「もしもし臨也?今上がらせて貰ったよ」

『あぁ何だ、随分早かったね。って言ってももう18時半か』



事務所を出て少し歩いた所で、は臨也に電話を掛ける

臨也も外に居るようで、電話の向こうは少々ざわついていた



「うん、臨也は今何処に居るの?」

『何処だと思う?』

「ぇ、いや解らないけど…」

『そっか。じゃぁ後ろを向いてごらん』

「後ろ?」



臨也の言葉に従いは後ろを振り返る

しかし背後には誰も居ない



「誰も居ないじゃん」



からかわれた事に多少むっとしながら前を向くと、目の前で臨也が悪戯な笑みを浮かべてを見下ろしていた



「っ…」

「驚いた?」



驚いて目を見開くを満足そうに眺めて、臨也は首を傾けて尋ねる



「驚いたよ!!…でもどうして私が此処に居るって解ったの…?」

「簡単な事だよ。はGPSって知ってる?」



子供に尋ねるような調子で臨也に問われ、がハッとした顔で手にしていた携帯を見ると臨也は満足そうに頷いた



「うん、正解」

「プ、プライバシーの侵害だ…!!」

「仕方無いでしょ?異次元からやって来た俺の秘密を最大限知るちょっと抜けた居候が何時何処で事件に巻き込まれるか解らないし」

「ちょっと抜けたって失礼な…。ぁ、でもそっか。だから昨日私が電話した時"何でまだ池袋に居るの"って聞いたんだ…」

「そう言う事。まぁ結局襲われて両腕怪我して挙句の果てには他の男の所に行っちゃった訳だからあんまり役には立たなかったけどね」



やれやれと肩をすくめる臨也に、は決まりが悪そうに視線を反らして呟く



「他の男ってそんな…」

「しかもよりにもよって何でその相手がシズちゃんなんだか…」

「そ、そんな深いため息つかないでよ。勝手な事して悪かったってば」

「本当にそう思ってる?」

「思ってる思ってる。超思ってる!!」

「そう。それじゃ帰ろうか」



臨也の質問にが勢い良く首を縦に振ると、臨也はにっこりと笑っての左手を取って歩き出した



「か、帰るって何処に?」



引きずられるように臨也の後をついて歩くに、臨也はさも当然のように答える



「もちろん新宿だけど?」

「ぇ?ちょっ、でも私もう…」

「解ってるよ。でも荷物置きっ放しなんだから取りに来ないといけないでしょ?」

「あぁ、うん…。それは今度取りに行こうと思ってたけど…」

「だから今日これから取りに来て泊まって行きなよ。どうせ今日はまだ部屋用意出来て無いんだからさ」



そんな臨也の台詞を聞き、はきょとんとした顔で立ち止まった後に思わず臨也の手を振り解いて後ずさる



「……まさか盗聴まで…!?」

「やだなぁ、俺がそんな事する訳無いでしょ?」

「いや、臨也ならやりかねない。て言うかGPSも盗聴もあんまり変わんないし!!」

「安心して。シズちゃんとこの会社と提携してるマンション管理の会社が俺のお得意さんってだけだから」

「あぁ、そうだったんだー…、って。臨也に情報流してる事が問題なんじゃないの…?」



あっさりと笑いながら答える臨也だが、お得意様だからと言って入居者情報が漏れている事には思わず突っ込む



「まぁそれは置いといてさ」

「またそうやってはぐらかす…」

「良いからさっさと帰ろう。今日はあんまり長居すると面倒な事になるから」

「ん?それってシズちゃん…じゃなくて静雄さんの事?」

「それもあるけど…、今日はもっと別の事」



そう言うが早いか、臨也は片手でタクシーを止めると半ば無理矢理を乗せて自分も乗り込んだ

臨也が運転手に住所を告げて車が走り出した所で、臨也がに尋ねる



「て言うか、何でわざわざ"静雄さん"なんて言い換えたの?気持ち悪い」

「だって、普段から気をつけてないと本人にも言っちゃいそうで怖いし…」

「良いじゃない、言ってみたら?」

「やだよ、こっちでまで死にたくないよ」



無責任に笑う臨也に膨れたまま首を振り、は一つ息を吐くとシートに体重を預けて目を閉じた



「どうしたの?」

「ごめん、ちょっと眠くて…」

「あぁ、昨日は久しぶりに一人だったから寂しくて寝れなかったとか?」

「うーん…それもあるけど、切り裂き魔に襲われたのが何かトラウマみたいで全然寝れなかったんだよね」



溜め息混じりに説明すると、臨也は一瞬眉をひそめた後でに尋ねた



「そう言えば両腕は?」

「うん…、昨日シャワー浴びた時はかなり染みたけど、今は割りと大丈夫」

「それなら良いんだけど。にしてもどうしては切り裂き魔と接触した訳?」

「ん、実は昨日臨也の所に戻ろうとしてたら目の赤い男を見掛けたんだ。で、罪歌が誰か襲う気なら止められないかなって思って…」



は目を閉じたままぽつりぽつりと呟く様に話す



「自分でも無意識の内に後つけてたんだけど、でも罪歌には気付かれてたみたい。本当は静雄さんの事探してたらしいんだけどね」

「………」

「それで逃げようにも力入らないし叫ぼうにも声出ないし、斬られて倒れてたら静雄さんがたまたま来てくれたんだ」

「たまたま、ねぇ…」



の話を聞いていた臨也は何処か釈然としない様子で呟いた



「そう言えば臨也は罪歌の事って何処まで知ってるの?」



運転手に聞こえないように小さな声でが尋ねると、臨也もややトーンを落としての質問に答えた



「ある程度は知ってるよ。無機物の癖に人間を愛してやまないふざけた妖刀で、斬り付ける事で子を増やして行くって言う…」



珍しく苦々しげに呟いた臨也は、ふと何かに気付いたように動きを止めてを見た



「…そう言えば斬られたのに平気なの?」

「あぁ、うん大丈夫。斬られた時に何も聞こえなかったから、多分私は乗っ取られて無いと思う」

「声?」

「何か罪歌に切られると傷口から愛を囁く声が引っ切り無しに聞こえるって話だったような気が…」

「へぇ…」

「あれ、でもこれ臨也に教えない方が良かったのかな…」

「大丈夫でしょ。むしろ俺だったら向こうで見た展開に積極的に介入するけどなぁ」

「臨也ならそうだろうね…、平凡な私にはそれは無理だよ……」



が臨也の言葉に脱力気味に呟いたところで、タクシーが事務所前へと到着した

タクシーを降りた二人は事務所へと戻り、は早速寝室に置いたままの自分の荷物をまとめ始める



「ねぇ



ふと、珍しく難しい顔をしたまま、臨也がに声を掛ける

は手を止めて臨也の方を振り返った



「何?」

「そう言えば、を主人公にしたアニメあったでしょ」

「あぁ、うん。平凡少女だよね」

「あれって結局話の中でが死ぬ事も無ければ異次元に飛ぶ事も無く普通に終わったよね」

「うん…、あの日は私狩沢さんの家に居て一緒に最終回見てたけど、そんな感じだったねぇ」

「その後続きをやる訳でも無いし、原作はそもそも存在しない…。これは俺の推測だけど、ってもう元の世界から切り離されたんじゃない?」



臨也の口から出た思い掛けない言葉に、は驚いた顔で固まる



「切り離されたって…どう言う事?」

「だからさ、"平凡少女"の世界から居なくなって、"デュラララ"だっけ?まぁとにかくこっちの世界に定着したんじゃないかって事」

「いや、そんな突拍子も無い…」

「だってそうでもなきゃ単なるイレギュラーの存在であるが罪歌に襲われる必要なんか無いでしょ」

「それはたまたま…」

「…は昨日赤い目の男を見掛けるまでは普通に此処に戻って来るつもりだったんだよね?」

「ぇ?うん、そうだけど…」

「でも途中で"偶然"そいつを見掛けて、自分でも良く解らないけど後を追ってて、襲われて"偶然"シズちゃんに助けられて…」

「うん」

「それで新羅の所で治療を受けて、帰りに"偶然"シズちゃんに会って、運良く仕事を紹介して貰える事になった訳だ」

「うん…」

「どう考えても偶然で片付けるには出来すぎてない?」

「確かに…、思い返せば思い返す程不自然過ぎるような…」

「まるで漫画みたいだよねぇ?」



臨也はそう呟いて腕を組む



「うーん…、言われてみれば確かに漫画みたいな展開かも…」

「でしょ?だから、はもうこっちの登場人物の一人になってるんじゃないかと思ったって訳。そうすればこの急展開にも納得出来るしね」

「………」



臨也の説明を聞いたが何かを考えるように黙り込んでいると臨也の携帯が鳴り響き、それを確認した臨也が顔を上げた



「ねぇ、園原杏里って知ってるよね?」

「うん、知ってるよ」

「あの子を苛めてる3人組についても知ってる?」

「うん…」

「その3人組が今さっき罪歌に斬られたみたいだよ」

「ぇ?」

「園原杏里もその場に居たけど何故か無事だったみたいだね…、今は警察に事情聴取受けてる頃かな」



そう言って携帯をカチカチと弄りながら臨也は立ち上がると、部屋を出てPCデスクの前に座った

も後に続き臨也の後ろからPCを覗き込む

臨也がアクセスしたのはいつものチャットルームで、臨也がログインするとそこには既に"田中太郎"と"セットン"がログインしていた



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

甘楽:みなさんこんばんわー♪

セットン:ばんわー

田中太郎:こんばんは。甘楽さん

甘楽:聞きましたー?w

甘楽:ついさっき来良学園の生徒が斬り裂き魔にやられたって!w

田中太郎:え?ホントですか?

セットン:物騒ですねぇ…

甘楽:マジマジの大マジンですよ!

甘楽:1年生の女子生徒だって!

田中太郎:すみません。

田中太郎:ちょっと電話するんでROMります。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜内緒モード〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

甘楽:安心しなよ

甘楽:君の彼女じゃないらしい。

田中太郎:どうも。でも、一応心配なんで。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



セットン:ん〜

セットン:どの辺か分かりますか?

甘楽:えっと、

甘楽:首都高沿いの地下鉄東池袋駅から少し行ったところなんですけど、

甘楽:あの辺りに行けば、パトカーとか集まってるからすぐわかると思いますよ

セットン:そうですか…

セットン:あ、すいません

セットン:ちょっと、落ちますね

甘楽:セットンさん、野次馬ですかー

――セットンさんが退室しました

甘楽:あー、もう!

田中太郎:すいません

田中太郎:わたしも落ちます



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜内緒モード〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

甘楽:えー

甘楽:電話つながったんですか?

田中太郎:それが今警察だとかで……

田中太郎:現場を目撃しちゃったみたいで……

田中太郎:ちょっと行ってきます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



――田中太郎さんが退室しました

甘楽:あ....

甘楽:じゃあ私も♪

――甘楽さんが退室しました

――現在チャットルームには誰もいません

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帝人とセルティとのやり取りを終えた臨也は、一つ息を吐いて顔を上げると振り返ってを見上げた



「何?その微妙な表情」

「いや…、ネカマを実際に目の前にすると結構気持ち悪いなーって…」

「気持ち悪いだなんてさん酷いですっ、甘楽泣いちゃいますよー?」

「ひぃぃぃ」

「まぁ冗談はさておき、どう?この展開にも覚えはある?」



臨也が尋ねると、は頭を捻りながら腕を組んだ



「ある…にはあるんだけど…」

「だけど?」

「…半年も経ったせいか記憶がおぼろげと言うか…何かモヤが掛かったみたいと言うか…」



は必死で現在の出来事起きている場面を思い返そうとするが、どうしてもぱっとは思い出す事が出来ない



「…あれ?……どうしよう…、何でだろう…?1期頃の事はすぐにでも思い出せるのにその後の2期の事はあんまり思い出せない…」

「……、」



頭を抱えるに臨也が声を掛けようとすると、誰も居ないハズのチャットルームの入室音が鳴った



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

――罪歌さんが入室しました

罪歌:今日。

罪歌:斬た。

罪歌:斬るた。

罪歌:違た。

罪歌:もっと、

罪歌:強い、

罪歌:愛、

罪歌:望む、

罪歌:望む、

罪歌:は、

罪歌:欲しい、

罪歌:人間 強い

罪歌:だれ 聞く?

罪歌:聞きた、い

罪歌:誰?強い

罪歌:池袋

罪歌:望み

罪歌:欲しい


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「コイツもまぁ良くも飽きずに…」



臨也はその後母、母、とエンドレスで呟き続ける罪歌を眺めながらため息をつくと、頭を抱えたままのに声を掛けた



?」

「臨也…、どうしよう…。私本当にこっちの世界に取り込まれちゃったのかな…、覚えてるハズなのに。忘れるハズ無いのに…」



不安げに呟くを座ったまま見上げていた臨也は、椅子から立ち上がるとに問い掛ける



「…ねぇ、何でそんなにうろたえてるの?」

「ぇ?」

は元々向こうの世界よりこっちの世界に来る事を望んでたんでしょ?だったらむしろ喜ぶべきじゃない」

「………」

「もし俺の推測通りがあちらの世界から切り離されてこちらの世界に定着したんだとしたら、もう戻る方法を探す必要だって無いんだよ?」



はそんな臨也の問いに対する答えを考えながら、頭を抱えていた腕を解いて俯いた



「確かに…そう、なんだけど……」

「まぁそうなった所で国として認められるの存在を証明する物が無い事には変わり無いけど、
そんなもの無くても医者なら新羅がいるしお金の事なら気にしなくても良いよ?」

「…でも、」

「ん?」

「でも私が向こうの世界で見た事全部忘れちゃったら、私の存在価値なんか無いんだよ…?」

「は?」

「私がこの世界に来て今まで暢気に過ごしてこれたのは、きっと私がこっちに来た意味とか役目があると思ってたからだもん…」

「役目ねぇ」

「それで…、その役目が終わったら元の世界に戻っておしまいだと思ってて…」

「あれだけ帰りたくないような事言ってたのに?」

「元の世界に戻りたくないって言うのは、もちろん本音だよ…?」



は臨也の顔を見上げて弱々しく呟いて再度視線を足元に向ける



「でも…、それでも何処かで"どうせ戻らなきゃいけないんだ"って思ってた……」

「………」

「…だからこそ、どうせ戻るならって思って半年間臨也のお世話になったり、狩沢さんや門田さんにも迷惑掛けて…」

「なるほど、、、」

「それなのに…、これがもし"実はもう戻れません"なんて事になったら…、私一体どの面下げて皆に謝ったら良いのか……」



そう俯いたままつらつらと自分の思いを吐露していた声は次第に震え、の目には涙が浮かぶ

それはがこちらの世界に来て初めて見せる涙で、臨也は少し驚いた様な顔でを見つめた



「ちょっと…」

「………」

「…?」

「………」

「………ぁーもう…」



必死で涙を堪え様とするに業を煮やしたのか、臨也は一瞬葛藤した後での身体をやや強引に抱き寄せた



「…臨也……」

「何?」

「…私、自惚れてたよ……、違う世界に来たからって何かが起こせる訳じゃ無いのにね…
少し先を知ってるだけなのに…、全部解った気になって、臨也にも偉そうな事言ったりして……」

「…俺はそんなの別に気にして無いけど?」

「でも…、でも…っ」

「はいはい…。もう良いからいい加減好きなだけ泣いたら?どうせ今まで無意味にずっと我慢してたんでしょ」

「だっ、て…、だってぇ………」



臨也の一言で今まで溜め込んでいた物が溢れたのか、はとうとう臨也の胸に縋り付いて泣き出した



「全く、世話が焼けるんだから…」



自分の腕の中で泣き続けるを見て臨也はため息混じりに独り言を呟くと、の頭を優しく撫で続けた



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