「臨也さん臨也さん」

「何?」

「今日って、キスの日なんですって」

「は?」



5月23日

事務所に来るなりうきうきとした様子で話し掛けられた内容に、臨也は怪訝な表情を返す

はそんな臨也をデスク越しに見つめ、首を小さく傾けた



「知りませんか?今は365日の毎日が何かの記念日なんですよ」

「記念日って?」

「えぇと…、例えば今日はキスの日ですけど、明日はゴルフ場記念日らしいです」

「へぇ…。キスの日にゴルフ場記念日ねぇ…」

「後、臨也さんの誕生日はみどりの日ですけど、他にもラムネの日だったりエメラルドの日だったりするみたいですよ」



そう言って楽しそうに仕入れた知識を披露するの姿を眺めながら、臨也は納得したように頷いて馬鹿にした様子で呟く



「なるほど。各団体や企業や国が勝手に記念日を作ってはそれに託つけたビジネスを展開している訳だ」

「そういう事ですね」

「バレンタインと言いホワイトデーと言い、人間は本当に色んな事を考え付くものだねぇ」

「まぁ、皆なんだかんだとやっぱりイベントごとは好きですからね。些細な切っ掛けでもないと中々行動出来ないというのもありますし…」

「そうだね。で、君は今日の"キスの日"という些細な切っ掛けに託つけてどうしたいの?」



デスクの上に両肘を置き、組んだ手に顎を乗せた状態で臨也は目の前のを見上げて尋ねる

全てを見透かした様な笑みを浮かべる臨也の視線に、はほんのりと頬を染めながら答えた



「ぇっと、もし良かったら、臨也さんに、キスしたいなぁって…」



はそう答えながら恥ずかしそうに両手で顔を覆う

臨也は少々予想と違った答えに一瞬動きを止めたものの、目の前できゃぁきゃぁと盛り上がるを見て苦笑した



「そっちがする側なんだ?」

「はい、それはもう、臨也さんにして貰うなんて畏れ多くて無理ですから…!!」

「ふぅん…。まぁ別に拒む様なものでも無いし、されてあげても良いけど」

「本当ですか!?」

「君の突拍子もない言動にはいつも楽しませて貰ってるし、こんなに訳の解らないお願いをされたのは初めてだからね」



臨也は上機嫌で答え、組んでいた手を解きデスクから距離を取ると足を組み椅子の背もたれに体重を預ける



「さぁ、どうぞ?」



臨也がデスクの向こう側に立っているに声を掛けると、はおずおずとした足取りで臨也の目の前に移動し、臨也を見下ろした



「では、お言葉に甘えまして…」



そのままはそんな台詞と共に臨也の足元に跪くと、おもむろに左足に触れてスルリと靴下を剥ぎ取る



「は?ちょ…」



予想外の行動に驚く臨也を余所に、は素肌を晒した臨也の踵と足先を包むように持ち上げ愛おしそうに見つめる

そして一瞬視線だけを臨也に向けると、そのまま目を伏せ足の甲に唇で触れた



「な…」



臨也が瞬きを繰り返す中、足の甲に触れた唇は次いで足先へと移動する

の唇はそのまま足の指に触れ、やがて満足そうに顔を上げたに臨也は困惑した様子で尋ねた



「…何してるの?」

「何って、キスですけど…」



臨也の問いにきょとんとした顔で答えたは、ふいにハッとした表情を浮かべると焦った様子で尋ねる



「ぁ、やっぱり素足は調子に乗りすぎでしたか…?」



靴下のままはどうかなと思ったんで…、と独り言の様に呟くに、臨也はそれはどうでも良いんだけど、と半ば諦めた様子で続ける



「キスの日だからキスさせてくれって言うのはまぁ解るとして、…何で足な訳?」



まともな答えが返ってこない事は承知で臨也が問うと、は嬉しそうに笑ってその問いに答えた



「えぇとですね、今朝ニュースの特集でキスの日にちなんで各所へのキスの意味合いを説明をしてたんですけど」

「うん」

「髪の毛は思慕とか唇は愛情とか色々あって、足の甲へのキスは"隷属"、足先へのキスは"崇拝"を意味するんですって」

「はぁ…」

「それを見た瞬間、"これだ!!"って思って」



事務所の床に跪いたまま、にこにこと説明するを見下ろして臨也は無気力に相槌を打つ



「隷属と崇拝、ね…」



から日頃自分に向けられている感情が、愛や恋では無いことは解っていた

しかし自ら隷属などと言い出す程歪んだ感情だとも思っておらず、臨也は盛大に息を吐く



「君は本当にいつも俺の予想の範疇を超えてくれるねぇ」

「そうですか?」

「まぁ隷属でも崇拝でも好意には違い無いだろうけど…」

「?はい、臨也さんの事はとっても好きだし尊敬してます」



そう言って自分の言葉に対し屈託のない笑みを浮かべるを、臨也はどうしようもなく哀れだと思い

同時に、どうしようもなく愛おしいと思った



「全く、唇までの道のりは遠そうだね…」

「臨也さん、今何か言いました?」

「言ってないよ。って言うかいい加減靴下履きたいんだけど」

「ぇ、もうですか?どうせなら反対の足も…」

「調子に乗らない」

「はぁい…」



不服そうに頬を膨らましながらもようやく立ち上がったを横目に脱がされた靴下を履き直しながら、臨也は心の中で一人呟いた











いつか君のその感情が、もっと別のものに変化しますように












'2017/5/23

『キスの日』