それはが珍しく体調を崩して寝込んでから三日目の事だった



「馬鹿は風邪ひかないって、あれやっぱ嘘なんだね」



ぽつり

どこか納得したような、あるいは感心したような声で臨也は呟いた

臨也の目の前には具合の悪そうながベッドに横になっている

突然押し掛けて来たかと思えば病人に向かって開口一番に掛ける言葉が嫌味とは一体どういう神経だ

そう怒鳴ってやろうと臨也の顔を見上げるが、寝起きのにそんな元気は無い

仕方が無いので横になったまませめてもと臨也を睨むが、臨也はそんなを見下ろしながらにやりと笑った



「"開口一番がそれか"って顔だね」

「臨也ウザい…、超ウザい……。何?何しに来たの?」



相変わらずエスパーのように人の心を読む臨也に辟易としながら、は依然として臨也を睨んだまま尋ねる

すると臨也は少しだけ驚いた顔を見せた後、すぐにその表情を呆れ顔に変えた



「お見舞いに来た事も解らない訳?」



臨也はそう言いながら右手を軽く上げた

良く見ればその手にはコンビニのビニール袋が握られていて、袋からは若干ペットボトルやお菓子の袋がはみ出ている

それを見る限り確かにお見舞いに来てくれたようだが、先程の臨也の言動からは全くそんな印象を受けなかったのが正直な所だ

しかし、にはそんな事の前にもっと色々と突っ込みたい部分があった

まず最初に、何故臨也は自分が風邪で寝込んでいる事を知っているのか

は一言も臨也に風邪を引いている事を伝えて居ないし、ここ数日は連絡すら取っていなかった

そもそも普段からメールを頻繁にやり取りする程の仲でもない

次に、何故自分の好物を知っているのか

臨也の手にぶら下がっているお見舞い品からは、明らかにの好みを熟知していると思える品が見えている

の好きな食べ物や飲み物について臨也に伝えた事は無いし、伝える程の間柄でもない

そして最後に、そもそも何で臨也が今この場所に…、

つまりの部屋に居るのかという事だ

は部屋番号はおろか住所すら話した覚えはなく、

臨也を家に呼んだ事もなく、くどいようだが決してお互いの家を行き来するような仲ではない

更に言えば一人暮らしのは当然在宅時にも鍵は掛けていて、臨也に鍵を渡している訳もない

それなのに今、目の前にいる男はさも当たり前のように自分の家の中に居る

はこれらの色々と聞きたい事や言いたい事をどうにかまとめようとしたが、結局出て来たのは


「臨也さぁ…、ストーカーって立派に犯罪なの知ってる……?」


と言う一言だけだった

しかし臨也はいつの間にか我が物顔で床に腰を下ろして携帯を弄っており、の精一杯の嫌味にも動じない


ですら知ってる事を俺が知らないと思う?」

「ですよね、知っててやってらっしゃるんですよね…」

「まぁね」



臨也は何故か得意そうに頷くと、にっこりと微笑みながらに尋ねた



「俺がどうしてが風邪を引いている事を知っているのか、何での好みを熟知しているのか、
どうやって住所を知って如何様にしてこの部屋に入ったか、知りたい?」



コイツ本当にエスパーなんじゃないか

そんな風に思える程が先程考えていた事をそのまま羅列した臨也は、やれやれと言うように両手を上げた



はさ、考えてる事が一々顔に出過ぎなんだよ」

「…そう?」

「うん、視線とか表情見てれば大体何考えてるか解るよ」

「ぇえ?…って言うか、そこまで解る位人の顔見てる臨也が気持ち悪いよね」



はそう言いながら熱でダルい身体をゆっくりを起こし、膝に布団を乗せたままため息をついた



「とりあえずさ、私の風邪は新羅かセルティに聞いたんでしょ?私の好きな物とか住所は、まぁ臨也の本業考えたらそんなに悩む事じゃないよね」

「まぁ概ね正解だね」

「で、最大の疑問点は何で臨也が私の家の鍵を持ってるのかって事なんだけど…」

「ん?それも簡単な事だよ、そうだなぁ…、ヒントを出すとしたら俺は鍵を使った訳じゃないって事かな」


得意気にそんな事を言ってのける臨也を見て、はもはやため息すら出なかった



「最近のストーカーはピッキングが必須科目なの…?」



つい先日ピッキングで侵入し、殺されかけた女の子の話を新羅から聞いたばかりだ

聞いた時にはストーカーもさる事ながら半殺しにした男の子も随分と過激でぶっ飛んでるなぁと思った

しかし、いざ自分が被害者になってみると相手を半殺しにしたくなる気持ちも解る

は心の中で見知らぬ少年に"ぶっ飛んでるとか思ってごめん"と謝り、臨也の顔を再度じとりと睨み付けた



「まぁまぁそう怖い顔しないでよ。本来なら弱りきったを無理矢理押し倒してあんな事やこんな事や
とても此処では言えないような事までしたい所を我慢してこうやって大人しく座ってるんだから、多少の事は見逃してくれるべきだと思うけど?」

「病気で弱ってる人間に何する気だよ…。って言うかそんな脅迫紛いの台詞不法侵入の罪を誤魔化そうたってそうは行かないからなこのド変態」

「あはは、バレた?」

「バレバレだよ。バレバレだからもう早く帰れ馬鹿」

はそう履き捨てるように言うと再度布団へと潜り、臨也に背を向けて寝始めた

臨也はそんなの様子を見て、僅かに眉を寄せた後に「仕方ないなぁ」と呟きながら立ち上がった

背後で臨也が立ち上がったのを感じ、はようやく帰る気になったのかと安堵する

しかし臨也の気配はドアに向かって遠ざかるどころかむしろ自分に近付いており、
慌てて振り返った時には既に臨也はベッドに肩膝を乗せて覆いかぶさる様な状態でを覗き込んでいた



「なっ、ちょっと…、おいこら折原さん!?」

「何?」

「何?じゃないよ!!何じわじわと布団に潜り込もうとかしちゃってる訳!?」



は咄嗟に臨也の両肩を掴んで布団への侵入を阻止しようとするが、臨也はそれを物ともしない

それどころか自分の両肩を掴んでいるの両手をするりと外し、あっという間に潜り込むとを組み敷いた



「駄目だよ、熱があるんだから大人しくしてなきゃ」

「〜〜〜!!」



臨也はそう言って笑いながら鼻先が触れる程の距離まで顔を近付ける

は仰向けのまま、すぐ側にある臨也の顔を見上げるしかなかった

強く押さえ付けられている訳ではないのに身体が動かない

文句を言おうにも口は開かず視線も捕えられたまま離せない

その癖心臓だけはやたらと活発で、は頬に集まる熱を誤魔化すようにやっとの思いで顔を横に逸らし臨也の視線から逃れた

しかし臨也はそんな様子を見て不敵に笑うと、が横を向いた事で露になった耳に唇を寄せて低く囁く



「ねぇ

「っ…!?」



ふいに耳元で囁かれ、の肩がびくりと跳ねる

咄嗟に耳を塞ごうとするが、その前にやや強引に顔を再度正面へと向けられてしまった

風邪のせいか、恥ずかしさのせいか、は涙で潤んだ瞳で臨也を見つめる

臨也はそんなをやんわりと押さえつけたまま、珍しく真剣な表情で尋ねた



「俺が本気だって…、いつになったら認めてくれる?」

「臨…也……?」

「俺の気持ちはとっくに知ってる癖に、はいつも俺から逃げるよねぇ?」



何処か寂しそうに呟きながら、涙目で自分を見上げるの頬にそっと触れてそのまま頬に口付ける



「ちょ、いざっ……」

「もしかして俺の事嫌い?」

「ぁ……っやぁ…」

「俺はこんなにの事が好きなのに…」



耳まで赤くしながら狼狽するを他所に、臨也は頬から順に耳、首筋へと唇を落として行く

そのまま器用に片手でパジャマの第二ボタンまで外したところで、臨也がふっと噴出した



「っはは、全身真っ赤」



あまりに突然の展開に身体を硬くしていたは臨也のこの言葉で一気に我に返ると、今までの羞恥を一挙に怒りへと変え
半泣きのまま渾身の力を込めて握った拳を臨也の右頬に自分の右手を叩き込んだ



「〜〜〜っ誰のせいだこの馬鹿ぁぁぁぁ!!!!」

「っ!!!!?」



見事にクリーンヒットしたの平手打ちを受け、臨也は思わず前へと倒れる

は身をかわして臨也を避けると、布団から這い出て突っ伏している臨也を見下ろしたまま自分の携帯を手に取った



「ぁ、もしもし新羅?」

「やぁ、身体の調子はどうだい?」

「その件なんだけどね、治り掛けてたのに悪化しそうなんだよね」

「何かあったの?」

「うん、とりあえずストーカーの変態野郎を引き取りに来てくれる?」

「はい?」

「えっとね、素敵に無敵な変態さんが私の部屋に不法侵入した挙句に婦女暴行に及ぼうとしたの」

「それって臨也の事…?」

「正解。そういう訳だから今すぐこの馬鹿運び出して下さいまじで」

「わ、解ったよ、セルティに行って貰うからちょっと待っててね」

「宜しく」



新羅との会話を終え、依然として布団に倒れたままの臨也を見る

当たり所が悪かったのか、気を失っているようだ

はそんな臨也を見下ろしながら、ふと先程の臨也の言葉を思い出す



"俺が本気だって…、いつになったら認めてくれる?"



"もしかして俺の事嫌い?"



"俺はこんなにの事が好きなのに…"



「嫌いじゃなくても…認めたくても……、言動が伴って無いのが悪いんじゃん…」



そうが小さな声で呟くと、やがて玄関のチャイムが鳴った



「あぁセルティ有難う。わざわざごめんね?」



扉を開けてセルティをベッドまで案内する



「"大丈夫だ、それよりの方こそ大丈夫か?"」

「どうにかね…、むしろ大丈夫じゃないのは臨也かも」


苦笑しながら部屋へ招き入れ、ベッドに倒れたままの臨也を指差す



「"全くコイツは…"」



片手を額に当てて頭を左右に振るセルティからは、表情が解らなくても全身から"呆れた"と言いたいのが感じられた



「本当に暇だよねぇ、この馬鹿…」



臨也を担ぎ上げるセルティに向かって脱力気味に呟く同意してくれるだろうと思っての言葉だったが、セルティは意外にも首を振った



「"いや、ここ数日私はコイツに駆り出されっ放しだったぞ?"」

「そうなの?」

「"あぁ、でもが風邪を引いている事を話の流れでちょっと話したら血相変えて「今日は休みだから」って言い出して…"」

「へー…」



セルティは器用に臨也を担いだまま携帯に文字を打ち込む



「"よっぽどが心配だったんだな"」

「うーん…」

「"でもまぁ流石に不法侵入はやり過ぎだけど"」

「だよね」

「"とりあえず、コイツは新宿まで帰しとくからはゆっくり休んで"」

「うん、ありがとね」



玄関でセルティを見送った後、閉まった扉の前では鍵穴を見つめる



「心配だからって…ピッキングまでするかなぁ普通…」



セルティの話を聞いて、臨也が本気で心配してくれていた事は何となく解った

嬉しいと思う気持ちと、それを認めたくない気持ちがの中で鬩ぎあう

何だか疲れたのでとりあえずベッドに戻ろうとする途中、臨也が持ってきたコンビニ袋が目に入った

気付けば長い事何も口にしていないので、お腹が空いている

は折角なので何か食べる物でも無いかと袋をひっくり返してみた



「うゎ、本当に私の好きなものばっかだ…」



スポーツドリンクにカップスープ、冷えピタ、栄養ドリンク、スナック菓子

入っていたのは誰がどう見ても"お見舞い用"の品々で、全てがお気に入りのメーカーの物だった

「これを愛だと思うべきなのか、気持ち悪いと思うべきなのか…」

そう独り言を呟いて、何故だか込み上げて来る笑みを浮かべたままは栄養ドリンクを飲み干した



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ん…」



臨也が目を覚ました時、そこはまだセルティのバイクの上だった

状況が把握出来ずに固まる臨也を他所にセルティは速度を上げる

ようやく新宿に着いてバイクから降りると同時に、セルティに携帯を突きつけられた



「"不法侵入は流石にどうかと思うぞ"」



それを読み状況を把握した臨也は薄く笑いながらやれやれと手を上げる



「なるほどね、に殴られて意識飛んだ俺を運ぶように頼まれた訳か」

「"そうだ"」

も酷いよねぇ、そこは普通に考えて膝枕で介抱すべきじゃない?」



臨也は本気なんだか冗談なんだか解らない事を口走りながらため息をつく



「まぁ警察を呼ばれなかっただけマシかな」



そう自嘲気味に呟くと、セルティは少し悩むそぶりを見せた後で答えた



「"は"」

「ん?」

「"あれで案外お前の事を好いてると思う"」

「へぇ…、意外に優しい事言うね」



セルティの予想外の言葉にやや驚いていると、セルティはバイクに跨って再度携帯を差し出した



「"お前ももっと素直になれるといいな"」



そう言い残すと、臨也の言葉を待たずセルティはあっという間に走り去ってしまった

一人残された臨也がマンションへ戻る途中、エレベーターの中にメールの着信音が響いた

家の鍵を開けて自室へ戻り、ソファに腰掛けてからようやくメールを確認する



――――――――――――
件名:馬鹿臨也へ
――――――――――――

お見舞いありがとう

次から来る時は一言連絡
してから普通に来て下さい









殴ってごめん

――――――――――――



「…ずるいなぁ……」



届いたメールを読んだ臨也は、片手で顔を覆いながら呟いた



「ほんと可愛いんだから」



そしてくすくすと笑いながらもう一度メールを読み返す

臨也は返信しようとメールを打ち始めたが、途中で動きを止めると少し考えた後で電話を掛け始めた








「あぁ、?メール読んだよ、うん、まだちょっと痛いけど大丈夫だよ」


「ぇ?うん、そうだね、悪かったと思ってるよ。いやホントホント」


「だからって普通グーで殴る?仮にも病人の女の子がさぁ」


「いやだから反省してるって。今度お詫びに美味しいケーキ屋さんに連れてってあげるから」





そんな風に、いつもと同じ様な他愛も無い会話を繰り返す

電話越しだといくらか柔らかな態度の

臨也がふざけて「好きだよ」と言うまで後15秒



が「はいはい」と受け流すまで後18秒



臨也が体調について尋ねるまで後20秒



が「もう大丈夫」と答えるまで後24秒



臨也が真剣に「愛してる」と伝えるまで後34秒



が臨也を受け入れるまで後…













『愛の病』