朝 それまでぐっすり寝ていたの身体がぴくりと動く もぞもぞと寝返りを打ち、むにゃむにゃと何かを呟いた後で再び寝息を立て始めるが、 暫くするとまたくるりと寝返りを打って仰向けになり、ふいにぱちりと目を開いた 「………」 目を覚ましたは天井を見上げながら、寝惚けた頭で朝が来た事を認識する そしてゆっくりと顔を左側に向けると、ようやく至近距離から自分を観察している臨也に気付いた 「おはよう」 「いざや…」 は横になって肩肘を付いた体勢で自分を見ている臨也を見て、深い溜め息をつく 「やだなぁ、爽やかな朝からそんな深い溜め息ついてどうしたの?」 「何を抜け抜けと…、って言うか何でにまた人の布団に潜り込んでるの!!」 勢い良く身体を起こし、は布団に横たわる臨也に向かって叫ぶ 「何の為に私がわざわざ毎日ベッド下に布団敷いて寝てると思ってる訳?」 「何の為って言われてもねぇ。俺は別に一緒に寝れば良いと思ってるし実際何回もそう言ったよね?」 「っだからこっちこそ何回も言ったけどそんな訳にはいかないでしょ!!」 「何で?」 「な、何でって…。そんなの普通に考えて年頃の男女がお付き合いもしてないのに一緒のベッドで寝るなんてありえないでしょ!?」 「半年前は初めて来た人の家で無防備にがんがん寝てた癖に、そんなとこだけ今更常識人ぶられてもねぇ」 「ぁ、あの時は色々あって疲れてたから…」 「俺だって昨日は色々あって疲れてたよ?それでそうやって疲れて帰って来てみれば部屋は真っ暗だし居候は先に爆睡してるし…」 そうわざとらしく嘆いて見せながら、臨也は気だるげに上体を起こす 「だ、だからって何も人の布団に潜り込んで来なくても…」 は布団をばふばふと叩いて抗議するものの、臨也は素知らぬ振りで立ち上がるとその場で一つ伸びをした 「て言うか別に襲った訳じゃなくてちょっと添い寝した程度でそんな怒らなくても良くない?」 「そりゃ臨也はそう言うの慣れてるかもしれないけど…!!」 「まぁ否定はしないよ。でもが思ってる程遊んで無いんだけど」 「そんな事はどうでも良いの!!兎に角駄目なもんは駄目!!」 臨也を見上げながら顔を赤くして断固拒否の姿勢を崩さないに、臨也は首を傾げながら問い掛ける 「、俺の事嫌い?」 「…っ、解ってる癖にそんな事聞くな!!そうやってしおらしくすれば私が折れると思ってるんでしょ!?」 恥ずかしさと混乱で半ば自棄になったの言葉に、臨也はすかさず答えて笑った 「バレた?」 「…臨也の馬鹿っ!!家出してやる!!!!」 そう涙目で言い捨てると、は洋服と荷物を掴み、上着を羽織るとそのまま臨也の事務所を飛び出す 一人残された臨也は、ドアの閉まる音を聞きながら何処と無く嬉しそうな様子で小さく笑みを漏らした 「家出って…、自宅気取り?」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「と、まぁそう言う訳で飛び出て来ちゃいました」 「うーん、何か痴話喧嘩にしか聞こえないけど…」 臨也の事務所を出たは、近くのデパートのトイレで着替えるとそのまま狩沢の家へと押し掛けた はこの半年の間、主に臨也の事務所に居候しながら時折狩沢の家に泊まったり朝までワゴン組と出掛けたりして過ごして来た 今ではすっかり臨也に対しても先程の通り敬語を使う事も無くなり、当初の目的である"元の世界に戻る事"も忘れているような気さえする 「そんなんじゃないよ!!からかわれてるだけって言うか…。臨也の性格は狩沢さんだって知ってるでしょ?」 「まぁ多少なら噂に聞いてるけどね。でもさ、っていざいざの事好きなんでしょ?」 「…まぁ……、キャラ的には正直すっごい好きだけど…」 「だったら私も一緒に寝る位良いじゃん、って思うけどなぁ。むしろラッキー!!みたいな?」 狩沢はニヤニヤと笑いながらの肩をつつく しかしは首を左右に振って項垂れた 「好きだからこそ駄目なんだよ…。今ですら帰りたくないのに、それに慣れたら本気で帰れなくなっちゃう…」 「そっか、まぁそうよね…。でもそれちゃんといざいざに説明したの?」 「ううん。それを説明しちゃうと臨也の事だからあえて帰りたくないと思わせようとしてくるかなって思って」 「あー、確かに」 「そうしたら私きっと抗えないもん。臨也が嘘でも何でも私に残れって言うなら私きっと残っちゃうもん」 は項垂れた頭を抱えながら床に転がる 「そんなに好きなんだねぇ…」 「まぁ好きって言うか萌えって言うか…。これが"平和島静雄"でも"門田京平"でも同じ事なんだけどね」 「でもでもぉ、話聞く限りいざいざもの事好きだと思うよ?」 「やめてー、ホントに帰れなくなる!!」 「良いじゃん良いじゃん。ドタチンは反対するかもしれないけどさ、私とゆまっちだってには帰って欲しくない訳だし」 ごろごろと床を転がるを眺めながら、狩沢は明るく笑う そんな狩沢を見上げながら、は小さく唸った 「うぅ…、でも私はこの世界じゃ仕事も出来ない家も借りれない生産性の無い荷物以下の存在だもん…」 「そこはホラ、それこそいざいざに嫁いじゃえば解決じゃない?」 「とっ!?いやいや嫁ぐとかそんな事無理無理。臨也が所帯持ちとか想像出来ない…」 身体を起こして身震いするを見て、狩沢は確かにね、と一頻り笑った後で首を傾げた 「ぁ、ところでさ、ダラーズの集会があった日あったじゃない」 「え?うん、あったねぇ」 「あの時から"半年くらいする事無い"って言ってたけど」 「うん」 「そろそろその半年だよね?」 「そうだね、昨日が丁度半年だったかな?」 は携帯のカレンダー機能を開きながら確認する 「そろそろ何かあるの?」 「うーん…、やっぱり詳しくは言えないんだけど、今また切り裂き魔の事が話題になってるでしょ?」 「あぁ、なってるなってる」 「その切り裂き魔関連でまた日一騒動あるんだけど、でも正確な日にちまで覚えてないんだよね…」 携帯を閉じて両腕を組むの横で、狩沢は携帯でダラーズの掲示板を確認して呟いた 「何か切り裂き魔の正体はダラーズだ、とか色んな噂飛び交ってて嫌な感じよねー」 「うん…」 狩沢の問い掛けにの顔が曇る 「どうしたの?」 「…ごめん、ちょっと色々考えちゃって」 「あまり思いつめちゃ駄目だよ?がいくら色々知ってるからって下手に手を出したりしたらが危ないかもしれなんだから」 狩沢はの気持ちを見透かすように釘を刺すと、空になったコップを持って立ち上がった 「おかわりいる?」 「ぁ、ううん。今日はもう戻ろうかな」 「戻るって、新宿に?」 「うん…、飛び出しちゃった手前ちょっと気まずいけど…」 「大丈夫だよ、きっといざいざもの帰りを待ってるって!!もしまた喧嘩しちゃったらいつでもいらっしゃい」 「ありがと、それじゃぁお邪魔しました。また今度ね」 「気をつけてね、暗い道とか裏道通らないで人通りの多い道歩くんだよ」 「狩沢さんお母さんみたい」 「ぇー、お姉さんって言ってよ」 「あはは、ごめんごめん。それじゃぁまたね、お姉ちゃん」 「またね〜」 手を振る狩沢に見送られ、は狩沢の家を後にすると駅に向かって歩き出した 時刻は16時を少し過ぎた頃で、辺りは日が落ち始め街頭の灯りがを照らす 「………」 は真っ直ぐ新宿に帰るつもりで駅に向かっていると、雑踏の中でふと人通りの少ない路地が目に入った 「ん…?」 そこで偶然目に留まったのは一人の男性で、路地裏へと進むその男の目が紅く光っている事に気が付きは思わず足を止めた 「あれは……罪歌…?」 は息を飲んで男の消えた路地を見つめると、やがてそのまま男の後を追って路地へと足を進めた こっそりと気付かれないように男の後をつけるの心臓は、緊張のせいかバクバクと煩い 切り裂き魔の正体が贄川春菜の操る罪歌である事を知っているのは、今の時点では自分だけだ 今から誰かが襲われるのだとすれば、どうにかそれを止められないものか は先程狩沢に言われた言葉を振り切るように、夢中で男の後を追った ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ やがて男が角を曲がり、もそれに続く しかし角を曲がった瞬間、目の前には今まで追っていた男がを見下ろして笑っていた 「っ…!?」 「貴女、さっきからワタシに何の用?」 「………」 男は首を傾げながら虚ろ気にを見下ろしたまま女口調で尋ねる 「自分から近付いて来るなんて、余程ワタシに愛されたいのね」 一歩、また一歩と近付いて来る男を前には震える足で後ずさる 物語として見ていた時には解らなかった、異形の存在への恐怖が身体中を支配して行く 怖い、怖い、怖い 今すぐ此処から逃げなければいけない事は解っているのに、身体は固まったまま動かない 助けを呼ぼうとしても、声を発する事すら出来ない 後を追わなければ良かった、見て見ぬ振りをすれば良かった 頭を巡るのはそんな後悔と目の前の男への恐怖ばかりだ 「いいわ、本当は平和島静雄を探していたんだけど、ついでだから貴女も愛してあげる…」 男は手にしていたナイフを愛しそうに撫でてけたけたと笑った 「さぁ、ワタシ達の仲間になりなさい!!」 男の振り上げたナイフが、咄嗟に顔を庇うように上げたの腕を切り裂き、の血がコンクリートの壁にぴしゃりと張り付く 「これで貴女もワタシ達と一緒…。仲良くしましょう?母さんの為に、愛の為に!!」 男、もとい男を操っている罪歌は尚もをナイフで斬り付け、はついに地面に倒れた 嫌だ、怖い、痛い、助けて、助けて、誰か、誰か、誰か…!!!! 痛みと恐怖で朦朧とする中、は頭の中で必死に叫ぶ しかし声にならない言葉が辺りに届く事は無く、再度男が振り上げたナイフをに突き立てようとした瞬間、男の身体は宙を舞った 「おい!!大丈夫か!?」 低い声と共に暖かい感触がの腕を包む 痛みに耐え切れず顔を歪めたまま何とか目を開けると、そこには静雄の姿が見えた 「…静………」 「しっかりしろ、今救急車呼ぶから」 そう言って携帯を手にする静雄の言葉を聞き、は目を見開く 「駄目…っ」 「は?」 「駄目…、病院は、駄目だから…新羅、さんとこ……に」 どう見ても緊急事態であるにも関わらず、は病院は駄目だと首を振る 「っおい!?…くそっ」 静雄が事情を聞く前には意識を手放してしまい、迷っている静雄の耳にパトカーのサイレン音が届く 通り魔らしき男は自分が殴ったせいで気絶してしまっているし、警察にこの現場を見られれば自分が疑われる事は間違い無い 静雄は舌打ちを一つしての身体を抱きかかえると、通り魔を残してその場を後にした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「……ん…」 が次に目を開けた時、最初に目に入ったのは新羅の顔だった 「あぁ良かった、具合はどう?何処か痛む所はあるかい?」 「あれ、私……」 どうして新羅が目の前に居るのか、ぼんやりとする頭で考えるに新羅が説明する 「覚えてない?通り魔に襲われてた君を静雄くんが助けて此処まで連れて来たんだよ」 「ぁ…そっか……」 「何故か君が病院でなく僕の所に連れて行けって言うから連れて来たって静雄くんは言ってたけど…、僕と君って面識あったかな?」 腕を組んで首を傾げる新羅の前で、は身体を起こしてから首を左右に振った 「ごめんなさい。私が一方的に知ってるだけなんですけど、どうしても病院には行けない事情があったからつい…」 「まぁこれでも医者の端くれとしては怪我人を放っておく訳にもいかないし治療はしたけど…。良かったらその事情とやらを聞かせて貰えるかな?」 新羅の言葉には無言で頷くと、ふと辺りを見回した 「あの、シズちゃんは?」 「しずちゃん?…静雄くんなら仕事があるからって戻ったけど…、静雄くんは君の事知らないって言ってたよ?」 「あぁ、えっと…」 訝しげにを見つめる新羅に、はどう説明したら良いのか少し悩んだ後、ぽつりぽつりと話し出した 「まず、ですね。私はと言って池袋に来たのは半年前位なんですけど、池袋に来たのは偶然で…。 突然この街に放り出されて路頭に迷っている所をゆまっちと狩沢さんに拾われて、門田さん達にお世話になって…、 色々あって今は狩沢さんの家に泊まったりしつつほぼ臨也の家に居候してるような状態で…」 「なるほど…、だからさっき静雄くんの事を"シズちゃん"なんて呼んだ訳だね」 「あ、あぁ、はい。そうです、その通りです。新羅さんの事を知っていたのもシズちゃんって言ったのも全部臨也と一緒に居るからです」 うっかり静雄の事を向こうの世界で呼んでいた癖で"シズちゃん"と呼んでしまった事について、は内心慌てながらも何とか誤魔化す 「そっか、でもそれ本人の前で言っちゃ駄目だよ。多分すっごく怒られるからね」 「は、はい。気をつけます」 「でも折原くんの所に居候の女の子が居るなんて知らなかったなぁ。池袋にはどうして来たの?さっき偶然って言ってたけど…」 「それが、私も良く解って無いんです。ある日目を覚ましたら池袋に居たって感じで…。今は臨也にお世話になりながら帰る方法を探してて…」 「帰る方法?」 「あぁ、いやその…、私の帰るべき場所はちょっとこの日本国内では無いと言うか何と言うか…」 「うーん…、良く解らないけど、まぁ良いか。とりあえずは傷が浅いようで良かったね。これなら跡も残らないと思うよ」 「そっか、私怪我したんだっけ…。ぇえと、有難う御座いました」 は新羅に言われて包帯の巻かれた両腕を確認し、ぺこりと頭を下げると、新羅はに向かってにこりと微笑んだ 「いえいえ、お礼なら静雄くんに言ってあげて。ぁ、請求は折原くんに回しておけば良いのかな?」 「……ぉ、お幾らですか…?」 恐る恐るが尋ねると、新羅はひらりと請求金額の書かれた紙をに差し出した 受け取ったは書かれている数字を見て頭を抱える 「高っ…!?!?」 「ごめんね、僕の場合闇医者で非合法だから保険料3割とか適用外なんだ」 「うぅ…、仕方ないです…。私どうせ保険証無いから普通の病院行っても同じようなものだろうし…」 「まぁ静雄くんと折原くんの二人に免じて、支払いについては今すぐじゃなくても良いよ。何だか訳ありみたいだしね」 「有難う御座います…。なるべく早く返せるよう頑張ります…」 は新羅に再度お礼を言いながらベッドを降りて立ち上がった 「あの、それじゃぁ今日はとりあえず戻ります」 「大丈夫?池袋駅までなら送って行こうか?」 「いえ、大丈夫です。シズちゃ…じゃなくて静雄さんにもお礼言いたいし、帰りがけに探しながら帰ります」 「そっか、それじゃぁ気をつけてね。さっき襲われたばかりなんだし、通り魔がまだウロついてるかもしれないから」 「はい。本当に色々有難う御座いました、それじゃぁ失礼します」 床に置いてあった荷物を手に取り、は新羅に向かって頭を下げた そして部屋の扉を開けた後、玄関まで案内しようとする新羅の前を通り過ぎはそのまま玄関へと向かう 「奇々怪々…いや、妖異幻怪かな?」 まるでこの家の間取りを知っているかのように、迷う事なく玄関に辿り着いたの後ろ姿を見送った新羅は玄関で一人首を捻った ‐NextEp12‐ |