「ねぇ先生、どうして人間は進化しないの?」



「へ?」



「そもそも猿から人間が進化したって本当の事なのかな?」



「さぁどうだろう…、僕は医者だし生物学にはあまり詳しくないからなぁ」



新羅はに背を向けて、片付けを進めながら答える



今日は月に一度の検診の日で、の家に新羅が訪問していた



はある極道の組長の娘で、身体にある病気を抱え物心ついた頃から新羅が主治医としてついていた



本来ならば大学病院などのきちんとした施設で治療を受けた方が良いのだが



組長の娘がそう易々と知らない医者に掛かる訳には行かなかった



そんな時、当時闇医者として歩みだしたばかりの新羅に白羽の矢が立ったのは



にとっても新羅にとっても幸運な事だったのかもしれない



「先生は進化論を信じる?」



「ん〜…。医学的観点とは関係無いけれど、個人的にはと猿が猿人、猿人が人間になったと言う過程には些か疑問を覚えるね」



「例えば?」



「例えば化石が見つかって居ない事。もし進化論が事実であるなら、猿から猿人に"進化している途中"の化石が出てきても良いよね?」



「確かに…」



「でも実際はそんな化石は見つからないし、今この現代に進化途中の人間なんていないし、信じるに足る証拠が無いんだよね」



新羅の説明を聞き、はがっかりしたようにため息をつく



「そっか…。じゃぁやっぱり進化論なんて嘘なんだ……」



「まぁ全くの嘘かどうかは僕には判断しかねるけど」



「…ねぇ先生」



「なんだい?」



「先生が好きな人は妖精なんでしょ?」



「そうだよ。この池袋に具現化したたった一人の妖精だ」



「私もね、妖精になりたいって思うの」



「あぁ、それで進化論なんだね」



「うん。人間から妖精には、やっぱり進化出来ないのかな?」



ベッド座ったまま真剣に首を傾げるに、新羅は小さく笑う



「残念だけど、無理だろうね」



「…だよねぇ……」



「どうして妖精になりたいなんて思うんだい?」



「だって、先生の好きな人は首が無くても動けるんでしょ?」



「うーん、まぁ簡明率直に言ってしまえばそうだけど」



「私の身体、色々不完全なんだもん。妖精になればそんな事も関係なくなるかなって思って」



は無邪気に答えて笑う



「それなら、妖精じゃなくて健康な人間になりたいと言うのでは駄目なのかい?」



新羅が尋ねると、は少し考えた後で、首を左右に振った



「駄目駄目。それじゃ意味ないの」



「どうしてだい?」



「だって…」



"だって、先生が好きな人は妖精なんだもの"



その一言を飲み込んで、はじっと新羅を見つめる



新羅は首を傾げると、器具を鞄にしまい込んで床に置いた



「まぁ今の君は人間だし、僕は妖精になる事より病気を治す事を目標にした方が良いと思うな」



「だって、どうせ治らないじゃない」



「そんな事ないよ。その為に僕が居るんだし、ちゃんが健康になるのは僕の目標でもあるんだよ」



「じゃぁ…私の身体が治ったら、先生私とデートしてくれる?」



そんなの問い掛けに、新羅は笑顔で答える



「もちろんだよ。ちゃんが行きたい所なら何処だって一緒に行ってあげるよ」



そんな新羅の返答を聞いて、は嬉しそうに笑う



「それなら頑張る。先生、今の約束忘れないでね」



「うん、楽しみにしてるから早く治そうね」



「はぁい」



「それじゃぁ僕は今日はもう帰るけど、何かあったら連絡しておいで」



「有難う、またね」



ベッド横たわるに見送られて、新羅はの部屋を後にする



長く広い廊下を歩き玄関へと向かう途中で、新羅は一つ息を吐いた



の病気は治らない



それは家族にも本人にも伝えられて居ない、新羅だけが知っている事実だった



だからこそあんなふざけた約束にも即答出来たのだ



そうでなければ一患者の戯言に付き合う事は出来なかっただろう



新羅はあくまでも医者として、患者に絶望を与えない様な言葉を選んで接しているだけで



決してに好意がある訳でも無ければ、の好意を受け入れるつもりも無かった



それでも、新羅は最期の瞬間までの為に"優しい先生"で居てやるつもりでいた



それはの家系や病気などの境遇に同情していたからと言う事と、



自分の為に妖精になりたいなんて、あまりにも馬鹿げた事を言うを少しだけ可愛く思ったからだった



後何回この家に来る事になるかは解らない



新羅はいかにもといった様相の門をくぐり外に出ると、の居る部屋を見上げて哀れむように微笑んだ



これが、岸谷新羅との日常―