「あれ、折原くん」

「やぁ」



ある天気の良い日

が池袋をフラフラとしていると、目の前から臨也がやって来た



「久しぶりだね」

「そうだね、は元気だった?」



は普段は門田達と一緒に居る事が多いので、臨也とはたまに顔を合わせるいわゆる普通の顔見知りだ



「うん、特に何事もないし元気だよ」

「そう」

「折原くんは、ちょっと元気無い感じ?」

「そう見える?」

「うん、何か少しね」

「そっか」



臨也はの言葉を聞いて苦笑する



「じゃぁそんな俺を慰める為に、良かったら今からお茶にでも付き合って貰えない?」

「お茶?んー…、1時間位ならいいよ」

「何か予定でもあるの?」

「うん、14時からえりちゃん達と待ち合わせしてるの」

「あぁ、狩沢たちか」

「そう。だから14時までなら大丈夫だよ」

「了解。じゃぁ行こうか」

「はーい」



こうしては臨也と共に近くの喫茶店に入った

連れて来られたのは、普段ならまず入る事は無いであろう高そうな雰囲気のお店



「コーヒーが一杯1500円…」

「ん?」

「これさ、世の中の不景気なんかまるで関係無いぜ、って価格設定だよね」



メニューを見ながらため息混じりに呟くと、臨也も同じくメニューを見ながら呟いた



「まぁその値段を払う価値があると思い込んでる人が居るって事だね」

「折原くんもその価値があると思う?」

「いや?俺は単純にあまり人の居ない静かな所に来たかっただけだよ」

「なるほど」



言われてみれば店内には従業員が1,2人静かに業務をしており、

お客さんもスーツ姿のおじさんが2,3人居るだけなので店内はとても静かで落ち着いている



「ファーストフード店じゃこうはいかないでしょ?」

「まぁ、確かに」

「心配しなくても俺の奢りだから、好きなもの頼んだら?」



メニューをぱたんと閉じ、臨也はに笑い掛ける



「えへへ、じゃぁお言葉に甘えて、アイスティーとケーキのセット頼んじゃおうかな」

「うん、人の好意を素直に受けるのはの良いとこだよね」



そう言うと臨也は店員を呼び、自分のコーヒーとのケーキセットを注文した



「そういやドタチンは元気?」

「門田くん?そうだねぇ、最近左官業が忙しいみたいだけど、元気だよ」

「最近"そっちの活動"の方はしてないんだ?」

「うーん、切り裂き魔とか黄巾族とかの事件以降何かスッカリ平和だからねぇ」

「遊馬崎とか退屈してるんじゃない?」

「そうなのかな、えりちゃんと毎日アニメイトだー虎の穴だーって楽しそうだけど」



が答えていると、店員がコーヒーとアイスティーを運んで来た



「今期のアニメは豊作だ!!ってこの前も嬉しそうに話してたよ」



運ばれてきたアイスティーを飲みながら、は思い出し笑いをする



もそういう趣味なんだっけ」

「ううん、私は特には。でもいつも話聞いてるから結構知識はついちゃったかも」

「やめてよね、が狩沢みたいになったら俺泣くかもしれないよ」

「いやぁ、えりちゃん達レベルは絶対無理だから大丈夫だよ」



は笑いながらケーキを口に運んだ



「でも折原くんが泣いた所なんて想像付かないね」



ごくんとケーキを飲み込んだ後そう呟くに、臨也は尋ねる



「見てみたい?」

「ちょっとね。でも実際目の当たりにしたらオロオロしちゃうだろうなぁ」

「母性本能刺激されて俺に惚れちゃうんじゃない?」

「それはどうかな〜、折原くんちょっと泣いてみて」

「あはは、無理」

「え〜」



他愛も無い話をしながら穏やかな時間が過ぎていく

臨也はと話すのが好きだった

は自分と話す時に警戒も緊張もする様子が無いので何となく気楽なのだ



「…はさ」

「ん?」

「俺が怖くないの?」

「何で?」

「いや、皆俺と話す時って妙に構えるからさ」

「そりゃ折原くんが怯えさせる様な事したり言ったりするからでしょ」



は笑いながら答える



「あえてそうしてる場合もあるけど、そんな気無い事だってあるんだけどね」

「でももう折原くんは危険人物って認識になっちゃってるからね〜」

「さらっとキツい事言わないでよ」

「でも別に気にして無いんでしょう?」

「まぁね」



臨也はコーヒーを一口飲むとため息のような大きめの息を吐いた



「俺はこんなに人間を愛してるのに中々報われないもんだねぇ」

「それなんだけど」

「ん?」

「折原くんって本当に人間が好きなの?」



は首を傾げながら臨也に尋ねる



「もちろん好きだよ?人間のあらゆる可能性や意外性は見ていて飽きないし、好奇心と探究心が疼いて仕方ないね」

「じゃぁどうして嫌われるような事ばっかりしてるの?」

「ん〜…、色々な反応が見たいからついつい弄繰り回しちゃうんだよね」



臨也は全く悪びれもせずに説明する

は臨也の言葉を聞きながら少しの間何かを考え込むように黙り込んだ



「私はね」

「うん」

「折原くんが人を好きなようには見えないなって、日頃から思ってたの」

「へぇ…、どうして?」

「だって折原くんの行動には愛が感じられないんだもん」



は今まで臨也が起こしてきた様々な事件を思い起こしながら呟く



「でも解った」

「何が?」

「例え一方通行でも相手に迷惑が掛かっても、それでも自分の趣向を貫くって言うのが折原くんにとっての愛だから、
普通の人の定義する愛とは差があり過ぎるんだよね。だから折原くんの愛は皆に受け入れられないんだと思うよ」



うんうんと頷きながら語るの言葉を聞き、臨也は片手で顔を覆いながら笑い出す



「どうしたの?」

「いや…、そうだね、そうなんだろうね…。俺の愛が歪んでるのが悪いんだ」

「ぁ、歪んでる自覚はあったんだね」

「まぁね。…今までは俺がこんなにも人間を愛しているんだから人間も俺を愛するべきだと思ってたけど…」

「うん、折原くんの愛はちょっと受け入れるの難しいよ」



ケーキを綺麗に食べ尽くしながら、はやはり納得したように頷く

そうしては空になったお皿にフォークを置くと、続けて尋ねた



「そう言えば折原くんは人間も俺を愛するべきって言うけど、具体的にはどう愛したら良いの?」

「え?」

「だって、折原くんの愛は特殊だから、きっと愛されるにしても普通の方法じゃ駄目なんだよね?」



はそう言いながら臨也を真っ直ぐに見つめる

臨也は予想外の質問に少し驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの様に笑って答えた



「別に普通でいいよ」

「そうなの?」

「俺の愛は普通じゃないけど、愛されるのは別に普通でいい。ストーカーされたり愛ゆえに斬り付けられたりするのは御免だね」



臨也はそう答えながら、張間美香や罪歌を思い浮かべて苦笑する



「確かにあれも彼女達なりの愛の形だよね」

「うん。でもあぁ言う変則的な愛され方は俺も無理」

「自分は普通に愛さないのに相手には普通を求めるなんて、折原くんは我侭だね」



は言葉だけ聞けばいかにもな皮肉を、無邪気に笑いながら口にする

臨也も臨也で特に気分を悪くする事もなく、コーヒーを飲みながら答えた



「我侭な男は嫌い?」

「うーん、解んないなぁ」

「じゃぁさ…、試しに俺の事愛してみない?」



臨也は微笑みながらに事も無げに言う



「…そんな事言って、私の愛が普通じゃなかったらどうするの?」

「普通じゃないって?」

「私が張間さんや罪歌とは違って"普通"であるかどうかなんて、解らないでしょ?」



は顔色一つ変えずに臨也に問い掛ける



「確かに…、が歪んでないとは限らないね」

「でしょ?もしそれで私の愛が折原くんの望むような形じゃなかったらどうするの?」



試されているのか、駆け引きをしているつもりなのか

臨也は目の前のを見ながら質問の意図を考える

は自分に対して恐怖を抱いていない

変に警戒もしない

しかしそれは今まで臨也がに対して行動を起こさなかったからに過ぎない

もし臨也が今まで散々弄んで来た数々の人間と同じようにを操ろうとした時

は一体どのような表情を見せるのだろうか?

そんな事を考えながらも、今までそれをして来なかったのは何故だろうと自問する



「そうだね…、でも俺はがそういうタイプの人間である確立は限りなく0に近いと思ってるよ」

「?」

「俺が知る限りは純粋過ぎる位に真っ直ぐでまともな神経の持ち主だよ。だからこそ俺は君に惹かれたんだろうねぇ」



臨也は独り言のように呟く



が他の人と同じように俺を怖がったり、一部のぶっ飛んだ奴らと同じような思考の持ち主だったら最初からこんなに興味持たなかったよ。
俺は確かに人間と言うカテゴリーそのものを愛してるけどね、に対するこの感情は大多数の人間に対する愛とは多分もっと別の物だ」



臨也は珍しく真面目な調子でそう告げたかと思うと、すぐにまたいつもと同じ表情で笑った



「なんてね。ごめんごめん、俺やっぱちょっと調子悪いみたい」



そして自嘲気味に笑うと伝票を持って立ち上がり店内の時計を指差した



「そろそろ行かないとね」

「ぇ?ぁ、うん…」



言われて時計を見てみれば時刻は13時30分

待ち合わせまではもう少しあるが、臨也に促されるままは上着を着て臨也と共に店を後にした



「狩沢たちとは何処で待ち合わせしてるの?」

「ぇっと、サンシャインシティの前に渡草くんの車で来てくれるみたい」

「そう。それじゃそこまで送るよ」



臨也は両手を上着のポケットに入れながらの少し前を歩く

はそんな臨也の顔を斜め後ろから見つめながら後に続いた



「………」

「………」

「…そう言えば、折原くんは今日池袋に何しに来たの?」

「んー…」

「お仕事?」

「いや…まぁそれもあるんだけど……」



会話が無いままの空気に耐え切れずが臨也に尋ねると

臨也は暫く歩きながら言葉を濁した後、歩幅を縮めの隣に並んだ



「?」



が不思議そうに臨也を見上げていると、臨也はポケットから右手を出しての左手に絡める

極自然に手を繋ぐ形になったその姿は、傍から見れば仲良しカップルのようだ

突然の行動に驚きながらも、その手を振り払う気はせずそのままにしていると、ぽつりと臨也が呟いた



「会いたかったんだ」

「ぇ?」

「何でか解らないんだけどね…、の顔が見たくなってさ」



の手を握る手に僅かに力を込めながら、臨也は前を向いたままで答える



「…折原くんって、実は結構繊細だよね」



は苦笑しながらそう言って、臨也の手を握り返した



「実はも何も、俺は元々硝子細工の様な心の持ち主なんだけどね」

「うん、知ってる。でもそれを人に悟られたくないからいつもそうやって飄々とした態度なんでしょ?」

「…そりゃね。弱みをわざわざ晒すのは馬鹿馬鹿しいと思うよ」

「確かに馬鹿馬鹿しいと思う。でも折原くんも馬鹿馬鹿しいと思いつつ実は何処かで誰かに愛されたくて仕方なかったんじゃない?」

「……認めたくないけど、そうなのかもね」



ため息交じりに呟く臨也に、はにこりと笑い掛ける



「でも私、そんな折原くんの事が好きだよ」

「は?」

「さっき折原くんが"俺の事愛してみない?"って聞いてきたとき、本当はもう愛してるって言おうと思ったんだけど…」



思いがけないの言葉に思わず足を止めた臨也と向かい合い、は繋いでいた臨也の右手を両手で包む



「でもからかわれてるだけだったらどうしようと思って…」

「それであんな事聞いたんだ?」

「うん…、でも折原くんが本気なら、私もちゃんとそれに応えたいと思うよ」



は真っ直ぐに臨也を見つめ、臨也の右手を掴む両手に僅かに力を込めて打ち明けた



「愛してるよ。私、折原くんの事がずっと好きだったんだから」

「………」

「…何か言ってよ」

「………」

「おーい?」



折角意を決して告白したのに臨也は固まってしまって動かない

目の前で手をひらひらとさせたり頬をつねったりしていると、臨也は我に返ったような様子でと視線を合わせた



「…折原くん顔真っ赤」

「……っ」



まさか愛の告白程度で悪名轟く素敵に無敵な情報屋さんが顔を赤らめるとは誰が想像出来ただろうか

思わぬ臨也の反応にが思わずくすくすと笑うと、臨也は片手で顔を覆って呟いた



「失態だよね…、ありえない……」

「ん?どうしたの?」

「何て言うか…、思った以上に……」

「思った以上に??」

「いや、嬉しいって言うか、何て言うか…駄目だ。俺もう本当におかしい」



臨也は落ち込み気味にそんな事を呟くと、の身体を引き寄せてぎゅうと抱き締めた



「悪いけど今日はもう帰るから、ドタチン達によろしく」

「う、うん…」



戸惑うの身体から離れると、臨也はそのままくるりと背を向けて去ってしまう

一人残されたは臨也の後ろ姿を見送ると、とりあえず再度待ち合わせの場所へと向かった



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「ぁ、狩沢さん、が来たっすよ」

「あー、遅いよー」

「二人共ごめんね〜、ちょっと色々あってさ…」



待ち合わせ場所にいた狩沢と遊馬崎の元に駆け寄りながら、は両手を合わせて謝る



「なぁに色々って、もしかしてナンパでもされちゃってた??」

「いやいや違うよ、何て言うか、まぁ本当色々と、ね…」

「ふーむ…。何か嬉しそうっすねぇ、何か良い事でもあったんすか?」



ぐいぐいと迫る狩沢と遊馬崎に追い詰められながら、は先程の出来事について説明すべきか迷った

結果、臨也の為にも今はまだ話すべきでは無いと判断したものの二人の好奇の視線からは逃れられない



「ぇーとその…禁則事項です。…なんちゃって」

「ぉ、みくるちゃんかぁ」

「良いっすねぇ、まぁはみくるよりは朝倉さんタイプって感じっすけど」

「あぁ解るかも。でも雰囲気とかは結構ふんわりしてるからみくるちゃんか黄緑さんでも良いよね!!」

「俺はやっぱり長門推しっすけどね、眼鏡美少女はこの世の宝っす!!」



が咄嗟に出した台詞をきっかけに遊馬崎と狩沢はその手のトークに没頭して行く

上手く誤魔化せた事に胸を撫で下ろしながら、は先程の臨也の姿を思い出して一人幸せそうに笑うのだった










『相思相愛』