5月4日

午前9時

ピンポン、とインターフォンの音が事務所に響いた

世間はゴールデンウィーク真っ只中

企業の多くは休みであり、折原臨也の事務所も同様この連休は休み、と言う事になっていた

顧客に対してはその旨を前もって伝えてあったし、職場兼住居である事務所のドアには張り紙もしてある

しかし、インターフォンはそんな事などお構いなしにもう1度、もう2度、3度と鳴り続ける

ベッドの中でまどろんでいた臨也は多少のイラつきと共に布団を跳ね除けて玄関へ向かい、ドアスコープ越しに無礼な訪問者の顔を覗き込んだ



「…?」



すると魚眼レンズの向こうに立っていたのは臨也の数少ないプライベートな知人であるで、は更にインターフォンを鳴らそうとしている所だった



「………」



臨也は頭を掻きながら寝起きで跳ねたままの髪の毛や寝巻きのままでドアを開ける事を一瞬躊躇う

しかしドア1枚を隔てた向こう側のからは自分が出るまでインターフォンを鳴らし続けると言う意気込みを感じ、深い溜息と共に鍵を開けた



「あ、おはよう臨也くん!!」

「おはようじゃない」

「あれ?もしかして寝てた?」

「もしかしても何も寝てたよ。君には此処に書いてある文字が読めない訳?」



臨也はドアの張り紙を指差しながら呆れたように尋ねる



「失礼だなぁ、ちゃんと読めてるよ。でも私は別にお客さんとして来た訳じゃないし関係無いかなって思ってさ」



は爽やかな笑みを浮かべて親指を上げる



「それにしたって普通家に来るなら事前に連絡とかするものじゃないの?」

「したよ?今朝メールで9時位に行くねって送ったもん」

「…今朝って何時」

「ぇっと、5時過ぎ位かな?」

「………」



そう当たり前の様に答えるに、この女に常識を求めた自分が馬鹿だったと肩を落とし臨也は再び深い溜息を吐いた



「まぁ良いや…。それでこの休日真っ只中の早朝に一体何の用?」

「やだなぁ臨也くん、今日が何の日かも忘れちゃったの?」



臨也の問いに対しは逆に問い返す



「何の日って…、5月4日…。あぁ、もしかして俺の誕生日?」



に言われて少しの間考え込んだ臨也が思い出したように呟くと、は大きく縦に首を振った



「そう!!折原臨也の誕生日!!だからこのさんが直々にお祝いに来てあげたんだよー」



そう言って得意げに胸を張るを見つめ、臨也は脱力する



「…たかが誕生日でそこまで盛り上がれるってある意味凄いと思うよ」

「そう?誕生日ってどんなイベントより特別じゃない?」

「誕生日が嬉しいとかめでたいなんてのはせいぜい10代までだと思うけどね」

「じじくさいなぁ。まぁとりあえず折角遠路遥々祝いに来たんだから、いい加減中に入れてくれても良いんじゃないかな」



少し不満げに頬を膨らませ、は臨也を見上げる

臨也はそんな強引なを見下ろした後で、渋々と言った様子でを中へと招き入れた



・・・



「お邪魔しまーす」



臨也の事務所には何回も訪れている為、は慣れた様子でソファの脇に自分の手荷物を置く

そんなを横目に臨也は寝室への階段を昇りながらに声を掛けた



「着替えてくる」

「ぁ、じゃぁ私飲み物用意しておくね。臨也くん珈琲と紅茶どっちが良い?」

「珈琲」

「おっけー」



そんなやり取りを交わし、はキッチンへ向かうとやはり手慣れた様子で戸棚からカップや珈琲豆を取り出し珈琲を淹れ始めた

寝室に戻った臨也は寝巻きを脱ぎ私服に着替える

が当たり前の様に訪ねて来る事や当たり前の様にキッチンを使う事に、臨也はもはや何の疑問も抱いていなかった

元々は新羅経由の依頼者であり、出会ったのは去年の夏頃だっただろうか

は初対面から既に馴れ馴れしく、正直あまり深く関わりたくない相手だと思ったのが第一印象だった

しかし臨也のそんな心証など関係なく、は依頼が済んだ後も事ある毎に臨也の元を訪れた

そして何度か相手をしたりあしらったりしている内に、と言う人間に多少興味を持つようになる

通常人間は年齢を重ねるにつれて打算、計算、遠慮などを知り言葉に裏が出て来るが、の言動にはそれが全くと言って良い程無かった

最初に馴れ馴れしいと感じたのも、の屈託無さ故だろう

興味を持ったついでにについて調べて解ったのは、幼い頃に両親を失くし親戚や孤児院など様々な場所を転々としながら生きて来たと言う事

そんな複雑と言えば複雑な生き方をして来たせいか、人の言葉の裏や心の機微を読み取る事については非常に敏感だった

それなのに自身はあっけらかんとしていて単純で、まるで悲壮感を感じさせない

単純と言えばそれまでだが、この世の中で単純に生きる事程難しい事は無い

情報屋と言う職業柄その事を誰よりも身に染みて理解しているからこそ、臨也はの単純さが不思議だった



「お待たせ」



着替えや洗顔など一通りの身支度を済ませた臨也が事務所へ降りると、ソファ前のテーブルには既に2つのカップとクッキーが用意されていた

ソファに座って臨也を待っていたは、臨也の姿を見て小さく首を縦に振る



「うんうん、ようやくいつも通りだね」

「何が?」

「服とか色々だよ。さっきなんて盛大に寝癖付いてたし」



くすくすと笑って臨也の頭を指差すの隣に座り、臨也は「煩いよ」と少々ばつが悪そうに呟く



が連絡も無しに人の休暇中に押し掛けて来るから悪いんだろ」

「だから連絡ならしたってば」

「朝の5時にメールする事を連絡とは言わないし、ましてや返事も無いのに押し掛けるのは約束したとは言わないんだよ」



無駄だと解っていながらもそう説き伏せて、臨也はカップを手に取った



「大体、俺に誕生日とか教えて無かったと思うんだけど?」



の淹れた珈琲を一口飲み、臨也はに問う様に声を掛ける



「それならついこの間新羅くんに聞いたんだよ」

「新羅に?」

「そ。先週位だったかな?何となく臨也くんの誕生日っていつなの?って聞いたら5月4日って言うからさ」



クッキーに手を伸ばしながらは素直に答えた



「それで5月4日ってゴールデンウィーク中だし、むしろ連休とか関係なしに臨也くんは誰にもお祝いして貰えないだろうなぁと思ったから」

「余計なお世話だよ…」

「でも実際臨也くん友達居ないじゃん?」

「………」

「だから私が唯一の親友代表としてお祝いしてあげなきゃ!!って、何か使命感に駆られてね」



容赦ない言葉を吐き出しながらはからからと笑う

臨也はそんなの隣で珍しく言い返す事もせずに黙り込み、すぐに何かに気付いた様に口を開いた



「て言うか、何勝手に人の親友とか言っちゃってる訳?」

「あれ?駄目だった?」

「駄目って言うか…」



打算も計算も知らないの事だから、この"親友"と言う言葉はにとって本気なのだろう

臨也はそんな馴染みの無い単語にくすぐったい様な恥ずかしい様な気持ちを覚え、わざと呆れた様な仕草でから顔を背けた

そんな臨也の横顔を伺いながら、は独り言のようにぽつりと呟く



「私も、友達とか全然居ないし、親友なんて出来た事無いからさ」



少し寂しそうに呟かれた言葉に、臨也は逸らしていた顔をへと戻す



「ほら、知ってるとは思うけど、私って小さい時に両親が死んじゃって色々な所たらい回しにされて来たから、友達とか作る機会無かったんだよね」

「………」

「義務のハズの学校だって親戚とかお金の都合でまともに通えなかったし、養護施設ですら転々としてたし」



は昔の事を思い出しているのか、カップの中の珈琲に視線を落とす



「色んな所に行って、色んな物を見て、色んな人に会って…、たくさんの嘘や理不尽に触れたせいかな。特定の人と仲良くなるのが怖くなっちゃってさ」



そう言って自嘲気味に笑うは、いつもより何処か大人びた雰囲気に見えた



「でも新羅くんに紹介して貰って臨也くんと会った時、私と似てるなって思ったんだ」

「俺とが?」

「うん。"寂しい、誰かに愛して欲しい"って、そう思ってるのにそれを認めないようにしてる所とか」



自分と臨也とを交互に指差し、はいつも通りの表情で悪戯っぽく笑う



「だからどうしても仲良くなりたくて、依頼が終わった後もしつこく押し掛けたんだよ」

「…しつこいって言う自覚はあったんだね」

「えへへ」



臨也は呆れた様に呟くが、その顔は僅かに赤い



「臨也くんは下衆で素直じゃなくて卑屈で自分勝手でうざくてどうしようも無いけど、私はそんな所も全部ひっくるめて友達だって思ってるよ」



改めて臨也に視線を移し屈託の無い真っ直ぐな笑顔でそんな事を言ってみせるに、臨也は思わず一瞬口を噤む

そしてゆっくりとした動作でテーブルにカップを置くと、両手で顔を覆って盛大に息を吐いた



「はぁ…」

「あれ?私何か変な事言った?」

「……俺はさ…」

「ん?」

「俺は…、本来あんまり私生活に踏み込まれるのって好きじゃないし常に誰かと群れてないといけない人間は嫌いなんだよね」



顔を覆って俯いたまま、臨也はぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟く



「人の予定とかお構い無しに早朝から押し掛けて来るとか我が物顔でキッチン使われるとか普通なら許せないし面倒な事のハズなのに…」

「臨也くん…?」

「何で…、何で俺はこんな何も考えてなさそうで能天気な人間に構われて同情されて救われた気分になってるんだろうね」



半ばやけくそ気味に吐き出して、臨也は勢い良くを顔を上げるとの頭を乱暴に撫でた



「わっ、ちょっ!?」

「これが最初で最後だし頼まれたって二度は言わないけど」

「ぇ?何々?」

「俺も、の事友達だと思ってるから」

「ぇ……」



やや小声で臨也の口から出た言葉に、の動きがぴたりと止まる



「ほ…本当?」

「仕事でも無いのにこんな恥ずかしい嘘付く訳ないでしょ」

「うん…、そう、だよね」

「そもそも本当かどうかなんてなら解るんじゃないの?」

「うん、うん…っ」

「あぁもう、ソファに鼻水垂らさないでよね」



臨也の言葉が余程嬉しかったのか、は溢れ出る涙を隠そうともせずその場で泣きじゃくる

そんなの頭を今度はあやす様に撫でながら、臨也は苦笑を浮かべた



・・・



が一頻り泣いてようやく落ち着きを取り戻した後

誕生日なので何かプレゼントがしたい、と言うの強い要望を受け臨也はと共に新宿の街へと繰り出した



「何が良いかなぁ…。やっぱりいつも同じ様な真っ黒の服しか着てないしもっと別の服?それとも新しいナイフとか?」



色々と思案を巡らせては首を捻るを眺めながら、臨也はの思考が着地するのを待つ



「ぁ、何かアクセサリーとかどうかな?お揃いのやつ!!」



そしてようやく着地したらしいの意見に、今度は臨也が首を傾げる



「お揃いって…、何でまた?」

「だって、今日は臨也くんの誕生日で、私と臨也くんの友達記念日だし」

「……………こっ恥ずかしい記念日を勝手に作らないで貰える?」

「ぇ、お気に召さない?私友達とお揃いとかちょっと憧れてたんだけど…」



残念そうに臨也を見上げるの横を歩きながら、臨也は"お揃いのアクセサリー=恋人同士"では無いのかと言う疑問を抱く

しかし口に出す事はせず、考えに考えた末諦めた様に呟いた



「まぁが欲しいなら別に良いけどね」



臨也の了承を得たは目を輝かせ両手を組む



「やった!!それじゃぁ決まりね、ネックレスが良いかな、指輪が良いかな?とりあえず色々見てみよう!!」



そう言うが早いかは臨也の手を取り足早に歩き出した

引きずられる様にの後ろを歩きながら、掴まれた左手の温かさに臨也は口の端に柔らかい笑みを浮かべる

二人の間に生まれた友情が、愛情に変わるのはまだもう少し先の話―





『緩やかな春の訪れ』












2014/05/04

臨也BirthdayDream

SpecialThanks★暁蓮サマ