折原臨也の誘いに乗ってから早くも1週間が経った

私は今までと変わりなく学校に行き、放課後も今までと変わりなく部活動に励んでいる

変わった事があるとすれば、帰宅が少し遅くなった事と、携帯電話に折原さんのアドレスが登録された事位だ

と言ってもアドレス帳には折原臨也と言う名前は無く、念の為"一宮"と言う名前で登録してある



「これ、何で俺の名前一宮なの?」

「ぇっと、いざやを数字で書くと138で、138を文字って読んでいちみや、それを漢字に直して一宮です」

「なるほど。確かにこれなら紀田くんや園原さんに見られてもすぐには気付かれないだろうね」



土曜日の午後

折原さんに呼び出しを受け、私は新宿の事務所までやって来ていた



「でもわざわざアドレスの登録名を変えるなんて随分用心深いんだね」

「仕方ないじゃないですか。私は何処かの誰かさんみたいに嘘が上手くないんですから」



私は来客用のソファに座り、モニタを見つめたままキーを叩く

自分のデスクに座っている折原さんは、片肘を付きながらもう片方の手で私の携帯を弄ぶ



「って言うか、人の携帯勝手に見ないで下さいよ」



キーを叩く手を止めて折原さんの方を向くと、折原さんは全く悪びれた様子もなく「ごめんごめん」と笑った



「でもさぁ、今時携帯にロックすら掛けてない君も悪いんじゃない?」

「別に見られて困るものなんて無いですから、一々解除する手間を考えたらロックなんか必要無いです」

「だったら俺が見ても文句無いよね」

「それとこれとは全く別ですし、そんな事解ってる癖にわざわざ突っ込み待ちするの止めてくれませんか」



そう言って冷ややかな視線を送ると、折原さんは立ち上がって私が使っているノートパソコンの横に携帯を置き、そのまま隣に腰を下ろした



「まぁまぁ。そんなにイライラしてると身体に悪いよ?」

「折角の休日に突然呼び出されて雑用を手伝わされてなければ私だってもう少し健康的に過ごせたんですけどね」

「いやぁ、急ぎの依頼で俺一人じゃちょっと面倒だったからさ。おかげで助かったよ」



折原さんは相変わらず少しも悪いと思っていない様子で笑いながら私の頭を撫でる

あくまでも面倒なだけで決して出来ない訳では無く、その事を隠す事もせず正直に言うのだから性質が悪い

しかしそんな事より何より、初対面の時から気にはなっていたが自棄に距離が近かったり平気で人に触れてくるのが更に性質が悪い

だからと言って"ベタベタ触らないで下さい"等と言えば事態が悪化する事は予想出来るので、迂闊に文句を言う事も出来ない



「………」



結局私は黙って折原さんの掌を頭で受け止め、深く息を吐いた



「で、頼んでた資料のまとめは終わった?」

「後少しです」

「そっか。それじゃぁ終わったらプリントアウトして適当に俺の机に置いといてよ」

「何処か行くんですか?」

「何だか罪歌が動いてるみたいだから、ちょっと池袋に行って様子を見て来ようと思ってさ」



折原さんはそう言っていつものファーコートを羽織る



「それで、そのまとめが終わったらダラーズの掲示板とチャットの様子を監視して動きがあったら俺にメールで知らせて」

「解りました」

「それじゃぁ宜しくね」



そう言って玄関へと向かう折原さんの後姿に、私が何気なく「いってらっしゃい」と声を掛けると、折原さんは何故か立ち止まりこちらを振り返った



「どうかしましたか?」

「いや…、何でもないよ。それじゃぁ行って来ます」



私の問いに首を振り、再び玄関へ向かい事務所を後にした折原さんは、心なしか機嫌が良さそうに見えた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ぉ…、終わった…」



折原さんが出て行ってから1時間後

ようやくまとめ終わったエクセルを保存しながら私は息を吐く

随分と時間が掛かってしまったが、そもそもパソコンなんて家ではインターネットを見る時位しか使わない

そんな私に手伝いをさせる折原さんが悪いのだと開き直りながら、私は印刷ボタンをクリックした



「ぇっと…」



そして折原さんに言われていた通り、ダラーズの掲示板とチャットを立ち上げログを追う



「妖刀ねぇ…」



ダラーズ専用の掲示板は様々なジャンルに分かれているが、池袋の街について雑談するスレッドでは今現在切り裂き魔についてが話題となっていた

この切り裂き魔の正体は杏里ちゃんでは無く贄川春奈に宿る罪歌らしいが、杏里ちゃんはまだ贄川春奈とその中の罪歌の存在を知らない

折原さんがこの間教えてくれた話では、折原さんはこの贄川春奈と罪歌を使って黄巾賊とダラーズの間に抗争を起こそうとしているらしい

火種の切欠にさえなってくれるのなら贄川春奈でも杏里ちゃんでもどっちでも良いらしいが、出来れば杏里ちゃんの方が良いんだけどねと言って笑っていた

私欲の為に人ならざる存在すら利用しようとしている折原さんへの私の感情は、畏怖の念が半分、呆れる思いが半分と言った所だ

そしてそんな人ならざる存在である罪歌は、折原さんの企みを知ってか知らずか順調に活動を続けていた

罪歌は切り付けた相手を操る事が出来る妖刀で"全人類を愛する事"を目標としており、その為に平和島静雄を手に入れたいらしい

最近切り裂き魔事件として池袋の街を行く人々が切り付けられているのは、罪歌に操られている人間による子供を増やす為の行為だった

余談だが折原さんは平和島静雄が非常に嫌いな為、池袋で戦争を起こすついでに平和島静雄も殺してやろうと企んでいるそうだ

私は平和島静雄とは面識は無いが、名前は竜ヶ峰くんや紀田くんや学校の先生もからも話は聞いていたし、街中で見かけた事もある

とても背が高くて金髪でバーテン服と言う特徴的な見た目はもちろん、あの細身で自販機を投げ飛ばす様子を見た時の衝撃は忘れられるハズも無かった

そんな人間離れした相手を折原さんがあの手この手で亡き者にしようとしていると聞いた時は、怖いと思う前に"そんな事出来るのかな"と疑問に思った

本来ならば贄川春奈に宿る罪歌の件も、平和島静雄の件も、杏里ちゃん達に教えた方が良い事なのだろう

しかし私は3人に折原さんの計画を教えようとは思わなかったし、罪歌が子供を増やそうが平和島静雄が死のうが、私には関係の無い事だと思っていた

3人の事、とりわけ今は杏里ちゃんの事が心配だったけれど、私が折原さんと居る事を彼らに知られる訳には行かなかった



「………」



私は掲示板やチャットのログを眺めながら、特に大きな変化は無い事を折原さんに報告する為に携帯を手に取った



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



折原さんにメールを送り印刷物が出揃った事を確認し終わった私は、特にする事も無くソファに座って携帯を弄っていた

引き続き掲示板とチャットを時折確認するものの、大きな動きは見られない

折原さんからはメールの返信も無く、私は携帯を片手に何となく事務所内を改めて見渡してみた

事務所部分の天井は高く、壁一面の本棚に大きな窓ガラスとあからさまに高そうな雰囲気を醸し出している

2階は居住スペースとなっているらしいが、入った事は無いのでどうなっているのは解らない

この広い空間にたった一人で住むと言うのはどう言う感じなのだろうか

私は生まれてから今日までずっと家族と暮らしている為、一人暮らしの生活を想像するのは難しかった

1日や2日の留守番程度なら経験はあるけれど、実家には"普段は自分以外の人間も住んでいる"と言う安心感のようなものがある

しかし折原さんが普段暮らすこの空間には折原さん以外は居らず、こうして一人で居る時は人の気配や存在を感じる事も無い

そんな広々とした事務所のシンとした雰囲気は、普段家族と生活している私には少し寂しく感じられた



「ぁ…」



そしてふと、出掛ける時に折原さんが立ち止まった時の事を思い出す

あの時折原さんが驚いた様な顔をしていたのは、きっと普段"行ってらっしゃい"と言われる事が無いからだろう

私にとっては"行ってきます"も"行ってらっしゃい"も"ただいま"も"お帰り"も普通の言葉だけど、一人暮らしの人には余り馴染みが無いのかもしれない

そんな当たり前の挨拶に一瞬戸惑った折原さんを思い返し、何だかちょっと可愛いな等と思ってしまった

折原さんが事務所に戻ったら今度は"お帰りなさい"と声を掛けてみよう

私はそんな事を考えながら、再び携帯の画面に視線を落として折原さんの帰りを待った










Scene4【展開】









2014/05/19