「おぉ…、此処があの露西亜寿司…!!!!」



最寄の駐車場にワゴンを止め、一行は露西亜寿司にとやって来た

奇妙な出で立ちの建物を見上げては目をキラキラと輝かせる



「いやぁ、想像以上に変だねぇ」

「あれー?のとこには無いの?」

「無い無い。これがあると思われる場所は何か別のビルだったよ」

「ぁ、もしかして聖地巡礼行ったりする感じ?」

「まぁ向こうでも私池袋在住だったから少しだけね」

「うんうん、聖地巡礼は基本だよね!!」

「二人共何してるんだ、入るぞ」

「はいはーい、今行くよー」

「凄い凄い、本物の露西亜寿司だ…!!」



入り口から既にテンションの高いを見て、門田は不安げに尋ねる



「さっき言った事解ってるよな?」

「大丈夫!!ちゃんと不自然じゃないように行動するから安心して!!」

「…頼むぞ」



門田が溜め息交じりに呟く中、はきょろきょろと店内を見渡してはあちこちと動き回っていた



「イラッシャーイ!!キョウハ"トクバイビ"ダカライッパイタベルイイヨー!!」



そわそわと店内を見渡すの頭上からそんな声が聞こえ、が振り返るとサイモンがにこにこしながらを見下ろしていた



「おぉ、本物…」

「オヤ?オジョウサンハジメテミルカオネー、キョウヘイノナカマカ?」

「まぁそんな所だ。ホラ行くぞ」



サイモンを見上げるに、サイモンは話し掛ける

が余計な事を言わないか懸念した門田は代わりに答えるとの手を引きカウンターへと向かった



「オススメハオオトロダヨ〜」

「それはまた今度な、今日はこの握り10貫セット5つ頼む」



注文をしながら、先に席に着いていた狩沢、遊馬崎、渡草の元に辿り着くと、二人の姿を見て狩沢がにやにやと指差した



「何よぅ手なんか繋いじゃって〜」

「ばっ、違う!!コイツがあっちこっちウロウロするから引っ張って来ただけだ!!」

「二次元美少女と三次元でイチャイチャするなんていくら門田さんでも妬けるっす〜」

「だから違う!!お前も何とか言え!!」

「ぇ?んーと、門田さんの手、おっきくて暖かいね」

「はぁ?」

「あはは、男の人に手なんて握られたの初めてだから変な感じ」

「ぁ〜そっかそっか、って彼氏居ない暦=年齢って設定だもんね」

「しかも大したロマンスも無く今まで生きてきた地味〜な経歴の持ち主ッスよね」

「大きなお世話だよ…。て言うかこっちの世界でその漫画描いてる作者が今からでもモテモテにしてくれたらあっちの私の生活も変わるのかなぁ?」

「でもあっちで今死んじゃってんだから無理じゃない?」

「そっかぁ…、そうだよねぇ」

「まぁ何でも良いけどとっとと座れよっつーかいつまで手握ってんだ?」



渡草に指摘され、門田は慌てての手を離して席に着く

も同じくカウンター席に座りながら、温もりの残る手を見つめてこっそりとため息をついた



"この世界でなら、現実の世界で遣り残した事が出来るだろうか…?"



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「美味しい〜」

はやっぱりサーモンが好きなの?」

「そうだよー、サーモンとえんがわとビントロが好き!!」

「それでワサビが苦手なんッスよね?」

「ぇ…、そんな事まで知られてるの?」

「まぁ日常を描いた作品だからねぇ」

「うぅ…、今度その作品ちょっと見てみたいな…」

「それなら後でうちに来たら?DVDも漫画本も揃ってるし!!」

「ぇ、いいの?」

「って言うかぁ、暫くアタシんちに泊まれば良いんだよ。ねぇドタチン」

「あぁそうだな、俺や遊馬崎の家に泊まる訳にはいかないだろうし狩沢が大丈夫なら暫くは良いんじゃないか」

「有難う…、何か嬉しいなぁ」



はそう言って照れたように笑うと、席を立ち上がった



「私、ちょっとお手洗いに行って来るね」

「はいはーい。そこの突き当たりを右だからね」

「ありがと」



は狩沢に言われた通り突き当たりの右にあるトイレへと向かった

そして用を済ませ、手を洗い、席に戻ろうとすると、ふと遊馬崎の声が聞こえて来た



「そう言えば最近良く見かけません?」

「ん?何がだ?」

「ん、黄色いのでしょー、やっぱ気が付いてた?」

「黄色ってまさか…」

「「ひょうきん族!!」」

「黄巾賊だろ…」



その会話を聞き、は足を止める



「"あれ?この会話…、アニメでもあった気がする……"」



は心の中でそう呟くと、4人の元には戻らず少し離れた場所から会話の行方を見守った

思ってみればアニメでも小説でも"見えている部分"と"見えていない部分"が存在する

例えば今この瞬間はアニメで視聴者に"見えている部分"で、この時間帯の別の場所に居る正臣や帝人のシーンは視聴者には"見えていない部分"だ

と言う事は、視聴者としてが見たシーンでのみ発言などに気を付けておけば大幅に予定が崩れる事は無いのでは無いだろうか



「いや…、黄巾賊はブルースクエアとの抗争で壊滅したハズだ…」

「ぁーそうねぇ…、あそこのボスは手を引いてるはずだから…」



自分の記憶が正しければ、この後は正臣がダラーズの事を聞く為に門田を訪ねてくるハズだ

今この場で正臣と出会うのはきっと避けた方が良い

がそんな事を考えていると、背後の扉がガラリと音を立てた



「ハァーイ、ラッシャーイ!!」



サイモンの声に合わせて思わず後ろを振り向くと、やはりやや沈んだ顔の正臣が入って来た



「"本物の正臣だ…!!"」



本来ならばじっくりと眺めたい気持ちをどうにか抑え、正面を向こうとすると途中で門田と目が合った

門田は何で離れて座っているんだと言う様に首を傾げたが、は必死に両手で×印を作る

そんなの様子を見て何かしらを感じ取った門田は、それ以上追及せず狩沢や遊馬崎に何かを伝えていた



そして場面はカウンター席から個室へと移る

正臣と4人が個室に移っているその隙に、は門田に耳打ちをした



「"門田さん、私暫く外に隠れてます"」

「"どうしたんだ急に?"」

「"この場面知ってるんです。きっと私が居たら駄目な場面だし、私は今正臣くんに会っちゃいけない気がするんで…"」

「"そうか…、じゃぁ話が終わったらすぐ迎えに行くから、あまり遠くに行くなよ?"」

「"了解!!じゃぁまた後で!!"」



素早くそんな会話を交わし、は鞄を持って店を後にした



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「はぁ〜…びっくりした……」



外に出たは電柱に寄り掛かりながら空を仰いで息を吐く



「これって何話位の出来事だったっけなぁ…」



4話、いや5話辺りだっただろうか

確かこの後正臣がダラーズについての相談をして、裏では黄巾賊のチンピラ3人が罪歌に襲われる

そして門田達4人はカズターノをさらった車を追い掛けてデッドヒートを繰り広げるのだ



「"でもアニメって基本時間軸がずれてるから現状が掴みにくいな…"」



も内容の全てを覚えている訳では無い

腕を組んで目を閉じて、必死に記憶を呼び起こす



「"…とりあえず、暫くは門田さん達のターンが続いたハズだから、残念だけど私はちょっと離れてた方が良いかも…"」



は何とかこの後の展開を思い出すと、思いっきり息を吸い込んでゆっくり吐き出した



「…ぁ……」



そしてふと思い出す

この後公園で折原臨也が独りで寿司を食べるシーンがあったハズだ

この後と言っても多分まだ暫く先の話だし、今あの公園に行けば臨也に会えるかもしれない



「"でも遠くに行くなって門田さんに言われちゃったし…"」



は暫く考え込んだ後、再度露西亜寿司に戻った



「すいません」

「なんだ?」

「紙とペン借りられますか?」

「…使いな」

「有難う御座います」



店内に戻ったは板長のデニスにお願いして紙とペンを借りた

"ごめんなさい。暫く一緒に居れないので一度身を隠します。多分2日後位に街中で会うと思うので心配しないで下さい"

そう紙に書き残す



「あの、これ後で門田さんに渡して下さい」

「……ん」

「それじゃぁ有難う御座いました。お寿司美味しかったです」



デニスに紙を渡し、ぺこりと頭を下げるとは店を出て駅前の公園を目指した



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「あった、此処だ…」



自分の知っている池袋とは若干違うので少々時間が掛かったものの、は無事東池袋中央公園に辿り着いた



「ぇっと…」



確かこの位置に座って寿司を食べつつ「やっぱ大トロ」なんて台詞を言うんだったような気がする

はその場所に腰掛けて、最初から最後まで自分の覚えている限りの展開を思い出そうと目を閉じた



「…………」



どれ位の時間そうしていたか解らないが、ふとが顔を上げると公園の入り口付近に人影が見えた

は咄嗟に近くの茂みに身を潜める

息を殺してそっと様子を伺うと、やはりそこには折原臨也が一人上機嫌で佇んでいた

臨也は予定通りの位置に座り、ガサガサとお土産用の寿司を開けて口に放り込む



「うん、やっぱ大トロ」



記憶と同じ台詞を呟いた臨也は、ふと公園の入り口に目を向けた

1台のバイクが走り去るのを眺め、更に呟く



「探し物は、そっちの方角じゃないんだけどなぁ…」



そしてひょいひょいと残りの寿司を平らげると、臨也は立ち上がりおもむろに誰も居ないハズの空間に声を掛けた



「で、そこに隠れてる君は一体何をしている訳?」

「っ!?」



急に臨也が発した言葉に、はまさかと身を堅くする



「気付いてないとでも思ってた?」



臨也はが隠れている茂みに近寄ると、しゃがみ込んでいるを覗き込みながら鼻で笑った



「ストーカー?それとも家出少女?」

「ぃ、いえ…、別にどちらでも無いんですけど…」



実は前者に近いです、なんて事は言える訳が無い

は曖昧に言葉を濁しながら自分を見下ろしている臨也を見上げた



「うぁ…」

「ん?」

「格好良いなぁ…」

「はぁ?」



折原臨也はあちらの世界では眉目秀麗と言う言葉で紹介されている人物だが、実物は想像以上では思わず顔を赤らめる

幸い辺りが暗い事もありそれには気付かれなかったようだが、臨也は不可解な物を見るような目でを見下ろしていた



「ぁ、いや…何ていうか、ちょっと具合悪くなっちゃって……」

「ふぅん?…嘘付くならもっとまともな嘘付きなよ」

「な、何で嘘って解るんですか」

「俺があそこに座った時何か若干暖かかったからね。さっきまであそこに座ってたんでしょ?
それで俺が来た事に慌てて隠れた…。理由は解らないけど病人ならそんな事しないよね」

「ぅ…」



臨也は馬鹿にしたような笑みを浮かべると、同じくしゃがみ込みと同じ目線になった



「で、君の目的は何?俺の首でも狙いに来た?」

「いやいやいやいや、そんな大それた事考えて無いです」



臨也の質問には首をぶんぶんと横に振って答える

すると臨也はにこりと笑った



「うん。そのリアクションを見ると君は俺の存在を知ってるみたいだね?」

「…ぁ……ぅ…」



思わず馬鹿正直に答えてしまった事を後悔しつつ、がっくりと肩を落とす

臨也はそんなの様子を見ると、にやりと口角を上げた



「…頭の悪そうな君に同情して教えてあげるけど、女の子がこんな所に一人で居ると危ないよ?」



嘲笑うような口調で恐怖心を与えるように告げる

しかしは顔を上げて臨也をじっと見つめていたかと思うと、やがて口を開いたかと思うと突飛な事を口走った



「あの、」

「何?」

「手を…」

「ん?」

「ぇっと、その………」

「………」

「っ握手して下さい!!」

「………は?」



そう叫びながら右手を差し出すを、臨也はまるで状況が理解出来ないと言った表情で見つめる

いくら何でも突拍子が無さ過ぎるし、何より意味が解らない



「…ぁ…駄目…ですよね。ごめんなさい、気にしないで下さい」

「いや、…駄目って言うか…、意味が解らないんだけど……」



流石の臨也もの行動は予測不能だったようで、珍しく戸惑っているように見える

しかし余りにも真剣な顔をしてるを見ていたら、何となく笑えて来て臨也は噴出した



「なっ、何で笑うんですか!?」

「いや、だって普通初対面の人間に握手求めないでしょ。芸能人ならまだしも…」

「私にとっては折原臨也は芸能人なんですよ…!!」

「へぇ、やっぱり俺の名前も知ってるんだ?」

「ぁー、はい…。あの、折原臨也と言えば池袋界隈では有名人ですし…」



がやや早口でそう言うと、臨也も納得したように頷いた



「まぁ否定はしないけどね」

「それで、ぇーっと…、私、門田さんの知り合い…のようなもので」

「ドタチンの?」

「はい。さっきまで一緒だったんですけど今はちょっと別行動してて、行く宛てが無いので此処で休んでて…。
そしたら憧れの臨也さんが来たから混乱のあまり舞い上がっちゃって…」



は事実と虚実を織り交ぜながら、どうにか臨也に現状を説明してみせた



「なるほどね…。それで何だっけ、俺に握手して欲しいって?」

「ぅ…、それは忘れて下さい…、混乱して変な事口走っただけなんで」



今更ながら自分の口走った言葉の脈絡の無さと間抜けさには先程以上に顔を赤くする

しかし臨也は笑って立ち上がると、に向かって手を差し伸べた



「はい」

「…ぇ?」

「立ち上がる為に手を貸してあげるって言ってるの」

「ぁ……」



差し出された右手と臨也の顔を交互に見ながら、はおずおずとその手を掴む

そうして掴んだ臨也の手は、思った以上に暖かくて柔らかかった

臨也の手を取り立ち上がったは、繋がれた自分と臨也の手を見つめる



「"ヤバい……幸せ過ぎる…!!"」

「何ニヤついてんの?」

「ぃっ、いえ何でも無いです!!」



は慌てて首を左右に振りながら手を離した



「で、さっき別行動がどうとか行ってたけど、君一体ドタチンとどう言う関係?」

「えぇと…。何て説明したら良いのか解らないんですけど、今日門田さん達に助けて貰って、その流れで今まで一緒に居たんです」

「へぇ」

「それで、門田さん達は今からちょっと用事があるみたいで、私は邪魔にならない様に離れてて…」



はアニメの展開と、今日自分の身に起きた事に矛盾が起きないよう慎重に説明をする



「で、私はとある事情から一文無しな上帰る場所も無く行く宛ても無かったので、ひとまずこの公園に居た訳です」

「なるほどねぇ…」



臨也はを何処か疑うようにじろじろと見ながら尋ねた



「君の名前は?」

「…ぇーと……、です」



は少し悩んでから、自分の名前を告げる

しかし臨也はアニメ等には詳しくない為、特に不信感は抱かなかったようだ



ね。で、君は今からどうするつもりだったの?」

「?」

「まさか行く宛ても無くこんな所で朝まで過ごす気だった?」

「ぁ、いえ…」



臨也にそう聞かれ、は咄嗟に否定する

しかし考えてみれば確かにこの次門田達に合流出来るのは少なくとも明日以降だ

それまで何処で何をしていれば良いのか、お金も無いのにどうすれば良いのか

はまたもや考え無しに行動してしまった事に気付きため息を漏らした



「私って本当馬鹿だ…」



自分で自分に呆れながら両手で顔を覆う



「良く解らないけど、ひとまずドタチンに連絡取れば良いんじゃないの?」

「それも出来ないんです…。私の携帯使えないし、そもそも門田さんの番号聞いてなかったし…」

「携帯使えないって、料金払ってないとか?」

「ぁー…、まぁそんな感じです」

「そう…。家出少女ってのはあながち的外れじゃなさそうだね」

「家出って言うか、家なき子ですけどね」



が顔を上げて苦笑すると、臨也はに背を向けた



「まぁいつまでも此処に居ると危ないから、移動しようか」

「?」

「俺が連絡取ってあげても良いんだけど、もうちょっと詳しく君の話が聞きたいから暫くは俺が身柄を預かっといてあげるよ」

「で、でも…」

「いいから早く、シズちゃんに見つかると厄介だからね」



そう言うが早いか臨也はの手を引き公園を後にした



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「さぁ入って」

「ぉ、お邪魔します」



が連れて来られたのは、新宿の臨也の職場兼住居のあのマンションだった

やっぱり新宿もの元いた世界の新宿とは若干様子が異なっている



「"此処が臨也の事務所かぁ…"」



アニメで度々目にしていた通り、事務所の中は綺麗に片付いている

大きな窓ガラスの前に作業机が置いてあり、デスクトップPCとノートPCが置いてあり、

傍らにはルールの解らない将棋、チェス、オセロの異種混合戦が繰り広げられている将棋板もある



「"おぉ、これがあの…"」



余計なボロを出さないように無言に室内を見渡しながら、は視線をくるりと一周させた



「適当にその辺座ってて。今紅茶でも入れてくるから」



臨也はそう言うと部屋を出て廊下の向こうに歩いて行ってしまった

作中では主にこの事務所部分しか映っていなかったので、居住部分がどうなっているのかは解らない

は大人しくソファに腰掛けて臨也を待つ事にした



「臨也と話して臨也の事務所に来てるとか嘘みたいだなぁ…」



嬉しい展開ではあるが、現実味が無さ過ぎて今一歩素直に喜べない

それでも先握った手の暖かさは確かに幻でも何でも無い現実だった



「………」



は自分の手を見つめて考える

自分は本当に死んでしまったのだろうか

"あちらの世界"と"こちらの世界"は本当に違う世界なのだろうか

もしもこちらの世界でまた自分が死んでしまったら、その時自分は一体どうなるのだろうか



「お待たせ」

「ぁ、どうもすみません…」



やがて両手にカップを持った臨也が戻って来て、机に用のカップを置いた

そして自分はデスクへと向かい、PCを操作しながらそれを一口飲む

淹れたての紅茶の暖かさが身体中に染み渡り、の口からは無意識にふぅと溜息が漏れる

その様子を見ても机のカップに手を伸ばした



「美味しい…」

「それは良かった。俺は少し調べ物があるから、悪いけどそれ飲んで待っててくれる?」

「ゎ、解りました」



臨也が視線をPCから反らさずそう伝えると、は返事をして紅茶を口にした



「………」

「………」

「………」

「………」



暫くの間、カタカタ、カチカチと臨也がキーボードやマウスを操作する音だけが響く

今日一日だけであまりにも色々な事が起きた事もあり疲れていたのだろう

暖かい紅茶でほっとしたせいか、無機質に響く音を聞いていたせいか

の意識はゆっくりと遠退き、いつしか小さく寝息を立て始めた



、ねぇ…?」



すっかり眠ってしまったをデスクから眺めながら、臨也は首を捻る

情報屋である臨也にとって名前と顔の解る相手の情報を集める事は容易かったが、

探しても探してもそれらしき人物はヒットしなかった

それどころか出て来るのはあるアニメに関するページばかりだ



「まぁ漫画の登場人物と同じ名前なんてのも珍しいけど…」



そう呟きながら何の気なしに公式ページを開くと、トップページに出てきたのは主人公であるの姿だった



「……ん?」



その姿を見て臨也は怪訝な顔をする

そしてキャラクター紹介のページやあらすじ等に次々と目を通し、更に眉間に皺を寄せた



、都内の大学に通う大学生、身長も体重も平均値で、平凡さが逆に特徴…」



見れば見る程このページのキャラクターであると目の前のソファで眠るが同一人物に見えた

姿も、髪型も、ほくろの位置も、全てがソックリだ

臨也は立ち上がり、ソファで熟睡しているに近付いてその姿を間近で眺める

呼吸に合わせて小さく上下している身体は、どう見ても生身の人間のそれだ

しかし先程PCの画面に映っていたのは二次元、つまり単なるイラストでしかない

それなのに此処までソックリなのは一体どう言う事なのか

目の前のをモデルにした物なのかもしれないが、それにしたって普通の人間であれば住基ネットにも戸籍にも何の情報も無いなんて事はありえない



「………」



臨也がを見下ろしたまま暫く見つめていると、やがてもぞもぞと身動ぎをしてが半分だけ目を開けた



「…ん……」

「……起きた?」

「…ぃざ、や……?」



は寝惚け眼で臨也を見ると、とても嬉しそうに笑ってそのまましゃがみ込んでいる臨也の首筋に両手を伸ばした



「っ!?」

「凄い…、本物のいざやだぁ…」

「ちょっと…、寝惚けてるの?」

「………」

「寝てるし…」



臨也はの予期せぬ行動に驚いたものの、自分の頭を抱えたままの姿勢で眠るを見てため息をついた



「どうしたもんかな…」



の頭を軽く叩きながら呟いて、臨也はポケットから携帯を取り出した



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ぁ、ドタチン?」

『あぁ折原か、どうした?』

「あのさぁ、って名前の知り合いが居たりする?」

『……何でだ?』

「いや、実は今うちに来てるんだよね、そのって子が」

『は?』

「だからー、俺の家に居るの。そんで俺に抱き付いたままスヤスヤ寝ちゃってるんだよねぇ」

『なっ…!?』



臨也は門田にそう言いながら未だに自分の首に抱き付いたままのの髪を弄ぶ

臨也の言葉に門田は言葉を失うが、臨也は楽しそうに笑いながら続けた



「何なら写メでも送ってあげようか?」

『いやいい…、だが何でとお前が一緒に居るんだ?』

「何か東池袋中央公園で偶然出会ってさ、ドタチンと別行動してて行く宛て無いって言うからひとまず連れて来たんだ」

『そうか…』

「何か、今日偶然助けたんだって?」

『あぁ。まぁ助けたと言うか狩沢と遊馬崎が拾って来て成り行きで保護した感じだな』

「ふぅん…」



臨也は含みを持たせて呟くと、門田に尋ねる



「狩沢や遊馬崎なら知ってると思うんだけどさ」

『何だ?』

「『平凡少女』って言うタイトルのアニメ」

『あぁ、…その主人公にソックリだって言うんだろ』

「そうそう。似てるって言うレベルじゃないよね。公式のページを見た限りまるで本人みたいだ」

『………』

「もしかしてこの子がモデルなのかなと思ってさっき色々調べたんだけどさ、この世界の何処にもなんて人間は存在しないんだよねぇ」



事実、臨也が調べた限りでは本当に世界の何処にもは存在しなかった

偽名である可能性も考慮して人相照合もある程度行ったが、同じ顔の人間は見つからなかった



『やっぱりそうなのか…』

「やっぱりって?」

『……お前が信じるかどうか解らないが…、は違う世界からやって来たんだそうだ』

「違う世界?」

『あぁ。何でもの世界では逆に俺達がアニメ化だの小説化だのされてるらしい』

「はぁ??」



門田の発言には流石の臨也も門田の頭を心配してしまう

しかし門田はため息混じりに言葉を続ける



『俺だって未だに半信半疑だが…、でもそいつの存在が確かにこの世界で確認出来ないのはお前がさっき証明しただろ?

「そりゃそうだけど…。まぁ黒バイクみたいな存在もいる位だからね、異次元から来た奴だって居るのかもね」

『そうだな…。まぁとりあえずそう言う訳だ。詳しい事は俺も良く知らないから、本人が起きたら聞いてみてくれ』

「了解」

『それとが起きたら一度連絡して貰えると助かる。このままだと狩沢と遊馬崎が煩くて敵わん…』



そうゲッソリとした様子で呟く門田の背後からは、確かに狩沢と遊馬崎の喚き声が聞こえた



「はいはい、じゃぁまた後でね」

『あぁ、頼んだ』



通話を終え、携帯をポケットにしまうと、臨也はの身体を抱き上げ立ち上がった



「なるほど。此処まで警戒心ゼロって言うのは俺の事を知ってたからなのかな…」



起きる気配の無いを持ち上げながら、臨也はため息交じりに苦笑し寝室へと運んだ






-Next Ep3-