「煙草ってさ」



「ん?」



「何がそんなに良いの」



何となく、と言った感じでが静雄に尋ねる



「何で静雄は煙草を吸うの?」



少し離れた場所に座りながら、は静雄の吐き出す煙を眺めている



「…別に、」



静雄はの質問に答えようと少し考えたが



出て来た答えはそれだった



「煙草を吸うと落ち着くとか、口寂しいとか、理由って何かしらあるもんじゃないの?」



呆れているような、馬鹿にしているような、面白がっているような



そんな調子では更に問い掛ける



「ぁー…、まぁ落ち着くって言うのはあるかもな」



煙を吐き出しながら、静雄はぼんやりと答える



「そんな物で落ち着けるなんて、お手軽で良いよね」



「…嫌いか?煙草」



「うん。大っ嫌い」



トゲトゲしいの言葉に静雄が尋ねると、はハッキリと答えた



"大っ嫌い"



別に自分が言われた訳じゃないのに



何となくその言葉が心臓に刺さる



「ついでに言うと、煙草吸う人も大嫌い」



は静雄を指差しながら笑う



「じゃぁ何で毎回毎回会いに来るんだよ」



静雄はやや不機嫌そうに尋ねる



昨日も



一昨日も



そのまた前も



そして今日も



は静雄の元に自ら足を運んで来ていたのだった



・ ・ ・ ・



そもそも、静雄との出会いはがふらりと静雄の前に現れて話し掛けてきた事から始まる



最初はどう対応したら良いのか解らず無視を決め込んでいた静雄だったが



ある日野良猫と話し込んでいるを見かけ、思わずその背中に声を掛けた



「何してんだ…?」



そんな言葉を投げ掛けると、は振り返りもせずに答えた



「二人で世の中の不条理について議論してたの」



そんな電波極まりない返答に、静雄は声を掛けた事を後悔してそのまま立ち去ろうと踵を返したが



「愛されたいって、顔に書いてある癖に。それを拒むのはどうして?」



逆に背中に投げ掛けられたその一言に足を止めてしまった



その日以来



が静雄に会いに来る度に二人で過ごす時間は日に日に増えた



そして静雄が煙草を吸う度にが嫌そうな顔をする事にも静雄は気付いていた



それでも煙草を止めなかったのは、そんな事も思いつかない位煙草は静雄にとって仕草の一部になっていたからだ



人が、ある日急に瞬きする事を止められるだろうか



静雄にとって煙草を止めるのはそれと同じ事だった



・ ・ ・ ・



「何でって、そんなの静雄が大好きだからに決まってるでしょ?」



静雄の質問に答えながら、は何を今更と言う様に首を傾げる



「何だそりゃ」



静雄はの矛盾した答えに思わず苦笑する



はそんな静雄の顔を眺めながら考える



大嫌いな煙草と



その大嫌いな煙草を吸う大好きな人



でも、マイナスとプラスが合わさってゼロ、とはならないのが人の心と言うもので



大好きな人を侵食して行く存在が憎くて憎くて仕方ないのに



大嫌いなものに侵食されて行く大好きな人を大嫌いにはなれない



「静雄にとって煙草が瞬きと同じなら、瞬きが出来なくなれば良いのに」



「目が赤くなるだろ?」



「静雄にとって煙草が呼吸と同じなら、呼吸が出来なくなれば良いのよ」



「死ぬだろ」



尚も笑う静雄には続ける



「私が代わりになれば良いでしょ?」



そう言っては静雄に近寄ると静雄の手から煙草を取り上げた



そして静雄のポケットから携帯灰皿を勝手に取り出し、その中に煙草を投げ入れる



「私が居なくなったら目が赤くなるまで泣いて、私が居なくなったら死ぬ程苦しむの」



携帯灰皿を右手で弄びながら、は静雄を見上げる



「なぁ



「何?」



「俺はお前も煙草も手放せない」



「………」



「だから仲良くしてやってくれよ」



そう言いながらの頬に左手を添えて、静雄は身を屈めた



「………」



「………」



触れ合っていた唇がゆっくりと離れる



「煙草臭い」



は眉間に皺を寄せて横を向いた



その横顔は想像以上に赤くなっていて



静雄は赤く染まるその頬を愛しいと思った



愛する事も



愛される事も



案外簡単なものだと教えてくれたのはだった



今日も



明日も



明後日も



愛し愛され日々が過ぎて行く事をそっと願う



これが、平和島静雄との日常―