるのって臨也なんだけど…」

『俺は良いの』

「何で?」

『何でも。そんな事よりちょっと聞きたいんだけど…』



の問いに答えになっていない答えを返すと、臨也はが反論する前に別の話題を持ち出した

その話題は今噂になっている斬り裂き魔の事で、はこれからまた一騒動が始まる事をおぼろげながらも思い出し、臨也の話に耳を傾けた



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「斬り裂き魔か…、悪ぃが心当たりねぇな」



が臨也と電話をしている丁度その頃、の家を出て一度事務所へと戻った静雄はセルティに呼び出されて首都高速道路沿いに来ていた



「"そうか…"」

「お前、ダラーズの為にそんなに肩肘張る事無ぇんじゃねーか?」



静雄がセルティに進言するように尋ねると、セルティは小さく頭を振った



「"ダラーズの為だけでも無いさ。私とアイツは、ちょっとした因縁があってな"」



セルティはPDAに打ち込んだ文字を静雄に見せながら、斬り裂き魔に教われた時の事を思い出す

あれは臨也の元から大金入りのアタッシェケースを持ち出した那須島を追っていた時の事

路地裏に逃げ込んだ那須島を追い詰めケースを取り返そうとしたその瞬間、何者かに急に首を斬り付けられたのだ

真っ赤な目をした人物はすぐに逃げてしまったが、その時の様子を思い出してセルティは打ち込んだ文字を静雄に見せる



「"私が首無しじゃなかったら死んでいたところだ"」

「お前な…」



何処か自嘲気味にそう呟くセルティの様子を見て、静雄は表情を一変させるとセルティに背を向けた



「馬鹿って言う方が馬鹿っつーけど俺は馬鹿で良いから言わせて貰う」



先程に言われた言葉を思い出しながらそう呟くと、静雄は再度セルティの方へ向き直って怒りを露にした



「馬鹿!!それを先に言えよ!!良し殺す、絶対殺す、確実に殺す、メラッと殺す!!!!」



急にヒートアップした静雄を前に、バイクに跨ったままのセルティは慌ててPDAを打つ



「"いやホラ、私は首無しライダーだから。全然平気だから!!"」

「いやいやいや、そう言う問題じゃないから。刃向けたイコール万死だろ普通」



静雄はセルティの弁解も聞かず、バイクの後ろに勝手に跨ると"殺す殺す殺す殺す…"と物騒な言葉を呟き始めた



「"仕事は!?今休憩中だろ!?"」

「いーよそんなの」

「"おいおい、私の為にクビになるなんて許さないぞ?それに斬り裂き魔を探すにはまだ色々と情報が必要なんだ"」



セルティは慌てた様子のまま、今にも爆発しそうな静雄に向けて必死にPDAを見せる



「"とりあえず準備を済ませるから、待ってくれ!!"」

「…解った……、だがなるべく早くしてくれよ」



セルティの必死の説得に応じ、静雄はバイクから降りると抑えられない怒りを殺す殺すと相変わらず物騒な呟きへと変えてその場を去って行った

こうして何とか静雄を宥めたセルティは、静雄の背中を見送ってからその場を後にした



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「やぁ、君から会いに来てくれるなんて嬉しいよ」



セルティがやって来たのは臨也の事務所で、セルティを迎え入れた臨也はソファ前のテーブルに紅茶を置いてPCデスクに移動する

首が無い事も紅茶など飲めるハズが無い事も承知の上で差し出されたそれを眺め、セルティは臨也に顔を向けた

椅子に座った臨也はセルティが話し始める前に世間話とでも言う様な調子で尋ね掛ける



「所でどう?首は見つかった?」



臨也のわざとらしい質問も、まさか自分の首を所有しているのが臨也とは知らないセルティは軽く受け流す



「"首の事は良いんだ。単刀直入に言うぞ。斬り裂き魔の事を知りたい"」



そしてPDAに打ち込んだ文字を臨也に向けると、臨也はPCデスクに肘を付いたまま指を3本立てて見せた



「3枚で良いよ」



セルティは影の中から財布を取り出すと、臨也の言い値通り万札を3枚机の上に投げ置いた

臨也はその様子を眺めながらからかう様に声を掛ける



「それにしても、服も財布も影なんだねぇ。ひょっとして、強い光を当てたら影が消えて素っ裸になっちゃったりするのかなぁ?」

「"見たいのか?"」

「別に?俺は何処かの闇医者や学生みたいな変態とは違って、首無しとか首だけに欲情したりはしないから」



淡々と聞き返すセルティに対し臨也が馬鹿にした様な口調で首を振ると、セルティの左腕から影が伸び臨也の首に巻き付いた

鋭い先端が臨也の目の前に迫るが、臨也は不敵な笑みを浮かべたままセルティを見つめる



「"私は良い。次に新羅を貶めたらタダじゃおかない"」

「愛し合ってるねぇ…」



セルティの新羅を庇う台詞を聞いた臨也は白々しく呟いた後で更に続ける



「でもさぁ、もし他のデュラハンが現れて誘惑されたら、案外コロッと心を奪われたりして…」

「"それは無いと思いたいけど…、それならそれで…"」

「新羅を殺して君も死ぬ?」



セルティの言葉のすぐ後に付け足すように尋ねた臨也の言葉は、まるでその言葉が聞きたくて仕方ないと言う様だった



「"いや…、近付けないだけさ。私以外の首無し女をね"」



しかしセルティは首を振り、まるで呟くような仕草で至って冷静に答える

そんなセルティの様子見て、優しげな表情でセルティの言動を見守っていた臨也の顔が僅かに曇った



「"今は私もアイツの事が好きだから…"」



そう言ってソファの上で足を抱えるセルティを、臨也は大声で笑い飛ばした



「くっ…、あっはっはっはっは!!こりゃ驚いた!!また随分と人間らしくなったもんだ」



楽しそうに笑う臨也は立ち上がるとPCデスクの前に移動し、デスクに寄り掛かって尚もセルティに皮肉を投げ掛ける



「でも、気を付けなよ。君が人間に近付く程、首を取り戻した時のギャップは大きくなるかもしれないんだからさ」

「"そんなのは、首を取り戻してから考えれば良い。いや、正直もう別に首は無くても良いとさえ考えている…"」



忠告なのか皮肉なのか解らない臨也の言葉に動じる事なく、セルティは独り言のように文字を打ち込むと顔を上げて臨也の方を見た



「"そんな事より、今は斬り裂き魔の情報を寄越せ。金を受け取っておいて何も無いとか言うなよ?"」



ようやく会話が当初の目的へと戻ると、臨也はセルティの座っているソファに同じく腰掛けた



「大丈夫だって。警察やマスコミやネットにも流してないとっておきの情報がある」



臨也はそう呟くと意味深な笑みを浮かべてセルティの顔をヘルメット越しに見つめた



「実は、君が来るのを待ってたんだよ」

「"どういう事だ"」

「今回の事件は魑魅魍魎の世界だからさ…。罪歌って一振りの刀を知ってるかい?」

「"罪歌?"」

「信じ難い話だけど、罪歌はかつてこの新宿に実在した妖刀でね」

「"妖刀…?村正ブレードみたいなのか?"」

「そう。妖しい魔力を持つ刀…」



臨也がそう言ってセルティに語り始めたのは、持ち主の心を乗っ取って操ると言う罪歌の伝承についてだった



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一通り話を聞いたセルティが自宅へと戻った後、臨也はPCデスクの上に通話状態のまま置きっ放しにしていた携帯を手に取って電話の向こうに問い掛けた



「どう?何か思い出した?」

『んー、臨也の台詞しか聞こえないから微妙だったけど…、でも確かにこんな場面を見た気はする、かも』



電話越しに臨也とセルティの会話を聞いていたは、あまりスッキリしていないような声で答える



『でも駄目、記憶が曖昧すぎて上手くまとまらないし思い出せないや…』

「そう…。それなら一度紙にでも覚えている範囲の事を書き出してみたら?」

『紙に?そっか、そうだよね。とりあえず今覚えている事をこれ以上忘れるのも嫌だし、ちょっと頭の中整理してみようかな』

「うん、それが良いよ」



臨也が椅子に腰掛けての言葉に頷くと、は思い出したように"でも…"と続ける



『その前にご飯食べなきゃ。夕飯の支度しようとしてたのにそのままだしいい加減お腹減っちゃった』

「そっか、邪魔して悪かったね」

『ううん。何か丁度色々混乱してたから、臨也と話せて良かったよ』



そう言って笑うの声から、臨也はが今どんな表情をしているのかを容易に想像する事が出来た

それは半年も一緒に過ごしていれば当然の事で、ましてや日頃から他人の顔色や声色を読む事に長けている臨也には簡単な事だった

電話越しの声から少し恥ずかしそうに笑うの顔を想像すると、ふいに波江に言われた言葉が頭を過り臨也は一人息を呑む



"言い方を変えた所で愛しているって事に変わり無いわね"



あの時波江の口から出た"愛している"と言う単語には、一体どのような意味が含まれていたのだろうか

自分は心の底から人間を愛している

人間と言う対象への飽くなき興味と探求心は未だに尽きる事を知らない

そして愛しているからこそ自分の思う通りに動かそうと企み、もっともっと知りたいからこそ好き勝手に干渉する

臨也にとってはもそんな"人間"の内の一人だ

半年も一緒に居れば情が移るのは人間として当然の事で、自身がに少なからず情がある事は自覚していたが臨也はそれを愛情だとは思っていなかった



「………」



今電話の向こうで微笑んでいるであろうの顔が見たいと思うのも、

平和島静雄やその他の人間と関わって欲しくないと思うのも、

全ては人間への愛と言う歪んだ好奇心がそうさせているだけだ



『臨也?どうかした?』

「いや…。ねぇ

『何?』

は妖精とか妖刀とか、宇宙人とかそう言う人外の類では無いんだよね?」

『は?』

「存在していた次元が異なるだけで、自身は人間だよね?」



何かを確認するように尋ねる臨也の問いに、は戸惑いながらも電話越しに頷いて答える



『当たり前でしょ?私には何の力も無いもん。それはもう悲しい位に普通の人間だよ』

「そうだよね。それなら良いんだ」

『何?一体何の話?』

「気にしないで良いよ。それじゃぁ俺もそろそろ夕飯にでもしようかな」



の言葉を流しながらそう呟いて立ち上がると、臨也は窓の外を眺めた



『ぁ、臨也も夕飯まだだったんだ?』

「うん、今日はちょっと立て込んでてね」

『波江さんはもう帰っちゃったの?』

「もちろん。いつも通り定時になったらさっさと帰っちゃったよ」

『そっか…。そこの事務所、無駄に広いから一人だと寂しく無い?』



何気ないのそんな問いに、臨也は寂しい訳無いだろうと言い掛けて口をつぐみ、ぽつりと呟く



「半年前までは大丈夫だったけど、今は静かなのがちょっとだけ落ち着かないかもね」

『臨也……』

「そう言うこそ俺が居なくて寂しいんじゃない?」



返って来るのはどうせ"そんな事無いよ"とか"大丈夫だよ"と言う言葉に決まっているのに、

何のつもりでそんな事を聞いたのかは自分でも解らなかった



『うん…。実は結構寂しいかもしれない…』



しかしから返って来たのは意外にも予想とは違う答えで、臨也は思わず聞き返す



「どうしたの?自棄に素直じゃない」

『だってこの世界に来てから何だかんだ毎日誰かと一緒に居たから、一人がこんなに寂しいとは思わなかったんだもん…』

「…だからシズちゃんの言う事なんか放っといて此処から通ったら良かったのに」

『ううん、それじゃぁ駄目なんだよ』

「何で?」

『何でも』



は先程の仕返しとばかりにそう答えて、少しだけ得意そうに笑う



「ふぅん、まぁ良いけど。それじゃせいぜい夜中に飛び起きないようにね」

『大丈夫。もし起きちゃったら真夜中だろうと明け方だろうと臨也に電話するから!!』

「そうならない事を祈ってるよ」

『あれ、突っ込み待ちだったのに…』

「まぁシズちゃんなんかに電話されるよりは良いからさ」

『静雄さんにそんな非常識な時間に電話出来る程図太く無いですー』

「それなら良いんだけどね」

『全くもう…。じゃぁとりあえずおやすみ、また何かあったら連絡するね』

「うん、おやすみ」



こうして随分と長い通話を終えた臨也は、携帯を片手に自室への階段を上がる



「………」



部屋に入った臨也がベッドに仰向けに寝転がると、ふと部屋の隅に置かれた布団が目についた

半年の間が我が物顔で使用していたそれを横目で眺めながら、臨也は暫く何かを考え込んでいたがやがてゆっくりと目を閉じた



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