真夜中と言う事もあり人の気配の無い駅前で、は壁に寄り掛かりながらぼんやりと空を見上げる

こちらの世界に来てから色々と刺激的な経験をしたが、今日首無しライダーであるセルティを目の当たりにした衝撃は、今までで一番だった



「本当に無かったなぁ…首……」



は目を閉じて、高らかに叫んでいたセルティの姿を思い出す

自分で自分を化け物と言い切った彼女は、一体どんな気持ちだったのだろうか

存在からして普通では無い彼女が求めていたのは、ありふれた平和な日常だった

片やありふれた日常に身を置く自分が求めているのは、刺激的な非日常

人間でも妖精でも、自分に無い物を求める気持ちは変わらないらしい



「こんな所で何してんの?ナンパ待ち?」



やがて正面から掛けられた声にがゆっくりと目を開けると、が想像していた通りの顔で臨也がこちらを見ていた

そんな臨也を見つめながらは考える

自分や帝人が非日常に憧れたり、セルティが変わらない日々を送りたいと願うように

何かに固執すると言う事はそれが自分に一番足りない物だと感じているからなのかもしれない

だとすれば臨也が人間への愛にこんなにも固執する理由は、やっぱり臨也自身が愛に飢えているからでは無いのか、と



「凄かったですね、集まった人の数」

「そうだね、まさかあんなに集まるとは思ってなかったよ」

「でもあれだけの数をダラーズに入会させたのは臨也さんなのに、帝人くんにあんな白々しい嘘ついて…」

「人を集めたのは確かに俺だけど、組織を始めたのは彼だよ。俺はちょっと手伝っただけ」

「手伝うって言うか、乗っ取って悪用してるようにしか見えませんけど」

「ははっ、手厳しいね」



臨也は両手を軽く上げて笑い、はそんな臨也の姿を見つめて呆れたような諦めたような顔で一つ溜め息をついた



「臨也さん」

「何?」

「今日から暫く泊めてくれませんか?」



突然の申し出に臨也は一瞬きょとんとした顔になるが、はそんな臨也に構わず言葉を続ける



「私が知ってる話の流れ的に、これから暫くの間する事が無いんです。でもずっと狩沢さん家にお世話になるのは悪いし…」

「ふぅん。俺に世話になるのは構わないんだ?」

「まぁ、貴方なら人を一人手元に置いておく位どうって事ないでしょうし」

「断る。     …って言ったらどうするの?」

「断りませんよね?」

「へぇ…、何でそう思う訳?」



が切り出してきた挑発的な台詞を意外に思いながらも、臨也は楽しそうに笑った

しかし尋ねた問いに対しての口から続けられたのは、残念ながら臨也の期待に沿うものでは無かった



「だって、私は臨也さんが今からしようとしてる事の内容や結末を知ってるんですよ?」

「それが何?」

「だから、自分の悪事の行方を知ってる人間を野放しにはしたくないでしょう?って事です」

「………」



臨也の想定していた答えは、何と言うかもう少し男女関係を匂わす艶っぽいものだった

男の一人暮らしの家に暫く居候しようとしている上、自分の頼みを断らないだろうなんて好戦的な事を言うのだから、

もう少し自分の容姿性別を材料にした駆け引きになったって良いじゃないか

しかしが得意げに胸を張りながら答えたのはそんな物は微塵も感じられない幼稚な取引で、臨也は拍子抜けしたような表情で溜め息をついた



「君にまともな駆け引きを期待した俺が馬鹿だったよ…」

「何ですかそれ?」

「いや、こっちの話。…まぁ俺の家に来るのは構わないけどさ、知っての通り事務所兼用だから結構人の出入りがあるよ?」

「大丈夫です。誰か来る時は臨也の部屋で大人しくしてますから」

「そう?なら良いけど」



臨也はそう言うと1台の通り掛かったタクシーを止め、の手を掴んだ



「それじゃぁ早いとこ帰ろうか。シズちゃんに見つかると面倒だからね」



タクシーの後部座席に乗り込みながら、臨也は運転手に"新宿まで"と短く告げる

こうして乗り込んだタクシーがひっそりとした深夜の道を走り出すと、は臨也の横顔に向かって話し掛けた



「あの、今日ってこの後は何かあるんですか?」

「何かって?」

「ぇっと、お客さんが来るとか、出掛けるとか…」

「"向こう2で見て無いの?」

「はい。臨也さんがシズちゃんから逃げた後はそのまま次の日の帝人くんの様子になっちゃってたから…」

「へぇ。とりあえずこの後は特に予定は無いけど…」



臨也がそう言いかけた瞬間、臨也の手にしていた携帯が振動し、臨也は"ちょっとごめん"とに告げて携帯を耳に当てた



「もしもし」

『     』

「あぁ、噂をすれば何とやらだ…。いや、こっちの話」

『     』

「えぇ、良いですよ。それじゃぁ30分後にまた」



通話を終えた臨也は、右手に持った携帯を耳から離しての方を向いた



「そう言う訳で、たった今予定が入ったから」

「もしかして今のは矢霧波江…?」

「うん、まぁあまり長居はさせないようにするから、悪いけどちょっと大人しくしててよ」

「了解です。……ところで…」



はこくりと頷いた後で、自分の右手を見ながら問い掛けた



「ん?」

「何で繋ぎっぱなしなんですかね…?」



後部座席に並んで座ったの右手は、臨也の左手にしっかりと捕らえられたままだった



「何でって、俺が君を引っ張って乗せたからでしょ?」

「いや、そうじゃなくて、何で未だに掴まれたままなのって言う事で…」



はそう言いながら右手を引こうとするが、臨也は左手にやや力を入れたままにこやかに笑う



「経験の乏しい可哀想な君に出来るだけ多く異性と触れ合う機会を設けてあげようと思って」

「余計なお世話です」

「あれ、俺と手繋ぐの嫌?」

「っい……嫌…じゃない、ですけど…」

「じゃぁいいでしょ?…と言っても、そろそろ着いちゃうけどね」



臨也はの顔を覗き込んでいかにも楽しそうに呟くと、窓の外に目をやった

程なくしてタクシーは止まり、今まで無言だった運転手が値段を告げる

料金は2330円だったが、臨也は運転手に5千円札を渡すとお釣りを待たずにタクシーを降りた

運転手も特に言及する事無く、タクシーはすぐに発車して道の向こうへ消えた



「さて、それじゃぁ行こうか」



臨也に促されるまま、臨也の事務所兼住居に向かう

これで二度目となる臨也の事務所は、前に来た時と変わらないままだった



「そう言えば臨也さんの事務所って綺麗だけど、掃除は誰がしてるんですか?」

「自分でやってるよ」

「そうなんだ…。何か掃除してる臨也さんって想像出来ないけど…」



は臨也の部屋へと続く階段を上りながら笑う

臨也は前を向いたまま背後のに答える



「この事務所にはあらゆる情報が詰まってるからね、他人に勝手に漁られたら色々困るんだよ」

「確かにそう言われればそうですね」

「まぁ見たところで簡単には解らないようにはなってるけどね」

「拳銃はチョコレート、でしたっけ」

「あぁ、そこまで知ってるんだ?」



部屋のドアノブに手を掛けながら、臨也は半ば呆れたような顔でを見た



「まぁ今更君が何を知ってても驚かないけど、くれぐれも外で口滑らせないように気をつけてね」

「大丈夫ですよ。私だって人を選んで喋れます」

「何かイマイチ信用出来ないんだよねぇ。まぁとりあえず入って、荷物は適当なとこ置いていいから」

「はい」



は臨也の部屋に入ると、部屋の隅に鞄を置ききょろきょろと部屋の中を見渡した後でくるりと臨也の方へ顔を向けた



「因みに、"折原臨也の自室"はアニメでも漫画でも出てこなかったので見るのは初めてですよ」

「それは良かった、いくら何でもプライベートな空間まで侵害されたら溜まったもんじゃないからね」

「臨也さんはまだ良いですよ。私なんて主人公ですよ?プライベートも何もあったもんじゃない…」



はこちらの世界で狩沢に見せてもらった、自分を主人公としたアニメを思い出して肩を落とす



「確かに、テスト中に爆睡したり、猫に話し掛けたり、天然発言繰り返したりする姿は出来れば見られたくないよねぇ」

「!?」

「言ったでしょ?一応全話見たって」

「いや、言ってましたけど…、まさか本当にそこまでちゃんと見たなんて…」

「はは、顔色悪いよ」

「悪くもなりますよ!!」

「じゃぁまぁそろそろ波江さんが来る頃だし、大人しく休んでてよ。あぁ、部屋着が必要ならそこの棚に入ってるの適当に使って」

「いいんですか?」

「まぁ洗ってあるとは言え俺が着てたもので良ければだけどね」

「そんなの良いに決まってるじゃないですか!!むしろ洗って無くても良い位です!!」

「…君は恥ずかしがるポイントと平気なポイントが色々間違ってると思うよ……」



臨也が呆れたようなと言うよりは、完璧に呆れた様子で溜め息交じりに呟くとチャイムの音が聞こえた



「っと、来た様だね。それじゃまた後で」

「はい、いってらっしゃい」



がそう言って小さく手を振ると、臨也はそのまま部屋を後にした



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「(さて、静かにしてなきゃね…)」



なるべく音を立てないように室内を移動し、は臨也が先程教えてくれた引き出しを開ける



「(ぁ、やっぱり黒いんだ)」



一番上にあった黒色のスウェットを手に取り広げては首を傾げた



「(当たり前だけど、臨也もスウェットとか着るんだなぁ…)」



はそっと引き出しを閉じるとその場でそれに着替える

脱いだ服を畳み床に置いた荷物の上に乗せ、ベッドに腰を掛けて改めて部屋を見渡した



「(…………)」



室内は想像通りの殺風景ではあったが、人間が生活しているのだと言う事は感じられた

今まであちらの世界で見てきた折原臨也と言う人物は、"生活感"のようなものとは無縁だった

しかし実際こちらの世界では彼は生きて、暮らしている

人間が生きる為には当然睡眠を取る必要がある

睡眠を取る為にパジャマに着替えたり楽な格好になるのは居たって普通の行為だ

お風呂にだって入るのだから、夏場には風呂上がりに下着だけでウロつく事だってあるかもしれない

うっかり飲み物を零したり、何かにつまづいて転びそうになったり、他人の一言に傷ついたり…

二次元として見ていた格好良くて素敵なキャラクターにだって、実際にはそう言った少し格好悪い部分があるのは当然の事だ

はそんな少し格好悪い臨也を思い浮かべて小さく笑うと、そのまま後ろに倒れてベッドに横になった



「(……良い匂い…)」



着替えたばかりのスウェットやベッドからは、仄かに臨也の匂いがしていた



「(そう言えばあっちじゃ臨也の香水なんてのも売ってたっけ…)」



自分以外の匂いに包まれるのは何とも不思議に心地良いもので、はゆっくりと目を閉じた

部屋の外からは微かに臨也と波江が喋る声が聞こえてくる

そんな声に耳を傾けている内に、はいつの間にか深い眠りへと落ちて行った



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「はー。全く、何であんな堅物なんだか…」



数十分後

波江が帰り、臨也が部屋へと戻って来た



「待たせたね、って…、」



部屋のドアを閉めてベッドに目をやると、そこには非常に気持ち良さそうに寝息を立てているが横たわっている

別に起きて待っていろと言った訳では無いが、良くもまぁ男の家で無防備に寝れるものだ

臨也はそう思いながらも、最初にが事務所に来た日も即効で寝ていた事を思い出した



「どれだけ信用されてるんだか…」



臨也は笑いながら起こさないようにそっと近寄ると、ベッドに腰を掛けての髪をサラリと撫でた

は一瞬眉間に皺を寄せて身じろぐが、起きる気配は無かった

そのまま何となく頭を撫でていると、やがての表情は安心したような嬉しそうなものに変わる



「………」



自分の居る世界とは別の世界から来たと言う少女

俄かには信じられなかったが、首なしライダーや切り裂き魔の存在する世界なのだと思えばそれは特に不思議な事では無かった

今日こんな時間に矢霧波江が来たのはセルティの首を隠す為だ

帝人の率いるダラーズに圧倒されて逃げている間に、愛する弟は憎き首の偽物を受け入れてしまった

そんな散々な状況下でネブラとの吸収合併がいよいよ現実に近付いたとなれば流石の堅物女だって焦るのだろう

こんなにもタイミング悪く色々な事が起きるのは決して偶然の産物だけでは無いが、波江は気付いていないようだった

こうして自分が裏で手を引いているとは知らずに波江が持って来たセルティの首を見て、臨也は確信した

天国はある

そして、天国の存在が認められると言う事はの居た世界、自分の存在している世界とはまた別の世界があると言う事でもある



「どう見ても異星人とかには見えないけどねぇ」



無防備に眠るの頬に触れて苦笑気味に呟くと、臨也は立ち上がっての身体をずらし上から布団を掛けた

自分も寝間着に着換えて部屋の電気を消し、当たり前のようにの寝ている布団に潜り込む

相変わらず起きる気配の無いの身体を引き寄せると、臨也はそっと額に口付けて笑った



「明日起きた時の慌てっぷりが楽しみだ…」






-NextEp11-