「すいません」

「はい?」

「もし知ってたら教えて欲しいんですけど」

「何ですか?」

「実はこのお店に行きたいんだけど迷っちゃって…」



数日後

臨也は裏椿が良く使う手法を用いて本人と接触した

計画としては裏椿が他の男にいつも使っている方法を再現し、その反応を探ろうと言うものだ



「あぁ、ここですか。それならこの近くなので案内しますよ」

「本当ですか?助かるなぁ」



女はにこりと笑って臨也の隣に並んだ

臨也はそんな女に好青年を装いながら話し掛ける



「君はこの辺りには良く来るの?」

「はい。休みの日は大体この辺りでウィンドウショッピングしてるんです」

「そうなんだ、家はどの辺なの?」

「ん〜、駅からはちょっと離れたところなんですけど…、でもそれはもう知ってますよね?」



にこやかに答える女の回答に臨也は一瞬耳を疑った

途端に隣の女の得たいの知れなさに軽い違和感のようなものを覚え、臨也は女と距離を置く為歩みを遅らせる

しかし女は臨也の歩調に合わせて歩く速度を落とすと、臨也の腕を取り自分の腕を絡めて来た

思いがけない行動に反応が遅れ、睨みつけるように女を見下ろすと女は更に臨也の腕をぎゅっと抱きしめて笑った



「ようやく会えましたね」



人違いか、何かの罠か、それとも単なる電波少女なのか

臨也が思わぬ展開に驚きを隠せず黙っていると、女は言葉を続ける



「こうやって並んで歩けるのを、ずっと楽しみにしてたんです」

「……何の事?」

「今更隠さなくても良いんですよ、折原臨也さん」



女が笑って臨也の顔を覗き込んだ瞬間、臨也は女の腕を振り解き距離を取るとナイフを向けた



「やだなぁ、そんなに身構えないで下さいよ、私は彼方に危害を加えるつもりなんて無いんですから」

「ははっ、数々の男女を破局に追い込んで来た癖に良く言うよね」

「それは折原さんも同類じゃないですか」



臨也が女の出方を伺おうと尋ねると、女はしれっと肯定してにこにこと微笑んだ



「随分アッサリ自白したけど、やっぱり君が裏椿なんだ?」

「ふふ、謎解きは楽しんで貰えました?」

「そうだね、まぁ暇潰し程度にはなったよ」

「そうですか、それは良かったです」

「…君ってさ、ギャルとか嫌いな訳?」



ナイフを向けたまま臨也は尋ねる

女は全く動じていない様子でそれに答える



「別にギャルが嫌いな訳じゃないですよ?」

「それにしてはターゲットに偏りがあったようだけど」

「それは当然ですよ、私が狙ってたのは簡単に関係が壊れそうな人達だけですから」

「つまりそう言った人種には理性もへったくれも無い馬鹿が多いから簡単に別れるだろうと」

「流石折原さん、察しが良いですね」

「そりゃどーも」



臨也は軽口を叩きながらも女から目を反らさずじっとその動向を伺うが、
女はにこにこと微笑むばかりで何を考えているのか解らなかった

平和島静雄やサイモンと同じ様な人種がまた現れたのかと、臨也は溜息をつく



「君の目的は何?その辺の頭の弱いカップルを破局させる事に何の意味がある訳?」

「…私は真実の愛を求めてるんです」

「真実の愛??」

「そうです。愛って何よりも強い絆だと思うんですよ、
血縁関係や友人関係なんかよりもずっとずっと強いものだと」

「はぁ…」

「だから、私は世の中の恋人達の幸せを常に願っているんです」

「そう言う割りに片っ端から邪魔してるようだけど?」

「違います。邪魔じゃなくて精査です。
横槍入れられた程度で揺らぐ愛なんか必要ないですから、真実の愛かどうか確認してるんです」



はナイフを構えたままの臨也に臨也の指摘にキッパリと答える



「横槍を入れられても動じなかったカップルも居る訳?」

「もちろん居ますよ、極少数ですけど…。でもだからこそ私は思うんです、
人間は何があろうと愛し合える運命の相手が居て、その相手を見つけ結ばれる事こそが理想なんだと」

「…御高説どうも。じゃぁついでにどうしてそんなキューピッドきどりのが俺の事を知ってて俺に会いたがってたのかも教えて貰えるかな」

「説明するのは構いませんけど、とりあえず場所を移動しませんか?
立ち話もなんですし、ナイフ突きつけられたままって言うのも流石に怖いので」



はそう言うとくるりと臨也に背を向け歩き出した

怖いと言いつつナイフを持っている相手に背中を曝け出すとはどういうつもりなのか

信用されているのかなめられているのか

の真意は相変わらず測りかねるが、いずれにしてもには今のところ敵意は無い様だと判断し、臨也はの後に続いた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「さて、それじゃぁ何から話しましょうか」



小さな喫茶店に場所を移した二人は向かい合って座る



「ぇーと、とりあえずさっきの質問に答えますね、どうして私が折原さんを知っているのか、でしたよね」

「そうだね」

「私、さっきも話した通り昔から愛って言うものに興味があって、
今までウェディングプランナーとか恋人が集まる場所で働いてたんです」



は紅茶のティーカップを両手で持ちながら一つ一つ思い出すように話し始める



「幸せそうなカップルにたくさん出会って全力で素敵な式になるように頑張ってましたけど、
中には途中でパートナーが浮気に走ったとか、借金が発覚したとか、
バツ1だったのを隠していたとか、そう言った理由で取りやめになる人達も多かったんですよ」

「へぇ…」

「何件もそういう事例を見て、有る日ふと思ったんです。
何事も無く式を挙げられないのは、お互いが運命の相手じゃないからじゃないかなって」



一口紅茶を含み、はふぅと息を吐き出す



「世の中には何があろうと離れない強固な絆で結ばれたカップルだっているんです。
それはきっと相手が運命の相手だからなんです」

「運命ねぇ…」

「そうです、運命です。
だから私は世の中のカップルが本当に運命の相手を巡り合えたかどうかを試してあげる事にしたんです」



カップをソーサーに置きながらは両手をぐっと握り、それがさも当然の事のように言い放った

臨也は呆れた表情での話を聞いていたが、それでもの言動には若干の興味があり黙っていた



「で、私がその辺のカップルに手当たり次第に試練を与え始めて数週間経った頃、
あるきっかけで私はダラーズに入ったんです」



は鞄から携帯を取り出すと会員ページを開いて見せる



「最初は掲示板チャットを覗いたりしてるだけだったんですけど、
罪歌とか言う愛に狂った通り魔とか謎の黒バイクとか色々と刺激的な事がたくさんあって、
私は今まで住んでいたこの街に初めて興味を持ちました。
そして池袋を中心に活動するようになって更に数日経ったある日、噂で彼方の事を聞いたんです」



携帯を閉じて机の上に置くと、は真っ直ぐに臨也を見つめた



「俺の噂?まぁどうせロクでも無い事だろうけど」

「ロクでも無いと言えばそうかもしれないですね。
とりあえず平和島静雄とサイモンと折原臨也には決して近付くなって事と、
その中でも特に折原臨也に目を付けられたらエラい目にあうぞって言う感じでしたから」

「エラい目ねぇ…、まぁ心当たりはたくさんあるから俺からは何とも言えないね」

「そうなんですか?まぁ臨也さんが危ない人って言うのは私にはどうでも良くて…、
私が興味を持ったのは彼方の博愛精神なんですよ」

「ふーん…?でも"真実の愛"とやらを理想とするなら博愛なんてむしろ邪道じゃないの?」



意地悪くそう尋ねる臨也の言葉に、は相変わらず微笑んだまま首を縦に振った



「はい、邪道です。人間全てを愛しているだなんて詭弁にも程があります。笑っちゃいます。
なのでそんな意味の解らない事をのたまう寂しい臨也さんに真実の愛を教えてあげたいと思ったんです」



先程と変わらない表情のまま、は笑顔でそう言ってのける

しかし臨也は驚くどころかその表情と言葉のミスマッチさに益々興味を持った



「つまり君は俺にお説教をしに来たって事?」



ようやくの真意が解ったような気がしてそう尋ねるが、臨也の良そうに反しては今度は首を横に振った



「いいえ。人の思考はそれぞれですから、口でどう言っても説得出来ない事は解ってます。
ましてや臨也さんは頭が良いので私が何を言おうと敵う気がしませんし」

「それは非常に懸命な判断だと思うけど、だったら一体何の用があって俺に近付いた訳?」

「そんなの、彼方を好きになってしまったからに決まってるじゃないですか」



は照れる様子もなくそうキッパリと言い放つ

あまりにも当たり前のように言い切ったので、臨也は何とも言えない表情でを見るしかなかった



「電波って言うか何て言うか…、話の通じない人種って俺は苦手なんだけどねぇ」

「電波とは随分ですね。博愛主義者を謳うならそんな私も愛して下さいよ」

「まぁ俺が人間を愛しているのは確かだけど、例外が居るのも知ってるでしょ?」

「平和島静雄さんの事ですか?」

「そ。静ちゃんの場合は名前を聞くのも嫌な位なんだよねぇ、まぁ人間と認めてないってのもあるけど…
まぁとにかく、俺は特定の誰かを愛したりはしないし愛するつもりもないから無駄な事はやめておきなよ」



右手に持ったコーヒーを揺らしながら、臨也は馬鹿にしたように笑う

しかしはそんな臨也の言動にもめげた様子はなく、変わらない表情のまま静かに首を左右に振った



「諦めるつもりは無いですよ」

「ふーん…、そんなに俺に気がある訳?」

「そうですね、気があると言うか、私は臨也さんを運命の人だと思ってるんで」

「一方通行にも程があるんじゃない?」

「臨也さんの人間への愛だって一方通行じゃないですか」

「ははっ、まぁね」

「ですから私の愛が一方通行だろうが何だろうがそんな事はどうだって良いんですよ
大切なの私が臨也さんの運命の相手かどうか見極める事ですから」



そう答えたの表情はやっぱり変わらずにこやかなままで、臨也はそんなを見ながら口の端で笑った



「まぁ俺は君の言う愛だの運命だのには興味ないけど、その笑顔が絶望に変わる瞬間には興味があるよ」



臨也が挑発するようにそう言うと、は空になったティーカップを机に置きながら楽しそうに笑って返す



「じゃぁ勝負しましょう。私が絶望するのが先か、臨也さんが私を好きになるのが先か」

「別にいいけど、俺は君を絶望させる為の手段は選ばないつもりだよ?」

「構いませんよ。犯罪に巻き込まれようと犯罪者に仕立てられようと、それすら乗り越えて彼方の愛を手に入れて見せます」



は臨也にそう宣言すると、伝票を手にして立ち上がった



「今日は私に会いに来てくれて有難う御座いました。次に会えるのを楽しみにしてますね」

「うん。まぁもう二度と会わないかもしれないけどね」



皮肉と嘲笑を込めてそんな言葉を投げ掛ける

それは少しでもの顔が曇ればと思っての言葉だったが、予想通りの表情に変化は無かった



「運命の相手ならきっとまた会えますよ」



は表情を曇らせるどころか期待に満ちた様子で臨也に微笑みかける

臨也はそんなを見て呆れた様に笑って立ち上がると、すれ違い様にの持っている伝票を取り上げた



「ぁ…」

「俺に宣戦布告した勇気に敬意を表して今日は奢ってあげるよ」

「でも…」

「気にしないで。紅茶一杯で今後君が後悔して絶望して沈んでゆく様を見られるなら安いもんだから」

「そうですか?じゃぁお言葉に甘えます」



支払いを済ませながら再度嫌味を吐くが、やっぱりは動じない

普通の女なら少し位凹みそうなものだがは全く気にして居ないように見える



「…君ってさ、何か感情が欠落してたりするの?」

「いいえ、人並みに喜怒哀楽はありますよ?」

「ふーん…、じゃぁ死ぬ程神経が太いんだねぇ」

「違いますよ、臨也さんとお話出来るだけで嬉しくて緊張しちゃうから他の感情が表面化してないだけですよ」

「はは、ストーカーも此処まで来るといっそ清々しいね」

「その口からいつか"なしでは生きていけない"とか"愛してるよ"とか甘い言葉が飛び出すと思うとゾクゾクしちゃいますね」

「ん?」

「何でもないです、それじゃぁご馳走様でした。」



はぺこりと頭を下げるとそのまま店を出て街中に消えた

会計を済ませて店から出た臨也は駅へと歩きながらが小さな声で呟いた言葉の意味を考える



「……ゾクゾクねぇ…」



意外と厄介な女を相手にしてしまったのかもしれない

そんな事を考えながらも臨也は楽しそうな笑みを浮かべていた










『裏椿』