「雨、やまないね」



大きな窓の前で、新宿の空を眺めながらは呟く



「今日は一日中雨だってさ」



臨也はソファに座りテレビを見ながら答える



「此処って、雨の音とか聞こえないよね」



「まぁ最上階だし、そもそも防音ガラスだからね」



「そっか」



はコツコツとガラスを叩きながら遥か下の道路を見下ろした



「外寒そうだよね…。気温って何度なのかな」



「5度前後だって」



「それはかなり寒いねぇ…。そんなに寒いと冬眠したくなっちゃうよね」



は感心したように頷いた後で、あくび交じりに呟く



「別に此処は寒くないでしょ」



呆れたように臨也が返すと、は身体を臨也の方へ向けた



「そうなんだよね。此処って温度も丁度良いし、静かだし、美味しいお菓子もあるし、快適過ぎるんだよね」



「良い事じゃない。何か不満?」



「不満って言う訳じゃないんだけど…。あんまり居心地が良いと、何処にも行けなくなっちゃって困るなぁって」



視線を窓の外に移しながらは答える



その言葉は何処となく意味深で、臨也は立ち上がってに歩み寄りながら話し掛けた



「困る事なんて何も無いと思うけど?」



「うーん…」



「人間は人生を快適に過ごす為にあくせく働いてお金を稼ぐ訳で、最初から快適な暮らしが出来るなら皆働いたりしないよねぇ」



「それはまぁ…、そうかもね…」



「でしょ?でもは誰もが望む快適な暮らしが出来てるんだから、わざわざそこから別の場所に行く必要は無いよ」



そう言っての腰に腕を回し、背後からそっと抱き締める



「…そう……なのかな…」



「それとも、…何処か行きたい所でもあるの?」



の身体をくるりと自分の方に向けて、臨也はじっとの目を見据える



はそんな臨也の眼差しを受けて小さく笑った



「ある訳ないよ。ただ、人間ってあまりにも幸せ過ぎると逆に不安になるものなんだよ」



くすくすと笑って臨也の身体を抱き締め返す



「何処かの誰かさんの気まぐれで、いつこの快適な場所から追い出されるとも限らないし」



臨也の胸に顔を埋めながらそんな事を悪戯っぽく呟くと、臨也はの頭をぽんぽんとあやす様に撫でた



「そんな事心配するだけ無駄だから」



「本当?」



「此処まで至れり尽くせりされておいてまだ疑うんだ?」



苦笑しながら臨也が尋ねると、は顔を上げて臨也を見上げた



「疑ってるんじゃなくてさ」



「うん」



「信じられないんだよね」



「…それって同じ意味だと思うんだけど」



の言葉に臨也は突っ込みを入れるが、はぶんぶんと顔を左右に振る



「違う違う。臨也じゃなくて…何て言うか…」



「何て言うか?」



「その、自分の事が…」



「なるほどね」



そう呟くと、臨也はの両頬を挟んで顔を近づけた



「つまりは無条件に愛される程自分に魅力があるとは思えないし、俺にいつまでも愛して貰えるような自信が無いって訳だ」



「…流石臨也。的確過ぎて怖いよ」



全てを言い当てられたは、臨也の言葉を肯定しながら苦笑する



臨也はそんなの態度に少しだけ怒りを覚え、やや強引に唇を奪った



「……っ…」



「…は、余計な事考えないで俺の傍に居ればそれで良いよ」



「…臨也……?」



「自分自身なんか信じなくても俺だけ信じてれば良いし、俺はを絶対に離したりしないから」



「…うん……」



「だからさ、いつまでも外なんか眺めてないで俺だけを見てなよ」



「うん…」



臨也の言葉に静かに頷くを見て、臨也は優しく微笑んだ



二人の関係は、一般的に見て歪んでいる



何処にも行けず、誰にも会えず



の世界にはただ一人臨也だけが存在している



そんな歪んでいるとしか表現出来ない状況に居る事をは気付いていて



が気付いている事に臨也も気付いていた



それでも臨也は確かにを愛しているし



は臨也を愛している



こうして、今日も二人だけの世界で臨也はを愛し続ける



これが、折原臨也との日常―