「はぁ…気持ち良い……」



狩沢宅でシャワーを浴びながら、は一人呟く

肌にあたるお湯の温かさにほっとしながら、パシャパシャと跳ねる滴を見ては一つため息をついた



「………」



"まぁまぁ。それがの最大の特徴であり魅力なんだから良いじゃない"



"そんなの特徴って言わないし普通なんてつまんないよ…"



"でもは今自分が居た世界とは違う世界に居るんすよ?それって凄い事じゃないっすか"



"………そうだよね。未だに実感沸かないんだけど、良く考えたら凄い事なんだよね…"



車の中で狩沢や遊馬崎に言われた言葉を思い出し、あの時言い掛けた言葉の続きを呟く



"本当に今でも信じられないよね。でも…"



「でも…、いっそこっちが現実だったら良いのにって、…そう思っちゃうんだよね……」



自分が時空だか次元だか世界だか解らないが、そう言ったものを超えて本来居るべき場所では無い場所に居るのは事実だ

そしてその事自体は本当に今でも信じられないし、未だに夢なんじゃないかと思う

しかし、夢と言うにはあまりにも楽しく、あまりにも刺激的で、いっそこちらが現実で、あちらが夢であればと思ってしまう

昨日突然こちらの世界に来て以来、は一度も"帰らなければ"と思わない自分に気付きながらもそれを表には出さずに居た



「やっぱり…帰らなきゃいけないのかなぁ……」



あちらの世界で自分は死んでしまったハズなのに、こちらの世界では生きている

漫画や小説のセオリー通り考えれば、結末はきっと決まっている



「目を覚ますと事故が起きる日の朝で、それに気付いた主人公は子供が飛び出す前に声を掛けて、事故を回避しめでたしめでたし…と」



良くあるパターンとは言え本当にそうなるかは解らない

しかしこのままだときっとそうなると言う事がには何となく解っていた

このままその結末を受け入れてあちらの世界に戻らなければいけないのだろうか

何の為に自分はこちらの世界に来たのだろうか

そんな事を考えながら、気持ちを入れ替えるように一つ深呼吸をしては浴室から出た



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「狩沢さん、上がったよ〜」



シャワーを浴び終わったは、狩沢の居る部屋に戻りPCデスクに座っている狩沢に声を掛けた

に声を掛けられ狩沢はPCから顔を上げると、上から下へと視線を動かしうっとりとした表情でを見た



「どうしたの?」

「いやぁ、ジャージ姿のも萌えるなぁと思って」

「なっ…、そんな事言ったら私だって狩沢さんの髪の毛下ろした姿に超萌えてるんだからね」



狩沢に負けじと言い返しながらながら、はタオルで濡れた髪の毛を拭う

そんなの横で狩沢は再度PCの画面に視線をやりながら、に声を掛けた



「ぁ、そう言えばダラーズ内での事が噂になってるよ」

「ん?」

「何かね、池袋でアニメのキャラにそっくりな子を見た!!とかが歩いてた!!とか、そんな書き込みがチラホラあるのよ」

「どれどれ?」

「ホラこれとかこれとか、後これも」



は髪の毛を拭いていた手を止めて狩沢の背後に移動する

そして狩沢が指差す画面を覗き込み、該当部分を読んだ



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82 : 名無しさん 2010/00/00/00:00 ID:QRj3jO

俺今日池袋で平凡少女のを見かけたんだがε=(゜∀゜*)


83 : 名無しさん 2010/00/00/00:00 ID:YuB560

妄想乙


84 : 名無しさん 2010/00/00/00:00 ID:QRj3jO

妄想じゃねぇよまじでクリソツだった!!


85 : 名無しさん 2010/00/00/00:00 ID:FsR460

>>82、あなた疲れてるのよ


86 : 名無しさん 2010/00/00/00:00 ID:OtkjaO

私も昨日見掛けたよ〜
写メろうと思ったけど見失っちゃったorz


87 : 名無しさん 2010/00/00/00:00 ID:YuB560

>>86
盗撮とか犯罪者乙


87 : 名無しさん 2010/00/00/00:00 ID:OtkjaO

別に撮ろうとしただけで撮ってないし
でもマジでソックリだった


89 : 名無しさん 2010/00/00/00:00 ID:YuB560

撮ろうとした事自体が問題なんですが(´_ゝ`)


90 : 名無しさん 2010/00/00/00:00 ID:FsR460

まぁ普通に考えて何か宣伝とかじゃないの?
二次元と三次元の区別が付かないとかゆとりまじヤバいwwww


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「うわぁ、荒れてるねぇ」

「まぁアニメキャラが現実に居るなんて実際見ても中々信じられないからねー」

「…でもいくらマイナーな深夜アニメとは言えやっぱり気付く人は気付くもんだね……」

の姿は何から何までそのまんまだもんね」

「うん、そりゃ本人だからね、多分…」



苦笑しながらそう答え、は頭を捻る



「でもこのままだと変に目立っちゃうし困るなぁ…」

「うーん…。ぁ、だったら髪型変えてみるとか?」



狩沢の提案を聞き、乾かしている途中だった自分の髪の毛を掴むとは呟いた



「髪型か…、そうだね。ちょっと重たいと思ってたし、ザックリ切っちゃおうかな」

「それなら私切ってあげよっか?」

「ぇ、狩沢さんそんな事も出来るの!?」

「そりゃコスプレさせるのが趣味だもの、髪型にだってこだわりたいじゃない?ウィッグとかも毎回手作りしてるんだよ」

「そうなんだ…。弟くんに女装させてるのは知ってたけど、まさか髪の毛までとは思わなかったよ…」



が感心したように呟くと、狩沢はデスクから立ち上がりいそいそと棚から梳き鋏や櫛を取り出してキラキラとした目で見つめた



「じゃぁ髪の毛が濡れてる今の内に早速やっちゃう?」

「今から!?」

「駄目だった?」

「いや、狩沢さんが良いなら私は大丈夫だけど…」

「全然良いよ!!むしろの髪型を変えられるなんて私ってばもう超ラッキーだよね!?」

「うーん…。じゃぁ、お願いしちゃおうかな?」

「任せて!!」



言うが速いか狩沢はテレビの前の床に新聞紙を敷き、を座らせる

そしてに頭が入る程の穴を開けたゴミ袋を被せた



「どれ位切るー?」

「そうだなぁ、あんまり短過ぎるのはちょっと恥ずかしいから、今肩より下なのを肩よりちょっと上にする感じ?」

「なるほど。じゃぁ広がらないように毛先の方は梳いて、印象変える為に分け目もちょっと変えよっか」

「うん、後はもう狩沢さんに任せちゃう」

「おっけぃ、じゃぁテレビでも見ててよ」



狩沢はにテレビのリモコンを渡すと、早速櫛を手にの髪の毛を梳かし始めた



「こっちの世界のテレビ番組ってやっぱり違うのかなぁ」



は独り言のように呟いて、ガサゴソとゴミ袋を鳴らしながら受け取ったリモコンでテレビの電源を入れる

一通りのチャンネルをザッピングしてみると、元居た世界の番組と似ているけれどちょっと違うような番組ばかりだった



「"世界不思議拝見に何でも判定軍って…、何か下手なパロディみたい…"」



心の中で呟きながら、チャンネルを次々と変えて行く

特に気になる番組が無かったので、適当なチャンネルに合わせてリモコンを置く



「あれ…?これってもしかして……」



やがて何かのアニメのオープニングテーマが流れ始めた画面には、とても見覚えのある顔ぶれが映っていた

が驚いたまま画面を見ていると、狩沢は手を止めて慌てた様子でに声を掛ける



「うわ、そうだ今日平凡少女の日じゃん。、リモコン取ってくれる?」

「ぁ、うん」



が狩沢にリモコンを手渡すと、狩沢は録画ボタンを押してほっとした様に呟いた



「いやいや、危なく見逃すところだったよー」

「…狩沢さんて本当にこのアニメが好きなんだね」



自分が主人公である話なだけに少し気恥ずかしく、はあえて"このアニメ"と言う表現をする

狩沢は頷きながら再度リモコンを櫛に持ち替えの髪の毛を弄り始めた



「そりゃそうだよ、そうでなきゃフィギュアになんて手出さないって」

「…そう言えばサンタコスVer.とか言う恐ろしいフィギュアがあったっけ……」

「サンタコスだけじゃないよー?ナース、水着、バニー…、全種類コンプしてるんだから」

「な、何でそんな際どいコスばっかり…」

「それはまぁ一見極普通の女の子が際どい格好してるって言うそのギャップが萌えポイントだからね!!」

「その意見の対象が自分じゃなければ同意出来るんだけどなぁ…」



は頭を揺らさないように気を付けつつ大きなため息を吐く

そしてオープニングが終わり本編が始まった『平凡少女』を折角だからと見始めた

今日の話はどうやら学校がメインの回らしい

見慣れた大学の授業風景や、自分が親友の綾瀬しずくと一緒にお昼を食べている場面などが淡々と流れて行く

正直自分の日常を隠し撮りされている気分で見ていて非常に恥ずかしい



「…………」



やがては話が進むにつれ自分を客観的に見る事に絶えられなくなり、テレビから視線だけを反らした



「どうしたの?」

「恥ずかし過ぎる…。って言うか何この抑揚も緩急も何も無い地味〜なアニメ!!」

「いやぁ、その地味さがウリって言うかポイントって言うか、良い所なんだよ」

「こっちでやってたデュラララはもっとこう、非現実的で格好良くて疾走感に溢れてて超面白かったのに…」



あちらの世界で見たこちらの世界の格好良さと、こちらの世界で見たあちらの世界の差には思わずがっくりと肩を落とす



「おっと…。駄目だよ頭動かしちゃ」

「ぁ、ごめんごめん」



狩沢に謝りながら顔を上げて再度テレビを見ると、場面は丁度が大学から帰宅する部分だった



「ん…?この場面って…」

「?」

「確かこの後野良猫が居て……」



が呟いた言葉通り、次の場面ではが白黒の野良猫を撫でているシーンが映る



「それでこの子とわかれてからコンビニに行って…」



画面の中のはその通りコンビニに寄っている



「…思い出した。狩沢さん、これ、この日だよ」

「ぇ?何々?」

「これ私が死んだ日…。この後更に本屋さんに寄って漫画買って帰る途中に子供助けて轢かれたの」

「ぇ、じゃぁこの後の事故シーンって事…!?」



狩沢はの言葉に驚き手を止めてテレビを見つめる



「ぁ、ホントにが本屋に行った…」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……あれ…?」

「……普通に家に着いちゃったね…」



二人は緊張した面持ちで見守っていたが、画面内のは何事も無く帰宅してしまった



「どう言う事…?」

「もしかしてこの日じゃない別の日だったとか?」

「ううん、あの猫に会ったのはこの前が初めてだし、その後にコンビニとか本屋に寄る事なんてそんなに無いから間違い無いと思う」

「じゃぁ何で…って言うのも変だけど…」

「うん…、何で生きてるんだろうね…私…」



二人が戸惑いながら画面を見つめていると、無事に帰宅したが買った雑誌を読みながらいつの間にか寝てしまった所でエンディングが流れ始めた



「終わっちゃった…」

「ぁ、次回予告…」



やがてエンディングテーマが終わり、次回予告が流れ始める

次回はいつの間にか寝てしまったが風邪を引いてしまう話のようだ

それを見る限り、やはりが事故に遭うような様子は一切無い



「やっぱり生きてるねぇ…私」

「うん、これってどう言う事なんだろう…」

「んー……。…考えられるのは、事故に遭わなかったら続いていた私の未来が描かれている的なパターンかなぁ…?」

「あぁ、同軸上のパラレルワールド的なやつ?」

「そうそう。こちらの世界でやってる"平凡少女"はあちらの世界で私が死ななかった場合の世界で、私が死んだ世界はアニメでは流れてないまた別の平凡少女の世界みたいな…
そう考えるとこちらの世界も実は私が実際に見ていた世界とはちょっと違うのかもしれないよね。じゃなきゃ私がこの世界に介入した事自体がおかしいし…」

「うわー、何かややこしくない?」

「ぁ、でもそうと決まった訳じゃないし、これは私の単なる憶測だから…」



はそう言いながら、更にいくつかの仮説を脳内で立て、自分の気持ちを整理するつもりで狩沢に話した



「狩沢さん」

「ん?」

「私が元の世界で死んでしまっていて、もう向こうには戻れないパターンと、
実は私はまだ生きていて、このまま元の世界に戻れるパターン。この二つの可能性があるとするよね?」

「うん」

「でもね、私戻りたいと思ってないの」

「え?」



の口からでた言葉を聞き驚く狩沢に、はもう一度ゆっくりと同じ台詞を呟く



「戻りたくないの。元の世界に…」

「どうして…?あっちの世界には綾瀬様とか他の友達とかだって居るんでしょう?」

「うん…。でも駄目なの、未練が無いの。あっちの世界よりもこっちの世界の方が良いって思っちゃうの」



先程シャワーを浴びながら考えていた事を、は訴えるように狩沢に伝える



「生まれた時からずっと平凡な人生だったけど、本当はずっとそんな人生を変えたかった…
ずっと人とは違う生き方がしてみたかった。何も起こらない、起こせない、そんな現実じゃなくて何かが起こる非現実を望んでたの」

…」

「けどそんなの無理って思ってたし、諦めてた。でも今私が居る世界は確かに一昨日とは違う世界なんだよ?
折角望んだ世界に来れたんだもん、折角狩沢さんや門田さんに会えたんだもん、帰りたいなんて思える訳無いよ…」



は狩沢にそう告げると、視線を外して項垂れた

狩沢はじっとの言葉に耳を傾けていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた



「…もし……、もし私がと同じ立場になったらって考えると、の気持ちも解るよ」

「…………」

「私が現実を虚構の世界だと思って、好きな物だけを詰め込んだ虚構を現実にしたのと一緒よね。
ゆまっちも私も現実に飽き飽きしててさ、もし二次元に…、別の世界に行けたとしたら戻って来れるか自信無いもん」

「うん…」

「でも私はこっちの世界でドタチンや渡草さんと一緒に行動してるのも楽しいし、
いざいざとしずしずがボーイズにラヴってる場面を目撃するのだって毎日の楽しみだし…」

「ぅ、うん…」

と違って全く未練が無いって訳じゃないんだよね」

「そっか…」

「だからそんな今の世界にが来てくれたのは凄く嬉しい事だし、が元の世界に未練が無いって言うなら本当にこっちの世界で生きちゃえばいいんじゃないかなーって思う」



狩沢はそう言うとにこっと笑う



が私の現実に存在してくれるなんて私としては願っても無い事だもん」

「狩沢さん…」

「ゆまっちも絶対喜ぶと思うよ。一生養うって言える程の余裕は無いけど、暫くの間ならうちに居れば良いと思うし」



狩沢の言葉を聞き、は思わず狩沢に抱き付こうとするが、ゴミ袋を被っている上下手に動くと髪の毛が散らばる為動けない

それでも何とか感謝の気持ちだけは伝えたくて、は狩沢に何度もお礼を言う



「狩沢さん有難う、本当の本当に嬉しい!!」

「いいっていいって気にしないで〜、ぁ、でも一つ条件があるんだけど」

「ぇ?」



が狩沢の言葉に首を傾げると、狩沢は微笑をにやりとした表情に変えて何処からともなく服を取り出した



「我が家に滞在している間はこの家にあるコス服をとりあえず片っ端から着て貰うからよろしくね」

「…な……」

「さぁ最初はどれがいいかなー?やっぱフィギュアと同じ衣装から?サンタ?ナース?バニー?あぁもう迷うなぁ」

「ちょっ、狩沢さ…」



嬉々として衣装を選ぶ狩沢の耳に、の声は届かない

は狩沢の手にしている衣装が色々と際どい事に大量の冷や汗をかくがもはや逃げられる状態では無かった

しかし狩沢は衣装選びの途中でふと思い出したようにの顔を見る



「ぁ、でもまずは髪の毛が先よね」

「ぇ?ぁ、うん」



言われてみればまだカットの途中だった事を思い出し、は自分の髪の毛を横目で確認する

狩沢は再び鋏と櫛を手に持つと、くるりとの身体を前に向かせて鼻歌交じりにカットを再開した



「じゃぁささーっと仕上げちゃうから、そしたらその後はコスプレ&撮影会って事で〜」

「あぅ…」

「ふふふ、こんな事もあろうかと一眼のデジカメ買っといて良かった〜」

「!?」



こうして暫く寝る場所についての心配は無くなったものの、別の意味で心配事が増えたは大きなため息を付いたのだった




-Next Ep6-