「やぁ」

「………」



翌日の放課後

部活を終えた私を校門で迎えたのは、眉目秀麗の見目麗しい好青年



「折原臨也…」



思わず苦々しげに呟いた私を見た折原さんは、何処となく嬉しそうに笑う



「予想通り…。いや、予想以上の拒絶反応だね」

「すみません。私とした事があまりにも嫌過ぎてつい呼び捨てに…」

「そんな事気にしなくて良いよ、と言いたい所だけど…、年上にはきちんと経緯を払わないとね。何と言っても俺はこの高校の先輩でもある訳だし」

「ぇ?あぁ、そっか…。そう言えば折原さんって此処のOBなんですよね」



折原さんの言葉で思い出したのは、担任の先生がいつだったか遠い目をしながら語ってくれた来神時代の問題児の話



「いくら何でもガソリンはどうかと……」

「ガソリン?あぁあれか…。結局あのガソリンは使えなかったしシズちゃんも仕留められなかったし残念だったなぁ…」

「いや、使ってたら今頃この高校無くなってますから…」



私は至ってまともな神経の持ち主なので、折原さんと話していると正直それだけで噛み合わなくて疲れる

一体どうしたらこの場を切り抜けられるか、私は会話を続けながら考えたけれど残念ながら有効な手は見つからなかった



「どうかした?」

「はい?」

「どうやったら今この場から抜けられるか考えたけど、無駄な事が解って途方に暮れてるって顔してるけど」

「………」



折原さんはあまりにも的確に人の心を言い当て、得意げな顔で私を見下ろす

私はそんな折原さんを非常に胡散臭いものを見つめる様な視線で見上げた



「はは、怖い顔しないでよ。折角の可愛い顔が台無しだよ?」

「…、高校生相手に何言ってるんですか……」

「君こそこんな年上相手に何を恥ずかしがってるのかな」

「っ恥ずかしがってなんかいません!!」



折原さんの人を小馬鹿にしたような余裕綽々の笑みと態度に苛立ちを覚え、私はそのまま家への道を歩き始めた



「図星だからって俺に当たるのは良く無いと思うけどなぁ」



少し早足で歩く私の後ろを歩きながら、折原さんは私の背中に声を掛ける



「当たってないです。付いて来ないで下さい」

「俺も同じ方向に用があるだけかもしれないのに、その言い草は自意識過剰じゃないかな」

「だったら、私の前を歩いて下さい」



この状態を"あぁ言えばこう言う"と表すのだろうか

私の要求に対して折原さんは屁理屈で応戦して来る



「それだと君に背中を刺されそうで怖いなぁ」

「はぁ?そんな事する訳…」

「だからさ」



そんな中発せられた思い掛けない台詞に私が反論しようとすると、折原さんは私の言葉を途中で遮った

そして私の隣に移動すると、そのまま私の右手をきゅっと握り締める



「こうして並んで歩く方が良いな」

「………!!」



解ってる

この人は私がこう言った男性とのやり取りに慣れていない事を知った上でわざとやっているのだと言う事は解っている

それでも私の頬は勝手に赤く染まり、心臓は壊れたように早鐘を打つ

しかしこれはあくまでも私が男性に対して不慣れなせいであって、間違っても折原さんが好きだからでは無い



「そうやって色々考えて抗ってみても結局赤くなっちゃうんだから、ホント可愛いよねぇ」

「っ離して下さい…!!」

「離さないよ。俺は君に用があって此処まで来たんだから」



冷や汗を浮かべながら抵抗する私ににこりと微笑んで、折原さんは空いている片手を挙げる

すると何処で待機していたのか1台の車が私達の横に停まり、折原さんは私を後部座席へと押し込むと折原さん自身も私の隣へと乗り込んだ



「さて、それじゃぁ行こうか」



折原さんの一言で車は軽やかに発進する

黒塗りの車体、黒いスモークの焚かれた窓にやたらと座り心地の良い革張りのシート

何処へ向かっているのかは検討も付かなかったが、運転手に助けを求めるだけ無駄だと言う事は何となく理解出来た



「ど、何処に連れて行く気ですか…」



あまりにも予想外の展開と物々しい雰囲気に思わず私の声は震える

相変わらず私の手を掴んだままの折原さんは、そんな私にちらりと視線をやると口の端に笑みを浮かべた



「俺はね、人間は刺激を求める生き物だと思っているんだ」

「…はい?」

「みんな口では平和が一番だと言いながら、火事や喧嘩なんかの身近で起きるちょっとした事件に胸を躍らされたりするものなんだよ」

「……事件…」

「もちろん多くの人間は被害者にはなりたくないし加害者になる勇気も無い。でも実は心の奥底ではそのどちらにも興味があったりしてね」

「どう言う事、ですか…」

「つまり…、君を含め本気で何も起こらない平穏な日々を望む人間なんて居ないって事だよ」



そんな言葉と共に握られていた手が思い切り引かれ、私の身体は折原さんの胸に顔を埋める様な形で倒れ込んだ

私が突然の事に顔を上げる事も出来ず固まっていると、私の首筋に折原さんの両手が触れる



「今君の心臓はこれ以上無い位にドキドキしているけど、これも一種の非日常だね。
類似するもので例えるなら恋愛での動悸がそれだけど、人はこの動悸や興奮を求めるが故に恋をすると言っても良い」

「……っ」

「そしてこの興奮や高揚を求め好奇心に突き動かされる事こそ人間の本能だ。好奇心を持たない人間は進化しない。俺はそんなつまらない人間に興味は無い」



折原さんはそのまま私の首に触れている両手を動かし、硬直状態の私の顔を強引に上へと向ける



「だから、つまらない日常を愛していると思い込んでいる君の身体に俺がこれから嫌と言う程非日常を刻み込んであげるよ」

「な…何で……」

「何でと聞かれてもねぇ。あえて言うならその方が面白そうだから…、かな?」



そう言って笑った折原さんはぞっとする程綺麗で、恐ろしくて、私は抗う事も忘れてただ目の前の折原さんを見つめた










Scene2【企み】





2014/5/13