「………ぅん…」

「やぁおはよう。良く眠れたかな?」

「…ぇ……ぁ、あれ…?」



翌日

目を覚ましたの目に飛び込んで来たのは、臨也の顔のアップだった



「いざっ…!?……ぁ、そっか…。此処臨也さんの…」

「そう、此処は俺の事務所兼居住。昨日此処に来て早々に爆睡し始めた時にはどうしようかと思ったよ」



呆れたように笑いながらそう答える臨也に、はおぼろげに昨日の事を思い出しながら身体を起こして謝る



「ごめんなさい。いつの間にか寝ちゃってたみたいで…」

「まぁ俺は別に構わないけどね。でも知り合って間もない男の家で寝るなんてちょっと危機感足りないんじゃない?」

「ぅ…はい…」

「しかも寝惚けたまま俺に抱き着いたりなんかして、無用心にも程があるよね」

「はい!?」

「それとも…、俺の事は良〜く知ってるから大丈夫だと思ったのかな?」

「ぇ?」



臨也の遠まわしな言葉の意味が解らず、は臨也を見つめる



「昨日の夜ドタチンに電話して聞いたんだ。君、この世界の人間じゃないんだって?」

「それ…本当に門田さんがそう言ってたんですか?」

「疑うならひとまずはドタチンに電話してあげなよ。狩沢と遊馬崎も何か心配してたみたいだし」



そう言うと臨也は携帯を取り出し門田の番号を呼び出すとに手渡した

は押し付けられた携帯を受け取り、耳に当てる



「も、もしもし」

『ん?』

「ぇっと、私です。です」

『あぁお前か。大丈夫だったか?昨日急に居なくなるから皆心配したんだぞ』

「ごめんなさい…」

『しかも折原から電話が掛かって来て今新宿に居るとか言うしな…』

「ぁ、それなんだけど、門田さん私の事臨也さんに話したの?」

『あぁ、どうせ折原には遅かれ早かれ気付かれるだろうしな』

「そっか…」



門田の言葉を聞きながらちらりと横目で臨也を伺う

臨也は会話の内容が聞こえているような素振りでにやりと笑い、の手から携帯をひょいと奪った



「ぁ、ドタチン?俺だけど」

『だからその名前で呼ぶなって』

「まぁまぁ硬い事言わずに。それよりさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど…」

『何だ?』

「ぁー、それを言う前に、ちょっと待ってくれる?」

『?』



臨也はそう言うと携帯から耳を離しに尋ねた



「ねぇ、君は昨日ドタチン達と別れてからドタチン達が何してたか知ってるんだよね?」

「?」

「"そっちの世界"とやらでは俺達が何かアニメとかになってるって聞いたけど」

「まぁ、はい…」

「でも正直そんな事言われても信じられる訳ないから、その証明をして貰おうかなって思ってさ」



電話の向こうの門田にも聞こえるようにそう答えて、臨也は再度電話を近付ける



「とまぁそう言う事だから、俺がいいよって言ったらドタチンは昨日この子と別れてからの事を喋ってくれる?」

『あぁ解った』

「はい、じゃぁまず君から」

「ぇ、ぇえと…、たしかあの後だったら門田さん達はお土産にお寿司を一つ買って、カズターノさんの所に行って…」

「はいドタチン」

『昨日は露西亜寿司で狩沢達と飯を食って、その後はカズターノの家に行ったな』

「お土産に寿司とか持ってった?」

『あぁ、持っていった』

「じゃぁその次は?」

「それで、ぁ、えと確か私と会う前に"皿割れた"ってメールが門田さんに届いてるハズで、だから露西亜寿司で使わなくなったお皿を貰ってて」

「ドタチン昨日露西亜寿司でお皿貰った?」

『そういや貰ったな。カズターノのメールが"皿割れた"だったから勘違いして…』

「で、廃ホテルに行ったら誰も居なくて中が荒らされてて、ゆまっちが"割れたのはお皿じゃなくてドンブリっすよ"みたいなギャグを…」

「…皿割れたじゃなくてドンブリが割れたって遊馬崎のギャグがあったんだって?」

『…あぁ』

「廃ホテル出てどうしようか迷ってたらハシムくん…だっけ?が車の事知ってて、お寿司あげて、渡草さんが露西亜のわさびは辛くないとか何とか言って」

「細かく知り過ぎでしょそれ…」

『ん?は何だって?』

「いや…、もう良いや。信じられないけど此処まで知ってるって事は信じるしか無いようだし…」

『そうだな。正直俺も驚いてる…』



臨也は見ながら呟いて一つ息を吐くと、門田に向かって話し掛けた



「じゃぁドタチン、悪いけどこの子暫く俺の方で預かるから」

『はぁ?』

「何を何処まで知ってるのかちょっと詳しく聞かなきゃいけないようだからね…。
あぁ大丈夫大丈夫心配しなくても用が済んだらすぐ返すし、取って喰ったりはしないからさ。じゃぁね」

『ちょっ、おい待ておりは』



言葉の途中で通話を切ると、その後も鳴り続ける携帯をぽいとベッドに投げ捨てて臨也はの隣に腰掛けるとの肩を抱いた



「さて、君には色々と聞きたい事があるんだけど何から聞こうかな」

「ぇ、あの…」



は驚いて身を堅くするが、臨也はお構い無しに語り掛ける



「君が本当に別の次元から来たとして、俺の事も色々知られちゃってるみたいだしねぇ…」

「ぃ、色々聞くのは良いけどとりあえず離れて下さい…」

「駄目だよ。隙を付いて逃げられでもしたら困るでしょ?」

「逃げません!!逃げませんから…!!」



何故か必死に顔を背けて身体を離そうとするに、臨也は悪戯心が湧いたのかの身体をベッドに押し倒し、驚くに顔を近付けた



「そんなに拒絶されると流石の俺も傷付くなぁ」

「っか、顔…!!近いですから…!!ホントすいませんお願いですから……!!」



は目を閉じ視界を閉ざしながら必死に首を横に振るが、臨也は意地悪な笑みを浮かべたまま今度は耳元に顔を寄せる



「はは、耳まで真っ赤だ」

「もっ、もう許して…」

「許しても何も俺別に何もして無いんだけどね」

「してるじゃないですか!!このままじゃ恥ずかしくて死ぬ…!!本当にまた死んじゃうから…!!」

「また?」



が咄嗟に叫んだ一言に、臨也は反応して顔を上げると若干涙目のに尋ねた



「"また死んじゃう"ってどういう事?」

「…教えません」



意地悪をされた仕返しのつもりなのか、は顔を横に背けながら頬を膨らます

臨也は一瞬きょとんとした後、再び口の端に笑みを浮かべるとの頬に触れ正面を向かせて囁いた



「それじゃぁ言いたくなる様にしてあげないといけないかな」

「実は私昨日元の世界で帰宅途中に子供を助けて車に轢かれて死んじゃって気付いたらこの世界に来てたんです!!」

「…そんなに嫌がらなくても」



臨也が顔を近付けようとする前にが早口で昨日の出来事をまくし立てる



「にしても、今の話本当?」

「もちろんです。この期に及んで嘘つくメリット無いし…」

「まぁそうだろうけど、でも子供を助けようとしてってそんなベタな…」



の話を聞いた臨也はから離れるとベッドに座り直しながら腕を組んだ

もよろよろと身体を起こすと臨也から少し距離を取った位置に座り臨也の方を見る



「何から聞けば良いのか解らないんだけど…。とりあえず君はこっちでやってるアニメの主人公で、俺達はそっちでやってるアニメの登場人物なんだよね?」

「はい、多分…」

「で、あっちの世界で""は死んで、気付いたらこっちの世界に居て…。あぁ、だから行く宛ても帰る場所も無いって言ってた訳だ」



昨日の公園での会話を思い出し臨也は納得したように呟く



「そのアニメのタイトルは?」

「デュラララ、です」

「デュラ……あぁ、もしかしてデュラハンのデュラ?」

「はい。でも主人公はそのデュラハンじゃなくて…」

「誰?…帝人くんかな?」

「ぇ、何で解ったんですか?」



驚くに臨也は得意げに話す



「デュラハンに今後関わる可能性が高くて、意外性があって、これから面白くなりそうなのが彼の周辺だからだよ」

「…でもそうなるように仕立てるのは貴方ですけどね……」

「まぁね。って言うかさ、君はこれまでの事やこれから起こる事について何処まで知ってるの?」

「それは言えません。言ったら展開が変わっちゃうかもしれないし…」



臨也の質問にゆっくりと首を振りながらは答えた

そんなの様子を見た臨也は腕組みをしたまま考え込む



「じゃぁさ、俺の事について知ってる事話してよ。他の人については別に省いていいからさ」

「ぇ、それって良いのかな…」

「大丈夫でしょ、その程度で歴史が変わるならがこの世界に居る時点で色々変わってるハズだよ」

「まぁそれもそうですかね…」



臨也の言い分に納得したのか、は臨也に関しての情報を思い出しながら話し始めた



「私が知ってるのは、臨也が自殺オフで女の子を拉致するように指示出して、セルティに助けさせて、飛び降りの名所に連れてった所からと、高校時代の事を少し」

「へぇ、何だ。結構最近の話だね」

「そうですね。それで、今貴方は帝人くんがダラーズの創始者じゃないかって疑ってるんですよね?」

「そうだね、疑ってるって言うか、まぁほぼ当たりだろうとは思ってるけど」

「で、色々暗躍中。甘楽として色んな噂を流したり、昨日のカズターノ誘拐事件の廃ホテルをブローカーに教えたり…」

「本当に色々知ってるね。あぁそうか…、昨日公園に居たのも偶然じゃなくて俺があそこに行くって知ってたんだ?」



臨也が呟くと、は小さく頷いた



「昨日露西亜寿司に行って、狩沢さん達の会話聞いてこの場面知ってるなぁって思って、私があっちの世界で見た場面に私が居たら駄目だと思って…」

「………」

「思い出してみたら暫く門田さん達を追ったシーンが続くハズだったから、暫く外に隠れてたんだけど何か離れた方が良い気がして」

「…それで俺の事を思い出して会いに来たんだ」

「そんな感じ、です。あの時あの公園に折原臨也が来るのを思い出したから、とりあえず行ってみようかなって思って」

「なるほどね」



の話を聞きながら、臨也は思考を巡らせる

今聞いたとおり、は自分の行動を途中からだが大体把握していて、恐らく今後取ろうとしている行動も解っている

そしてそれによって引き起こされる展開も把握しているのだろう



「ねぇ、君は俺がこれから何するのかももちろん知ってるんだよね?」

「全部じゃないけど、大体は知ってると思いますけど…」

「だったらさ、何でそこまで知ってて俺に会おうだなんて思った訳?」



これから臨也がしようとしている事は高校生3人を駒に使った戦争ゲームだ

自分で言うのも何だが、非常に悪趣味で悪逆非道な行いだと思う

それを知っているにも関わらず自分に会いたいと言ったの感情が解らず臨也は尋ねる

はそんな臨也を見ながら、暫し悩んだ後に独り言の様に呟いた



「何か、可愛かったから…」

「は?」

「だって、作中の臨也って基本的にいっつも一人だし、他の人は友達とか仲間と楽しくしてるのにそんな中一人ぼっちで行動してるのが可哀想で可愛くて」

「な…」

「そんな折原臨也って言うキャラクターが私は好きだったから、どうせなら実際に会ってみたいなぁって思って…」



思ってもいなかった台詞にぽかんとしている臨也に向かい、は両手で顔を覆いながら続ける



「格好良くて取り巻きとか信者が居ちゃったりして頭も良くていつも人を小馬鹿にしたような余裕な態度で…、
そんな臨也が慌てたり甘えたり誰かに本音を伝えたりする姿を見てみたいなって考えて、実際そんな姿が見れたらとてつもなく萌えるなって」

「………」

「まぁその昔平和島静雄の事をトラックに轢かせたりしたのには正直ちょっと引いたけど、でもやっぱり凄く魅力的なキャラだと思うから…!!」



そこまで語り切ったは満足した様子で笑う

臨也はと言うと、の言葉を聞いて様々な感情が胸中に沸いたらしい

混乱と困惑と、少しの羞恥心と共に若干の気まずさと気持ち悪さ

そんな様々な感情が入り混じった何とも言えない微妙な表情で黙り込んでいる



「ぉ…怒りました?」

「いや…」

「………」

「………」

「臨也さん?」



黙り込んでしまった臨也に恐る恐る声を掛けるが、臨也はの顔を見る事無く片手で顔を覆って俯いている



「悪いけど俺には君の言っている事が全く理解出来なかったし理解したいとも思わない」

「ぇと、簡潔に言うと私は貴方のファンって事ですよ」

「とてもそんな風には聞こえなかった…って言うか明らかに本人を目の前にして言う台詞じゃ無いだろ……」



アニメの中では絶対に見られなかったそんな弱々しい口調の臨也を前に、は不謹慎ながらも胸が高鳴るのを感じた

そして顔を覆ったままの臨也の顔を横から覗き込みながら、先程のお返しにとささやかな反撃を試みる



「もしかして、照れてます?」

「煩いよ」



自分の問いに素っ気なく答える臨也を見つめながら、は未だに顔を下へと向けている臨也の頭にそっと触れた

の行動に臨也は驚いたのか一瞬動きを止めたが、そのままの手を払う事は無く、そんな臨也に向かってはぽつりぽつりと語り掛ける



「私はこの世界の人間じゃないけど、折原臨也と言う人間の事を、多分こっちの世界の人よりは知ってると思います」

「………」

「未来が変わるかもしれない以上特定の人に肩入れは出来ないけど、代わりに敵になるような事も無いし、あくまでも対等に接する事が出来ると思うんですよ」



はそう言うと臨也の頭を優しく撫でる



「だから、この世界の誰にも言えない事だろうと私になら話しても良いんじゃないかな、なんて思うんです」

「……例えば…?」

「例えば愚痴とか、弱音とか、悩み事とか、そう言う誰かにただ話を聞いて貰いたいような事とか」

「………」

「私が知っている折原臨也はとても頭の回転が速くて狡猾で兎に角色んな人に嫌われていて、でもそれは作り話の世界だからって思ってました。
でも、こうやって実際に会ってみたらそんなに悪くて怖い人には見えないし、折原臨也だって人間なんだから一人じゃ寂しい時もあるんじゃないかなって思って…
なので、良かったら私の事を信用して、出来れば仲良くして欲しいな、なんて」



少し照れくさそうにそう伝えると、は臨也の頭から手を離してベッドから立ち上がった



「私、池袋に戻らなきゃ」

「………」

「行く宛ても無いし目的も無いけど…、今は池袋に居てこれから起こる事を見守らなきゃいけない気がするんです」



は無言のままの臨也に話しかける



「昨日は泊めてくれて有難う御座いました。まぁまたその内会うと思うけど…」



服の皺を整え、ベッド脇に置いてあった鞄を肩に掛ける



「それじゃぁお邪魔しました」



そう言い残して部屋を出ようとすると、それまで黙っていた臨也がに声を掛けた



「待って」

「ん?」

「これ、持って行って」

「ぇ、だってこれ…」



先程臨也が使用したまま投げっぱなしになっていた携帯電話を押し付けられ、は慌てて臨也を見つめる



「これはいくつかある内の1台で、まぁ予備機みたいなもんだから気にしないでいいよ」

「でも…」

「今時携帯位持って無いと困るでしょ?その中にドタチンと俺の連絡先は入ってるから」



臨也はそう言いながら立ち上がると、の両肩に手を置き念を押すように告げた



「誤解の無いよう言っておくけど、俺には愚痴とか、弱音とか、悩み事とか、そう言ったものは特に無いから」

「そう、なんですか?」

「当たり前でしょ。でもまぁ暇な時に話し相手位にはなってあげてもいいし、何かあった時連絡してくれれば手を貸さない事も無いから」

「臨也さん…。うん、ありがt」



臨也はの両肩に置いていた手を離すと、笑顔でお礼を言おうとするの身体を一瞬ぎゅぅと抱き締めた

そしてすぐに身体を離すと驚いて硬直したままの身体をくるりとドアの方に向ける



「それじゃぁまたね、ドタチンや渡草によろしく」

「ぇ、ちょっ…」

「振り向かないで。ほらさっさと行きなよ」



臨也はそう言ってぐいぐいとの背中を押して部屋の外に押し出す

は戸惑ったものの、臨也の心中を察してそのまま振り返らず玄関へと進み臨也の事務所を後にした

バタンとドアの閉まる音が玄関から聞こえ、臨也はため息と共に再度ベッドに腰を下ろすとそのまま後ろに倒れ込みながら誰にとも無く呟くのだった



「何だよこれ…」









-Next Ep4-