良い天気



とは言えない、曇天の空の下



屋上のベンチに横になって眠っている少女が一人



「おーい」



「………」



ちゃーん?」



「………」


「おいおい、どんだけ爆睡…?」



一向に起きる気配の無いを前に、正臣は苦笑する



「おいこら、5限目始まってますよー?」



そう言いながら耳元で呼び掛ける



はそれでもなお眠り続けていたが、やがて眉間に皺を寄せた後にゆっくりと目を開いた



「やーっとお目覚めですか、眠り姫」



「あぁ…、何だ正臣か…」



ようやく目を覚ましたは寝惚けた様子で身体を起こし、目の前の正臣を見て欠伸交じりに呟く



「何だとは何だ。王子自ら起こしに来てやったんだぞ?」



「はいはい。ありがとねー、王子サマ」



は気だるそうに返事をした後、正臣に問い掛ける



「今何時?」



「13時30分ちょい」



「うゎ、5限始まってるじゃん」



「だからさっきもそう言ったって」



そう言って笑う正臣の顔をちらりと見た後で、は伸びをするとベンチに座ったまま空を仰いだ



「何か、雨降りそうだね」



正臣もにつられて同じ様に空を見上げる



「だな。つかそんな中良くもまぁ爆睡してたな」



「ちょっと曇ってる方が寝るには最適なんだよ」



「だからって休み時間からぶっ通しで5限サボるか?」



そう言って笑うと、は視線を移して正臣を指差した



「正臣だってサボってるじゃん」



「俺はお前が居ないから探しに来たんだよ」



「じゃぁ、見つけた訳だし、教室戻る?」



「うーむ…」



が正臣を見上げながら尋ねると、正臣は腕を組んで唸った後でにかっと笑った



「サボるっ!!」



「ですよねー」



予想通りの言葉にが笑うと、正臣もの隣に腰を下ろした



「でもあれだな。これで天気が快晴で、時期が春で、卒業間近だったらシチュエーションは完璧だったな」



「何のシチュエーションよ」



「そこはなんつーかザ・青春ど真ん中!!みたいな?」



「あぁなるほど。それでこのまま"もうすぐ、卒業だね…"とか?」



「そうそう。お互いの進路とかの雑談しててさ、ふいに訪れた沈黙の後にお互い同じタイミングで声掛けて…」



「譲り合った挙句一緒に声を揃えて…」



「"ずっと前から好きでした"」「"ずっと前から好きだったんだ"」



と正臣は同時に台詞を口にしながら顔を合わせて笑う



「ベッタベタだよね」



「ベタ過ぎて逆に珍しいレベルだな」



「まぁ残念ながら今日は見ての通りの曇り空だし、季節は秋だし」



「しかも俺達はまだまだフレッシュな1年生…。中々ドラマの様には行かないもんだなー」



「人生ってそんなもんだよ」



正臣の残念そうな声にサラリと答えて、は"そう言えば…"と切り出した



「この前、正臣だけ一緒に帰れなかった日あったでしょ?あの日って何してたの?」



「あぁ、はいはい。あの日は委員会の男子で女子のスカートの下に履いたジャージについて熱い議論を繰り広げてたわ」



「そんなくだらない事で居残ってた訳…?」



「馬鹿者、チーム男子にとって女子のスカートはその日のテンションを左右する大切な物だぞ!?」



「いつだってテンション馬鹿高い癖に良く言うよ」



「それはまぁエロ可愛い杏里とツンエロなを始め俺を求める女子の為に日々男を磨いているからな」



「…男を磨くのとテンション高くなるのと何か関係ある?」



「そりゃぁ俺がどんよりと凹んでたら女の子達の気持ちまで暗くなっちゃうだろ?」



「なんつーか、正臣のそう言う思考回路ってたまに尊敬するよ」



「おっと、俺に惚れちゃったかな?」



呆れ顔で呟くに向かい、正臣は流し目でポーズを決める



そんな正臣を暫く無言で見つめた後、は携帯をしまいながらぽつりと切り出した



「…正臣ってさぁ」



「何だー?」



「そうやって色んな子にガンガン声掛けたりアプローチしてる風を装ってるけどさぁ」



「装ってるって何だよ。毎日全員に心を込めて愛を届けてるっつーの」



「もしそれを受け入れる子が出たらどーすんの?」



「どういう事?」



「だから、例えば正臣が誰かにいつも通りに"付き合おう"って言った言葉に対して、その子が"はい"って言ったらどうするのって事」



「んー?そりゃぁそうなれば俺もついに勝ち組の仲間入りって事で登下校を共にして、
お昼も一緒に食べちゃって、帝人のクラスのあの名物カップルのようになるに決まってるだろ」



うっとりとした表情で現実味の無い妄想を語る正臣を冷ややかに見つめながら、は納得したように頷いた



「…なるほどね。そうやって全部適当に受け流して誤魔化して煙に巻くんだ」



「人聞き悪い事言うなよ。俺はいつだって真剣だぞ」



「はいはい。まぁ正臣の言葉を本気にするような女の子なんて居ないだろうから心配するだけ無駄だよね」



「はっはっは。相変わらずはツンエロだな、照れなくっても良いんだぞ?」



「ツンは兎も角エロは関係無いでしょ」



「いやいや、エロを笑うものはエロに泣くっつってな?帝人を見てみろ、あの純情ボーイ、未だに杏里に告白も出来ないんだから」



「それエロさを容認する事関係ある?」



「ある!!」



そんな他愛も無いやり取りの最中、が密かに深いため息をついた事に正臣は気付いていた



自分が黄巾賊の頭で将軍と呼ばれている事も



来良病院にずっと想い続けている恋人が居る事も



は全て知っている



全てを知っていてなお自分の傍を離れないの気持ちにも、正臣は気付いている



そんな正臣の狡さをも知っていて…



お互いに本音を見せないまま、指先の1本も触れ合わないまま



何事も無く毎日は過ぎてゆく



これが、紀田正臣との日常―