これは今から数ヶ月前の話

ダラーズのチャットで"最近やたらと破局するカップルが多い"と言う噂が駆け巡った

臨也は最初そんな噂を気にも留めていなかったが、やがて"どうやらある女が原因らしい"と言う書き込みを見て少し興味を持った



セットン:昨日また一組別れたらしいですね

田中太郎:あぁ、今話題の…。でも別にカップルの破局なんて珍しい事じゃないですよね?

セットン:でも別れた子は皆「あの女のせいで!!」って言ってるんだって

甘楽:あの女?

セットン:なんでも、ある女の人が急に現れて男の人を横取りしちゃうんだそうです

甘楽:いや〜ん!!それって略奪愛★ってやつですかぁ?

セットン:どうでしょう…。でもとりあえずその人が原因で別れたら男もアッサリ振られちゃうんだそうです

田中太郎:愉快犯にしても悪質ですね

セットン:ただ、不思議な事に男の方からは恨まれてないらしいですよ

田中太郎:テレビで見た事あるんですけど、別れさせ屋ってやつでしょうか

セットン:解らないけど、でもその人ダラーズの一員って噂ですよ

甘楽:じゃぁこの会話を見てるかもってコトですよね!?セットンさんとこも気をつけないと狙われちゃいますよ!!

田中太郎:へぇ〜、セットンさん恋人いるんですか?

セットン:えぇまぁ…。っとすいません、ちょっと明日は早いんで今日はこの辺で落ちます

田中太郎:ぁ、お疲れ様です

甘楽:おやすみなぁさぁい♪

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セットンさんが退室されました

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田中太郎:じゃぁ僕もそろそろ落ちますね

甘楽:えぇ〜〜、田中太郎さんも落ちちゃうなんて甘楽ちゃん寂しい><

田中太郎:…

甘楽:無視ですか!?

田中太郎:あぁいえ、ちょっと吐き気が

甘楽:それは大変ですねっ風邪ですか?それじゃぁ田中太郎さんの為にも甘楽ちゃんも落ちま〜す★

田中太郎:はぁ、お疲れ様でした

甘楽:おやすみなさいです〜(*>ω・)ノシ


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田中太郎さんが退室されました

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甘楽さんが退室されました

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チャットルームには誰もいません

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「…別れさせ屋ねぇ……」



チャットルームから退室した甘楽、もとい臨也は腕を組んで椅子にもたれ掛かる

奇妙な噂がダラーズの内部で蔓延し始めたのは二週間程前の事



「丁度その頃にダラーズに加入したのは…」



ダラーズの創始者は帝人だが、実質の運営を握っているのは臨也である

誰も知るハズの無い加入状況なども臨也にかかればすぐに調べられる

二週間前に噂が横行し始めたと言う事は加入はその数日前辺りと考えられる

性別は先程の話が本当ならば女で、男を横取り出来ると言うのであれば容姿は並以上だろう

リストアップされた名前を調べながら次々に可能性の無い者を省いて行く

残ったのは数名だったが、その内の1人が本当にその"別れさせ屋"の正体かどうかは解らない

臨也は暇潰し程度にその正体を探る事にした



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「ごめんね、ちょっと良いかな?」



まず接触したのは別れさせられた被害者の内の一人



「アンタ誰?何の用?」

「そんなに警戒しないで、俺は君の味方だよ」

「はぁ?どういう事?」

「最近多くのカップルを破局に追い込んでる悪逆非道な女が居るって噂を耳にしてさ」

「………」

「君がその被害者って言うのを聞いて話を聞きに来たんだ」



臨也は目の前の頭の悪そうな女に優しい口調で語りかける



「同じ様な被害にあった人から依頼を受けてね、良かったら君にも話を聞きたいんだけど」



実際は依頼なんて受けて居ないが、自分以外の被害者が居ると言う意識が女の警戒心を解いたようだ



「ホントマジ最悪、あの女ぜってぇ許さないし」

「そうそう、その"あの女"について詳しい事を誰も知らないんだよねぇ、名前とか顔とか、君は知らない?」

「知らんし、なんかモトカレが急に好きな女が出来たから別れるとか言って来てさ」

「へぇ…、じゃぁ君はその相手には会った事ないんだ?」

「無い無い。あったらぶっ飛ばしてっから」

「そっか…、それじゃぁさ、俺がその女を見つけて君に会わせてあげるよ」

「マジで?」

「もちろん。だからさ、君の元彼の連絡先を教えてくれる?」

「おっけおっけ」



携帯の赤外線通信を介して女の元彼の連絡先が臨也の携帯に登録される

通信が無事に終わった所で女はおもむろに臨也に切り出した



「ていうか、アタシついでにアツシにもふくしゅーしたいんだよね」

「へぇ…。復讐って、何する気?」

「例えばぁ、アタシが他の男とラブラブなとことか見せたらアツシも超こーかいするっしょ」



女はそう言いながら臨也を上目遣いで見上げる

明らかに自分をロックオンしている女に臨也は極めて爽やかに答える



「なるほど、確かにそれは有効かもしれないね」

「でしょでしょー?だからさぁアタシと」

「残念だけどそれは無理だ。俺は仕事の一環で君に近付いただけだし頭の悪い女には微塵も興味が無いんだ」



女の台詞を遮る様にそう告げて、臨也はくるりと背を向けた



「それじゃぁまたね」



背を向けたまま右手を上げて、臨也はその場を立ち去る

女がどんな表情をしているかは見なかったが、大体の想像はつくし興味も無い

有力な手掛かりが見つかった今もうあの女に用は無い

金輪際会う事もないだろう

何せ女はこちらの名前も連絡先も知らないのだから



「さて、アツシくんにはどうやってコンタクトを取ろうか…」



先程入手した連絡先を見ながら、臨也は口元に笑みを浮かべた



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「あのぉ、すいません…、道教えて貰って良いですかぁ?」



結局あの女の元彼への接触はその辺の女に頼む事にした

でまかせ混じりの大体の事情を話して臨也が両手を握ると、女は頬を赤らめすぐに快諾してくれた

偶然を装って接触する事を指示し、女のアドレスを聞いて盗聴器を持たせる



「いーよ、何処行くの?」

「えっと、このお店に行きたいんですけどぉ…」

「あーここね、ちょっと解りにくいもんねー。じゃぁ俺が連れてってあげるよ!!」

「いいんですか?」

「もちろん、君可愛いから特別」

「ホント?ありがと〜」



反吐が出そうなやり取りをしながら、男と女は池袋の町へ消えていく

臨也は遠くからその様子を伺い、女にメールで指示を出す



「ぁっ、ちょっと待ってね」



女は立ち止まりメールを確認する



「嘘〜」

「どうしたの?」

「なんか友達にドタキャンされちゃったんですぅ」

「まじで?酷いねー」

「折角美味しいスイーツ食べに行く予定だったのにぃ…」

「ぇー、じゃぁ俺と行こうよ」

「ぇ、いいんですかぁ?」

「いいよいいよー、今暇してたからさぁ。ぁ、俺アツシ、宜しくね〜」

「ぇ〜嬉しい〜〜」



臨也の指示通り女は"偶然予定が無くなってしまったフリ"をする

男は面白い位に引っかかり、女と男は喫茶店へと入っていった

そこからは適当に雑談をさせ、男を油断させた所で恋愛話に持って行く



「それでぇ、最近彼氏と別れちゃって超ブルーなんですよぉ…」

「まじで?俺も最近別れたばっかなんだよねー」

「ぇー、何で何でー?」

「いや何かさぁ…」



そう言って男が話し始めたのは、先日臨也が接触したモトカノの方ではなく別れる原因となった女の事だった

既にあの頭の悪そうなモトカノの事は眼中に無いのかと臨也は哀れに感じ、思わず笑う

とりあえず囮の女に取り付けてある盗聴器から聞こえた男の話をまとめたところ

・今日みたいに街中である日突然声を掛けられた
・簡単な会話を交わしその日はわかれたが、後日運命的な出会いを果たした
・その出来事により男は運命の相手だと思い前の彼女と別れた
・すると別れた途端運命の相手であるハズの女に振られてしまった

というような感じだった

運命的な出会いが何かを詳しく聞きたいと思い、臨也は女に指示を出す



「でもでもぉ、運命的な出会いってどんな感じですか?」

「それがさ、俺が落とした財布を拾って連絡して来てくれたのがこの前道を聞かれたその子だったんだよ」

「凄ーい、そんな偶然ってあるんですねぇ」

「しかも話聞いたら住んでる場所も近くらしくてさ、おまけに職場も近くて!!」



興奮した様子で話す男の話を聞きながら、臨也はノートパソコンで男の家と職場を割り出す

そこから更に先日絞っておいた数名の発信履歴を辿りそれぞれの住所を割り出した

該当者は1名



「ハンドルネーム"裏椿"ね…」



臨也は呟きながら裏椿と言う人物の書き込みやチャットの記録をログで調べるが、何も出てこなかった



「掲示板への書き込みは一切なしか…」



残念ながら調べた限りでは人物像が解るような手掛かりは何もなかった

しかし加入時に必須となっている為携帯のメールアドレスは解る

後はこのアドレスを追って行けば良いだけだ

臨也は満足そうにパソコンを閉じると、未だに男の相手をしている女を置いて新宿へと戻って行った

途中女から何度も電話やメールの着信があったが、一通りメールに目を通し留守番電話の音声を聞いたところで着信を拒否した



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マンションに着いた臨也は早々にパソコンの前に座り、今まで破局に追い込まれたカップルについて調べて行く

真偽の程は解らないが、臨也はカップルの大体を調べたところで一つの共通点を見つけた

それはどのカップルも極めて知能指数の低そうないわゆるギャルとギャル男で形成されたカップルだと言う点だ



「ギャル嫌いとか…?」



まさかとは思うが、そうとしか思えないようなラインナップがずらりと並ぶ

もしくはそう言った人種がこの手の手法に引っかかり易いからだろうか

更に掘り下げて調べて行く中で、女が名乗っている名前が全てその時々で違う事が解った

また、騙された男の全てが"運命的な出会い"を果たしているらしい



「運命的…ね」



そう呟いた臨也はふと思いつき目の前のパソコンで椿の花言葉を検索する



「やっぱり…」



椿の花言葉は"私の運命はあなたの手の中に"

花言葉を"裏"返すと

"あなたの運命は私の手の中に"



「なるほど、それで裏椿って訳か…」



上手い具合にピースが合わさり謎が一つ解ける

その感覚に臨也は満足そうに笑い、近々この裏椿と接触する事を決意した



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