「さて、もう一度聞こう。君が望む"日常"とは一体なんだい?」



車に揺られて到着したのは新宿のとあるビルの最上階



「竜ヶ峰くんが居て紀田くんが居て園原さんが居て、4人が揃って笑い合える…、そんな平和な状態かな?」



折原さんの事務所だと言うその場所で、私はソファに座って目の前の折原さんを見つめていた



「でも良く考えてごらん?君以外が非日常に生きている限り、このままずっと平穏が続くなんて事はありえない」

「………」

「君がいくら望んでも、周りの人間は勝手に変化を求め進化する。君がいくら自分に関係ないと思い込もうと、彼らと関わっている限り全くの無関係ではいられない」



ぺらぺらと、まるで用意されていたかのように折原さんは饒舌に語る



「でもこの先3人の関係が悪化して、君の様な一般人に構っていられなくなる事も考えられる」



テーブルの上に置かれている将棋板を指差し、折原さんは3枚の王将を拾い上げた

何故王将が3枚あるのか、何故将棋板の上にオセロやチェスの駒まで混じっているのか

そんな事を尋ねる事も出来ないまま、私は折原さんの掌にある王将を見つめる



「そうなれば君の望み通り君には関係の無い所で勝手に事件が起きて勝手に収束する事になるだろうけど…、君は本当にそれで良いのかな」

「…あの3人の関係が悪化する事なんてないと思いますけど……」

「果たしてそうかな?」



私が反論すると、折原さんは不敵な笑みを浮かべて将棋板の上の様々な駒の中心部に3つの王将を無造作に落とした



「今こうしている間にも、この3人の運命は俺が用意した1つのシナリオに沿って動いてる」

「…シナリオ?」

「そう。俺は池袋と言う街でちょっとした戦争を起こそうと思ってるんだ」

「戦…争、って…」



折原さんの突拍子も無い発言にもいい加減慣れたかと思った私が甘かったのだろう

当たり前の様に飛び出た耳慣れない単語に、私は思わず言葉を失くす

そんな私に、折原さんはデュラハンやヴァルハラと言った単語を用いて御伽噺の様な一つの仮説を話してみせた



「首なしライダーはデュラハンで…、デュラハンがヴァルキリー?……しかも池袋で戦争を起こして皆で天国へって…」

「おや?全くもって信じていないって顔だね」

「っそんなの当たり前ですよ。何を根拠にそんな荒唐無稽な…」

「そうかい?俺としては妖刀や首なしライダーの存在を認めているなら決して荒唐無稽な話じゃ無いと思うけどなぁ」



折原さんは笑いながら私の中の矛盾を指摘すると、席を立って壁一面の本棚へと歩いて行った



「まぁ妖刀も首なしライダーも普段の君にとっては単なる噂話に過ぎないだろうし、その2つの存在すら100%は信じていないのかもしれないね」

「……それは…」

「でも、そんな君でもこれを見れば流石に認めるしかないんじゃないかな」



そう言いながら折原さんが本棚から取り出したのは、薄手の布に包まれた物体だった

折原さんは私の目の前のテーブルにそれを置き、楽しそうに笑う

その笑みはまるで悪戯好きの子供の様で、先程車の中で見た折原さんとは全く別人の様だった



「あの…」



テーブルに置かれたのはどうやらガラスの入れ物の様で、中には液体が入っているのが解る

私はじっとそれを見つめながら、何故か妙にざわつく胸を落ち着かせる為にゆっくりと息を吐いた

そんな私を見つめ、折原さんはにこやかに声を掛ける



「さぁ、日常に別れを告げる覚悟は出来たかな?」

「いや…そもそも別れを告げたく無いんですけど……」

「それじゃぁご対面と行こうか」



折原さんの問いに根本的な部分から言い返す私の言葉など歯牙にも掛けず、折原さんは布に手を掛ける



「……っ!?」



そしてそのまま折原さんの手によって取り払われた布の中から出て来たのは、透明な液体の満ちた大きな瓶の容器だった

より正しく説明するならば、"女の人の頭部が入った大きな瓶の容器"である



「デュラ、ハン…?」



全身の細胞がぞわぞわと鳥肌を立てるのを感じながら、私は何故か目の前のそれが首なしライダーであるデュラハンの物だと確信していた

液体の中に存在しているその首はとても美しく、まるで生きているようなそれを私は目を逸らす事無く見つめ続ける



「良く解ったね。そう、これは正真正銘首なしライダーであるデュラハン、セルティ・ストゥルルソンの首だよ」



折原さんは満足そうな声でそう告げて、容器に手を伸ばすと蓋を開けて中からそれを取り出した



「世の中にはこの首だけを愛したり、逆にこの首の無い身体を愛したりする奇特な人間が居るんだけど…、君はこの首を見てどう思うのかな?」



そんな折原さんの問いに、私は折原さんの手の上の首を見つめたままで半ば無意識に呟く



「何か…、生きてる感じがします…」

「生きてる…か。どうしてそう思う?」

「だって、血色も良くて凄く綺麗だし、今にも目を開いて喋り出しそうって言うか…」



ぽたぽたと首の髪の毛から滴る雫がテーブルを濡らす様子を視界に入れながら、私はようやく折原さんへと視線を向けた



「…もし首なしライダーにこの首を返したら……、首なしライダーはどうなるんですか?」



私が尋ねると、折原さんは今まで以上に楽しそうな顔で笑って私に質問を返す



「知りたい?」

「少し…、気になります」



折原さんの質問に反射的に答えてから、私は自分自身の言葉に疑問を抱いた

首の存在が気になる事は確かだ

しかしこの首に興味を持ち、折原さんにこれ以上深く関わるような事になれば私の望む"平穏な日常"は二度と戻らないだろう

私はあれほどまでに平穏を求めていた自分がこんなにもアッサリとそれを捨てようとしている事が、自分で信じられなかった



「はは、自分で自分の言葉に驚いてるって感じだね」

「………」



"そんな事ありません。咄嗟に答えてしまっただけで、今の言葉は間違いです"

そう言えば良いだけなのに、何故かそれが出来ない

私の中の好奇心が、首の行く末を知りたくて仕方ないと騒いでいる

ドキドキして、ワクワクして、どうすれば良いのか解らない

私はそんな今まで感じた事の無い感覚に戸惑いながら折原さんに尋ねた



「…折原さんは」

「ん?」

「私が、この首に興味を持つと解っていたんですか…?」



私の問いに対し、折原さんは相変わらず何もかもを見通した様な顔で答える



「君は、平穏な日常を求めている訳じゃない」

「ぇ…?」

「諦めているだけなんだよ、周りの3人があまりにも特殊だから。そしてそんな特殊な彼らと同じにはなれないと思っているから」

「………」

「だから君は非日常への憧れを、"日常を求めているから必要無い"と自分に嘘を付いて心の奥底に閉じ込めた…。と、俺は解釈している」



折原さんは持論を展開しながらデュラハンの首を容器に戻す



「昨日君に話を持ち掛けたのも君が本当は非日常を望んでいるだろうと思ったからなんだけど、君の思い込みは俺の予想以上だった訳だ」

「…思い込み……」

「そう、または自己暗示と言うべきかな。これはある種若者の特権だけど、君の自己暗示力は他の人よりも少し強いみたいだね」



そう興味深そうに呟くと、折原さんは首を入れた容器に蓋をしてぽんぽんと瓶を叩いた



「でも今この首を目の当たりにした事で、君は"非日常"を体感し、実感した。そして思ったんだよ」

「思うって…、何を…?」

「"自分も主人公になれるかも"ってね」



折原さんは私の目をじっと見つめながら、さもその言葉が真実であるかのように口にする



「そんな事…」

「無い、とは言い切れないよね?」

「…、」



折原さんの言う通り、先程デュラハンの首を目にした時、私は確かに竜ヶ峰くんや紀田くん、園原さんと同じ場所に立てるかもしれないと考えた

そんな夢見がちな事を一瞬でも考えてしまった事と、それを折原さんに言い当てられた事が恥ずかしくて私は思わず黙り込む

しかし折原さんはそんな私を見ながらとても嬉しそうに笑う



「良いじゃないか。人は誰でも向上心、好奇心があるべきだ。君が今感じている高揚感は隠す事でも恥じる事でもない」

「でも…」



尚も戸惑う私を説き伏せるように、折原さんは言葉を続ける



「気になるだろう?ダラーズの創始者の行く末、黄巾賊の将軍の結末、妖刀罪歌の末路…。そして妖精デュラハンの首の還る先がさ」



折原さんは私に向かって話しながら、自分自身も楽しみで仕方ないと言った表情をしている



「だからさ、俺と一緒に見届けようよ」



そう言って私に向かって手を差し出す折原さんの言葉と表情が、嘘なのか本当なのか私には解らなかった

それでも私が折原さんの誘いを断らなかったのは、別にそれが嘘でも本当でも構わないと思ったからだ

彼が私を手駒の一つとして考えていようが関係ない

3人の大切な友達の行く末を見守りたい

今、目の前にある非日常に飛び込んでみたい

ただそれだけだ



「…解りました。お付き合いします」



私は差し出された折原さんの手を握り返し、真っ直ぐに彼の目を見つめ返した










Scene3【廻転】





2014/5/13