初めて2人で食事を摂ったあの日から、数週間が経過した

今の所私と臨也の関係は特に変わりなく、淡々と毎日が過ぎていた

あの日約束した通り、私が気が向いた時に夕飯を作ると臨也は喜んでそれを食べた

実際本当に喜んでいるのかは解らなかったけれど、少なくとも私が何を作ろうと臨也は残さず食べた

臨也が魚の目が苦手だと言う事は、秋刀魚の塩焼きを作った日に知った

秋刀魚を前にして固まる臨也の微妙に引きつった顔は、今思い出しても少し笑える

仕方ないので頭を落とし、身をほぐして出汁茶漬けにしてあげたらぺろりと平らげた

私はあまり好き嫌いはしないけれど、私が作る物は基本的に私がその時食べたい物や、冷蔵庫にある物で作れる物ばかりだ

だから、もしかしたら本当は食べたくない物や食べたい物がもっと他にあるのかもしれない



「………」



定時過ぎ

私は職場のデスクで自分のスマートフォンをじっと見つめて考えていた



"今夜、何か食べたい物ある?"



そうメールで一言尋ねたら、彼は何と返してくるのだろうか

何でも良いよ、と返して来るだろうか

それとも、食べたい物のリクエストを返して来るのだろうか

そんな事を考えながらも、私の指は動かない

彼の好きな物や食べたい物を、私が尋ねても良いのだろうか

今まで臨也の為に何かをした事なんて無かった私が

一緒に暮らす様になった途端に彼の事を気に掛けるなんて

何だか随分と単純過ぎやしないだろうか

そもそも、臨也が私に結婚を申し込んだのは"世間的なステータスが欲しいから"と言うだけで

そんな臨也の望みを叶える代わりに私に対価として与えられているのが"不自由の無い生活"なのだ

"夫婦として世間的に認めて貰う" と言う以上の事を、恐らく臨也は望んでいない

私が用意している食事だって、臨也にとっては"私が自分の為に作るついでに作って貰っている物"であり、

それが彼自身の為に作られる物だとは思ってもいないのだろう

それなのに私が勝手に彼の望む以上の事をしようとすれば、それは彼の望んでいた生活では無くなってしまうのでは無いか

そうなれば契約不履行として今のこの関係が解消される事にもなるかもしれない

つまり、今のこの状態、関係が、お互いにとってベストなのだ

そんな風に考えると中々自分から何かをしようとは思えず、私はデスクに肘を付いて深く息を吐いた



「はぁ…」



結局溜め息と共にスマートフォンを置き、私は退社の準備を整え会社を出た

そして帰り掛けにスーパーに寄り、今夜のメニューを考える

たまには揚げ物でもしようか

かつ丼、天ぷら、コロッケ、唐揚げ…

色々なメニューを頭の中に浮かべている途中、ふと、臨也が好きそうなのは天ぷらだろうか、等と考えて私は頭を振った



「あぁもう…」



此処最近、少し気を抜くとこうして折原臨也と言う存在が私の思考に入り込む

私はそれが何だか無性に腹立たしくて、そんな自分の思考に抗うようにトンカツ用の豚ロースに手を伸ばした







『イレギュラー・マリッジ』






「ただいま」

「おかえり」



私より1時間ほど遅れて帰宅した臨也は、リビングに入るなりキッチンに居る私をみてやっぱりね、と呟く

何が"やっぱり"なのか私が尋ねると、臨也は得意気な様子で答えた



「何となく、今夜はが夕飯作ってるかなって気がしたんだよ」



そう答えた臨也はいつも通り脱いだジャケットをソファに置き、手を洗う為に洗面台へと向かう

そして洗面台から戻るとそのまま私の元へとやって来て、私の手元を覗き込んだ



「トンカツ?」

「うん、かつ丼でも作ろうかなって」

「良いねぇ、ソースカツ?卵とじ?」

「どっちでも作れるけど…、臨也はどっちが良い?」

「そうだなぁ、どちらも普段あんまり食べないから悩むね」



そう言って暫し悩んで見せる臨也の台詞に、私はあぁ、やっぱり臨也はあまりかつ丼は食べないんだな、と思った

そんな事を考えていると、臨也がふいに私に向かって尋ねる



「と言うか、カツ丼用のソースなんてうちにあったっけ?」

「ぇ?わざわざそんなの無くても、普通のソースとみりんとケチャップがあればそれっぽいの作れるよ」



臨也の問いに答えると、臨也はそうなんだ、と呟いて、それならソースかつが良いなと言った



「解った。じゃぁ出来上がるまでテレビでも見て待ってて」

「うん、そうさせて貰うよ。あぁ、手伝う事があったら言って」



そう言って臨也はリビングへと戻りソファに座るとテレビを付ける

カウンターキッチン越しにそんな臨也の姿を見ながら、私は再び手を動かし始めた

下処理を済ませ、油を温めカツを揚げ、小鍋で煮込んだソースをカツに絡める

丼に白米を乗せ、その上に千切りにしたキャベツを乗せ、更にその上にカツを乗せる



「…良し」



こうして完成したソースカツ丼は我ながら中々良い出来で、私は上機嫌でそれらを味噌汁と共に机に並べた

準備が整った所で臨也に声を掛け、いつもの様に2人で向かい合って席に着く



「うん、今日も美味しそうだ」



椅子に座った臨也は、目の前の丼を眺めながらそう呟いて笑う

そんな臨也の笑顔は何だか少し子供っぽく見えて、何と言うか、可愛い所もあるんだな、等と思ってしまった



「それじゃぁ頂きます」



臨也はそう声を掛けると箸を手に持ち丼に手を伸ばした

一つの丼に納まった白米と千切りキャベツとカツを同時に口へと運び、数回の咀嚼の後にごくんと飲み込む

そうした何気ない一連の動作にも何処となく育ちの良さが伺え、ついつい私は臨也の手元や口元をじっと見つめた



「良いね。ソースの酸味とキャベツの甘味が凄く合ってるし、こんなにソースが絡んでるのにちゃんと衣の歯応えもあって凄く美味しいよ」



満足そうに頷いて、臨也が私に笑い掛ける



「それは良かった」



私はあくまでも普通の態度を心掛けてそう答え、自分もようやく丼と箸を手に持った



「うん、我ながら美味しい」

「はは、自画自賛?」

「だって、自分で美味しいと思える物じゃなきゃ人様に食べさせられないでしょ?」

「まぁ確かにね」



一般的に生き物が無防備になる瞬間は「睡眠時」「食事時」「排泄時」だと言われているけれど、

美味しい物を食べた時の人の笑顔と言うのは確かにこの上なく無防備だと思う

そして今、そんな無防備な笑顔を作っているのが自分の料理なのだと思うと、少しだけ嬉しい様な誇らしい様な気持ちになった






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誰かの為に行動するのは、意外と悪くない

そんな風に思う様になったのは、いつからだっただろうか

あっと言う間に月日は流れ、ある日突然始まった結婚生活は今週末で早くも1年を迎えようとしていた



「…1年、かぁ……」



リビングで一人、私はソファに座ったまま壁に掛かったカレンダーを眺めて呟いた

何だか未だに実感が湧かないけれど、こんな生活が1年も続いた事には素直に驚く

私は特にイベントごとには興味の無い人間だったけれど、この1年は何だかんだと大体のイベントを臨也と共に過ごしてしまった

クリスマスにはいつもより少し豪華な食事を作り、臨也が買って来たケーキを2人で食べた

バレンタインは私は何も用意していなかったけど、臨也が気紛れで買って来たワインを2人で飲んだ

私の誕生日には花とネックレスを買って来たので、臨也の誕生日には服を贈った

しかしそれもこれも別に2人で示し合わせた訳では無く、ただ何となく世間一般で言う所のイベントに乗っかってみた、と言うだけだ

こうしてイベントごとを一緒に過ごす事で、自分達が結婚したと言う事実を互いに再確認していたと言っても良いかもしれない

だから、今度の結婚記念日についても特に約束はしていなかったけれど、きっといつも通り何となく2人で過ごす事になるのだろう、と

私は勝手にそう思い込んでいた



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「そうだ、明日の事なんだけど」

「ん?」

「明日は粟楠会の人達に呼ばれてるから、夜遅くなるよ」



記念日の前日の夜

リビングでテレビを見ていた私に臨也が声を掛ける



「遅く、って…、何時位?」

「さぁねぇ、あの人達が1杯2杯で帰してくれるとは思えないし、日付は跨ぐんじゃない?」

「…そう、なんだ」

「場合によっちゃ帰れないと思うけど、まぁいつも通り気にしなくて良いからね」



それじゃぁおやすみ、と言い残し、臨也は自分の部屋へと戻って行った

リビングに残された私は、そのままぼんやりとテレビの画面を見つめながら臨也の言葉を反芻する



「そっか…、まぁ、約束してた訳じゃ無い…もんねぇ……」



別に結婚記念日を2人で祝おうだなんて、一切約束していなかった

だから臨也が仕事の都合で家を空けるのは仕方のない事だし、当たり前の事だ

そもそも、偽装結婚なのに結婚記念日なんて物を祝ってどうするつもりだったのか

私は自分の考えを思い返しながらそう自分に言い聞かせる

それでもやっぱり心の何処かで臨也が結婚記念日を全く気にしていなかったと言う事実にショックを受けている自分が居て、

そんなショックを受けている自分に更にショックを受けた私は、思わず抱えていたクッションに顔を埋めた



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翌日

目を覚ますと臨也は既に家を出た後の様だった

私はいつも通りに家を出て、いつも通りに働いて、いつも通りに帰宅する

特に残業をした訳でも無かったけれど、どうしても自炊する気が起きず帰りにコンビニで弁当を買った



「………」



リビングでテレビを見ながら、黙々とコンビニ弁当を口に運ぶ

私の視線はテレビへと向けられているのに、内容は全く頭に入って来なかった

夕飯後、少し時間を置いてからシャワーを浴びて早々に自室へと戻る

薄暗い部屋のベッドに倒れこむように寝転んで、私は深く長い息を吐いた



「………」



今日と言う日をこんな形で迎える事になってしまった事については、別に悲しいとは思わなかった

でも、悲しい訳では無いのに、何故かずっと胃の辺りがもやもやとした不快感を訴えている

この不快感は以前臨也が私に夕飯を作ってと頼んで来た時に感じた物と恐らく同じだ

あの時臨也が私に言ったのは、材料費は気にしなくて良いから気が向いたらまた自分の分もついでに作って欲しい、と言う事で、

それはつまり"契約の一環として"と言う事であった

それを聞いた私がどうしてもやもやとした気持ちを覚えたのか、今なら何となく解る

私にはあの言葉が、頼まない限りは余計な事はしなくて良い、と言う、臨也の拒絶の言葉に聞こえたのだ

本当は、私のついで等ではなく彼の為に料理をする事もやぶさかでは無かったのに

本当は、ただ一言"これからも俺の為に作ってよ"と言ってくれればそれだけで良かったのに

それなのに、臨也は私のそんな思いを知ってか知らずか真っ向から否定した

だからと言って、別に臨也が悪い訳では無い

私が勝手に期待して、そして勝手にこうして落ち込んでいるだけだ



「そうか…、私は落ち込んでるのか……」



ぐるぐると自問自答を繰り返す内に気付いた自分の心情に、私は他人事の様に呟いた

思い返してみると、この1年間随分と自分らしくない思考や行動を繰り返していた様な気がする

初めて着たウエディングドレスに

左手の薬指に光る指輪に

自分でも気付かない内に気分が舞い上がっていたのかもしれない

臨也にとって単なる知り合い程度の認識でしか無かった私が今こうして彼と暮らしているのは、

運命でも何でも無く、ただ偶然彼の求める条件に私が合致していたと言うだけだ

故に、二人の間に愛などある筈が無い

いくら唇を重ねようと、いくら身体を重ねようと

私と臨也の間にあるのは1枚の紙切れだけ

それなのに、日に日に自分の中で折原臨也と言う存在が大きくなるのは何故なのだろうか

顔を合わせる度、言葉を交わす度、自分の中で育つこの気持ちは何なのだろうか

自分で自分の事が制御出来ない

自分で自分の気持ちが理解出来ない

今まで生きて来てこんな事は初めてで、私はそれがとても恐ろしかった

ベッドに横たわったまま、私は今更過ぎる後悔を覚えながら両手で顔を覆い更に深く溜め息をつく



「もしかして、こんな事なら結婚なんてするんじゃ無かった…、とか思ってる?」



次の瞬間、背後から聞こえた声に私は慌てて起き上がり後ろを振り返った



「ぃ…臨也……?」

「俺以外の人間がこの家に居たら大問題じゃない?」



部屋の入口に立っていた臨也はつかつかと私の目の前までやって来て私を見下ろす

自分がどれ位の間考え込んでいたのかは解らない

それでも飲みに出掛けていた臨也が帰って来るにはまだ早い時間の筈だ

なのにどうして今此処に臨也が居るのか



「何で…飲み会は…?」



混乱したまま尋ねる私をじっと見下ろして、臨也は溜め息交じりに私の問いに答えた



「"今日は結婚記念日で愛する妻が家で待ってるんです"って頭下げて、どうにか最初の1時間だけで勘弁して貰ったよ」

「覚えてたの…?」

「当たり前でしょ?」

「当たり前って…、だって、昨日臨也何も言わなかったのに…」

「それはまさかが結婚記念日の事を認識してるとは思ってなかったからね」



臨也はふっと自嘲気味に笑う



「でも俺が飲み会があるって伝えた時の君の様子を見て、もしかしてって思ってさ」



だからこうして帰って来たんだよ、と私に説明してみせると、臨也は私の顔を覗き込んで尋ねた



「結婚記念日なのに君を放置して飲みに行くなんて酷い男だ、って思って拗ねてる?」

「……別に拗ねてなんか無いよ」

「へぇ?それじゃぁ、記念日を期待してた自分に落ち込んでたのかな?」

「…っ」

「そうか。君は何かあってもこうして黙って一人で抱え込むタイプなんだね」



知らなかったよ、と言いながら臨也は笑う

私はそんな臨也を眺めながら、言い訳も出来ず、かと言って肯定する事も出来ず、ただ目の前の臨也を恨みがましく見つめる事しか出来なかった



「言いなよ、言いたい事があるならさ。俺達一応夫婦でしょ?」



そんな私に向かって、臨也は諭す様な、諌める様な調子で声を掛ける

そこで臨也の口から出た夫婦と言う言葉があまりにも白々しくて、私は思わず苛立った声を上げた



「夫婦って言っても、所詮偽物でしょ?紙切れ一枚で繋がっただけの、単なる、赤の他人同士でしょう?」



解っていた事なのに

実際に口に出してみると私と臨也の関係は酷く脆くて希薄な関係なのだと思い知る



「たまたま私が臨也にとって都合が良かっただけで、条件に合うなら私じゃなくても良かったんでしょ?」



解っていた筈なのに

彼と私の間には"何も無い"と言う事実に、自分がずっと空しさを感じていたのだと言う事を思い知る



「同じ家に住んでても、同じご飯を食べてても、私は臨也にとって契約相手でしか無いって、そんな事最初から解ってたよ」



それでも私は自分のそんな気持ちを認めるのが怖くて、恥ずかしくて、

さっき自分が落ち込んでいる事に気付いた癖に、それを必死で隠そうと早口で捲し立てる



「だから別に臨也を酷い奴だなんて思ってないし、別に記念日だからって期待なんかしてなかったし、
臨也にとって私がただの都合の良い奴でも悲しいとか悔しいとか空しいとかそんな事全然思わないし…!!」



私が一頻り吐き出すと、それまで黙って私の言葉を聞いていた臨也は何処か納得した様子でなるほど、と呟いた



が素直じゃ無いのは知ってたけど、此処まで天邪鬼だとは思わなかったなぁ」

「…馬鹿にしてるの?」



じとりと臨也を睨み付ける私の言葉にからからと笑いながら、臨也は右膝をベッドの上へと乗せて体重を掛ける



「いいや?俺は君と言う人間が俺の予想を次々と裏切ってくれる事が素直に嬉しいだけだよ」



上機嫌でそう言いながら私の目の前へと距離を詰めた臨也は、私の両肩に手を置くとそのまま私の額にちゅっと軽く口付た



「ねぇ

「何…」

「俺はね、本気で君の事が好きだよ」

「ぇ?」

「だから何としてでも君を手に入れたいと思ったし、こうして偽装結婚だなんて言い包めて君と結婚した訳だ」

「………」

「最初はさ、結婚さえしちゃえば後は君が俺を好きになってくれるのを待てば良いと思ってたんだ。
なのに結婚後もの様子は全く変わる気配が無くて焦ったよ…。でもだからと言って俺があんまり行動を起こして、
それに嫌気が差して"もう嫌だ、離婚したい"なんて言われたら元も子も無いじゃない」



甘える様に私の身体を抱き締めながら、臨也はまるで独り言の様に告げる

背中に回された両腕は暖かく、臨也の身体からは煙草とお酒の匂いがする

きっと先方を満足させて会場を後にする為、得意でも無いお酒を散々飲んだのだろう



「だからどうしたら俺の事を好きになってくれるかずっと考えてたんだけど…。まさか君が単なる意地っ張りだとは思ってなかったよ」

「な…」

「本当は俺の事を酷い奴だと思ってるし、記念日を楽しみにしてたし、ずっと悲しくて悔しくて空しかったんでしょ?」



そう言ってくすくすと笑う臨也の声は馬鹿にした様子は無く、ただただ嬉しそうだ



「何だ、こんな事ならもっと早く言えば良かった」

「ぇ…?」

「だから、俺が君を好きだって事だよ。…俺は誰よりも君を必要としているし、誰よりも君を愛してる。
結婚相手は君じゃなきゃ嫌だし、単なる契約相手とか、都合の良い女だとか、そんな風に思った事は一度も無いよ」



臨也の口からそんな言葉が次々と飛び出し、私は臨也の腕の中でそれらの言葉の意味を正しく受け止めきれずにいた



「理解出来ない?それなら出来るまで何度でも言ってあげようか」



そう言って私を抱き締める臨也の腕が緩み、唇が私の唇へと押し当てられる

柔らかな感触はすぐに離れ、代わりに私の耳に恥ずかしい程の愛の言葉が送られた

好きだよ

愛してる

優しい声で何度も何度も臨也は囁く

それは結婚してからの一年より、もっともっと前から蓄積されていた臨也の私への気持ちだった

そんな臨也からの思わぬ告白を聞く内に、私の中にも一つの確信が生まれる

私は、折原臨也が好きだ

私は、折原臨也を愛している



「臨也」

「何?」

「好き」

「………」

「私も、臨也の事が、好き」



どうしてこの偽りの結婚生活にずっと空しさを感じていたのか

どうして今日と言う日を一緒に過ごせない事で自分がこんなにも落ち込んでいたのか

ようやく理解する事が出来た



「今更…、だよね。でも、今ようやく解った。私、臨也の事が凄く好きみたい」



いつからかは解らない

少なくとも1年前は特に好きでも嫌いでも無かったと記憶している

でも、この1年間を2人で過ごす内に、少しずつ、しかし着実に、私は彼を好きになっていたらしい

今まで自分には縁が無いと思っていたその感情は、自覚してしまえば驚く程呆気なく、すとんと胸の内に納まった



「本当はね、ずっと前から臨也に何が食べたいか聞きたかったし、臨也の為に洗濯や掃除をして臨也の帰りを待ちたかったの。
休みの日には一緒に出掛けたいって思ってたし、今日も、本当は2人で一緒に結婚記念日をお祝いしたいって思ってた」



少し恥ずかしかったけれど、私は今まで自分が漠然と感じていた気持ちを臨也に伝える

臨也は私の拙い告白を聞きながら、少し照れた様に笑うと再び私を力いっぱい抱き締めた



「良いね、最高に幸せな気分だよ」



そう言いながら本当に嬉しそうな様子を見せる臨也は、そうだ、と思いついた様に呟くとおもむろにベッドの上に正座をした



「折角だからこの機会にもう一度言うから聞いてよ」

「ぇ、何を?」



突然の申し出に首を傾げる私を、臨也は真剣な顔つきで見つめる

そんな状況に私の心臓は大きく脈を打ち、私はその場で息を飲んだ



「俺の奥さんになって下さい」



それは1年前とは違う本気のプロポーズで、私は溢れる涙を両手で抑えながら何度も頷いた










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・・・・







「臨也、朝だよ」

「ん…、おはよう…」

「おはよ。ご飯出来てるから早く食べよう」

「うん、有難う」



寝惚け眼の臨也を起こし、2人揃って朝食を摂る

テレビのニュースに耳を傾けながらトーストを食べていると、ふと臨也が私に声を掛けた



「そうだ、今日の仕事後の予定は?」

「んーと、今日は多分残業も無いから19時位には帰ってると思うよ」

「そう。それじゃぁ今夜は映画でも見に行こうか」

「ホント?私この前公開されたやつが見たいな」

「あぁ、あのベッタベタの恋愛映画?」

「そうそう。あれに出てる俳優さんがね、すっごいはまり役だって会社の同僚の間で評判なの」

「ふーん。まさかその俳優のファンだったりする訳?」

「え?まぁ嫌いじゃないけど、別にファンって言う程でも無いかな」



あからさまに面白くなさそうな様子の臨也の問いに答えると、臨也はそれなら良いけど、と言って席を立つ



「…ヤキモチ?」



綺麗に平らげた食器をシンクに下げる臨也に悪戯っぽく尋ねると、戻って来た臨也は座っている私の目の前に立ち身を屈めた



「そうだよ。悪い?」



臨也は不服そうな顔で答えると素早く私の唇を塞いでにやりと笑う



「他の男に夢中になるなんて絶対許さないからね」

「もう…、心配しなくても平気だってば……」

「どうして?」

「どうして、って…」

「きちんと言ってくれないと解らないなぁ」

「っ…、この世で一番臨也を愛してるから、だよ」



朝から何て事を言わせるんだと言う思いで少々ヤケクソ気味に伝えると、臨也はとても嬉しそうに笑った



「俺も、君を世界で一番愛してるよ」








-END-