来良高校1年生

実家暮らしの一人っ子

成績は中の上

運動は少し苦手

容姿は人並み

これが私のプロフィール

何と言う事は無い、極めて普通の高校生だ

漫画で例えるなら、教室の描写の時にだけコマの端に映る名前も無いクラスメイト

所謂モブと言う立ち位置だと自負している

でも、そんな地味で普通の私がこの高校に入学してから仲良くなった3人は、ハッキリ言って普通とは程遠い世界に居た

異常、異端、異質

どんな言葉で言い表せば良いのか悩んでしまうが、とりあえず普通では無い

ダラーズと言う無色透明なカラーギャングの創始者である竜ヶ峰くんは名前からして特別だし、

一見軟派なだけの紀田くんは中学生の頃は黄巾賊と言うカラーギャングのリーダーで将軍なんて呼ばれていたらしい

杏里ちゃんは杏里ちゃんで引っ込み思案で大人しい美少女と思いきや、実はその身に妖刀を宿していると言うとんでも無い美少女だった

そんな何もかもが特別な3人と何のとりえも無い私が仲良くなったのは、私が紀田くんと同じクラスで女子の風紀委員だったからである

彼らがこんなにも特殊だと言う事実を知ったのは、3人とある程度仲良くなり暫く経ってからの事だった

私は今まで何の変化も無い日常に対して、不満も不安も疑問も何も抱いていなかった

でも、彼らが非日常の中に生きていると言う事実を知った時

私の中に生まれたのはどうしようもない焦りの感情だった―



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「はぁ…」



池袋の街を一人ブラブラとしながら私は大きく溜息を吐く

現在の時刻は19時過ぎ

今まで竜ヶ峰くん、紀田くん、杏里ちゃんと4人で遊んでいて、先程別れたばかりだ

こうして4人で遊ぶ事のは久しぶりだったけど、とても楽しかったし遊んでいる限りでは3人とも本当に普通の高校生だった

しかし、ふとした瞬間に垣間見せる雰囲気や表情は、やはり私とは違う世界に生きているんだと言う事を強く感じさせた

ダラーズも黄巾賊も罪歌も現在の池袋ではかなり注目されている出来事で、その中心人物である彼らの苦労や苦悩は計り知れない



「それに比べて私なんて…」



彼らがそれぞれ秘密を抱えていて、そしてその秘密を互いに打ち明けていない事を私は知っていた

しかし私はそれら3つの勢力の何処にも所属していなかった為、その3人の秘密は誰にも言わずに自分の胸に留めていた

そんな何処にも所属していない私が普段何をしていたのかと言えば、普通の高校生らしくひたすら部活に打ち込んでいた

1年生で入部したてと言う事もあり個人的には色々苦労していたが、部活内での派閥争いや先輩との上下関係なんて3人から見たら取るに足らない事だろう

これまではそんな取るに足らない自分の生活や立ち位置に不満も不安も疑問も抱いていなかったのに、

彼らと仲良くなった事で私は自分が悲しい位に普通の人間だと気付いてしまった

もちろん彼らは私が普通の人間だからと言って馬鹿にする事は無いし、そもそも彼らはそれぞれ自分以外は普通の高校生だと思っている

それでも、私は勝手に疎外感を感じてしまい、勝手に彼らと少し距離を置こうとしてしまっていた

そして今回、そんな私の心境を知ってか知らずか紀田くんが「今日は久しぶりに4人で遊ぼうぜ」と誘ってくれたのだ



「はぁ…」



久しぶりに4人で遊んだ感想は、先程も述べた通りとても楽しかった、と言う一言に尽きる

紀田くんの強引かつ破天荒な行動も、それを冷静に突っ込み、時には受け流す竜ヶ峰くんも、そんな2人を微笑ましそうに眺める杏里ちゃんも

私が彼らの秘密を知るまでと何も変わらなかったし、私に対してだって彼らは以前と何も変わらなかった

だからこそ勝手な思い込みで距離を置いてしまった自分に対しての憤りが尋常ではなく、私は先程からこうして溜息を連発しているのである

今の私のこの感情を、どう表現したら良いかは解らない

色々な感情がごちゃごちゃと集まり、固まり、もやもやとした想いが喉の辺りでつかえている様な嫌な感覚、とでも言えば良いのだろうか



「はぁ……」



もはや何度目か解らない溜息を吐き出して、私は立ち止まると賑やかな街を行き交う人々を眺めた



「私にも何かあればなぁ…」



心の中で呟いたつもりの言葉が無意識に口から零れる

"何か"が何かは解らない

でも、私も"普通では無い何か"が欲しかった



「"何か"って言うのは、例えば巨大な組織のリーダーと言う立ち位置だったり妖刀を使役する力の事かな?」

「っ!?」



突如背後から響いた私の独り言に対する返答に、私は驚いて勢い良く振り返る



「でも"普通じゃ無い"と言うのは、君が思っている以上に大変な事だよ?」

「…ぇっと……」



振り返った先には見覚えのある顔

直接話した事は無かったけれど、竜ヶ峰くん、紀田くん、杏里ちゃん、3人それぞれに"関わらない方が良い"と言われた相手だ

紀田くんに至っては"見かけたら逃げろ"とすら言われている



「やぁ、さん。こうやって直接話すのは初めてだけど、俺の事は知ってるよね?」



にこりと微笑を浮かべるその姿は正に好青年と呼ぶに相応しく、何も知らなければ思わずくらりとときめいてしまいそうな程整った顔をしている

私は勘が良い訳でも無ければ観察眼が鋭い訳でも無いので、こうして微笑んでいる所を見ただけではこの人が悪い人には見えなかった

しかし、竜ヶ峰くんはそこまででは無かったにしても紀田くんと杏里ちゃんが口を揃えて気をつけろと言うのだから、相当に危険な人なんだろう



「折原…臨也さん……ですよね」

「うん、正解」

「ゎ、私に何か御用でしょうか…」

「やだなぁ、そんなに警戒しなくても君に危害を加える気は無いから安心してよ」



折原さんはそう言って爽やかに笑い、次の瞬間ずいと顔を近付けて来た



「ねぇ、君のその望み…、俺が叶えてあげようか」

「…っ」



そう言って急に近付いた折原さんの顔に驚き、私は顔を伏せて後ずさる



「ぃ、いきなり何なんですか…」

「竜ヶ峰くんに紀田くんに園原さん…。君は彼らのように生きたいと思ってるんでしょ?」

「ぇ…」



しかし折原さんの言葉に思わず伏せていた顔を上げた私をじっと見つめながら、折原さんは目を細めて言葉を続けた



「彼らは特殊だ。まるで物語の主人公の様にね」



この人の言葉をまともに聞いてはいけない

頭ではそう思うのに、私の耳はどうしても折原さんの声を捕らえ、私の目は折原さんの視線から逃れられない



「そんな彼らと肩を並べるのに自分一人だけが脇役だなんて…、そんなの耐えられないだろ?」

「……脇役…」

「そう、君は今のままじゃ単なる脇役だよ。所謂モブってやつだね。でも、俺なら君を主人公にしてあげられる」

「………」

「人間には可能性がある。誰だって切欠さえあれば主人公になれるんだよ」



折原さんの言葉はとても魅力的だった

特殊な力や境遇に身を置き、ハラハラドキドキの非日常を生きる事

それは私位の年頃ならば多くの人が憧れる世界だろう

私だって物語の主人公になってみたいと言う気持ちは大いにある

彼らの様な特別な何かが欲しいとだって思っている

でも、憧れは所詮憧れに過ぎない

私が望んでいるのは、非日常を生きる事ではなく"憧れを憧れとして抱いたまま日常を生きること"なのだ



「っあの、折角ですけど結構です」



私は首を左右に振り、折原さんの申し入れを断った



「何て言うか、必要ないんです。私の人生に、特殊だとか特別だとかそう言った物は」



そんな私の台詞を聞いた折原さんは、少し驚いた表情で私を見つめる



「非日常に憧れる、極普通の女子高生。これってとてもありふれていて素敵だと思いませんか?」

「素敵…?」

「そうです。私が愛しているのは平凡で、何の変哲も無い普通の日々です。だから、非日常に憧れながら結局そこに手が届かない…、それで良いんです」



私はまるでそう自分に言い聞かせるように、今まで胸に秘めていた想いを吐露する



「私は彼らと出会い、自分がいかに普通の人間なのかを知りました。そしてその普通である事がどれだけ尊い事かを理解しました」



折原さんはそんな私を黙って観察するように眺めていた



「普通で、不変で、単調な日々。何が起きても私には関係の無い空虚な日々…。それこそが私の求める日常なんです」

「なるほど…。俺はどうやら君と言う人間を見誤っていたみたいだ」

「そんな事無いです。私は日常を愛しているからこそ非日常に憧れていて、その非日常に憧れる気持ちは本物ですから」

「いいね、君は中々面白そうだ」

「………」

「俺は君と言う人間の事がもっと知りたくなった訳だけど…、日常を愛する君はきっと俺とはあまり関わりたくないんだろうね」

「そうですね。出来れば関わらないで貰えると嬉しいです」



私を試すように笑い掛けて来る折原さんに負けないように、私も極力平静を装い答える



「でもどうせ、私の意志なんか関係なしに貴方は私に全力で関わろうと来るんですよね…?」



そして私はあえて挑発するような台詞を投げ掛けてみたけれど、やはり折原さんは惑わされない



「安心しなよ、俺が飽きたらすぐにでもつまらない日常に返してあげるからさ」



それどころか折原さんはとても楽しそうに笑うと私の身体を素早く引き寄せた



「でも…、俺が飽きるまでは君の愛する日常は戻って来ないからそのつもりでね」

「……っ」



折原さんの右手が私の左頬に添えられ唇が触れそうな距離に私は思わず堅く目を閉じるが、次の瞬間折原さんの笑い声が聞こえて私は目を開けた



「へぇ、威勢良く挑発までして来た癖にこんな事で顔赤くしちゃうんだ」

「…っ」

「それともこれが"普通の反応"だからそうしているに過ぎないのかな?」



折原さんはそう言ってくすくすと真意の解らない顔で笑うと、私の右頬に一瞬だけ唇を押し付けた



「わっ…!?」



予想外の行動に驚き声を上げた私に、折原さんは「またね」と言う一言を残しそのまま人込みに紛れて消えてしまった



「………」



私は暫くその場に立ち尽くし、嵐の様に過ぎ去った、たった数十分の間の出来事を思い返して頭を抱えた



「……最悪だ…」



紀田くん達にあれだけ関わらない方が良いと言われていたのに、まさかこんな形で折原臨也と関わる事になるとは思っていなかった

一体彼はいつから私に目を付けていたのだろうか

私が今日杏里ちゃん達と遊んでいるのをたまたま見つけて近付いて来たのだろうか

それとももっと前から、3人と仲の良い私を利用しようと企んでいたのだろうか

いや、そんな事はどうでも良い

偶然だろうと必然だろうと、彼と出会ってしまった事は私にとってデメリットでしか無いと言う事に変わりは無い



「どうしよう…」



私は"何も起こらない普通の日々"を、誰よりも愛している

だからこそ解る

折原臨也は普通とは程遠い人間だ

そんな人間に目を付けられて、無事で居られる訳が無い

私は焦り混乱する頭を抱えながら、兎にも角にも帰宅しようと池袋の繁華街を離れ自宅へと向かった










Scene1【第一歩】





2014/5/13