私は本が好きだった

両親は仕事が忙しく、引っ込み思案で大人しい私には毎日を一緒に過ごす友達も居なかった

本を読むと言う行為は1人で過ごさなければいけない時間を埋める手段であり、幼い私は本が友達と言っても過言では無かった

小学校でも中学校でも、お昼休みや放課後の大半を私は一人図書室で過ごした

図書室の中で好きなジャンルをあらかた読み尽くした後は、それ以外のジャンルの本にも次々と手を伸ばした

ファンタジー、SF、サスペンス、エッセイ、コミック、科学、医学、IT、文学、哲学、歴史…

ありとあらゆる本を、兎にも角にも目に付いた端から読み漁った

中には最後まで読んでも内容を理解出来ないものもあったが、"最後まで読んでも解らない"と言う事が解っただけでも満足だった

思えば、この頃の私は完璧に活字中毒に陥っており、本を読む事で現実逃避をしていたのだろう

本を一つの世界に擬えるなら、私はもう何千もの世界を渡り歩いて来た事になる

両親に構ってもらえない寂しさも、友達が居ない孤独感も、それらの世界に浸っている間だけは忘れる事が出来た



「だから、私にとって本は逃げ場所であり救いでもあったんだよね」



転校してから初めて迎える日曜日

私は折原くんに誘われてとある公園で開かれている古本市にやって来ていた

手にした本の表紙を見つめながら呟く私の横で、折原くんも売られている古本を手に取りパラパラと捲る



「何となく解るよ。俺も両親は幼い頃から海外に行きっ放しだったし、知っての通り友達も居なかったからね」



転校初日

久々の再開にも関わらず突然助手になるように言われた私は、あまりに唐突な提案にその場で返事をする事が出来なかった

すると折原くんは戸惑う私を前に"まずは詳しい説明が先かな"と呟き、何故か今日こうして2人きりで出掛ける事になってしまったのだった

男子と2人で出掛けた事など無かった私は多少緊張していたものの、会場に着いた瞬間緊張は何処かへ行ってしまった

今まで数え切れない程の本を読んで来た私でも、未だに読んだ事が無い本はいくらでもある

私は目の前に広がる本の山を見つめながら、興味の惹かれる物を手当たり次第に物色して回った



「古本って言うだけあって、かなり昔の本もたくさんあるね」

「そうだね。向こうの方には外国の絵本を揃えたコーナーもあるらしいよ」

「絵本?見てみたい…!!」



折原くんが指差す方向に小さな子で賑わっている一角があり、思わず折原くんを見上げる私に折原くんはふっと笑みを漏らす



「楽しんで貰えているようで良かったよ」



そう言ってくすくすと笑う折原くんの言葉を聞いて、私はようやく自分が想像以上に浮かれている事に気付いた

そして我に返った瞬間両頬が一気に熱くなるのを感じ、私は思わず折原くんから視線を逸らす



「ご、ごめんね…。普段こう言う所来ないからちょっとはしゃいじゃって…」

「謝る必要はないよ。さんに喜んで貰えて俺も嬉しいし、此処は俺にとっても有益な場だしね」

「折原くんにとっても?…ぁ、人がたくさん居るから?」



何気なく呟かれた折原くんの言葉に私が視線を戻すと、折原くんは手にしていた本をパタンと閉じて私に笑い掛けた



「正解」

「でも…折原くんって、小学生の頃はどちらかと言うと人間嫌いって言うか、人見知りだったよね…?」

「そうだね。俺が人間に興味を持つ事になった要因は色々あるけど、切欠は中学に上がって新羅に会った事だから」

「岸谷くん…?」

「まぁその辺は追々話すとして…。俺の見立てだとさんもきっと俺と同じように人間を好きになると思うんだ」

「どうして?」



閉じた本を元の位置へと戻しながら呟く折原くんの言い分に同意出来ず、私は再び尋ねる



「その説明も兼ねて、ちょっと向こうで休もうか」



すると折原くんはそう言って私の手を取り、古本市で賑わっている広場から少し離れた場所にあるベンチへと移動し腰を下ろした

私は促されるままに木陰の下のベンチに座り、多くの人で賑わう広場を眺めながら折原くんの話に耳を傾ける



「さて…。突然だけど、さんは神様って信じる?」

「…カミサマ?」

「そう、神様。あぁ、別に宗教への勧誘とかじゃないから心配しないで」



折原くんの口から出た神様と言う言葉に思わず怪訝な表情になった私に折原くんは苦笑する



「ぅ、うん…。えぇと、そうだなぁ…、正直な所幽霊とか神様とかは信じてない、かな…」

「だよねぇ。俺も正直半信半疑だよ」



唐突に問われた神様の存在についての自分の見解を正直に答えると、折原くんは私に同意するように頷いた



「でも、居ない筈にも関わらず様々な国で昔から神様と言う概念は存在するよね。これって不思議だと思わない?」

「うーん…、確かに。仏陀とかキリストとか、対象は違っても神様って言う概念そのものは共通だもんね…」

「でしょ?幽霊や天国や地獄にしたって存在の有無に関わらず人間なら皆知っているし、やたらと具体的だったりするよね」

「そう言われて見ると本当に不思議かも…。火の無い所に煙は立たないって言う位だし、実は…って可能性もあるのかな…」



折原くんの言葉には妙な説得力があり、私は一度は否定した存在を改めるべきか、再度考えを巡らせる

そうして考え込む私に、折原くんは更に自身の見解を投げ掛けた



「俺はね、神様についても天国についても、やっぱりどちらかと言うと否定派なんだ」

「そうなの?」

「うん、まぁ実際に自分の目で見るまでは確信するには至らないって感じかな」

「それは…そうかも」

「ただ、神様扱いされている仏陀もキリストも元はと言えば実在した人間だから、それなら俺だってカミサマになれるかもしれない、とは思ってるよ」

「…ぇ?」



途中まではすんなりと受け入れられていた折原くんの言葉が、急に理解出来ないものへと変わり私は思わず首を傾げる

そんな私を見た折原くんは、にこりと笑うと私に向かってある例え話を始めた



「例えば、本の中には読み進めても自分の納得の行く結末になりそうも無いものってあるよね」

「ぇっと…、たまに予想と全然違う展開になっちゃうような推理小説とか?」

「そうそう。長く続いてる小説なんかだと展開に矛盾が生じたり、明らかに取ってつけた様な無意味な死や事件が起こったり」

「確かにあるかも。そう言う本を読んでると、書いてる人とかその周りで何かあったのかなって勘ぐっちゃうよね」



私が今まで読んで来た本の中で該当しそうなものをいくつか思い返しながら呟くと、折原くんは先程と同じように頷く



「そうなんだよ、物語の矛盾や急な方向転換はその物語の神である著者次第なんだよ」

「著者が、神様…?」

「そう、神様。一冊の本を一つの世界とするならその物語の作り手たる著者は神だろ?」



心なしかわくわくした表情で、折原くんは本を一つの世界に擬えた私の例えを用いて語る



「俺が思うに、人の一生も一冊の本と同じなんだよ。ある日突然始まって、人それぞれに物語を綴って、そして必ず死と言う形で結末を迎える」

「人生が本と一緒…?」

「本には著者と言う神様が居て、物語は必ず神様の思う描いた通りの結末を迎える。それなら人生はどうだろう?
俺達は今自分の意思で行動しているつもりだけど、実は誰かの意思によって操られていると言う可能性だってゼロではないよね」

「ぇ、と…」

「世の中には因果応報や奇跡、偶然、運命と言う曖昧な言葉が当たり前の様に存在するんだから、
カミサマが絶対に居ないなんて事は誰も言い切れないし、実際人知を超えた力の存在を感じる場面は案外多い。
だからこそ世の中には宗教なんて物があり、"神様"の存在を強く信じている人々がいるんだろうね」

「………」

「俺はね、その居るか居ないか解らない神様に代わって色んな人の人生を観察したいと思ってるんだよ」



つらつらと語られる折原くんの言葉を聞いていた私は、ふと自身の身に起きた事を思い出した



「私が池袋に戻って来る様に仕向けたのもその為…?」



少し強張った声で問い掛ける私に、空を仰いでいた折原くんは視線を移してにやりと笑った

その笑みは数日前に私に協力を仰いだ時と同じ、何処か幼さを感じさせる悪戯っぽく無邪気な笑みだった



「この間も言った通り、俺はさんの能力に興味があるからね」

「そんな…私に能力なんて無いよ……」

「まぁその辺は君に自覚があろうと無かろうと俺が勝手に観察するから気にしなくて良いよ」

「気にしないでって言われても…」



私の意思や意見を余所に、折原くんは私に言葉を投げ掛ける



「それよりも興味無い?本よりずっとリアルで予想外で、でもやり方によっては自分の思う通りになる…、そんな"読み物"にさ」



そう尋ねられ、私は折原くんが話してくれた内容を頭の中で再度繰り返しながら考える

私は本が好きだった

本と言う一つの世界に入り、作者の人間性を想像しながらその世界に浸るのが好きだった

しかし、最近ではそんな大好きだった本を読む回数は昔に比べると減っていた

インターネットが普及し、携帯電話の機能がどんどんと発達している今、情報や活字を得る手段として本は主流では無くなったからだ

高校生になり携帯電話を手にした私は、見ず知らずの人間が更新しているブログを良く読むようになっていた

本と違い電波さえあればいつでも何処でも手軽に新しい文章に出会う事が出来るのは、活字中毒の私には非常に有難かった

インターネット上では趣味で小説を書いている人も居れば、ブログ上で日記を書いたり政治への持論を展開している人も居る

そんな様々な人達の日記や考察を読みながら、私は人間の意見が実に多種多様である事に面白さを感じていた

一つのブログの一つの記事を読み、一人の人間がどのように生きてきた結果この様な結論に至ったのか…

そんな事を取りとめもなく考える事が増えていた

つまり、平たく言えば折原くんの言う"人間への興味"を少なからず私も持っていると言う事になる



「…私も、人間の思考回路や行動には少し興味あるけど……」



私が色々と考えた末にそう伝えると、折原くんはやっぱりね、と言って口の端に笑みを浮かべる


さんならきっとそう言うだろうと思ってたよ」

「どうして…?」



折原くんの妙に自信に満ちた言葉の根拠が解らず思わず首を傾げると、折原くんは当たり前の様に答えて笑った



「俺も君も、友達が居ないからね」

「………」



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折原くんの誘いに対し、結局私は手伝いをする事に決めた

手伝いをする事には決めたけれど、別に友達が居ない事が寂しくて、と言う訳では無い

単純に人間への興味があったのと、同時に折原くんへの興味があったからだ



「興味、と言っても恋愛感情とかではないんだけどね…」



その日の夜

私は部屋の勉強机の前でぽつりと独り言を呟く

引っ越して来たばかりの社宅は、ファミリー向けの物件だけあって中々に広くて快適だった

1人部屋を与えられた私の部屋は、当たり前のように本が所狭しと積まれている

もはや綺麗に整理整頓しておく事すら難しい状態で、今大きな地震が来たら私は本に潰されて死ぬだろう、と言う状況だ



「神様…ねぇ……」



私は立ち上がると壁一面の本棚から一冊の本を手に取った



「………」



そして聖書について解りやすく説明してある解説本であるそれをパラパラと捲っていると、とある文字が目に留まった



「そっか、折原くんの名前ってそう言えばイザヤと同じなんだっけ…」



『イザヤ』とは旧約聖書に登場する預言者で、エレミヤ書、エゼキエル書と共に三大預言書と呼ばれる『イザヤ書』の執筆者だ

一説によれば彼には妻が居て、妻は女預言者と呼ばれていたらしい

折原くんが神様等と言い始めたのは、自身のその名前のせいなのかもしれない



「"名は体を現す"とは言うけど…」



本を棚に戻しながら、私はこれから彼によってもたらされるであろう災難の数々を何となく予感するのだった



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そんなこんなで私が折原くんの手伝いをする事になってから早半年…

つまり、私が来神高校に転校して来てから半年が経過したと言う事になる

新しい学校にもクラスにもすっかり慣れた私だったけど、相変わらず友達は少なかった

学校内では折原くんと話す事はほとんど無く、あくまでも普通のクラスメイトとして過ごしていた

挨拶を交わしたり、授業でグループを作る時に話す程度の友人は居たけれど、放課後や休日に遊びに行く事は無かった

休み時間は図書室に籠り、放課後や休日は折原くんの手伝いをしている私には友達付き合いを優先する暇が無かったからだ



「…この人は、多分嘘を付いてると思う」

「そう。それじゃぁこの依頼は受けない事にするよ」

「こっちの人の言葉は嘘じゃないけど、でも何か隠してる気がする…かも」

「なるほど、ならもう少し詳しい話を聞いてみようかな」



日曜日

貸し倉庫の一角で、私は折原くんの用意した動画を見ながら感想を述べて行く

私が折原くんの手伝いとして行っていたのは、折原くんの元を訪れる様々な"依頼人"の言葉の真偽を判断する事だった



「この人はどう?」

「ぇっと…、うん。問題なさそう」



私が見ている動画は、折原くんを訪ねて来た依頼人達を隠し撮りしたものだ

依頼内容は基本的に誰かの弱みやプロフィールなどの"情報"を求めるものが多く、情報を求める理由も様々だ

しかし中には復讐や私欲の為に折原くんに危害を加える事を目的として偽の依頼を用意して近付いて来る輩も居る

そう言った人を見つける為に、私はこうして依頼人の表情や声の抑揚、言葉選びを実際に見ながら依頼人の言葉が嘘か本当かを判断するのだった



「ねぇ折原くん」

「ん?」



私が依頼人が嘘を付いているかどうかを決めるのはあくまでも単なる"勘"であり、根拠がある訳じゃ無い

もし私の判断が間違っていれば、大事になる可能性だってゼロでは無い

それなのに、無条件に私の言葉を信じてくれる折原くんの考えが理解出来ず私は思わず問い掛ける



「本当に私の感覚なんかで決めちゃって良いの?」



しかし折原くんはにこりと笑い、当然の様に頷く



「もちろん。今の所君の進言が間違っていた事は無いし、凄く助かってるよ」



折原くんは事も無げにそう述べるけれど、何故私の言葉を信じられるのか、私には今ひとつ納得が行かなかった



「納得行かないって顔してるね」

「だって…」

「そうだなぁ…、本を読む上で大切な事は、著者の意図する事を正確に把握する力…。つまり理解力だよね」

「?」

「小説を読んでて、"この台詞はわざとらしいな、不自然だな"と感じたキャラが後々実際裏切り者だった、と言う経験あるよね?」

「ぇ?うん…」

「つまり作者はあえてわざとらしく不自然な台詞を言わせて、読者に裏切り者である事を匂わせている訳だ。
でも、そんな作者の意図に気付かない人間は結構多い。特に此処最近は本を読む人も減っているようだしね」



動画を再生していたノートパソコンをカタカタと操作しながらそんな話をしてみせる



「君の場合そう言った作者の意図を汲み取るような"行間を読む"と言う行為に長けているんだろうね」

「そう…、なのかな」

「文字の羅列ですらそれが解るんだから、表情や声の抑揚が解ればその人の言葉が真実かどうか見破るのは容易いんじゃない?」



折原くんの持論は確かに納得出来るものだった

何より、こうして持論を語る折原くんの言葉には何一つ嘘が無い

私に初めて"カミサマ"の話をした時も、冗談みたいな内容とは裏腹に折原くんの言葉は全て本物で、本気だった



「折原くんって、口が上手くて平気で人を騙すけど、案外嘘は言わないよね…」



私が何となく口にしたそんな言葉に、折原くんは嬉しそうな笑みを浮かべる



「それを解ってくれるってだけでも、さんの存在は俺にとって有益だよ」



いつもは企むような笑みだったり警戒心を抱かせない為の薄っぺらな笑みしか見せない折原くんだったけど、

少なくとも私に対しては普段から嘘の無い表情と言葉を見せてくれていたように思う

そんなちょっとした事を嬉しいと感じるようになったのは、この頃からだっただろうか



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あっという間に月日は流れ、私達は3年生になった



「いーざーぁぁやーーぁぁぁぁ!!!!」



今日も、轟音と共に自動販売機が宙を舞う

学校に備え付けてある自動販売機が飛び交う所を目撃するのは、これでもう何度目だろうか

私は紙パックのジュースを片手に校舎の屋上から校庭で吼える平和島くんを見下ろしていた

そんな私の隣には臨也くんが居て、彼は双眼鏡を手に平和島くんの様子を眺めて残念そうな声で呟く



「あーぁ。やっぱりあの程度の人数じゃ無理かぁ」



わざとらしく溜息交じりに肩を落とす臨也くんの背中に向かい、私は疑問を投げ掛けた



「今日は、何処の人達をそそのかして来たの?」

「んー?隣町でちょっと名の知れた不良高校だよ。ホラ、も前に絡まれた事があったでしょ」



臨也くんは振り返る事なく答え、死屍累々と校庭に転がる集団を見下ろす



「未だに番長制度なんて古いシステムが残ってる位だから腕っ節にはちょっとだけ期待してたんだけど…。
出来れば上手いことシズちゃんとこいつらが潰しあってくれたらって思ってたのにとんだ期待外れだよ」



そう言ってやれやれと肩を竦めながら、ようやく臨也くんはこちらへと顔を向けた

そうして私と目が合うと、臨也くんは私の顔を見て怪訝そうな表情を浮かべる



「何笑ってる訳?」

「ううん、何でも」

「…言っておくけど、あいつらをシズちゃんにけしかけたのは別に君の為じゃないからね?」



少し早口にそう言ってみせる臨也くんの顔を伺いながら、私はついつい臨也くんの顔色を読んでしまう



「嘘と本当が半分ずつ、って所かな。まぁ100%私の為じゃなくても、数%でも私の事考えてくれたなら私は十分嬉しいけど」



そして思わずくすくすと笑ってしまった私に、臨也くんは諦めた様に脱力気味に呟いた



「こう言う時は黙って照れ隠し位させてくれても良いと思うよ」

「ふふ、ごめんね」



この学校で臨也くんと再会してから今日までの1年間で、私と臨也くんの関係は"ただのクラスメイト"では無くなっていた

臨也くんの手伝いは最初は戸惑う事も多かったけど、回数を重ねる内に慣れ、自分の能力と言う物への理解も出来るようになった

表情、声のトーン、抑揚、言葉選び、視線、仕草…

そうしたあらゆる情報から相手の気持ちや深層心理を"読む"事が出来ると言うのは、人間を知る上で非常に有利な特性だと思う

臨也くんも私のこの力を気に入ってくれているようで、今では依頼人のみならず色々な場面で意見を求められるようになっていた

でも、やっぱり私と臨也くんの間に恋愛感情と言う物は無かった

私は彼にとって便利な道具に過ぎない

しかしその事を悲しいとも辛いとも思わないと私は、臨也くんの事を特別好きと言う訳では無い、と言う事なんだろう

仕事仲間とでも言おうか、戦友とでも言おうか、はたまた上司か飼い主か…

表現し難いけれど、私にとって臨也くんが特別な存在である事に変わりは無いのだから、わざわざこの関係に名前を付ける必要は無いのだろう



「まぁそれはさておき今日来て貰ったのはちょっと相談があってさ」

「相談?」



臨也くんは屋上に備え付けてあるベンチに座り、膝の上にノートパソコンを乗せる

私はそんな臨也くんの隣に腰を下ろし、飲みかけの紙パックを両手で持ちながら膝の上に乗せた



「うん、卒業後の進路について」



臨也くんは頷きながら答えると口元に笑みを浮かべて私の表情を横目で伺う

私は唐突に臨也くんの口から出た進路と言う言葉に、少し面食らって尋ね返した



「進路って、私達まだ3年生になったばっかりなのに?」

「そうやって先の事だと思ってる人程、後々になって焦る事になるんだろうね」

「ぅ…、それはそうかもしれないけど…」

「まぁどうせ何も考えていないだろうと思ったからこその相談なんだけどさ」

「?」



臨也くんはやれやれと言った様子で溜息混じりに呟いて、疑問符を浮かべる私に向かって言葉を続ける



「俺は卒業したらこのまま池袋で情報屋になるつもりだって、が転校して来た頃に話したのを覚えてる?」

「あぁ、うん。覚えてるよ。今やってる事の延長線みたいな感じでしょ?」

「まぁそうだね。今は個人的な依頼ばかりだけど、もっと大きな組織や組合なんかも相手取って手広くやるつもりだよ」

「何か、明らかに危険そうだけど…」

「そう?まぁ俺はその辺は上手くやれる自信があるから」

「…確かに、臨也くんなら心配要らないとは思うけど」

「だろ?それでさ、にもこのまま俺の手伝いを継続して欲しいと思ってるんだよね」

「ぇ…と?」

「所謂助手とか秘書とか、そんな感じの位置付けでさ。あぁ、もちろんちゃんと給料も出すよ」



臨也くんは淡々と説明しながら、理解出来ずに居る私を置き去りにして勝手に話を進めて行く



「土日休みとは言えないけど、週休2日は約束するよ。残業代もきっちり払うからその辺は安心して」

「ぇ、あの…」

「実家からの通いでも良いし、1人暮らしするって言うなら部屋とかはこっちで用意するけど、どうする?」

「ど、どうするって言われても…。まさか、私が働くのって決定してるの?」



あっけに取られている間にどんどん進む内容に私が慌てて尋ねると、臨也くんは逆に私に問い返した



「何か問題ある?」

「問題…って言うか……」

「正直その辺の会社よりずっと優遇出来ると思うよ?ぁ、それとも大学に行く予定でもあった?」

「ううん…、大学とか就職とかは正直まだ特に考えて無かったけど…」

「だったらむしろ卒業後の進路に悩む必要が無くなってラッキーだったね」



臨也くんはそう言ってにこりと笑う

そんな臨也くんの笑みに誤魔化された訳では無かったけれど、特に断る理由も見当たらず私は曖昧に首を傾げる



「断る理由は無いけど、進路をこんなに簡単に決めちゃっても良いのかなぁっ…、て顔だね」

「うぅ、臨也くんまで人の事読まないでよ…」

「さっきのお返しだよ」



そう言って悪戯っぽく笑う臨也くんの横顔を見ながら、私は思い耽る

やりたい事がある訳では無いし、大した特技がある訳でもなく、私の特技を生かすと言う意味では臨也くんの傍に居るのが一番なのだろう

しかしもし此処で彼に着いていく道を選んだとしたら、きっと、恐らく、ほぼ確実に、いつか面倒事に巻き込まれる事になると思う

今までの経験から今後の展開を読んだ私は、一つだけ臨也くんに質問を投げ掛けた



「ねぇ臨也くん」

「何?」

「もし私が危険な目に合う事があったら、ちゃんと助けに来てくれる?」



そんな私の質問に、臨也くんは一瞬きょとんとした表情をした後で口元に笑みを浮かべた



「それはその時の状況次第じゃない?俺だって命は惜しいからね、”絶対”なんて約束は出来ないな」



そう軽い調子で語った臨也くんの嘘だらけの台詞が決め手となり、私は彼に着いて行く事を決めたのだった









'14/10/16